心に熱を
セドーラ大森林を抜け、野営中のとある商人。
「ヤバかったな」
「まったくだ、それどころじゃなかった」
「あのガキは相当の強さだな」
「ああ、そしてリュークってヤツもだ」
「それよりシエルって女だよ、得体の知れないのは」
「カカシだろうか?」
「わからん。だいたいカカシを見た奴居るのか?居ねぇだろーよ」
「それもそうだがな」
「それよりだ、リリーかエリカって女が怪しいんだが魔道具使えたか?」
「いんや。セドーラ大森林に近いと魔力が乱れて使えねぇな」
「そうか。次の街がチャンスだな」
「そうゆうこった」
ボンズは今、めちゃくちゃ心地良い。柔らかく暖かくすごくいい匂いに包まれている。そして意識が覚醒してくるにつれて原因がわかった。
今は横向きに寝ているみたいだ。そして頭の下、厳密に言うなら左頬を下にしているのだが、そこに柔らかく暖かな物体がある。そして鼻先と言うかピッタリとこれまた柔らかく暖くいい匂いのする『何か』にくっついている。
目をゆっくりと開けてみた。何も見えない。まあ考えみればその柔らかく暖かな物体のL字になった角辺りに顔を埋めているためだ。
頭を起こそうとすると動かない。どうも上から押さえられている。しかも非常に優しく。
まあ心地いいからこのままでも・・・と思いそうになって留まる。そして少し力を入れた。
「んん・・・ボンズ、起きたのかい?」
何故かミュールの声が耳元で聞こえる。すると視界が少し明るくなり押さえられていた圧力が抜けてゆくと身体が起こせるようになった。ゆっくりと起すと・・・理解した。
ミュールの膝枕でお腹の方へ顔を埋めていた。
「オレは・・・どうして?こうなった?」
顔が焼けるように熱い。
「夜中にボンズがうなされてたから心配になって私がしたんだよ?」
「そ、そうか・・・」
「ボンズったら動くからスカートがめくれちゃって。そして顔を埋めて落ち着いたからそのまま私も寝ちゃったよ。なかなか恥ずかしかったな」
スカートの裾は際どい位置までめくれている。
「いや・・・その・・・悪かった。ありがとう。つか、スカート戻せよ」
「パンツは見えたかい?ふふっ」
「ばーか、見てないし。それよりお前足とか痛くなかったか?休めなかっただろ?」
「そんな事ないよ。なかなか満たされたと言うか・・・人肌に触れて眠るなんて初めてだったからね。案外いいものだな」
「・・・そっか。ならいい」
ボンズは外に出て身支度をする。ミュールも着替えてから色々と支度を整えた。
「さて、出発」
馬車は快調に進む。宿のサービスで貰ったおやつのクッキーをポリポリしながらミュールが話しかけてくる。
「ところでさ、ボンズ」
「なんだよ」
「時々思い詰めたような悲しい表情をしてる事があるんだが、何かあったのかな?もし良ければ私に話してみないかい?」
ボンズは少し唇に力を入れる。
「まあね、思い出したくないとか話したくないと言うなら無理にとは言わないけどね。お節介なんだが、よく言うじゃないか。悲しい事は人に話すと悲しさ半分。嬉しい事は人に話すと嬉しさ倍ってね」
「・・・・・・」
「そうか、ごめんねボンズ」
「あーっと、謝らなくてもいいぞ。話すよ」
「え?いいのかい?」
「ああ」
ミュールも御者席に座った。
「前に立ち寄った村の子供にも同じ事言われたんだよ。情けねえ」
ボンズは馬車を一般的なスピードに落とす。その方が話に気を取られても安全だ。
「実は・・・王都にいた頃4人で仕事をしていたんだ。男2人と女2人で。内容は個人の護衛のようなものとでも言っておこう。ある日の護衛、男女ペアで配置されていた。いつもの静かな夜の護衛中に大きな襲撃があったんだ。その時に襲撃者が使った火炎魔道具のトラップが発動してオレとペアだったヤツが直撃にあって死んだ。その魔道具は当然帝国製、すざましい熱で蒸発だったよ。彼女はその瞬間防壁を張って防ごうとしたんだな、防壁の消える魔素の粒子が見えた・・・」
ミュールはボンズの御者席の後ろに移動し優しく抱きしめた。
「話してくれてありがとう。辛かったね。でも今からは半分私が受け持つ」
ボンズは涙が溢れ袖口で拭う。
「泣いているのか」
「うるせえ・・・」
覗き込んだミュールの目にも涙が浮かんでいた。
少し落ち着きボンズの隣に戻ったミュール。
「ところでボンズ」
「なんだ」
「防壁の消える魔素の粒子が見えたって言ってただろ?」
「ああ」
「それ・・・ちょっと引っかかるんだが」
「どうゆう事だ?」
「あのね、私も魔法を叩き込まれたと話しただろ?」
「叩き込まれたのは初耳だが、魔力がポンコツなのは聞いたぞ」
