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セーレとキルケの空輸便  作者: 雨に撃たえば
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第3章 鷗(シーガル)

「やぁやぁ、おはようキルケ君」


 広場での悪ガキによる騒動を治めて、キルケが商工会議所に入るとすぐ、顎ひげをたっぷりと蓄えた、恰幅の良い男性が柔和な笑みでキルケに歩み寄ってくる。彼が、ツビナにおける商取引全般を取り仕切るツビナ商工会議所長、ドニ・ムルマンスクである。


「ムルマンスクさん、おはようございます」

「時刻は・・・フム、6時23分。定時発送には十分間に合うね、今朝(・・)は」


 チョッキの裏ポケットから取り出した懐中時計を見ながら、やんわりとキルケに今後遅刻しない様に釘を刺すムルマンスク。


「ハイ、セーレにはキツく言っておきますので」


ビッ、と居ずまいを正してムルマンスクに深々と頭を下げるキルケ。彼女は騎士時代のクセが抜けず、こういう場面で軽口を叩けない。


「ハハ、そこまで堅くならなくてもいいがね・・・。それに今朝は危うくケガをしそうになった男の子を助けていたじゃないか、ああいう事が起きたのなら私もあまり喧しくは言えんよ」

「いえ!時刻を遵守する事と、不測の事態に対応する事は両立しなければなりません!」

「ハハハ、騎士としての勇名を馳せた君に、口出しする事自体間違いだったね」


 キルケのクソ真面目さに苦笑せざるを得ないムルマンスク。


「今朝の荷物はいつも通り波止場に揃っておる。じゃ、これが今日の受領書だ」

「ハイ!確かに!では、行って参ります!」

「ウム。・・・最近、行き先のソゾポの周辺で、空賊(くうぞく)が目立ってきておるから、気をつけてな」

「空賊・・・ソゾポの地方は豊かで、賊は今まで居なかったのでは?」

「何でも、ホーヨウ族と言う古来から巨大蜂(ギガ・ホーネット)を飼養して生活してきた種族があの地方には住んでいてな、ここ最近の『魔物(マモノ)』の増大で彼らの集落が頻繁に荒らされる様になって、一部の者達が賊行為に及び始めたそうだ」

「『魔物(マモノ)』・・・」


 苦々しく呟くキルケ。




 『魔物(マモノ)』。この世界に満ちる無数の生命たちの中で、他を傷つけ、殺し、害することしかできない邪悪なモノたちがそう呼ばれる。

 『魔物(マモノ)』は皆一様に、近づく者に不快感を催させる瘴気を放っており、その瘴気は誰しもが感じ取る事ができる。『魔物(マモノ)』でない動物でも、過度に刺激をすれば人間を襲う事はままあるが、『魔物(マモノ)』は自ら積極的に人間に襲いかかる習性で一致しており、人々から大変恐れ、忌み嫌われている。

 『魔物(マモノ)』は太古の昔から存在しているが、その放つ瘴気は一体何なのか、なぜ『魔物(マモノ)』の様な存在が生まれてしまったのか、現在の科学では未だに謎のままである。


 そして___ここ30年ほどの間に、世界中の『魔物(マモノ)』が目に見えて増大した。なぜ増え始めたのか、その点も様々な研究・考察・憶測がなされたがこれも一切が謎のままである。

 その結果、以前なら軽装の商人でも問題なく通れた野道に『魔物(マモノ)』が跋扈(ばっこ)し始めたので一々護衛騎士を付けなければならなくなったり、貿易船の交易ルートとなる海路に凶暴な海の『魔物(マモノ)』が住み着いてしまって実質上その交易ルートが閉ざされてしまったりと、物流・貿易の根幹が大きく乱される事態となってしまった。


 そのため、ドラゴンや巨大蜂(ギガ・ホーネット)の様な飛行能力と馬力に優れた動物たちや、自らが飛行出来る『賜物(たまもの)』を持つ人間による空輸の需要が急上昇し、キルケとランド、そしてセーレはその空輸の仕事をパノヴァ島で唯一受け持っているのだった。




 キルケは手渡された受領書を肩に下げた雑嚢(ざつのう)にしまい、セーレとランドの許へ戻った。いつもであれば出発の時間ギリギリまで子供たちにもみくちゃにされているのだが、先程の一件で一旦子供たちを帰したので少々手持ち無沙汰そうだ。


「よし、じゃぁ行こうか」

「うん!お姉ちゃん!」

「バゥッ!!」


 2人と1頭、連れだって港へと向かう。



 ツビナ港の、かつては大型船が発着していた波止場に、巨大な鉄製の(コンテナ)が2台、横に並んで置かれている。幅4メートル、奥行き12メートル、高さ5メートルにおよぶ巨大な箱の中には、パノヴァ島のシロン炭鉱で採掘された石炭が満杯に積み込まれており、箱の先端には物々しい巨大な鎖が付けられている。石炭がギッシリ詰まった鋼鉄の箱。その重量は1台だけで1000トン以上、2台合わせて2000トンを超す。とてもでないが、体高3メートル程度のドラゴンのランドが持ち上げ、海原(うなばら)を渡るだけの長距離を運べる代物ではない。


