テド運河
セドーラ大森林の後、野営をしてから街道はテド運河沿いとなる。平原なことから錯覚しがちであるが緩やかに登りとなっていてなかなかキツい。
「なあ、運河を船で行けたら楽だよな?」
「そうだな、ただあの流れに逆らって漕げればの話だがな」
「船用の魔道具は?」
「そうゆう魔道具はあるんだが魔石がどんだけいると思う?そして魔道具一個じゃ力が無いから大変な事になるぞ?」
「そーか。楽は帰りだけか」
「そーゆーこった」
こんな事は毎度旅人は考えてしまう。運河を見れば時折荷物や人を載せた船が快調に下って行くのが見えてしまうからだ。その証拠に運河の流れはそこそこ激しいのだ。
大森林を抜けてからは嘘のように平和であった。途中の村などで聞いても魔獣はおろか盗賊も出ないと言う。まあ、この先にも『難所』があって挟まれた平原地帯はセーフゾーンとなっているでけなのだが。
安全となれば人が集まる。そして村となり、さらに街となる。そうやって栄えた街『ガルデンタ』に商隊は到着となった。
「皆さんお疲れ様です。ここガルデンタで宿を取りましょう。今はお昼ですが出発は明日の朝とします。ゆっくりと身体を休めてください」
ヤップさんはセドーラ大森林での戦闘を気にしていて、皆がゆっくり休養出来る事を喜んでいるようだ。流石だな。
「さて、昼飯にでもすっかな」
そう思い繁華街を1人で歩いているといい匂いのする屋台を見つける。凄くボリュームのある串焼きを売っていたので2本購入し、公園のベンチに座り頂くことにした。
「この街って大きいんだな」
ポツリとこぼしながら背伸びをする。このガルデンタと言う街はそこそこ大きい。ギルドの出張所もある。管轄は王都になるみたいだ。まぁ、ギルドに用事は無いのだが。
「んじゃーその辺見て回ろうか」
店は多いがやはり旅の補給品などの商品が主だ。そして・・・お決まりのデュラセル商会ノクチュア支店ガルデンタ営業所。
「やっぱりあったか・・・」
レンは店の前に立つ。すると後ろから声が掛かる。
「おや、レンさん」
振り返ればヤップさんが居た。
「あ、ヤップさん。どうも」
「今私も来たとこです。ウチの支店のガルデンタ営業所です。何かご入用ですかな?」
「少しポーションを・・・」
「そうですか。どうぞどうぞ」
そう言い店に誘い入れる。
店はどこぞの支店より大きくないが、量は少なく種類は多くと工夫しているのが分かる。
奥から店長らしき男が出てくると・・・
「あー!ヤップ支店長!死に損ないがー。今帰路でしたっけ?あっ、商隊だー。ご苦労様です」
「お元気そうで、死に損ないがー。こちらの方は雇っているハンターのレンさんです。ポーションをご希望ですのでご案内してあげて下さい」
「はい。ではこちらへ」
シエルは1人で繁華街を歩いていた。
「レンめ!私を置いていくとは〜!」
心の中でプリプリ怒りながら目ではスイーツ店を補足していた。
「まずはお昼ご飯食べなきゃ」
そこへ声が掛かる。
「シエルちゃん!」
「あら、ベンさんとティークさん」
「これから昼食なんだが・・・もしよければ・・・まだ食べてないなら・・・シエルも一緒に・・・どうだ?」
ベンは思った。(ティークさんキモっ!)
