プロローグ3
敵対する大妖精の相棒との戦いに負けると
ゴブリンに落とされてしまうらしい。大富豪の都落ち張りの200倍ツライ。
こんな衝撃の事実をフリアリーゼから軽いトーンで言われて、あんぐりと口を開けてしまった。
”俺”のびっくりした顔を見て、フリアリーゼはいたずらっぽく微笑む。
「この制度は大妖精同士の戦いを抑制するのが目的で、今までにほとんど使われたことはありません。貴方も心配する事はありません。」
「ほとんど…ってある事はあるんですね?」
不安にさせないでよ。。
「えぇ、まぁ。それよりも、まずは魔法ですよね?飛び方も…教えるのは初めてですが協力します。本当はエルヴェルティにも魔力の正しい使い方を教えたかったんですけども…」
「正しい使い方?」
「いたずら以外の、と言う意味ですかね。」
”俺”はうんうんと頷く。
フリアリーゼは楽しい話はここまで、と言うように少し真面目な顔でこちらの目を見つめてくる。美少女。
「さてさて、それでは基礎の基礎から勉強しましょう!私、魔法の基礎を教えるのは百年ぶりくらいなのですっごく楽しみなんです!!」
勉強、という言葉にいい思い出はないが、魔法の勉強なら楽しめるかもしれない。
早速、フリアリーゼ先生に授業をしてもらう為に広場での草の座布団に座り込むのだった。
◇◆◇
それから一ヶ月程度、魔法の練習をしまくった。
魔法は概ね、”俺”の予想通り、魔力を込め人知を超えた力を行使出来るものだった。
詠唱は不要だがイメージが必要で、詳細にイメージするほど精度と威力が増す。うん、ゲームや漫画で御馴染みの設定ではあるな。
例えば”目の前の石を浮かべる”という行為をする場合は手でやるのか、指はどう動くのかと想像しながらやれば魔力がうねうねと動き、上手くいった。便宜上、魔手と名づけたが、魔法に名前を付ける道理が分からないフリアリーゼには大妖精っぽくないだと不評だった。
ちなみに俺は1日で魔法を習得し、7日で自由自在に操れるようになった。これが早いかどうかはフリアリーゼには分からないようだ。そりゃ生まれた時から使えるのが普通なら当然だろう。でも、新しい事を覚えるのはとても楽しかったので休憩の間も惜しんで練習をした甲斐があったというものだ。(大妖精に睡眠は必要無いようだったが、前世の名残りか寝ることは出来た。)
大妖精はすべての魔法が使えるらしい。
目の前の葉っぱに雨を降らせたいと思えば雨が降り、周囲に雷を落としたいと思えば落ちる。前世で考えれば小さな都市一つぐらいなら余裕で壊せそうだ。
大妖精専門の魔法が数々有り、これの習得に7日目以降は当てるようになった。
・心話ー 魔力に乗せ頭に直接会話を送る。
・飛翔ー 羽に魔力を通し空を飛ぶ
・幻惑ー 魔力による幻覚を見せる
・召喚ー 妖精を配下として召喚する
・光線ー 聖域限定の技。レーザーを出す
などなど。命名、”俺”。
この中で一番の衝撃は飛翔で空を飛んだことだった。背筋に力を入れる要領で羽に魔力が通り飛べるようになった。爽快過ぎて移動は空中がデフォ。ちょー気持ちいい。羽はパタつかないので残念だったが……
光線も十分に男ゴコロを擽るにふさわしいものだと言っておこう。
他にも幾つか相棒にしか使えない魔法を教わった。
・助言ー 相棒に助言を与える
・防衛ー バリアを相棒に張る
・再生ー ヒーリング。時間をかければ欠損なども治せる
・強化ー 肉体と魔法の強化をかける。
・感知ー 相棒の位置が分かる
・隠匿ー 魔力を隠して自身が相棒以外に見えなくなる
こちらは古き良き古代妖精言語で命名されたらしい。
相棒との意思疎通のため、呪文に名前を付けたとのことだ。合理的だねぇ。
性能はまったく不明。そりゃ相棒がいないもんね!!
