添い寝
ようやく湯沢の資産家別荘は終わりです。
宮子は死人のように冷たくなった上尾をどうにか別荘の外まで連れ出した。
車の中に上尾を入れると毛布を被せて、ホッカイロを上尾の手に持たせた。
「先生、ホテル戻りますから辛抱してくださいね。」
宮子はものも言えないくらいに衰弱している上尾の姿に危機感を募らせる。宮子の頭の中で最悪のシナリオが広がり上尾をここから遠ざける事でいっぱいになっていた。勢いよく助手席のドアを閉めて運転席へ行こうとすると鈍いシルバーのバンが別荘の敷地内に停まり、中から出て来た男に宮子は呼び止められた。
「あの、すいません。」
男は事務的な口調で宮子に言った。
「お急ぎのところすいません。あなたは上尾先生の関係者の方ですか。」
「どちら様ですか。」
「県警の佐々木といいます。昨日上尾先生からこの家の庭に失踪者の遺体が埋まっていると連絡があって来ました。」
胸元から警察手帳を出して、一刻も早くここから立ち去りたい気持ちで苛立つ宮子に言った。
「可能であれば上尾先生とお話をしたいのですが、大丈夫そうですか。」
「先生なら車にいますけど、仕事が終わってとてもじゃないですけど話せる状態ではありませんけど。」
佐々木は運転席の窓から上尾の姿を見た。上尾の姿に一瞬顔を顰めるがすぐに表情を戻す。
「分かりました。先生に今回の件で近いうちにご足労をお願いすると言う旨をお伝えください。」
佐々木は一礼するも数人の警察官と思しき男達の元へ行き、庭の方へ歩いて行った。
宮子が車に戻ると隣に座る上尾は瞬きをせずにじっと宮子を見ていた。宮子は急いで運転席に入りエンジンをかけると思いっ切りアクセルを踏んで別荘を出た。
ホテルに事情を話してドアマンに鍵を預けると一目散に頭から毛布を被る上尾を連れて行って部屋に向かった。部屋に戻ると宮子は上尾をベッドに寝かしつけ部屋中の明かりを付けて暖房も付けた。
「みやちゃん、ありがとう」
別荘を離れた事でようやく落ち着いて話せるようになった上尾は心配そうにする宮子に言った。
「寒くないですか。布団足りないようでしたらホテルに頼んで来ますけど。」
宮子は自分のベッドの布団も剥がして上尾の上に被せる。
「大丈夫、ありがとう、」
上尾は布団で鼻から下を隠して言いたげな表情で宮子を見る。
「どうしましたか、何か温かいもの持って来ますか。」
「えっとね、みやちゃん。前やってくれたみたいに僕と添い寝してくれないかな。あれ、すごく落ち着いて楽になるんだ。」
「添い寝ですか、」
宮子は以前上尾が仕事を終えて今回の様に体の体温が奪われ今にも死にそうになっていた事を思い出す。その時宮子は仕事に同行するのは始めてで上尾にどうしてあげるのが適切なのか分からず、考えた末に咄嗟に思い付いたのが添い寝だった。震える上尾を抱き締めると次第に血色が良くなり一日もすると万全とはいかないものの動ける程度には回復した。
「駄目かな、」
上尾の弱りきった姿に宮子は「分かりました」と答え、何重にもなった布団の隙間から入り込む。
「みやちゃん、無理言ってごめんね。だけど、すごく気持ちが楽になる。」
宮子の肋骨付近に顔を擦り寄せて宮子の背中に腕をまわす。
宮子は赤ん坊のように自分に抱きついている上尾の強いくせっ毛の髪を撫でた。上尾の体は未だに冷たいままだが、宮子の体温で氷が溶けていくように少しずつ平常に戻っていく。それと同時に宮子の体には上尾の冷たさが骨の芯まで伝わり体力もすり減っていった。次第に宮子も寝息を立てる上尾と同じ様に上重くなった瞼を閉じて深い眠りへおちていった。
宮子が目を覚ますと全身が重だるくなっていた。首を動かしベッドに備え付けの時計を見ると次の日の朝を迎えていた。
丸1日寝ていた事に驚いた宮子は眠る上尾の肩を叩いた。
「先生、起きてください。もう次の日ですよ。」
「みやちゃん、」
上尾はしょぼしょぼとする目で宮子を見た。
「体調はどうですか。」
「うん、体も軽いしもう大丈夫。」
上尾の顔色は昨日と違い赤みがあり、宮子は上尾の様子に安堵する。
「良かったです。」
「みやちゃんが文字通り介抱してくれたお陰だよ。ありがとう。」
上尾は感謝を込めて宮子に言った。
「私、お風呂に入って来てもいいですか。何だか汗で体がベタついて。」
「確かに僕も風呂入りたいな。」
「私温泉入ってきますけど、先生は部屋のお風呂使いますよね。私、お湯沸かしてきますね。」
宮子はベッドから出ようとする身をよじらせるが上尾の腕は解けない。
「先生、離してくれないとお湯沸かしに行けないんですけど。」
「あぁ、ごめんね。何だか名残惜しくなっちゃってこの状況。」
「はい?」
宮子には上尾の言っている事が理解出来なかった。
「だって、みやちゃんとこうやって触れ合えるのってこんな機会しかない訳じゃない。そう考えると寂しくて。」
「そりゃそうですよ。こうしたのも先生が死にそうだったからであって、それ以外に理由はありますか。」
「そうなんだけどさ、」
「私前々から思っていたんですけど、恋人でも作ってみたらどうですか。そうしたら甘えたい時に甘えられて少しでも先生の負担減るんじゃないですか。」
「じゃあさ、」
上尾は背中に回していた腕を素早く宮子の首と頭部に回して顔を近づける。
「僕と恋人になってよ。」
「寝ぼけてるんですか、」
「恋人同士なら、添い寝してもいいでしょ。」
「人肌恋しいなら、レンタル彼女でもピンサロでもどこでも行ってください。私を巻き込まないでください。」
「僕はみやちゃんとそういう関係になりたいんだ。今の雇用の関係じゃなくて。」
「先生、」
「ねぇ、みやちゃん。いいよね、みやちゃんだって僕の事まんざらでもないんでしょ。」
上尾の唇がゆっくりと宮子の唇に近づく。宮子は迫られて胸の奥がざわついたが、すぐに我に戻り上尾の腹を思い切り蹴り飛ばした。
上尾はベッドから転げ落ちお腹を両手で庇うようにして身を縮める。
「みや、ちゃん、酷いよ。」
「自業自得です。先生、お風呂沸かしておくんで、頃合いを見て入ってください。」
宮子はベッドから降りると口を手で抑えて悶える上尾を跨いで寝室を出て行った。
次回もよろしくお願いします。