「じゃ、私『仕事着』に着替えてくるね」


 セーレがそう言って、波止場の側にあるごく小さな休憩所へ入っていき、間も無く「仕事着」をまとって戻ってきた。

 その「仕事着」は、背中の部分が大きく開いているのが特徴で、セーレの下半身も上体の前半身もピッタリと布地が密着しているのに、上体後ろ半身の背中だけ丸出しになっているという、いささか奇妙な構造の衣服だ。


「さぁ、離陸しないとな」


 キルケ達ははすたすたと(コンテナ)の方へ歩き出した。2台の巨大な箱の間を抜けて、波止場の突端にでると、両側に置かれた箱に付けられた巨大な鎖をキルケが持ち上げ___


セーレの華奢な両肩に掛け始めた。


「んぅしょ、んしょ、んしょ・・・ふぅ」

「お姉ちゃん、いっつも大変そう・・・」

「ハハ、私がセーレに心配されちゃぁオシマイだな」


 筋骨隆々なキルケが持ち上げるだけでも一苦労な極太の鎖を2本、左右の肩に1本ずつ乗せられたセーレ。キルケとは真逆の、か細い体型の彼女がそんな重々しい物を担がされる光景は痛ましくさえあったが___




「・・・翼さん、今日も私に力をお与え下さい・・・」




 ムクッ、ムクムクムク、___ギュォォォオオオオオンッ!!




 セーレがそっと呟くと、彼女の剥き出しの背中が急激に変化し始める。

 セーレの両の肩甲骨のすぐ下からムクッ、と真っ白な物が隆起し始める。その隆起は凄まじいスピードで伸長していき、その真っ白な物___セーレの純白の翼が瞬く間に波止場全体を覆い隠せる程の面積にまで広がっていく。

 セーレ・アンヘルの『賜物(たまもの)』。それは、セーレ本人の躰には不釣り合い過ぎる巨大さの純白の翼、『(シーガル)』なのである。セーレの翼を最大限に広げた際の左右の幅・翼開長(よくかいちょう)は300メートルに達する。身長157センチメートルのセーレの躰に、本人の数百倍の体積の翼が生えた恐ろしくアンバランスなその姿は、却って神々しくさえあった。


「おーい!セーレ様が飛び立たられるぞ!」

「おぉ、いつも何と美しい翼だろう・・・」

「セーレ様―!!お仕事頑張ってー!!」


 波止場から離れたツビナの街からもその巨大な翼は見え、ツビナの住民たちが声援を送る。


 ブオォン・・・ブオォン・・・!

  ブオォン・・・ブオォン・・・!


 セーレが自らの翼をゆっくりと羽ばたかせ始める。1回羽ばたくだけで凄まじい風圧が波止場の周辺に生じる。


 ブオォン・・・ブオォン・・・!

  ブオォン・・・ブオォン・・・!


 徐々にセーレの躰が宙に浮かび始め、彼女の両肩に掛かった鎖もそれに合わせて浮き上がってゆく。


 ブオォン・・・ブオォン・・・!

  ブオォン・・・ブオォン・・・!


 セーレ本人の躰が6メートル以上の高さにまで浮き上がり、総重量2000トンオーバーの石炭 (コンテナ)も徐々に浮き始める。


 ブオォン・・・ブオォン・・・!

  ブオォン・・・ブオォン・・・!


 セーレの飛行に併走する形で、キルケを背に乗せたランドも飛行し始める。翼が巨大過ぎるため1回の羽ばたきにさえ一苦労のセーレが一定の高さに昇るのを、傍らでホバリング飛行しながら辛抱強く待つ。


 ブオォン・・・ブオォン・・・!

  ブオォン・・・ブオォン・・・!


 2分ほどかけて海抜100メートル程の高度まで上昇したセーレは、全身を水平にし、沖合に向かって飛行を始める。


「さ、出発だ。正午までにソゾポに着かないとな」

「うん!」


 ビュオォォォォン!!!


 翼開長(よくかいちょう)300メートルの翼が、ゆっくりと滑空を始めた。2000トンの積荷もものともしない強靭な馬力で、力強い一陣の風が吹く。


この作品を書き始めた後に、ア○ール○ーンにもムルマンスクというキャラクターが居ることを知ったのですが、このまま自キャラの名前もムルマンスクのまま通すことにしました。元はロシアの街の名前ですしいいですよね!(?)

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