「なかなかボンズも辛辣だな。まあいい、それでだ。その残留魔素の現象は転移魔道具の現象に似ているんだよ」
ボンズは目を見開いたままミュールを見つめて固まる。
「ボンズ君?見つめて貰うのは一向に構わないのだが・・・も少し優しい目で頼めないかい?」
「そ・・・その話し!詳しく頼む!」
「わ、わかったよ。私のささやかなお願いは彼方へ投げ飛ばしたね・・・。じゃーその転移魔道具の現象について話そう。ボンズの言う魔力ポンコツの私だが、勉強は頑張ったんだ」
そう言いながらボンズと自分に飲み物を用意する。
「ポンコツ、ありがとう」
「ボンズ、ポンコツは名前では無いんだよ?そんな事な言うとパンツ見せないからな!プイッ」
「見ねぇーよ」
「ちょっと!少しは見たそうにしてよ!自信無くすじゃないかー。ぶーっ!」
「わかったわかった、そのうちな」
「・・・その返事も・・・恥ずかしんだけど・・・」
2人で顔を赤くする。
「それでだ、転移魔道具の現象。まず発動すると転移物指定エリアを防壁で囲い込み固定。そして転移指定座標へ空間を接続。転移先の出現エリアを防壁で固定。そして転移。防壁消去。となる」
「・・・それって」
「気付いただろう?君の見た防壁の残留魔素は転移魔道具の可能性が出てきたんじゃないかい?」
ボンズはパズルが組み上がるかのようにバスドムの作戦が見えてきた。確かではないがカエラの生存は可能性がある。
「ミュール!」
「な、なんだい?ポンコツはやめてくれたんだね」
ボンズはスッキリした顔でミュールに向く。
「ありがとう」
一瞬驚きはしたが、優しい笑顔になった。
「いいよ。魔法は苦手だが少しは役に立ったかな」
そう言い前方に向く。その姿勢の良いミュールの姿を、決して大きくないボンズより遥かに小さい身体なのに『頼りがい』を感じていた。言い換えれば『安心』なのだろう。
「ところでボンズ君、その心配してた女の子・・・好きだったのかな?ねー?どうなんだい?ねーねー!」
「な、何言ってんだよ!そいつは姉みたいな感じだったんだよ!歳も1つは上だったはずだ。よく世話になってたからよ、それでだ」
「ふーん・・・・・・好きだったの?」
「バカか?恋愛感情はねーよ」
「そーか。そーゆー事にしとく」
「でも、会えるといいね」
ボンズは空を見上げて答える。
「そうだな。でも、おそらくそう遠くは無いと思うぞ?」
「ふふふ」
「何が可笑しいんだ?」
「あのね、私の知り合いと言うか叔父にボンズが似てるんだよ〜ははは〜」
「そーかい、そら良かったな」
「その叔父はバスドムって言うんだが・・・」
「な、なに!ば、バスドム?」
ボンズがミュールに詰め寄る。
「え?知って・・・いるのかい?」
「バスドムって・・・あの臭いタバコ吸ってるオヤジか?」
「そう。くっさいタバコ・・・・・・」
「「えーーーーー!」」
「ちょっとやめよ。色々まずい。うん。知らなかった事にしとくぞ」
「あら〜?何がまずいのかな?ボンズく〜ん?」
「大丈夫だ。問題無い。知らない。うん。うん」
ボンズ、顔が青くなりつつある。ミュールはボンズにピッタリと横から抱きつき頭も抱え頬と頬をくっつけた。
「どうしたんですかミュールさん・・・」
棒読みになる。
「な・に・が・ま・ず・い・の・か・な?」
ボンズは固まっている。さらにミュールは耳元へ口を持ってく。そして囁くように。
「作戦でしょ?私も知ってるんだ」
「おまっ、な、なんで・・・」
離れようとするボンズを押さえまたピッタリとくっつく。
「だめ離れちゃ。このままだよ。変な魔道具で聞くことも出来るから、今はボンズと私の頭の周りに防音壁張ってるから大丈夫なんだ」
「どこまで知ってるんだ?」
「前にミリアンナ様の事件調べてるって言ったでしょ?あれは叔父さんからの指示なんだ。そして」
そこで少し言葉を切り、そしてさらに耳に唇を付け囁く。
「カカシさんの事も知ってる」
また驚き離れそうになるボンズを抑え込む。
「まったくボンズったらじっとしてなさい。本当はね、私もカカシに入るはずだったんだ。やっぱり魔力が少ないって事で無しになったんだけど」
「そうゆう事か。何でオレがカカシだと・・・」
「最初は全然分からなかったんだ。ある程度事情を知っていれば気付くこともあるだろう?でもね、どうゆう作戦だったかは知らない。でも何を目的かは知っている。ボンズ、私は君達に協力するよ」
鼻先が触れるくらいの距離のミュールは美しかった。そして心強い事を言ってくれる。
ミュールの腰に腕を回しギュッと寄せる。
「よろしく頼む!」
一瞬焦ったミュールだが頬を赤くしながら。
「ああ、任せなさい」
