狩人と狼
昔々、あるところに、狩人と狼がいました。
狩人は山へ狩りに行き、狼は山へ狩りに出掛けました。そして狩人と狼は出会いました。
「狼!」
咄嗟に逃げようとした狩人でしたが、右足に怪我をしている狼を見て、狩人は狼へ歩み寄りました。
ですが狼は牙を向き、狩人を威嚇しました。
狼は人を恐れている。なぜなら狼が足を怪我した理由は人間にあるからです。そんな人間を狼は嫌います。ですが人間を恐れている狼に、狩人は歩み寄ります。
狩人は狼によって母親を失っています。
しかし、それでも狩人はその狼を助けようとしたのです。牙を向けるその狼でありましたが、その狼の中にある優しさに気付いていたのですから。
狩人は持っていた弓を捨て、矢を入れているかごも捨てたのでした。丸腰になった狩人は狼へ歩み寄り、しゃがみこんで狼と目線を合わせて言いました。
「狼さん狼さん、どうか私を信じてください。その傷を私のもとで治させてください」
牙を向けていた狼でありましたが、狼は狩人の言葉に戦意を喪失し、その牙をゆっくりとしまったのでした。
狼が牙をしまったことで狩人はひと安心です。
狩人は捨てた弓と矢を拾うことなく、森の中にある小屋へ狼を案内するのでした。
小屋で狩人の治療を受けた狼は、すっかり元気になりました。右足に負った傷も治りましたが、念のため狼の右足には包帯が巻かれていました。
傷が治ったので、狼は森へ帰っていきました。
一度狩人の方を振り返りはしたものの、どこか悲しげな表情を浮かべて帰っていきました。
「さてと、仕事をするか」
狩人は小屋の外へ出て、斧を片手に木を伐っていきます。手際よく木を伐ると、狩人はその木を腕の大きさほどの分解し、大きなかごに入れました。
そのかごを背負い、狩人は町へ出掛けました。
「狩人さん、最近は寒い季節が続いていて困っていたんだよ。薪を十本ほど売ってくれないか」
「分かりました。一本十円ですので、十本で百円です。でもお爺ちゃんはいつも買ってくれるので十円おまけして九十円で良いですよ」
狩人の人の良さは非常に稀なものであり、文字通り裏表のない性格でした。
町に来た狩人の周りには、気付けば何十人も人が集まっていました。
町は狩人が来たことで大にぎわいです。
「やっぱ狩人さんが来ると町の皆は笑顔になれるよ」
「狩人さん、また来てくれよ」
「あんたがいないと冬が越せないよ」
「狩人は相変わらず人間ができているわね」
「羨ましいわ」
などと、町の人々は狩人を褒めていました。
町ではいつも平和な日常が送られていました。
だがある日、悲劇が起きました。
それは真夜中のある日、牙をむき出しにした狼の群れが、一斉に町へと襲いかかったのです。
一夜にして町は炎に包まれました。町の人々は応戦しますが、狼の大群になす術なく敗れ去ります。
このままではあの平穏な日常がなくなってしまう。
そんな時、狩人は颯爽と現れました。狩人は剣を持ち、町を襲う狼を次々と倒していきました。
狩人の強さに、町の人々は安心していました。
しかし狩人は、ある狼を見て動きを止めました。
その狼は狩人を見つけるや、牙をむき出しにして狩人の方へ歩いてきます。
「その足の包帯……」
そう、それは明らかに森で助けた狼の包帯だったのです。
狩人は動けずにいます。そんな狩人の気持ちを知ってか知らずか、狼は迷うことなく飛びかかりました。自ずと倒れる狩人。
「狩人さん」
町の人々は狩人の名を呼びました。
その時、狩人はようやく動き始めました。腕に噛みつく狼を振り払い、なんとか立ち上がります。
しかし、あの時助けた狼を前に、倒すことを迷います。
「狩人さん、倒してください」
「その狼さえ倒せばこの町は救われます」
町に暮らす大勢の人々か、それともたった一匹の狼か。
狩人は選ぶことができません。
ウジウジしている狩人を見て、とうとう町の人々が動き始めました。
「狩人さん、疲れているのならアトは私たちに任せてください」
一人の男が石を狼へ投げた。その石は狼の頭へ直撃する。その瞬間、狼は脅えているような反応を見せた。それを見て、狩人は、また石を投げようとした男の腕を掴んだ。
狩人は狼を救いました。それに町の人々は疑問を抱きました。
「狩人さん、どうしてその狼を殺さないのですか?」
町の人々の問いに、狩人は固まります。
何を優先すれば良いのか、狩人には分からなくなっていました。
狼を殺せば町の人々は救われます。だが狼を殺さなければ多くの人々が死んでしまうでしょう。
狩人は悩んでいました。
しかし町の大勢の人々が最後の一匹となった狼を睨んでいます。その狼にはもう逃げ場はありません。
結局のところ、狩人が選ぶべき選択肢はひとつしかなかったのです。
「狩人さん、早くあの狼を……」
狩人は剣を握りしめ、狼へ歩き出していた。
覚悟を決めたようなたたずまいで、狩人は狼へ少しずつ歩み寄っていた。まるで森で狼と出会ったあの時のように。
狼も牙をむき出しにし、狩人へ歩み寄っています。まるで森で狩人と出会ったあの時のように。
「さよなら、狼さん」
その次の日、狩人は町を救った英雄として、称えられていました。けれど町を救った英雄ーー狩人はあまり嬉しそうではありませんでした。
「狩人さん、どうかしたのですか?」
「いえ。なんでもありません」
狩人は一人、頭を抱え込んでいました。
昨日死んだ狼の多くが、町の人々が開いた宴会の食材として入っていました。その中には、きっとあの狼のもあったのでしょう。
「狩人さん、遠慮せずに食べてください」
狩人は結局、その宴会で何も口にはしなかった。
町の人々が宴会で盛り上がっている中、狩人は花束を手にしてとある墓へと向かった。そこには木の枝が盛り上がった地面に刺さっており。その枝には包帯がかかっていた。
そこへ花束を置き、手を合わせました。
「狼、結局お前は、何に脅えていたんだ」
狼は群れる。だからだろう、その狼が選んだ選択肢は、というよりかは、選べる選択肢はひとつしかなかったのだろう。
狩人は剣をそこへ突き刺した。
「安らかに眠れ。狼さん」
狩人はその場を後にした。
狼は眠る。
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昔々、あるところに、狩人がいました。
狩人は山へ狩りに行きました。そこで狩人は出会いましたーー
ーーおしまい。




