第4章 急襲
見渡す限りの大海原と、遠くに見える綿雲を除いてどこまでも晴れ渡った空。上にも下にも、際限なく続く蒼い世界。その蒼一色の世界に引かれた純白の横一文字と、真っ黒な矩形と、その傍に打たれた緑色の点。
純白の横一文字・・・『鷗』の翼を広げたセーレと、真っ黒な矩形・・・セーレが運ぶ2台の石炭 箱と、緑色の点・・・キルケが跨ったドラゴンのランドは、好天候の中、順調なフライトを続けていた。
「今日は天気に恵まれて良かったなあ、予定に十分間に合いそうだ」
キルケはひとまず安心して、併走して飛行するセーレに話しかける。
「うん、このままのーんびり行こうね、お姉ちゃん」
「のんびりはダメだぞ、仕事なんだから」
「・・・お姉ちゃんはホント、頑固だなぁ」
「バフッ!」
6時40分にツビナ港を出発した2人と1頭は、正午前には荷物の届け先、ソゾポの街に着く予定でいる。
フルメ王国西部の最大都市、ソゾポ。四方を山に囲まれた難攻不落の城塞都市として古くから知られ、フルメ王国最大の炭鉱・シロン炭鉱を擁するパノヴァ島はソゾポに市民生活および製鉄の基盤となる石炭を大量に提供し、ソゾポは莫大な資金をその見返りに与える事で、両者は良好な関係を保ってきた。
しかし、近年の『魔物』の増大によってパノヴァ島からフルメ王国本土へと海を渡ることも、ソゾポへ通じる山道を越えることも、非常に困難になってしまい、石炭その他生活物資のソゾポへの輸送がどうなってしまうのか、その先行きが危ぶまれた。
そんな時、パノヴァ島の小さな村・レブンで、1人の女の子が生まれた。ごく平凡な農民の両親の間に生まれたその女の子は、類稀な『賜物』・・・とてつもなく巨大で、羽ばたきで岩をも吹き飛ばし、力を込めれば山をも持ち上げてしまう、そんな恐るべき強さを持った翼・・・『鷗』を天から授かった。
その子の名は、セーレ・アンヘル。
歴史上誰も見たことが無いほどの強大な飛行能力を備えた少女の誕生。パノヴァ島およびソゾポの人々は、彼女こそ神が我々の逆境を救う為に天から遣わしてくれた子に違いないと歓喜し___セーレ本人の意志ではどうにもならない形で、彼女はパノヴァ島とソゾポとを繋ぐ輸送員に任命されてしまった。
キルケ・バーンは、セーレと同じレブン村に生まれた。キルケはセーレより12歳年上で、セーレが幼い頃から彼女の面倒をよく見て、仲良く遊んできた。血のつながりは無くてもキルケにとってセーレは実の妹も同然の存在であった。だからこそ、セーレ自身がその強大過ぎる『賜物』に振り回されることにやり場の無い怒りを常に覚えていた。
セーレ13歳、キルケ25歳の時から始まった空輸業もこの春で6年目に入り、18歳になったセーレの、出会った当初より大分大人びてきた横顔を見て、キルケはひとり感慨深くなっていた。
ツビナ港を離陸してから3時間、水平線の彼方に黒い影が見え始めた。フルメ王国本土である。ここから更に山岳地帯を抜ければ、目的地のソゾポに着く。蒼一面の世界は、下界が深緑色に塗り替わる。
「ほいランド、おやつだぞ」
「バゥッ!」
そう言いつつ、キルケは雑嚢からキャベツ1玉を取り出し、ポイッと前方に投げ出すと、ランドは器用に首を伸ばしてキャベツを一飲みにする。それからランドを誘導してセーレの顔のすぐ脇に横付けさせて、セーレに雑嚢から取り出した水筒を差し出す。
「ハイ、セーレも水分補給しな」
「ありがと、お姉ちゃん」
水筒を両手で受け取り、美味しそうに水を飲むセーレ。
「さぁて、山越えだな」
「うん・・・」
ここまで海抜100メートルの高度で飛行してきたが、峻厳な山々を乗り越えなければならないので、高度を上げなければならない。更に、急に高度を上げてしまうと気圧の変化に躰がついていかず高山病になってしまうため、ゆっくりと高度を上げながら飛行する必要がある。
ビイイィィィン・・・!!
___唐突に、奇妙な音が後方から聞こえた。
キルケが振り向くと、はるか後方に小さな黒点が幾つか見えた。その黒点から、奇妙な音・・・耳障りな振動音がこちらまで響いてくる。この振動音は___間違いなく巨大蜂のものだ。
今朝ツビナを発つ前、ムルマンスク氏から聴いた不穏な噂がキルケの耳に蘇る。
(何でも、ホーヨウ族と言う古来から巨大蜂を飼養して生活してきた種族があの地方には住んでいてな、ここ最近の『魔物』の増大で彼らの集落が頻繁に荒らされる様になって、一部の者達が賊行為に及び始めたそうだ)
「空賊・・・!!」
今の今まで賊の接近に気づけなかった自らの迂闊さに舌打ちするキルケ。
「お、お姉ちゃん・・・」
翼が巨大過ぎるため、振り向くことさえ出来ないセーレが今にも泣き出しそうな声を漏らす。
「大丈夫だセーレ、安心しろ」
「ガルッ!!」
キルケはセーレに一言声を掛け、ランドを真後ろに急旋回させて、後方から近づいてくる空賊たちへ一直線に突進する。
セーレを絶対に守り抜く。それはキルケ・バーンにとって、騎士として、彼女の「お姉ちゃん」として、決して揺るがぬ決意であった。
「ぅおらああああッ!!」




