上尾の日常生活
今回始めて文章を投稿させていただきました。
よろしくお願いいたします。
「先生行きますよ。」
3時間かかり新橋中の飲み屋を探し歩いてクタクタになった山女宮子は高架下の飲み屋で飲んだくれていた上尾誠司にげんこつを一つおみまいして店を出た。
「みやちゃん、待ってよ」
上尾はふらつきながらも必死に宮子を追いかける。
飲み疲れたサラリーマン達はぞろぞろと終電に乗るために駅へと向かう中、二人はそれに逆らうように駅から離れた駐車場へと向かった。
「先生、明日は山田さんと会うって言うのにこんな事してて大丈夫なんですか。」
宮子は車の鍵を開けて後方部に上尾を押し込んで上尾の自宅のある大森へ向かった。
上尾は様々な事情により土地の所有権が分からなくなった土地等の問題を専門にする弁護士だ。自らの事務所は持たないが、ある特殊な事案に関しては非常に優秀である事から依頼が跡を立たない。
上尾を迎えに来た宮子は売れない小説家である。上尾の学生時代からの友人である山田裕介が上尾を心配して宮子のバイト先の『何でも屋本舗』に依頼した事が始まりであった。派遣された宮子は生来の面倒見の良さと深い優しさですぐに上尾から気に入られ今では週に5回以上上尾に指名されて世話を焼いていた。
「先生、もう着きましたよ。起きてください。」
宮子は後部座席でいびきをかく上尾を叩き起こして自宅マンションに連れて行く。
宮子は上尾のジャケットのポケットにある鍵を取り出して開けると玄関に上尾を放り込んだ。宮子は泥酔した上尾に「明日の7時に迎えに来ます」と言ってドア閉めた。
翌日、上尾のマンションに向かう道中、宮子は部屋のどこかで寝ている上尾の姿を想像してため息をついた。
「きっと起こすの面倒なんだろうな。」
上尾の寝起きの悪さは折り紙付きだった。二度寝は当たり前だし、期限を悪くするという代物で上尾に関する業務の中で嫌な部類のものだった。
「楽に起こせますように。」
宮子は上尾の自宅前に着くと習慣付いたお祈りをしてドア開けた。宮子を待っていたのは床に座り込んで宮子が来るのを待っていた上尾だった。
「おはよう、みやちゃん。」
「先生起きてたんですか。」
「みやちゃんが僕を玄関に放り投げた後、部屋上がるの面倒だったからここで寝てた。」
「風邪引いたらどうするんです。」
「その時はみやちゃんが僕の事責任持って看病してくれるでしょ。」
「だって風邪引いたらみやちゃんのせいだもんね」上尾は立ち上がり軽く腰を叩いた。
「結構時間あるんでしょ、うちへあがってゆっくりしよう。」
上尾は宮子に家へ上がるように促す。宮子は「調子狂うな」と思いながらも上尾の招きに応じて靴を脱いだ。
上尾の自宅は先月引っ越したばかりの1LDKの角部屋で一人暮らしには広すぎるくらいの大部屋だ。宮子は男の怠惰を絵に描いたような上尾の代わりに定期的に掃除をしているが、すぐにゴミ屋敷のようにしてしまうのが悩みになっていた。
「もう少し狭い部屋だったら掃除も楽に出来るのに。」
宮子は散らばった空き缶やカップ麺の容器をごみ袋に詰めながらこぼす。
「だって広いほうがいいでしょ」
「何がですか、」
宮子はテーブルについてあくびをする上尾を睨みつける。
「今日は時間に余裕があるので、朝ごはん簡単ですけど何か作りますね。」
「みやちゃんご飯作ってくれるの。嬉しいな、早起きして良かった。」
台所を最低限使えるように掃除を終えた宮子は賞味期限を確認した未開封の食パンをトースターにかけた。それから肉厚のハムとトマト、玉ねぎを手早く切って卵とフライパンで炒めた。
トーストが出来上がると炒めたものをトーストの上にのせて上尾の待つテーブルの上に置いた。
「美味しそうだね。」
「コーヒーも持ってきますね、」
宮子はインスタントコーヒーを適量カップに入れるとお湯を注いで上尾に手渡した。
「毎日みやちゃんが僕の為にご飯作ってくれたらいいのにな。」
「私は家政婦じゃないですよ。そういう人が欲しいなら雇うなり、お嫁さんもらえばいいじゃないですか。」
宮子は「収入もあるんだし困らないじゃないですか。」と付け足して、席に着いた。
「僕はみやちゃんにずっとご飯作ってほしいんだけど」
「私だっていつまでも先生の世話をやってあげられるわけじゃないんですからね。」
「どうしてさ、」
「今に私の小説が世間に評価されて売れっ子になったらそれどころじゃなくなります。」
「その割にバイト増やしたり、小説書いても雑誌に載せてもらえないって嘆いているよね。」
上尾は話に水を指して小さくなる宮子を見て楽しんだ。
「本当にみやちゃん可愛いな、バイトなんて辞めてうちに来ればいいのに。」
「三十路後半で天パな上に生活能力皆無のおっさんの世話係なんてゴメンですよ。」
「酷いな、流石に傷つくよ。」
上尾は手入れのされていない盆栽のような頭をかいた。
「片付けをしたいので早くご飯食べてください。」
貧乏ゆすりを始めた上尾に言うと、宮子は食べ終わった食器を持ち台所へ戻った。
上尾が食器を流しに持って来た頃には宮子は台所の掃除を一通り終えていた。
「先生、もう少し早く食べて下さいよ。」
「ごめんね、考え事してたら食べるのがおろそかになっちゃった。けど、ご飯すごく美味しかったよ。」
「この人は。」
宮子は人懐っこい笑顔をする上尾を見て何も言えなくなった。
「みやちゃん、来月とか空いてたりする。」
「来月ですか。」
「いつもみやちゃんには迷惑かけてるから何かしたくて、それでみやちゃん宮沢賢治とか好きって聞いたから一緒に岩手に旅行行こうかなって」
「ありがとうございます、先生。でも気持ちだけで十分です。お金をいただいて仕事させてもらっているので、そこまでしてもらうわけには」
「けど、それじゃ僕の気が済まないよ。」
「じゃあ、何か美味しいものでも奢ってくださいよ。私それだけで十分ですから。」
宮子は納得がいっていない上尾に言い聞かせ「身支度を済ませて来てください」と背中を押した。
次回も書いて参りますのでよろしくお願いいたします。