工房主
腹が満たされれば瞼も重くなる。
風は爽やかで気温も程よい。行き交う馬車の音も心地いい。
どこからか分からないが赤ん坊の泣き声とそれをあやす母親の優しい声が聞こえて来た。それが何時も張り詰めていた緊張感を少し和らげ、ベンチで危うく眠ってしまいそうだった。
広場から工房まで10分ほどの距離、色んな店があり見物しながら歩いていると、何とも黒く煤けた建物?が見えてきた。目当ての工房だろう。
ギルドマスター曰く「行けばわかる」だ。
建屋は見た目ガス爆発があったかのような感じと言えば分かるだろうか・・・ひどい。今ももくもくと煙が上がってる。
扉も何も無いので勝手に入った。
「あの〜すんません」
槌の音が煩く響いてるだけで返事がない。よく見ると物陰にしゃがんで槌を振るう爺さんが居た。オレは息を吸い・・・
「すんません!!きー!こー!えー!まー!すー!かー!」
爺さんはギロッと睨みながら
「煩いのー聞こえとるわ、その先の要件を言え。クソボーズ!ったく年寄り扱いしおりよって!」
むかっ!
「おいコラ偏屈ジジイ!返事しねぇから聞こえねぇーと思うだろが!ああ?それとオレは客だ客!」
「おいクソボーズ!儂の所にゃ客は来ん!じゃからクソボーズが客なら儂には用事はありゃせんよ。帰れ」
「こりゃまたイカレ頑固ジジイだな、じゃーオレは客じゃねぇよ!てめぇに頼みがある!」
「知らん」
頑固ジジイは奥へ向かう、そこへオレは双剣を抜きジジイの前へ一瞬で移動し、目の前に刃を見せ付けた。
「見ろ」
爺さんは目を見開き黙り込む。
そして一言
「見えん」
「は?」
「近いんじゃよ!離せ!」
老眼だった。
「面白いクソボーズじゃの、見てやる」
爺さんは剣を見ながら
「ふむ・・・寿命じゃな」
「ああ、オレもそう思う・・・」
「それにしても酷い癖じゃの?」
「何がだ?」
「剣は両刃あるんじゃぞ?お前は片方だけを使っとる。2本ともじゃ」
「そう言われるとそうだな」
「柄の形なのかの?ん?バランスか!刃の重心位置が真ん中じゃないんじゃな・・・」
などとブツブツ言っている。
「なら片方の刃は要らねぇな・・・」
オレもブツブツ・・・
「片刃か片刃・・・・・・ん!!」
「どうしたクソボーズ?」
オレは思い出した、故郷に伝わるアレを。
「オレの国に古から伝わる伝統的な武器があるんだが、教えるからそれ作ってくれ」
「素人の知恵か?そんなんでわの〜」
「聞くだけ聞け!爺さんなら分かるはずだ」
オレはソレにめちゃくちゃ興味を持ち構造から製造過程など徹底的に調べ上げた事がある。恐らくプロの鍛冶師の次に詳しい。
「ほっほっほ〜、楽しくなって来たわい」
爺さんもオレの話しを聞くと「目からウロコじゃて」と興奮した。
「爺さん、死ぬなよ」
「おいクソボーズ、4日で仕上げる。毎日手伝いに来るんじゃぞ」
工房主、ヘンリー爺さんは言う。
「ああ、分かったよ」
この爺さんはムカつくけど、何か憎めない気がした。
「爺ちゃん思い出すな・・・」
「なんじゃて?」
「なんでもねぇよ」
少し時間は遡る。
ボンズはオヤジから金を受け取る。
「えっ?オヤジ・・・」
バスドムはボンズを見つめ眉をひそめる。
「ボンズ・・・お前は西へ行くんだったな」
「あ?ああ、じゃーな」
アジトを後にし西へ街道を進むボンズ。
「オヤジ・・・どうゆう意味だ?わからねーな」
ボンズは考える。
「あーもう!まあいい!とりあえず西の都ウエスタウンに向かうしかねー」
馬車なら4日程だったかな?
