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セーレとキルケの空輸便  作者: 雨に撃たえば
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第2章 不壊(アンブレイカブル)

 ツビナの朝は活気に満ちている。岩がちなパノヴァ島で唯一船が着岸可能な港を擁し、朝早くから漁師が水揚げした新鮮な青魚がすぐさま波止場の傍にある市場に並べられ、アシの速い生魚を手際よく売りさばこうとする商人(あきんど)たちと、したたかに値切り交渉をする婦人たちとの声が騒々しく響き合う。

 そうした人々の頭上をザァ・・・ッと、飛行するランドの落とす影が(かす)めてゆく。


「おーっ!セーレ様おはよーございまーす!!キルケの姐御もおはよーさーん!!」

「おはよー!!」

「おはよーございまーす」


 港の漁師たちが威勢よくキルケとセーレに朝の挨拶を飛ばし、2人も快活に返事をする。

 やがてランドはツビナの中央広場にゆっくりと着地した。すぐに街の子供たちが集まってくる。


「ランドー!ランドだー!乗せて乗せてー!」

「あー勝手に飛び乗ってくんなガキ共!!順番に並んでから1人ずつ乗りなー!」

「ハーイ!!」


 一斉にランドに飛び乗ろうとする子供たちを(いさ)め、1人ずつ乗る様に指導するキルケ。荒っぽい口調に対して、表情は楽しそうだ。

 ドラゴンの飼育は元来王権が独占している技術・権利であり、一般市民がドラゴンと触れあえる機会は本来無い。キルケが王国騎士団を除隊し、セーレの専属護衛騎士となる際に、騎士団において長年付き添ってきた相棒のドラゴン・ランドを、多額のカネを積み上げて半ば強引にキルケが引き取ったのである。

 ツビナの街の子供たちにすれば、遠い王都でしか飼われていない生き物・ドラゴンに毎朝会える様になったのだから、興奮しない訳がなく、毎朝ランドに子供たちが群がってくるのもすっかり日常の一部と化していた。


「セーレ様ー!おはよー!」

「もー、セーレ『様』なんて、様付けしなくていいのに・・・」


 セーレもまた、街の子供たちに囲まれてしまう。彼女はその柔らかな人柄で子供たちに慕われており、また、「ある事情」からパノヴァ島の人々から半ば崇敬されている。


「じゃ、ムルマンスクさんから受領書を受け取って来るから、ガキ共の相手して待ってて」

「うん!」

「ブォーン・・・」


 子供たちに取り囲まれててんやわんやになるセーレとランドに苦笑しつつも、キルケは広場に面した(おお)きな建物___ツビナ商工会議所へと入って行こうとした。




 その時。




「へっへーん、オレが一番乗りー!!」


 突然、活発でイタズラ好きな男児が子供たちの群れから飛び出し、ランドの翼に飛びつくと___


「バゥッ!!」


 ___後ろから急に掴まれた事で、ランドは驚き、慌てて翼をバサバサッ!!と羽ばたかせ、男児を振りほどいてしまった。


「うわあああっ!!!」


 男児の小さな(からだ)が宙を舞い、そのまま勢いよく固い石畳に激突しそうになる。



「危なぁぁぁいッ!!!」



 咄嗟に投げ飛ばされた男児に駆け寄るキルケ。キルケはその小さな子供が地面に叩きつけられる寸前に___男児の手を握った。


 ビターン!!


 地上2メートル近い高さに投げ飛ばされ、石畳に激突したその男児は・・・まったくの無傷だった。


「ひぃ、ひぃ・・・」


 しかも、まったく痛がる素振りもない。宙を飛んだ恐怖で気は動転していても、普通なら骨折してもおかしくない状況である。


「バカ!!!だから順番に並べっつったんだよガキ!!!私の『不壊(アンブレイカブル)』が無かったらどうなってた!!?」

「え、えと・・・」

「オマエ死んでたんだぞ今!!!何度も何度も言ってるだろランドをイジめちゃダメって!!!」

「ご、ごめんなさぁい・・・」


 ついに泣き出してしまう男児。



 キルケ・バーンの持つ『賜物(たまもの)』である、『不壊(アンブレイカブル)』。それは「キルケが手で触れたモノは絶対に傷つかず、全くダメージを負わなくなる」という強力な『賜物(たまもの)』だ。

 この世界の人々は全て、それぞれ固有の能力・・・『賜物(たまもの)』を天から授かって生を享けるが、その多くは「黄金を小麦粉に変える」「0.01%の確率で当たる予知夢を見る」「3ミリメートルだけ瞬間移動する」「自分の血を吸った蚊を意のままに操る」といった、まず役に立たないモノばかりであり、キルケ・バーンの様に実用性の高い『賜物(たまもの)』を授かった人間はそれだけで一目置かれる。キルケが女性でありながら騎士団小隊長まで成り上がれたのも、この『不壊(アンブレイカブル)』に依る所が大きい。


「えぐ、えっぐ、ごめ、ごめんなさい・・・ヒック・・・グスッ・・・」

「『ごめんなさい』を言うのは私じゃねーだろ?ちゃんとランドに謝んな」


 泣きじゃくる男児の手を取り、ランドの許へ連れていくキルケ。


「ごめ、ごめんな、さぁい・・・」

「よし、ちゃんと言えたな。さ、仲直りの印に、ランドの鼻先を撫でてやんな」


 恐る恐るランドの巨体に手を伸ばし、その黒光りする鼻をぎこちなく撫でる男児。


「ブフォゥ・・・」


 飼い主のキルケやセーレに撫でられた時と同じように、気持ちよさそうな声を鳴らすランド。その様子を見て、泣きじゃくる男児はようやく安心した表情を見せ、その場にうろたえて立ち尽くしていたセーレや他の子どもたちもホッと一息つく。


「・・・ちゃんと謝れたね、偉いよ」


 男児にゆっくりと寄り添って声を掛け、頭を優しく撫でるセーレ。


「な!見てたろガキ共!ランドと遊ぶ時は順番守って1人ずつ!約束守んないと死ぬからな!!いいか!?」

「ハーイ・・・」

「よし、今朝はまずみんな家に帰んな!!ランドと遊ぶのはまた明日!」


 キルケが広場に集まった子供たちにひとしきり注意を促すと、子供たちは言う事に素直に従って、ゾロゾロと帰り始めた。


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