表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/35

5-3 現行プラン



「カガミワタリ、って言うんだけどね」

 そう言いながら、母が鏡に指を出し入れするのを、三人の兄弟は驚いた顔で見ていた。


 階と立葵は、純粋に目の前の光景への驚きのため。

 一方で、朱里は、


「それ、私も」

「ああ……やっぱり遺伝しちゃったかあ」


 そして母は、こともなげに説明をする。

 いま朱里が通っている学園の創設者が、実は古河家の遠縁の親戚にあたる、ということ。


 そして、このカガミワタリという能力の正体を。


「まあ、霊能力とか超能力の一種みたいなものかな。前にほら、みんなで見に行った映画、覚えてる? 実は色んな世界があって、私たちはその中のひとつに生きているに過ぎないのです、っていう……」

「パラレルワールド?」立葵が言えば、

「それそれ」

 と嬉しそうに母は頷いた。


「三人ともわかってるみたいだから言うけど……これは、そのパラレルワールドを行ったり来たりするための力のこと」

「でも私、そんなの今までできなかったよ」

 朱里が訊けば、母はそれを受け止めて、しかしすぐには答えなかった。


「きっかけがあったからだと思うな。……でも、その話はちょっとだけ後で。順番にね」

 朱里がそれで引けば、彼女はまた話を続ける。


「それで、お母さんもこれが結構使えたから、色々な世界を見て回ったわけ。それで気付いたのは……」


 母に目線で促されて、その続きを朱里が口にする。

「他のパラレルワールドが、たくさん滅びてるってこと?」


「そのとおり」

 母は頷いて、


「で、そうなると原因がわからないと不安でしょう? 自分の住んでるところも、いつそうなっちゃうかわからないし……。それで、どの世界に行っても、もう三人とも会ったことがあると思うけど、あの蜘蛛。あれがいるから、きっとあいつが原因なんだろうな、と思って調べてみたの」

「そうしたら?」

 階が相槌を打てば、母は何かの名前を呟いた。


「何それ?」朱里が訊くと、

「宗教団体。……携帯、持ってるよね。調べてみて」


 言われたとおり、朱里はスマホを取り出して検索を始める。

 階は律儀にその場所から動かなかったけれど、立葵は朱里の後ろに回り込んできたから、肩を並べて一緒に覗き込むことになった。


 ふたりは、目を見張ることになる。

 予想していたホームページよりも先に、ニュースが現れたから。



『白昼公園 子どもを狙った犯行 母親意識不明 宗教団体との関係か?』



「これって、」

「そう」

 朱里の問いかけに、弥生は頷いた。


「晴れた日でね。ちょうど十年前。階と一緒に公園に行ったら、変な男の人がそのときの朱里と同じくらいの年の女の子にナイフを向けてて、止めようとしたら……」

「うそ。全然記憶ない」


 十年前ということは、朱里は六歳、立葵にいたってはまだ二歳だ。記憶があるとしたら――、


「俺は覚えてるよ」

 そう言って階は、朱里からの問いかけの目線に応えた。


「母さんが刺されて、俺が大声上げたらパトロールしてた警察の人が駆けつけてくれて……」

「そうしたら入院。……覚えてないか。あの頃、お父さんが仕事忙しいのに、ものすごく頑張って家事とか全部やってくれてたんだけど」

「着替え持って病院に行ったりした……けど、それは俺だけか」

「そうそう、あの頃の階、なんだかものすごく優しくなっちゃって。気分よかったわあ」


 ひょっとして、とそのとき朱里は、ふたりの会話とは別のことを考えていた。


 パラレルワールドから持ち帰ってきた、日記のこと。

 そこに書かれていた兄の死――それはひょっとして、この事件をきっかけにしたものだったのではないか。


 だって、時期が十年前なら、ぴったりそれに、合致する。


「そ、それで?」続きを朱里が促せば、

「その宗教団体ね、御神体に蜘蛛を祀ってるの。だから不思議に思って、色々調べていったんだけど……、って、今はそのニュースをもう少し見てもらった方がいいか。検索して、一番上に出てくるやつでしょ?」


 うん、と頷いて、朱里はさらにその記事をクリックして内容を読み始める。

 母を傷付けた男――その人物と関りのある宗教は、こんな風に紹介されていた。


 思想的背景。

 子どもを殺せば神が蘇り、この世界を滅ぼしてくれると思った。

 関係のない人間に邪魔されて残念。


「結果から言うんだけど、それ、本当のことみたい」

 絶句する朱里と立葵に、弥生はこともなげに言った。


「ちょっと待ってくれよ。何?」

 唯一携帯を見ていない階だけが、話がわからず質問を投げる。朱里も立葵も何かを説明しようとしたが、しかし言葉にするのは難しい。


「この土地にはね、すごく古い神様がいるんだって。……伝説とかじゃなくて、本当に」

「は?」階が、呆気にとられて。


「神様って呼ぶかどうかは人によると思うけど、一旦、仮にね。なんだかものすごく影響力のある、知らない動物だって考えでも全然いいと思うし」弥生はそのことには頓着しない様子で、「でも、とにかく何か、大きくて……目を覚ますと、この世界の人間がみんな死んじゃうような、そんな存在が眠ってるみたい」


