理不尽
「聖女様がいたぞ!」
わあ!とどこからともなくたくさんの人がこちらへ走ってくる。
あっという間に、アオイさんは彼らに囲まれてあれでもないこれでもないとアピールを受けてニコニコしている。全員の話を聞けているのだろうか?と少し驚いた。
わたくしは、聖女様を見にやってきた人々の輪から少し離れて、噴水の端に腰かけて彼らを眺めることにした。この後は、本来彼女がしばらく滞在する学生寮へ案内をするはずだったのだ。
彼らも一通り彼女にお目通りが叶えば、帰るだろうとぼんやりとしていた。
夕焼けが空を彩り、アオイさんのピンクがかった金の髪がオレンジ色に染まる。
確かに彼女はとても美しい容姿だと思う。声も鈴のように軽やかで、振る舞いは貴族とは違うやさしさにみちていて誰彼構わずにこやかに話をする。
つり目で年ごろの子より小柄、父譲りの赤に彩られたわたくしは知らない人からみたら確かに気の強さがにじみ出て、あのように初対面の人達からも親しみを込めて話しかけられたことはないかもしれない。
前世の記憶がもどってからは、周りがみんな子どもだからとついおせっかいを焼くこともあるが、たいてい初回に話しかけると怯えられる。
なんとはなしに思ったことで、少しだけアオイさんがうらやましく思えた。
そうして彼女をじっと見つめていた。
するとまた、彼女がフルフルと震えだしたのだ。
今度はいったいなに?と焦ってそちらへ向かおうとすると、突然彼女が彼らの輪の後ろに逃げるではないか。
「ど、どうされたのですか?聖女様!」
人々が彼女をかばうように立ちふさがる。
「い、いえ、ルルさんになんだか睨まれていたようで、怖くなってしまって、、、先ほども校内を案内していただいたのですが、なんだか私のこと睨んでばかりで、、、」
そのようなことを言うので、周りの人々は驚きをもってわたくしを見返した。
「いえ、わたくしはそのようなことはしていません、ただ、彼女を見つめていただけです!この後もまだ学生寮へ案内しなければと思案していただけで、、、」
「ルル様、一体聖女様の何が気に入らないのです?」
そう切り出したのは、クラスメイトの同級生。
「聖女様のことを授業中もじっと見ておられましたよね?」
「午後授業の前に、大声をだして聖女様を怯えさせておりましたし?」
と、わたくしが何もしてないと反論するのを許さないという雰囲気で、いかにも今日一日わたくしがアオイさんを睨んで過ごしていたという印象付けをしだした。これはまずい、周りの人も同調してわたくしがアオイさんに意地悪なことをしてるのでは?と疑いをもちはじめた。
「聖女様、私達が学生寮までご案内しますよ、さあ、行きましょう。」
そういって彼女の背を押してぞろぞろと人々は立ち去って行った。
疑いや侮蔑の目を向けて。
日がすっかり沈んであたりは真っ暗になってきた。
わたくしが日頃行っていた立ち振る舞いは、あまり人々に良い印象でなかったのかととても悲しくなるのだった。
そこへ、迎えにやってきたジルバルド様がこちらを見ているのに気が付いた。
まさか、彼も私のことを・・・と思って、特段に悲しくなって目に涙が浮かんできた。
逃げたい、そう思って踵を返したとき、暖かい腕の中に閉じ込められた。
「ばあさん、どうした?何があった?なぜ泣いている?」
二人でいるときに話す、昔からの優しい口調だ。
彼は小柄なわたくしを抱き上げて、まるで幼い子をあやすようによしよしと頬を撫でて、わたくしの赤い目と彼の青い目が合わさる位置までしっかりと抱き上げなおした。
「ほら、どうしたんだ?今朝までは聖女がどうとかとご機嫌ではなかったか?」
彼は正門に向けて、わたくしを抱き上げたまま歩き出した。
すっかり日も暮れて肌寒いなか、彼に抱きしめられたところからやさしさと愛しさが染みわたってきて一層わたくしは涙をながした。
そうして今日一日の出来事を彼に伝えると、聖女アオイの行動に驚き、そしてわたくしをいたわってくれた。
「ばあさんは何も悪くないではないか、その少女は、、、こう自分の扱いかたがうまいのだろうな。」
「?どういうことですの?」
「女という生き物は、、、ほれちやほやされたいものだろ?ま、まあ男でもモテたい願望はあるんだがそれはさておき、きっと聖女として巡礼の旅をしていてちやほやされることに優越感があるのだろう。」
なるほど、一年間だけの住処として、自分がお姫様のように扱われることをアオイさんは望んでいると?
確かに、女性の世界は他人をしたに見下すような、マウントの取り合いもあったかもしれない。
「そう、ですか、、わたくしが彼女の踏み台になったと。」
「そうだ。わしもルルと結婚するまでにたくさんの女性と見合いだのなんだとの、、、んんっ女性同士のけなしあいも結構知ってしまったからのう。」
「・・・へー、そんなにたくさんの方と親しく?」
それからは、じいさんの釈明会見よろしくずっと言い訳をするのを、しまいには苦笑いをこめてみるのだった。