アオイの事情
しまった、逃げられた。
誰もいなくなった教室で、先ほどまでルル様が座っていた席にすとんと腰かける。
もうすっかり日も落ちて教室にも暗い影を落としている。
なんでここでは上手くいかないんだろう・・・去年いたイスカル国の学園では、面白いほどにストーリー通りに事が運んでいった。あの男の攻略以外は・・・
もう、二度とあの男には会いたくもない。
公式ではあのような裏話などなかったではないか、危うく危険な目に合うところだった。
早く、ここではストーリーに乗っかって私は救われたい。あの男から完全に逃れられた気がしないのだ。
別れ際にまでやってきて、私や私を保護してくれている神官達にまで暴力を・・・
ぶるりと震えて、アオイはその身を小さく抱きしめた。
次の日から、ルル様が学園を休むことを聞かされた。
いないのであれば、仕方がない、何かがきっかけでストーリーが始まるかもしれないと、あちらこちらとストーリーの攻略に出てくる男の子達に近づき、親しくなってみた。
だが、彼らの婚約者たちからの牽制もありゲームのようにはいかなかった。
焦る気持ちから、ディルバルド様を追いかけて、ありもしないことで私が窮地にいるのだと思わせようと、そんな卑怯な手段にまで出てしまった。
もともとディルバルド様との仲が深くなってもなかったので、無碍には扱われなかったが、自身の行いについて問題があると冷静に諭されるにいたった。
そうして数日後。学生寮へ帰寮すると、寮母さんが私宛に届け物が届いているという。
大きな白い衣装箱。もうすぐ行なう大祭の前の祈りの衣装かしら?と、この国の聖女の衣装はいかほどかと好奇心をもって箱をあけた。
「-----っ!!!!」
なぜ?!なんで?!どうしてこんな・・・!!!
ぶわりと涙が出てきて、蒼白となり、どさりと倒れ意識を失ってしまった。
隣の部屋で読書をしていた、豪商の娘が大きな物音に驚いて廊下にでると他の部屋からも数人がアオイの部屋に集まってきた。
そして蒼白となり涙を流して倒れている聖女アオイを見つけて、その日は大騒ぎとなった。
慌てて医療班が聖女アオイを医務室へ運び、彼女の保護者の神官と連絡を取っていた。
豪商の娘は、アオイの部屋の彼女のベッドの上に、白く大きな衣装箱が開けてあるのをみた。
その中には、かなりの薄生地・・・何も下着をつけないのならば少し恥じらいを感じる衣と、真っ黒な黒曜石をあしらった豪奢な宝飾品が入っていた。あれは、相当な金額を積んだものだとわかった。
ルルちゃんや、ディルバルド様が言っていた、大祭の祈りの前夜祭で着るのかしら・・・
だとしても、少し、いえ、なんて恥ずかしい衣なのー!体に自信があっても無理よ!
それにあの黒い黒曜石・・・アオイさんには似合わない・・・国王様がご用意された・・・とは、思いたくないわね・・・
翌日、アオイは体調が優れず転校後初めて学校を休んだ。
学園の人々は心配をして彼女の回復を祈るものもいた。
豪商の娘は、昨日寮で起きた騒ぎを伯爵家、侯爵家の令嬢、ディルバルドに話して聞かせ、そして謎の衣装についても話した。
「ディルバルド様、王族やお偉いさんたちだけで行う祈りって、あのように、、、薄布のきわどい衣装でないとなりませんの?あれを国王様に賜ったのかと思うと、少しアオイさんが哀れで、、、国王様のことも少し嫌いになりそうですわ。」
「もしかして、そんな衣装を渡されたのは初めてで、ショックで倒れたんじゃないでしょうね?」
「ここ最近は、彼女イキイキと信奉者を集めてお元気でしたからねえ?急に体調が優れないなんてなんだか信じられませんわ~」
彼女たちはわあわあと考察を始めた。
ルル嬢を目の敵にしていたアオイさんについて、嫌っているのだと思っていたが。
聖女として、その伝説のような話は嫌いではないのだなと気がついた。女の子の憧れのようなものかと妙な納得をした。
ルル嬢へのいじわるは別として、聖女自体に悪意があるわけではないのだと。
しかし、衣装ならば確かに国王である父と神官長が用意しているはずだ。
王妃である母も、聖女様が訪れることに好意的で、彼女がこの国でよい舞を舞えるよう場の調整や宝飾品について宝石商を呼んでいたのを記憶している。
そして昨日突然やってきた、隣国イスカルの王子・・・
兄と、エリク殿下は夜まで語り合っていた様子だったが・・・
「私の父母や神官長が、神聖な聖女に与える衣装とは思えないな。帰ったら父に伺ってみるよ。」
ディルバルドは何か嫌な予感がしていた。
その日は、聖女アオイが学園にいないだけで、学園内どこもしんみりと静かであった。
クラスの同級生であるものも、聖女アオイがいないことに落胆し、こともあろうにルル嬢の悪口を言うのでギロリと睨みを効かせておいた。
ルル嬢も数日前から学園には来ていない。
大祭の前の祈りとは、その国の王族、貴族、諸侯などに聖女であるということを、お披露目する場であり、女神との交信の調整をするためのものである。
その国の神官、司祭などの長から、祝福をもらい、聖女は清らかな心で祈りその身が女神と交信できることを示すのだ。本物の聖女ならば両の目が金色に輝くのだという。
本番の大祭では、その国が用意した場所、または神聖とされる場で女神をたたえる舞をささげ、この国の平安を祈るのだそうだ。
その交信の中で、国の行く末や災害、事件などの神託を王族に挙げるのだ。
そこは各国の王族のみが知ることで、国の民たちは聖女の舞をみたり、お祭りを開いたりして一年を通して盛り上がるのだ。