「あの蜘蛛と関係してるってこと?」朱里が訊く。

「そういうこと」弥生は頷き、「あれは取り巻きみたいな……ほら、立葵がやってるゲームにもいるでしょ? ボスと、その脇にいるそんなに強くないやつ」


 あれで強くないやつか、と階が顔を顰める一方で、朱里だけは、この話を深く理解していた。


「……もしかして、すごく大きい人の形してる? 綺麗な女の子?」

 そう訊ねれば、弥生も驚いた。


「そっか。朱里は見てきたんだ」

「うん」

「じゃあ、そのあたりはもう、階も立葵も信じちゃって。そういうものだから」


 階が立葵を見た。

 立葵は茫然と、ただ話を聞いているだけ。だから階が、代わりに「わかったよ」と頷いた。


「それで?」

 階が促せば、さらに母が続けた。


「ここからがちょっと複雑な話なんだけど……。まず、その宗教団体は、この神様を目覚めさせることが目的なのね。で、そのための方法としてまず考えられていたのが、依り代」

 ちょっと何かに書きながら説明しようか、と母は机の上のメモ用紙を取った。三人も、とうとう母の近くへと移動して、その手元を覗きこみ始める。


 ①、と弥生は書き込んだ。

「これが大本命。その依り代になる女の子が、ある一定の年齢……たぶん成年だと思うんだけど、この期間まで生きていること。そうすると、神様を呼び起こす力が、眠らせる力よりも強くなって、目を覚ましちゃう。それが、一番わかりやすい条件達成のやり方」


「それだけ?」

 朱里が訊けば、母は頷く。

「それだけ」

「ちょっと待ってよ。それじゃあこの依り代の子を……こ、殺すとかしないと、ここも他の世界みたいになるってこと?」


 震える声の朱里に、しかし弥生は、ううん、と首を横に振った。

「もう、この世界は大丈夫。……死んじゃってるの、その子」


 安堵の息を吐いていいのか、それとも……。

 朱里が複雑な表情をしている一方で、階が重ねて訊ねる。


「でもそれ、おかしくない?」

「ん?」

「依り代?の子って、生きてるのが条件なんだろ? ほら、さっきの……」

 言って、朱里の持つ携帯に目をやると、その先は立葵が引き継いでくれた。


「母さんが庇った子って……」

「そう。そのあたりが複雑なんだよね」

 溜息を吐きながら、弥生は次に②と書き込む。


「それとは別にね、引き金になる子がいるの」

「引き金?」階が繰り返す。

「そう。さっきもちょっと言ったけど、呼び起こす力もあれば、眠らせる力もあるんだよ。……神話の時代の話になっちゃうみたいなんだけど、この危ない神様を眠らせたっていう巫女さんがいて、その家系に連なってる子。この子が死んじゃうと、依り代の子の力が成年まで達さなくても、勝手に神様は起き出してきちゃうみたい」


「なんだよそれ」

 呆れたように、階が言った。


「壮大過ぎないか?」

「本当にねえ。お母さんも困っちゃうわよ。こんな神様だなんだって話されても……」

「ちょっと、そんな能天気な話はいいから」

 母と兄が頷き合うのに、朱里が割り込んで、


「じゃあつまり、その引き金……巫女でいっか。その巫女が、そのときお母さんが庇った子ってこと?」

「そうそう」

「それじゃあその子が殺されたら、……ああいや待って。なんか頭おかしくなりそう」数秒、眉間に指を当てて、「その子が殺されないようにするのが、こっち側の勝ちの条件ってこと? 依り代の人が死んでても、その子が死んじゃうとこっちの負けってこと?」


「それがねえ」

 母は、困ったように

「さらに複雑になるんですよ」


 ①と②のそれぞれに、弥生はバツ印をつけた。

「①はもう依り代がいないからダメでしょ? ②もね、実は依り代の子がいないとダメなの」

「え、それじゃあ……」

「だから③が出てきます」


 そう言って、彼女はさらに新しい数字を書き込む。

 横に、こんな文字をつけて。


『この世界用 強引プラン』


「まずね、死んじゃった依り代の代わりの子が用意されてるの」

「え」驚く朱里に、

「でも、別に生きてるだけで①に行けるほどじゃなくて、そんなに強くない力の子。……だから、依り代になれるように、色々教団も小細工をしようとしてるわけだ。私もこのあたりは上手く掴み切れなかったんだけど、何かの儀式を使って、この子の力を高めようとしてる……みたい。で、その儀式の材料が」