「そうだな〜(1人で食べるのも何だし・・・まいっか)じゃ〜ご一緒させてもらいま〜す」
「おぅ、よかった。じゃ行こか」
3人はテラスのある店に入った。まあティークが気取ってオシャレな店を選んだだけなのだが。その店は店内と屋外にいくつかテーブルを置いていて好きな方を選べるようになっていた。
「私、外がいいな」
「じゃー外にしようか」
3人は席に着き無難にランチを頼んだ。肉とパン、野菜サラダフルーツ。最後にコーヒー付きだ。
「すごく美味しかったね〜」
「オイラは量がキツかったよ。でもホントに美味しいね」
「シエルは大丈夫だったんだ」
「私は沢山食べられるんですよ〜。でも太っちゃうかな」
「ティークさん・・・もう少し気を使わないと・・・ね!」
「あ、すまない・・・」
「へーきですよ」
そしてシエルはボーッと往来を眺めながらコーヒーを飲んでいた。ホントにボーッとしていた為、知った顔と目が合っても反応出来ずに一瞬遅れる。
「あ、レン」
そう気付き、手を上げる途中でレンは目を逸らしそのまま歩き去って行った。
レンから見ればちょうどティークと向かい合って食事を済ませた感じに見えていた。
シエルは少し焦る。
「ティークさんベンさん、ちょっと急用思い出しちゃったから失礼しますね」
と言いその場を後にする。そしてレンを追いかけたが見失った。
「あーもーう、レンどこ行ったんだろ?」
レンは「あ、シエル・・・う?ティークと・・・?まっ、そーゆー事なのか?へー」
てな感じだった。それよりも宿で休みたくて仕方なかった。
「おい、チャンスだ」
「しくじるな」
あの怪しい商人達はリリーのパーティーが昼食を取るテーブルの真横に陣取る事が出来た。
「早く出せよ」
「急かすな、魔石はどこだ?」
「お前に渡しただろ?」
「いや、無いんだよ!」
すると後ろから声が掛かる。
「探し物はこれかしら?」
「ッ!」
振り返った商人が見たのは・・・エリカだった。
エリカの手には魔石が握られている。
「あ、あぁ・・・そ、そうです。ありがとうございます」
受け取ろうとする商人。だかその手には戻らない。
「ちょっと話があるんだけど?いいですよね?」
エリカからは微弱ながら精密な魔力操作による傀儡魔法が2人の商人に掛けられていた。抵抗出来ない商人2人はエリカに従う。
「それ、渡してくれるかしら?」
魔道具を持った商人がエリカに渡す。
「リエラさん、これお願いします。あと、先に食事をして宿に戻ってて下さい。私は急用が出来ましたので」
「はい、お任せ下さい」
「それではお二人さん、場所を変えましょう」
エリカと商人は街の外れの倉庫の中に居た。
「さて、あなた方は誰に雇われたのですか?」
1人の商人が口からヨダレを垂らしながら喋る。
「ガ、ガルバ様に・・・」
「ああー、シシリア様の・・・しつこい女ね」
「じゃー、連絡は入れたの?」
「ま、まだ・・・」
「あ、そう。良かったわ」
その答えの瞬間、倉庫内に魔力が満ち低周波の脈動音が唸る。それは高速から低速周期になり商人達が蹲る。
「クラッシュ」
エリカの発動呪文の後『グシャッ』と鈍い音がし商人達は動かなくなった。
「必ず守るわ。でも、そろそろ限界よね〜」
エリカは繁華街へ歩く。
「ノクチュアまでは何とか頑張ろっかな。でも、ヤバくなったら・・・その時だな。よし」
現在真夜中。誰しも眠っている時間である。倉庫街の影になった広場に1人の影、レンだ。
「よし、周りには人は居ないな」
『ドン!』と爆発音。低周波の脈動音が低速周期をキープ。『ブーン』と空気の唸り音がするとレンがブレる、同時に消えた。シュッシュッ!と微かに空気の音。レンが元の場所に現れる。
「ふーっ。これくらいかな?」
また脈動音の低速周期が発生する。そして直ぐに収まる。
「この感覚覚えておこう」
ふと、倉庫の壁にもたれかかって休んでいると、かなり微弱な残留魔力に気付く。
「なんだ?この・・・倉庫の中からか?」
中を覗くと倒れた二人の人影が見えた。急いで中に入って確認すると、知った顔だった。
「おいおい、お前らかよ」
あの怪しい商人達の亡骸だ。外傷は無いから魔法だろう。
「こりゃやべぇヤツが居るな。最小限の魔力でこれをやったのか?まずいぞ・・・シエル・・・じゃないよな」
怪しまれないようにそっと宿へ戻るレン。
翌朝、出発の準備をしているとヤップさんから一言あった。
「馬車1台の御者が変わります。ちょうどウチの営業所へ納品に来ていた顔見知りの御者を雇いました。シモンと言う男です」
ヤップさんに押されて男が前に出る。
「ちょっ、押さないでくださいよ〜。あっ、し、し、し、シモンと言います。お、おー願いします・・・」
10代だろう。ドギマギした気の小さそうなヤツだ。
「誰か・・・ハンターさんで一緒に乗ってあげてくださると有難いんですが・・・」
ピクっとレンが反応しだ。
「オレが乗ります」
「ああ、レンさん。お願いします」
(よし!あの居心地の悪い馬車からやっと離れられるぜ!)
