第1部
西暦などなくなった月日の輪廻を。
終わった未来の未来の遥か遠くの世界。
×××年。××国。
永久の優しさで凍てついた愛情と枯れ果てて尽きた心を無意識に持つ、哀しき少女の眼には、世界なんて、今なんて、どうでもいいのだろう。
…きっと普通の世界なんだろうけど。
普通なら生きてるだけで楽しいのだろうけど。
だが彼女は…普通ではない。
彼女には、そんなものを気にして生きていく必要なんてないのだから。
与えられた身体のネジ。寿命という時計。出来事という秒針。
全てが組み合わさることで初めて時計は動き出す。
そんな普通に普通の事を思案していればいるほど、無駄な時間だけが過ぎていく。
この少女を取り巻く環境が数分後に壊されるとは…これっぽっちも思わずに。
凍てつく風、荒む雪原。荒れ狂う猛吹雪。
ちらりと見え隠れするのは歪な銀髪と堕ちた羽。
よくよく見れば不思議なのだ。彼女の身体は…
じわりじわりと…
彼女が歩くたびに全身が思い出すように…
白く凍った肌が裂け、真っ赤な鮮血が滴る。
「はは…馬鹿馬鹿しい、な……いつまで、歩けば、この…吹雪、は掻き消えるの…かな」
彼女だけが発する声。
彼女が吐く白い息は多いのに、喉から絞り出される声は干上がっていて、とても声とは呼べない代物であった。
「…いつまで」「そこに居るつもり?」
誰かが、傷付いて今にも消えそうな生命を灯した少女の声を代弁した。
「………だれ」
落とされた雫のような声。
彼女は有無を言わせないトーンへと変え、声のした方へ向き直る。
「あっはは、気分悪そう。どうなの?ねぇ…あたし。」
あたしと名乗ったその声の主は、そう彼女の外から見ればけむを巻いたような焔に包まれて、凍てついた世界の前に佇んでいる。
なぜ彼女しか分からない世界の前に立ち、それでいて中に人がいると分かるのだろうか。
そもそも…知り合いなのだろうか。
「なん、で…そこ、にいる、の」
「さぁ?自分の事をそうやって無駄に傷付けてるあたり、まだ正気なつもりなのね、【水に溺れし置き手紙】を置いていくだけあるね」
この焔をまとった少女は何を言っているのだろう。
水に溺れし置き手紙?
「…澪、貴女、私の邪魔をするなと言ったでしょう。退きなさい。私は私のすべき事を進めるだけよ。」
名もなき少女。名前を据え置きするならば…そう、天使。
その天使に呼ばれた澪という女性は、さも蔑んでいるかのような顔をして身体から笑みを剥がさない。
「…消えて…消えなさい、逝なくなれ!!」
次の瞬間。
「××××××!!!」
聴き取れない単語が飛び出したかと思えば、身体中に笑みを終始貼り付けていた少女の周りへ。
数え切れないほどの氷塊が。
一瞬にして。
その少女を囲んだのであった。