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まっすぐに、一歩ずつ

作者: 水岸ほたる

夕暮れに染まる校舎の中、オレンジ色の廊下に座り込んで、折田深雪はため息をついた。


「また入れられなかった……」


何を、というのは彼女の手を見れば分かる。白い封筒にハートのシール、

いわゆる恋文であった。

深雪は単刀直入に言って恋をしている。


一つ学年が上の先輩、弓道で的の中心を打ち抜く技術と、とある事件のせいで、深雪は彼に恋をしていた。


〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇


商店街は薄暗く、じめじめと雨が降りしきっている。

文化祭が近いため帰宅が遅れた深雪は、傘を忘れた自分に内心舌打ちをしながら、手芸屋の軒下で雨宿りをしていた。


家庭科部である彼女は、店を見て回れば雨は止むだろうと思い、

すでに必要な買い物は済ませてしまった。

しかし、雨は止むどころか強さを増して、深雪は絶賛辟易中である。

仕方ない、走って帰るかと思ったその時だった。


「折田?」


男性にしては高いテノールボイスに、深雪は軽く肩をびくつかせる。

しかし振り返ればなんてことはない、知り合いで一つ年上の野口健斗が立っていた。

大きな弓を背負い、青い傘をさしている学ラン姿は、この近辺では珍しくない。

深雪の学校は弓道部の強豪校なのだ。

彼女は一安心し、口を開いた。


「帰りですか?先輩」

「あぁ、大会近いから練習きつくてさ。折田は?部活の買い出しか?」

「いえ、それが、部活の作品は出来たんですけど、クラスの内装が終わらなくて、今帰りで、それで……」


そこで口をつぐんだ深雪に、健斗は何かを察してあぁ、と言った。


「こうもりさんがいないってか」


ニヤリと笑う彼に深雪はハイと答えるしかない。

恥ずかしい、早く帰ってほしいと願う彼女に、ふと影が落ちた。


「え?」

「貸してやるよ。一日だけな」


そう言うと健斗は黒い柄を深雪の手にぎゅっと握らせ、軒下を出た。


「あ!?で、でも先輩は!?」

「伊達に精神鍛えてねーよ!じゃーな!」


びしゃびしゃになりながら笑顔で街へ消えていく健斗を、深雪はただ茫然と見ていた。

しかし先ほどとは違う、青い傘。骨ばった手に触れた自分の手には熱がこもっている気がする。

そういえば、顔も、熱い。


つまり、これは



〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇



その日から勢いで書いてしまったラブレター。そのままの勢いで下駄箱に入れようと思っていた。

誰へ、とは書かずに。入れれば分かるだろうから。

しかし、いざとななると一歩前に踏み出せずに一週間が過ぎてしまった。


「はぁ~……何やってんのアタシ……」


本日何十回目のため息。それくらい意気消沈していたのだと深雪は思う。

そのせいだったのだ。背後から近づく気配に気付かなかったのは。


「おーりだっ」

「きゃあああああああ!!!!」


本当にのどから心臓が飛び出すかと思うほどに、深雪は仰天した。

振り返ればあの日と同じ健斗の姿。違うのは豆鉄砲食らったような顔だろうか。


「ど、どうした?」

「な、ななななな何でもないです!……って、あ!」

「お、何だこれ」


それは偶然のこと。驚いた拍子に深雪の手から恋文が滑り落ちてしまったのだ。

彼女が手を伸ばすが先に、健斗が足元にひらりと舞い落ちたそれを手に取る。

そしてハートのシールを見てニヤついた。


「ほー、ラビュレチャーか~」

「か、返してください!」


深雪が必死にぴょんぴょんと跳び上がり取り返そうとするのを、健斗は物を高々と上げて阻止する。

そして。


「見たれ!」

「!!?」


ハートのシールを剥がし、中から花柄の便せんを取り出してしまった。

もう駄目だ、この世の終わりだ……と頭を抱える深雪をよそに、健斗は恋文を読み始めた。


「……」


サイテーサイテーサイテーと心の中で呟きながら深雪が彼を見やると、意外と真剣な顔をした健斗が目に入った。


「先輩……?」

「あ、ごめん。でも、いやさ」


恋文を丁寧にたたんで封筒に戻し、深雪に返す。その一連の行動に彼女ははてなマークを浮かべた。

すると健斗は少し照れくさそうにはにかんで、テノールボイスでこう言った。


「ぶっちゃけ不器用な内容だけど、まっすぐで、すごい心に来る。

こんなん貰ったら多分、喜ぶと思うぜ、オレは」


風が吹いた気がした。深雪の視界がぱぁーっと明るくなる。


誰よりも好きで、愛おしくて、恋しい人にこんなこと言われたら、


「勝手に見て悪かった。でも、絶対渡せよな!」


勇気を出すしか、ないではないか。


「……先輩、あの」


校舎の上には、紺色の空に、一番星が輝いていた。




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