その少し後ろでシエルが不満そうな顔をしていたのをレンは知らない。
出発した商隊は、あと1日程続くセーフゾーンの草原を進む。
「シモンだっけ?商人やってるのか?ぶっちゃけ見えねぇけど」
「ちょっと!失礼じゃないですか!当たってるだけあって何も言えないですけど。じゃー何に見えます?レンさん?」
「ん〜、靴磨き?」
「ハイハイハイ、確かにやってた事ありますけど?ありますけど!!靴磨きが馬車で御者やりますか?喧嘩売ってるんですか!買わないですけど。ボクは運び屋です」
「運び屋?」
「そう。主にデュラセル商会さんの専属みたいになってますけどね。ちょうどシマラフさんの店に卸した時にヤップさんより依頼されました」
オレが店を出る時に居た馬車か。
「儲かってるか?」
「そりゃもう!靴磨きよりは」
「違いねぇ。改めてレンだ。よろしく」
「はい。シモンです。よろしくお願いします」
「いやさ、シモンが来て助かったよ〜」
「なんでですか?」
「女パーティー居ただろ?」
「ああ!あのスーパー美少女パーティーですか。ビックリしましたよ、なかなか見ることの無いですよね?眼福眼福」
「オレ、あの馬車に乗せられていたんだぞ?」
「マジ?ま・じ・で・す・か!羨ましい!で、何故に助かったなの?」
「シモン、あの中にポツンと男1人で居てみろ、思い出すだけでゾッとするわ!」
「いいですかレンさん。彼女いない歴イコール年齢、出会いも無ければ若い女の子すら近くに居なかったボクからしてみればー!天国じゃないですか!毎日毎日靴磨きして帰る、ただそれだけの生活から運良くこの仕事を紹介してもらい『もしかしたら?』なんて思っちゃったけど女の子居ないよね?この仕事。それで何が不満なんですかレンさん!」
「落ち着けよ」
「落ち着いて居られますかって!」
「居づらいんだよ」
「普通に話してればいいじゃないの?」
「出会いかたがさ・・・胸触っちゃったし・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「はぁーーーー?むーねー?誰の?」
「まぁ。あの・・・リリーの・・・」
「ッ!一番大きな子ですよね?当然美人で。レンさんは痴漢だったんですか?最低ですね!馬の足に巻き込まれたらいいのに!羨ましいッ」
「おい、最後のは願望だろ?つか、事故だよ。触りたくても触らねぇよ!」
「それで・・・怒られた?未だにネチネチとかですか?」
「ぶっ飛ばされた」
「よしっ!当然です。ボクも一発いいですかね?」
「何でシモンから殴られなきゃいけねーんだよ。んで、お前リリーがタイプなのか?」
「タイプですか?んー、リリーさんは金髪蒼眼で・・・まっ胸も大きいし綺麗だし喋りやすそうだな〜。エリカさんは赤毛で静かな感じでまた色っぽいよね〜、美人だし。猫耳の子もありだわ!うん可愛い。あと青髪の子もスタイルいいし捨て難い。そしてシエルちゃん!何あの子?可愛過ぎないかい?反則でしょ?またミニスカートがヤバいよ!」
「で?誰でもいいんだ」
「いや、あの中から選ぶのって大体無理があるんですよ!全員可愛いし、綺麗だし。でも敢えて選ぶなら・・・シエルちゃんかな〜いや待てよ、エリカさんも捨て難い・・・・・・う〜っ、シエルちゃんだ。シエルちゃんがいい!」
「・・・・・・終わったか?」
「ちょっと!質問しといて聞かずにくつろいでたでしょ?ねぇ?」
「聞いてた聞いてた」
「今、終わったか?って言ったし!」
「まぁ、頑張れよ。シエルはティークってのと仲良いから難易度高めだな」
「わかってます。ボクの人生ハードモードなんですからハナから期待してないですよ・・・」
「・・・」
「黙ってても分かりますよ。ぷッって笑ったことぐらい!」
「わーったよ、しばらく寝るから。黙ってろよ」
「なんですかそれは、黙ってろって?ボクがお喋りみたいじゃないですか!ねぇ?レンさん?あーっ、無視してるし!分かりましたよ、静かにしてますよ。まったくー」
レンは御者席から荷台に移り荷物にもたれて横になった。シモンはお喋りだがコッチの方が居心地がいい。
セーフゾーンは今日いっぱいは続く。明日からはまた気を張った移動になるのだ。気が休まる方が断然良い。
「シモン」
「なんです?寝るんじゃなかったんすか?」
「昼飯になったら起こしてくれ」
「・・・・・・ガチな仕事放棄宣言が聞こえたような気がしますが・・・ハイハイ、分かりましたよ」
レンは片目を開けてシモンを見て少し笑った。
馬車は快調に草原地帯を進む。
日は馬車の後方からでレンには幌が影になっている。
昼までよく寝られそうだと思った。