 ②の横に書かれた『引き金』の文字を、ボールペンでぐるりと囲んで、

「この子をね、重ねようとしてる」

「重ねる?」

「色んな世界でこの子を殺して、その死体を持ってきて儀式に使おうとしてる」


「もしかして、それ」

 と階が言った。


「六十六本の手首って……」

「そう、そういうこと。……実はあれ、私がカガミワタリで教団から盗んできたの。警察に持っていかれたら、諦めるかなと思って」


「え、それじゃあ、」

 混乱したように朱里は、


「教団の方にも、カガミワタリを使えるやつがいるってこと? だって、色んな世界の、って……」

「そう」

 弥生は頷く。


「朱里が寮で見た、あの人がそうみたい」

「もしかして、口に傷の……」

 立葵が訊けば、母は、

「うん。……ごめんね。たぶん、お母さんがやってたこと、向こうにバレちゃったみたい」


 向こうも考えてるみたい、と母は言う。

「どこで見つかったのかわからないけど……ひょっとしたら、あの警察が持ってる手も、取り返されちゃうかも。私でも、たぶんやろうと思えばできるから」


「ねえ、カガミワタリって何なの?」

 朱里が訊ねた。

「さっき私が使えるのは遺伝って言ってたけど、じゃあ何、あいつ? 親戚?」


「そういうわけじゃないみたいだけど……」

 ここで、とうとう弥生も言葉に詰まって、

「ごめんね。そっちのことは、調べてもよくわからなくて。超能力か、魔法か……。たぶん、朱里が急にカガミワタリができるようになったのは、その引き金の子の死体の一部がたくさんこの世界に集まったこととか、よその世界から蜘蛛を連れてきたとか、そのあたりと関係してると思うんだけど……」


「俺はそもそも、神様ってなんだよって感じだけど」

 階がそんな素朴な感想を述べれば、朱里も確かに、神に対して疑義を挟まない一方でこんな超能力にだけこだわるのもおかしいか、と引き下がった。


「てか、あの蜘蛛って、外から持ってきたやつなんだ」

 階が言えば、

「そう。教団側はちょっとだけあれ、飼い慣らしてるみたいだけど……。ちなみに、もし神様が目覚めちゃった場合、本当に際限なくあれが出てくるようになるから」


 なるほど、と階は頷いた。

 世界が滅びるっていうのも、あまり大袈裟な表現じゃないらしいな、と。


 じゃあつまり、と言って階は母からペンを借りた。

「まとめると、こうなるわけだ」


 ×本命プラン――依り代の生存

 ×急進プラン――依り代の生存+引き金の殺害

 〇現行プラン――依り代予備の改造儀式+そのための引き金の殺害


 そうそう、と母は頷いた。

「階、相変わらず字が上手いね」

「どうも」


 そのまとめを、朱里と立葵は覗き込み、

「じゃあつまり……こっちが勝とうとしたら、この儀式を阻止して、で、引き金の子を守ればいい、ってこと?」


 うん、と母は頷いて、

「じゃあそういうわけだから、お母さんは行くね」

 また、立ち上がった。


 しかし今度は、誰も止められない。


「……私も行きたい、とか言ったら」

「ダメって言うに決まってるでしょ」

「なんで」

「危ないから」


「それは」

 ぼそり、と立葵が呟いた。


「お母さんだって、一緒なんじゃ……」

「もちろんそうだけど、お母さんはほら、大人だから」

「ずるい」朱里が言えば、

「大人だからね」と弥生は、その頭を撫でた。


「じゃあ、階、あとはお願いしちゃっていい?」

「ああ、うん。……本当に行くの?」

「だって、しょうがないじゃない。こんなのちゃんとわかってる人、私しかいないんだから」

「父さんには?」

「……うっすらね。こんなこと聞かされても困っちゃうだろうから、あの教団が怪しいよとか、そんなところと、あと引き金の子とか、依り代の予備の子に警備を回してもらえないかとか、そのくらいだけ」


 まあそうだよな、と階は頷いて、

「俺、一緒に行こうか。一応……」

「あ!!」

 その言葉を遮るように、弥生は大声を上げた。


 三人ともびっくりして目を丸くするが、当人だけはどこ吹く風で、

「あっぶない……。忙しくて忘れちゃうところだった」

 そう言って、階の頭に、そっと手を伸ばした。


「階、今日で二十歳でしょ。お誕生日おめでとう」

「え……」

 自分自身忘れていたという顔の階に、


「ほら、ふたりも」

 母は、朱里と立葵にも促して、


「お、おめでとう……」

「おめでと……ごめん、忘れてた」

 続けざまに、母はふたりの頭も撫でる。それから、両手で一瞬、抱き寄せるようにして、


「じゃあ、お母さん、行ってくるからね」

 いつも仕事に行くのと、大して変わりのないような様子で笑う。


 けれど、それに流されることなく――唯一、朱里だけが最後に、彼女を呼び止めることができた。


「お母さん!」

 それは同時に、彼女だけが兄弟よりも多くの情報を知っていたから気付けたことでもある。


 一番重要なことを聞けていない、ということに。


「ん?」

「あのさ、」

 振り向いた母に、朱里は言う。

 半ば、その答えを予想しながら。


「この引き金の人とか依り代の人とか……名前、教えてもらっていい?」

 母は一瞬、ひどく苦い顔をして。


 けれど目の前の娘が、決して誤魔化しだけでは逃がさないと言いたげな強情な目をしているのを見て、諦めたように、あるいは、痛みに耐えるように。


 その名を、口にしてから、部屋を出て行った。



 依り代、六花祭世。


 引き金、佐倉英梨花。


 依り代予備、六花真代。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