ボンズは単独の任務で何度か行ったことがあった。
長期任務だったため勝手知ったる街だ。ヤンチャな知り合いも多いので少し楽しみでもある。
「もうすぐ日が落ちる、あの村で宿を取るか」
「ちわーっス。一晩部屋空いてますか?」
「いらっしゃいませー、空いてますよ。どうぞどうぞ〜」
「ありがとうございます」
料理のいい匂いがしている。
「お腹すいてるでしょ?すぐ用意出来るわよ?」
「あ、はい!お願いします」
「じゃー部屋に荷物置いたらすぐ降りてらっしゃい」
「わかりました」
誰かさんと違ってボンズは好青年である!
(綺麗な女将さんだ・・・)
年頃でもある!
ボンズも収納持ちだから特に荷物も無く部屋を確認しただけで下に降りた。
美人女将は野菜と肉の炒め物をこれでもかと大盛りにして目の前に置く。
「たくさんお食べ」
笑顔にみとれたが
「頂きます!」
感動である。
食事も済ませ余韻に浸っていると
「旅の坊やはどこへ向かってるのかな?」
女将が聞いてきた。
「ウエスタウンです」
「あらけっこう遠いんじゃない?」
「そうですね、だいぶかかりそうです」
「あー、そう言えば西の方から商人さんが来ていて用事が終わって明日帰ると言ってたわ。馬車だから乗せてくれるかもよ?」
「マジですか!出来たら紹介してもらえますか?」
「そうね、明日案内してあげるわ」
翌日、その美人女将のシーナさんと一緒に商人の所までやって来た。
「こちらの方よ。おはようございますブラスさん」
「これはこれはシーナさん、おはようございます。どうしました?朝早くに」
「うちのお客さんが用事があるそうなのでお連れしたんですが、聞いていだだけますか?」
「はじめましてボンズと言います。突然すみません」
誰かさんととても同じ組織に居たなんて思えない男である。
「いえいえなんでしょう?」
「あの・・・西の方へ帰られると聞きました、良かったら同行させて貰えないかと思って。ダメでしょうか?そこそこ戦えますので護衛も出来ます」
「ほほー、これはついてる。今、ウエスタウン近郊の街道沿いは盗賊が確認されてまして願ったり叶ったりですわ。是非お願いします」
「ありがとうございます!」
「良かったわねボンズさん!」
「いや、シーナさんのお陰です」
ボンズ・・・
「あ、申し遅れました。私はデュラセル商会ウエスタウン支店の支店長をやらせて頂いておりますブラスと申します。よろしく」
「良かったウエスタウンが目的地なんです。よろしくお願いします」
こうしてボンズはブラスの護衛としてウエスタウンに向かうことになった。
「あの〜ブラスさんは支店長なんですよね?」
「はいそうですよ。あ、その顔は支店長なのになんで外回りをって感じかな?」
ブラスはニコニコと人懐っこい顔で笑って来る。
「は、はい・・・」
「大丈夫ですよ、よく言われますんで」
「なぜですか?」
「じゃーウチの商会の事詳しく話しましょう」
ブラスは水筒から水をあおってから話し出した。
「まず、デュラセル商会は色んな商品を扱ってます。生活用品、衣類、食品、酒類、それからハンター向けに防具、用具、武器各種」
「凄いですね、武器類もですか」
「はい。そして各地に支店を置いてるんです。本店はサウランドに構え、私のウエスタウン支店、イストリア支店、王都の中央支店、そしてノクチュア支店です」
「へー、めちゃくちゃ大きな商会じゃないですか!」
「そうなんですけどね、本店のデュラセル会長は『上の者ほど動け』と言って若い者に店の方を任せ自分から馬車に乗って各地を飛び回ってるんですよ、だから私もこうして馬車旅です」
「大変ですね」
「いえいえ楽しいですよ、まぁ危険もありますがね。でもこうやって帰り荷で質のいい資材や珍しい物や情報なんかも集まりますしやり甲斐があります」
「へー」
「ボンズさんはどこからですか?」
「王都からです」
「ほう王都から、でウエスタウンにはお仕事かなにかですか?あ、ごめんなさいね色々聞いちゃうのが癖になってて・・・」
「いえ構いません。王都では個人の護衛をしてたんですが契約期間が終わっちゃって、どうしようかと思ってたんですけどウエスタウンに知り合いが居るんでそっち行ってみようと」
