湯沢 資産家別邸④
今回で別荘の話は終わりになります。
上尾は車に乗るとちゃんとした食事を取りたいと宮子に告げて昨日と同じ洋食屋立ち寄るように頼む。宮子は唐突な上尾の発言に首を傾げたが起きてから何も食べていないので上尾の言葉に乗る。店につくと宮子は迷わずチキンステーキを頼み上尾はメニューの中で一番ボリュームのないサンドイッチを頼み、出てきたサンドイッチを口に放り込んだ。
食事を終えて気分の少し晴れた上尾は本題に切り出す為カバンからノートパソコンと別荘の資料を取り出して机の上に置いた。
「昨夜元々の所有者である新島氏と対面した時から、僕ねずっと疑問に思っていた事があるんだ。」
「疑問ですか、」
宮子はコーヒーカップをソーサーに戻して上尾を見る。
「霊感のないみやちゃんでさえ、感じるあの重苦しい感じをあの人が出しているとは思えなかったんだ。」
上尾はメールで送られてきた異様に長いまつ毛と濃いピンクの口紅の毒々しい女の写真を見せる。
「みやちゃんが見た女ってこの人でしょ。」
「そうです、この人です。」
「この女は別荘の持ち主の新島氏の愛人で浅香由佳、十年前失踪している。」
「失踪、蒸発しちゃったんですか、」
「周囲はそう考えているみたいだね。風俗嬢だったみたいだから形式だけの聞き取りしかしなかったみたい。けど、不思議な事に新島氏がこの別荘に行かなくなった時期と浅香さんがいなくなった時期ってどうも同じ位なんだよね。」
宮子は上尾の言わんとしていることを察して胸の鼓動が早くなる。
「この別荘には80坪の庭があって広いでしょ。おまけに山の中だし人なんか滅多に来ない。それだったら、みやちゃんが見た女もあの重苦しい空気も説明がつくからね。」
「あの別荘の庭にはその愛人の浅香さんが殺されて埋められてると言う事ですか。」
上尾は宮子の問いに迷う事なく一つ頷く。
「これから別荘に行くのはそれを確かめる為だ、でも僕はみやちゃんのさっきの話を聞いて間違いは無いと思っているよ。」
宮子は黙って上尾の言葉に耳を傾ける。
「みやちゃん、人の想いって言うのはさ、強ければ強いほど周囲の環境に影響するものだ。ましては殺されたのなら最もだろうね。」
上尾はコーヒーを飲み干して推理小説の世界に迷い込んだ様な宮子に言った。
別荘に到着した上尾は宮子と共に問題の庭へと向かった。十年間何の手入れもされていない為に雑草が生い茂り花壇もレンガの隙間から草が生えて今にも形が崩れそうだった。二人は庭に近づけば近づくほど比べ物にならないくらいの息苦しさと重さで目眩を起こしそうになる。
上尾は背丈程ある草をかき分けて庭の一本の木の目の前に立ち止まると何かを話す。1分程すると庭の入口に待たせておいた宮子の方へ戻り青白い顔で「行こう」と車へ戻った。
昨晩と同じ時刻、夜の闇も深まり虫の鳴き声すら静まり返っていた。
上尾は宮子と別荘の中へ入り新島と対面する。新島は昨日のように二人を睨みつけているが、威圧的な態度は無くなり怯えた様な表情を見せた。
「あれを見つけたのか、」
新島は上尾に尋ねた。
「はい、昼間お話して来ました。」
新島は懺悔をするようにテーブルの上に両肘をついて頭を垂らす。
「十年前、愛人の浅香さんはあなたに別れ話を切り出されて口論になった末首を絞められてあの庭の木の下に埋められたそうですね。」
新島は黙ったまま、上尾の言葉を受け入れる。
「八年前投資に失敗してここで服毒自殺をされたのはこの別荘を手放すのを恐れていたからですね。ここで死ねば事故物件となり不動産屋も買取ろうとはしない、そうすれば埋めた浅香さんが見つかる事はない
、そう考えたのですね。」
「頼む、助けてくれ。あの女は、死んでも俺を苦しめるんだ。この別荘から立ち退くから頼む。」
「そんな事当然の事です。あなたは一人の人間を殺したのですよ。それを悔やみ罪悪感を持たないのか。」
上尾は軽蔑した眼差しで震える新島を睨みつける。
「あんな女、いなくなった所で何が困るというんだ。警察だってな、勝手に蒸発したと言ってなんの疑いも持たなかった。」
「確かに警察がまともに調査をしていなかった事は事実です。」
上尾は苦虫を潰したような顔をして言った。
「そうだろ、だから、」
「ですが、あなたが人を殺めた事は疑いようのない事実です。僕は一人の人間としてあなたに怒りを覚えている。」
上尾は伸び放題の髪を逆立てて新島に迫る。新島は裁きを受けているかのように椅子から転げ落ち上尾にカーテンで閉め切られた窓まで追い込まれる。上尾は新島を窓に追い込むと十年間開けられることのなかったカーテンを掴み勢いよく開け放つ。窓の外には昨夜と同じように赤いネグリジェの浅香が外の闇と同じ位真っ暗な目で家の中をじっと見ていた。
上尾は留め具を外して窓を開けてズボンにしがみつく新島を蹴り飛ばした。真っ暗な草むらに投げ出された新島は「助けてくれ、助けてくれ」と見下ろす上尾に乞うが、獲物を見つけた猛獣のようなかつての愛人に首根っこを掴まれ夜明け前の闇の中へ消えていった。その光景は例えるなら地獄の窯が開き鬼が罪深き罪人を連れて行くようだった。
一部始終を見届けた上尾は覇気を失いその場に倒れ込む。襲いかかる寒さとあの世のものとの対峙で上尾の精神は深く蝕まれていた。宮子は生気を失いかけている上尾を受け止めるように抱き寄せる。
「大丈夫です、先生は間違った事はしていません。先生は正しい事をしたんです。」
宮子は上尾の心に生まれた闇を取り払うように言葉を繰り返す。上尾も宮子の背中に腕を回して必死に縋りついた。
次回もよろしくお願いします。