そろそろ昼休憩かなって思いながらボンズがミュールに尋ねる。
「なあ?」
「どうしたんだい?」
「あの防音壁ってあんなにくっつかないと効かないのか?」
「いや、並んで座ってれば問題無いよ」
「てぃ!」
「痛いよ〜いきなり〜」
「ベタベタくっついて来やがって!」
「私は楽しかったよ。ボンズは嫌だったのかい?それはショックだな・・・」
「そーゆー事じゃなくてな・・・恥ずかしだろ」
「ふふふ。そんな照れてるボンズも・・・・・・」
「あ?なんか言ったか?」
「な、何でもないよ・・・」
ちょっとした広場に湧き水のある休憩場所へ馬車を止める。馬に水を飲ませる前に魔道具で安全性を確かめる事は忘れない。
「ボンズ〜、さっき買ったお弁当でいいよね?」
さっき買ったお弁当とは、午前中に通過した街で買ったのだ。作るより楽だから。
「ああ」
2人で馬車の荷台の後ろに掛けて食事をしていると一頭の馬が近付いて来た。そして広場に止まった。ハンター風の男が馬から降りる。
「邪魔してすまない。馬に水を与えてもいいかな?」
「どうぞ、安全性は確認しましたから大丈夫ですよ」
「それは有難い。では」
男は馬の世話しながら尋ねてきた。
「馬車の向きからするとノクチュアへ向かってるのかな?」
「はい。あなたもそうですか?」
「そうだ。見ての通り急ぎでね、馬が可哀想でなるだけ休憩をしながら走ってる」
ボンズは男の纏う雰囲気からかなりのやり手と確信した。
「そうですか、気を付けて」
「ああ、ありがとう」
颯爽と立ち去る。その時男はボンズを見て『あれはソレだな』と確信した。
「ミュール、黙っていたけどどうかしたのか?」
「気遣ってくれるのかい?嬉しい!」
と、飛びつかれるのを頭を抑えて止める。
「飯食ってるんだ、大人しくしてろ!」
「ぶーっ!あの男はね帝国人だ。ボンズも気付いただろ?てゆーか、ご飯食べてなきゃいいんだね〜」
「やっぱりか・・・。敵対はしたくないな」
「ちょっと!突っ込む所あったんだけど?」
「でもオレ達を追ってた訳ではないか・・・」
「あれ?ボンズ?」
「ノクチュアに急いでた・・・ノクチュアで何かあるんだ・・・」
「・・・無視は寂しいんだが・・・」
「今追いかけても仕方ないな。とりあえずはこのままでいいか・・・」
「・・・・・・。」
ミュールを見る。すごく怒ってるみたいだ。
「どうかしたか?」
ボンズは食べ終わった弁当の容器を片付けながら聞く。
「ふんっだ!」
「あれ?怒ってるのか?」
「ああ怒ってるよ!」
「ふふっ」
「ちょっと!怒ってるのに笑うとはけしからん!」
「いやミュール。お前怒っても可愛いんだな」
「ちょっ・・・可愛いとか・・・」
ミュールは顔を真っ赤にした。そして荷台の奥に引っ込む。
「あれ?」
「私は少し寝ますので!」
ボンズは馬車を出す。
「今夜は宿で泊まりたい。飛ばすぞ」
「・・・・・・」
ミュールはご機嫌ななめだがそのうち出てくるだろう。防壁を少し緩めて風を通すと、カラッとした心地いい風が湿気を拭いさってゆく。
同時にボンズの心の湿り気も抜け熱を取り戻していった。
「リリー」
「どうしたのエリカ」
リリーのパーティー揃って馬車で休んでいる。レンとシエルは見張りの番になったので今はいない。
エリカは少し手をかざした。
「防音壁と認識阻害を掛けたわ。リリアン様、もう少しお控え下さい」
「そうですよお嬢様!あのレンと言う少年は悪い者ではありませんが、関わりすぎは良くありません!」
「そんなに怒らないでよ〜マリ」
「マリの言う通りで御座いますお嬢様!今どうゆうお立場かお考え下さい!」
「リエラまで〜もーっ」
お分かりだろうか、リリーとはバスドムの組織、そう『カカシ』が守っているリリアン皇女殿下である。
王宮でのテロ、半分はバスドムの作戦であった。火炎魔道具の存在はバレておりカエラが既に解除していた。そしてあの爆発はカエラが意図的に起こしたものである。
その爆発と同時にカエラはリリアン皇女、そしてその侍女のマリとリエラを含め4人で長距離転移魔道具を使い脱出したのだった。
敵を欺くには味方から。まんまである。
そしてカカシの存在や護衛されていた事をリリーことリリアン皇女は知らない。カエラの事は帝国から来た護衛となっている。もう一つ、彼女ら4人とも高度な魔道具により変装していて、レンとシエル、付け狙う敵も全く気付けない。
「リリアン様、恐らく敵も嗅ぎつけるでしょう。くれぐれもお気を付け下さい。もう少しの辛抱で御座います」
「わかりました。皆さん、よろしくお願いします」
馬車での女子会ならず、お叱り会は滞りなく終焉を迎えた。