「そうですか。じゃ向こうで仕事探さないといけないですね?お強そうですからハンターなど合ってるかもしれませんね」
「ハンターですか、それいいですね」
そろそろ宿を取ろうとブラスの馴染みの村に向かった。
その村の入口で何人かが険しい表情で話をしていた。
「こんにちはビルウェートさん、どうかしたんですか?」
「ああ、お久しぶりですブラスさん!あの・・・大型の魔獣が2体村に向かってると報告があったんです。種類はラガグリズリーと聞きました」
「ほんとですか!それで何か対策は?」
「今、隣村のハンターを呼びに行ってるんですが・・・」
「間に合うかって事ですか・・・」
「はあ・・・」
ボンズが動く
「ブラスさん、オレ行きます。方角はどっちですか?」
「え?いいんですか?大型が2体となると・・・」
「多分大丈夫です」
「多分て・・・ボンズさん武器は?」
「あ武器か・・・この剣を借りますね」
馬車に護身用の剣を積んでたのをボンズは借りて行った。
「あ、ちょっとそれは切れ味が・・・・・・あー行ってしまいました」
「あの坊や強いのか?ブラスさん」
「戦ってる所見てないですがね・・・」
ブラスのその後に続く言葉は聞き取れないような声で「そうとう強いですよ、あの雰囲気は」
教えられた場所に着いたボンズの一言
「でけえクマだな!」
そのまんま5メートル程のクマが2頭居た。目は赤く薄ら光ってる、魔獣の特徴だ。
「まぁサクッと行くか」
借りた剣は刃がボロボロだったがボンズには関係無い。
「借り物だから壊さないようにと・・・」
剣は触媒で周りに薄く風刃の魔法を纏わせる。それを超振動ブレード化する。
ラガグリズリーはボンズを獲物と見ながら突進して来た。魔獣化してるためスピードは速い。
2頭とも並んで突進しながら左右別々の腕で横薙ぎの攻撃をして来た。
辺りに爆発音と共に低周波の脈動音が響く。ボンズは正面から消えるように背後へ高速移動。その際2頭共首を斬られていた。
勢い余ったクマ達は地面を滑る。そして岩壁に激突して止まる。
静まり返る。
「なんだ・・・弱いんだ」
剣を見る。
「壊れてないな」
このまま放っておく訳には行かないと思い
「燃やすか」
ボンズは高温の火炎魔法で着火。そこへブラス達がやって来る。
「!!!!」
「あ、ブラスさん。今終わりました」
「戦闘の音が全くしなかったんですが・・・・・見たいですね・・・・・・」
「どうかしましたか?あれ、燃やしちゃダメでした?」
「いえいえ、いいんです。ただ、めちゃくちゃ強いんだなと」
「いやそんな事無いですよー、弱かったですから」
ブラスは思う。ラガグリズリーは1頭でもシルバーランクのパーティでやっとこである。
それを2頭、それもなまくら剣で。
(これは考えちゃいけない)
心にそう決めた1つ目の案件である。
宿に着くとボンズは皆にお礼を言われこそばゆい思いをした。お礼を言われる事は初めての経験で、何か不思議な気分だった。
夜も更けボンズは少し落ち着こうと近くの河原まで来ていた。
「今日は満月か」
草場に腰を下ろす。
「カエラも月を眺めるのが好きだったな」
なんて思いながらぼーっとしていると
「こんばんわ。何してるの?」
「ぅお、あーっと・・・ぼーっとしてる」
気配は気付いていたが驚いたフリをした。村の入口に居たビルウェートの娘だった。
「凄く強いんだね、お父さんが言ってた」
「そんな事ないよ」
「おっきなクマの魔獣を2頭も1人でやっつけたんでしょ?凄い強いって言ってたもん」
「どうかな・・・」
彼女も横に座った。
「・・・どうして悲しそうなの?」
「そんな風に見える?」
「見える」
「そっか」
「・・・」
虫の音が心地いい
「もう戻りなよ、お父さん心配するぞ」
「うん・・・・・・。おやすみ」
素っ気なかったかなと思いながら手を振った。
ボンズはまた月を見上げる
川の柔らかい流れの音と虫の音、そして感謝されむず痒い思い、1人の止まった時間ともう1人の動き続ける時間。
そんな自分が『暖かい』なんて感じる罪悪感。
蓋をしていた記憶が暴れだし胸の奥を締め付ける。
それでも川は緩やかに流れ、それに乗れなかった葉っぱがクルクルと回るのをじっと見つめる。
まだいける。