湯沢 資産家別邸①
天気が不安定で洗濯物を外に干すか迷ってしまう季節ですね。だから私はオールシーズンうち干し派です!
上尾を家に送り届けた宮子は川崎にある『なんでも屋本舗』の事務所に行き、社長の大内に今日の報告をした。
「ご苦労様、だからこんな可愛い服着てるんだな。」
「こんな高価なもの自分じゃ買えませんよ。」
「よく似合ってるよ。これから毎日これで先生の所通ったら。」
「嫌ですよ、先生自分があげたものじゃないって不機嫌になったって言ったじゃないですか。」
「そうだったな、苦労をかける。」
大内は笑いを堪えながら宮子に労いの言葉をかける。
「まぁ、大きな子供の世話だと思ってやってますよ。」
「違いないな、」
大内は疲れ切った宮子に言った。
「山女ちゃん、6日連勤で悪いけど明日から3日間先生の所へ行ってくれないか。」
「先生から聞きました。新潟へ行くそうです。」
「新潟に行くのか、それじゃうまい日本酒でも土産に買って来てもらおうかな。」
大内は冗談のつもりで言ったが、宮子に本気で睨まれた事で「すまない」とすぐに謝った。
「今月分の給料も手当相当弾ませて渡すから勘弁な。」
「いいですよ。先生のお守りは私じゃないとだめなんですよね。」
「他の人間じゃいやだと聞かなくてな。」
「私もそこまで嫌じゃないからいいですよ。」
「もう一つ、井上さんのとこも山女ちゃんじゃないと嫌だと聞かなくてな、先生の所が終わったら行って欲しい。それが終わったらこっち来なくていいから半日と2日間休みな。」
「何もなかったらの話だけど」大内は小声で呟いた。
「大丈夫です。今の私には休みなんて無いに等しいですから。」
「すまない、山女ちゃん。先生の頼みは断れなくてな。今日はもう上がっていいよ。明日からの3日間はレポートにして後で俺にくれ。」
「わかりました。」
宮子は大内に頭を下げると事務所を出て帰宅した。
翌朝、宮子は近所のコンビニでおにぎりとお茶を買い上尾の自宅に行った。
合鍵で中へ入り脱ぎ捨てられた背広とシャツを回収してリビングのソファで寝ている上尾を激しく揺すった。
「先生、起きてください。行きますよ。」
全く起きる気配のない上尾は寝返りを打つ。
「先生、いい加減起きて下さい。」
宮子は「しょうがない」と思いっきりソファを蹴飛ばす。
「先生、起きてください。」
3回蹴飛ばして、ようやく起きた上尾は重だるげに上半身を起こした。
「やめてよ、頭くらくらする。」
「だったらさっさと起きて下さい。そうすればこんな事しません。」
「ひどいな、みやちゃん。」
上尾は「朝一番にみやちゃんに会えて幸せなのに」と続けたが、宮子は受け流し拾い集めた衣類を上尾に渡すと「車で待ってますね」と言い残して部屋を出た。
着替えを終えた上尾は宮子のクリーム色の軽ワゴン車に乗り込むと宮子はコンビニのビニール袋を上尾に手渡す。
「朝ご飯買ってきました。」
「いつもありがとう。今日もみやちゃんの手作り期待してたんだけどな。」
「無茶言わないでくださいよ。私今日5時起きなんです。買ってきただけ感謝して下さい。」
上尾は宮子の圧に押されて身をすくませる。
「ごめんね、今日の目的地だけどまず関越道の湯沢で降りて。それからの細かい道は僕が地図見て指示出すね。」
「わかりました。」
宮子はサイドブレーキを外すと新潟へ向けて走り出した。
車に乗ってから助手席に座る上尾は依頼のあった土地の資料とにらめっこして時々唸り声を上げていた。宮子はハンドルを強く握り直し朝の高速を走る。
東北道の宇都宮を過ぎた頃、資料を見ていた上尾が突然宮子を質問攻めにしてきた。
「前から気になっていたんだけどみやちゃんって、この車自分で買ったのかな。」
「この車は家族で出掛ける用に父が買ったんですが、弟も大学生になって全員でどこか行くって事なくなったので私が仕事で使わせてもらってるんです。」
「じゃあみやちゃんが大内さんの所でバイトしてるのって家から近いからかい。」
「それもありますけど、あそこの職種は色んな事するから小説書くのにいい刺激になるかなって思って選びました。」
「そうなんだ。確かになんでも屋なら多様に仕事が来るだろうからね。」
「どうしたんです、そんな質問ばかりして。」
宮子は膝に資料を置いて宮子を見る上尾に尋ねる。
「僕、みやちゃんと知り合って2ヶ月位経つのにみやちゃんの事よく知らないから少しでも知りたくなったんだ。」
「知り合って2ヶ月なんて知らないの当然じゃないですか。逆に何でも知ってるほうが気味悪いですよ。」
「みやちゃんは自分の事知られるの嫌な方かい?」
「ものにもよりますね。触れられたくない所だってあるじゃないですか。」
「僕は知りたいって思うんだ、それが相手にとってどんなものでもね。」
「先生は執着系ですね。でも行き過ぎると嫌われちゃいますよ。」
「でもさ、触れられたくない所でも関わってくれた事で救われるって事あるんだよ。」
「これは僕の実体験だよ」と上尾は宮子に言った。
「考えておきます、」
宮子はアクセルを踏んで前の車を追い越した。
東京を出発して3時間半ようやく湯沢に到着した2人は地図を頼りに市街地を離れた山道を走っていた。
「こんなところの土地なんて一体どうするんですかね。」
「今の建物壊して貸別荘にするみたいだね、最近流行りらしいよ。」
「世の中には色んな人がいるんですね。」
「そうだね、もうすぐしたら細い道が右側にある筈だからそこに入って。」
上尾は資料を見ながら宮子に言った。
雑木林の中の獣道を抜けると2階建ての赤い屋根の家が姿を表した。
上尾は車を降りるが、足を地面につけた瞬間顔を歪めた。
「先生、大丈夫ですか」
「大丈夫、ちょっとね、」
上尾は顔を青くしてハンカチで口を抑えた。
「僕名刺だけ置いてくるからみやちゃん車で待ってて、」
上尾は預かっていた鍵を取り出して玄関に名刺を置くと早足で宮子の元へ戻った。
「みやちゃん、行こう。」
上尾が車から戻ると宮子は何も言わずエンジンをかけた。
次回からホラーを全体に出していきますのでよろしくお願いいたします。