とにかく、”俺”はひどくスムーズで拍子抜けしたが魔法を覚える事に成功した。修行とか必要かと思っていた時期が俺にも有りました。
授業の合間に外の文化を色々と教わった。人間の国では属性や能力階級毎にカースト制度に近い形で分かれているが、フリアリーゼ曰く必要性が理解出来ないそうだ。そりゃ周囲が全員、魔法のエキスパートである大妖精に格差は無さそうだから、当然だろう。
属性や相性は有るようで無いものらしい。彼女が言うには『地震と津波ならどちらが強い?火山と氷山ならどっち?』と言うような質問で有る為、答えようが無いとの事。
さて、情報としてはこんなものだろうか。
◇◆◇
そうそう、この一ヶ月の間にフリアリーゼとエルヴェルティとも仲良くなった。
エルヴェルティ。初日に銀色の木の実をもぐもぐと食べていた大妖精の少女。
見た目は漫画やアニメに出てくる「いたずら好きな妖精」そのままだ。
10歳くらいの可愛らしい顔付きに深い緑のショートヘアー。ワンピース状に身につけた黄緑色の草花と白い肌のコントラストが映える。そして、その背中には薄い緑色で透き通った6枚の妖精羽も見える。
魔力の使い方を覚えたら外に出ていたずら三昧したいらしく、その性格の矯正のためしばらくヒスイの森に残され、フリアリーゼの教育を受けていたそうだ。
ちなみに、今はエルヴェルティとフリアリーゼ以外の大妖精は里に残っていない。
エルヴェルティと仲良くなったきっかけはこうだ。魔力の練習3日目くらいに”俺”が目を瞑り集中していると、正面に立っていたフリアリーゼがいきなり
「ひゃ、ひゃううん!!!?」
とか言って風魔法を暴発させたのだ。幸い、”俺”は数十メートル吹っ飛ばされただけですんだ。
何が起こったのかと落ち着いてそちらを見るとエルヴェルティとフリアリーゼが風や水、自然の大魔法をやりとりして喧嘩を始めようと睨み合っていた。
「エルヴェルティ!何てことをするの!!!!」
「へっへーん!フリアリーゼが油断するなとかいつも言ってるから試しただけだよーん!なーにいまの?『ひゃ、ひゃううん』何て声初めて聞いた!!わーいわーい!かったかった!」
「あ、あなたね!人の大事な物を無茶苦茶にしていたずらじゃ済まないんですから!」
「やーいやー…え…何よ!その風!!!そ、そんな怒ってたの??えーっとえーと……ご、ごめんちゃい」
「!!絶対絶対許さないんだから!消え去りなさい!!」
「いや、ごめん!ごめんね!!ごめんなさい!!ひゃ〜もうだめ…そんなん貰ったらあたしきえぅ〜」
漏れ聞こえていた話では”俺”の魔力に集中して注意がおろそかになっていたところでフリアリーゼの大事な部分を無茶苦茶にされた、いや、羽に魔力を流し込まれたらしい。
そして俺はその現状を見て___エルヴェルティに魔手で作った平手を頭上からパッチンと、ハエたたきの要領で落とした。
それはもうでかい奴をだ。見た目が最大のインパクトになるようにした。
しかし、威力はそれほどでもない。エルヴェルティの魔力を考慮し、少しだけダメージを通るようにしたまでだ。
「ぐげぇ……きゅう」
女の子は死にかけの某Z戦士のように、草で覆われたクレーターの中央に寝転び、断末魔を上げるとぴくりとも動かなくなった。そんなに痛く無いはずなんだけどなぁ。
しかし、大妖精とはいえ女の子を殴るのに抵抗が無くなったとは大きい変化だなぁ。心まで妖精になって来てるのかも。
「え…?これは…貴方が?」
「余計だったかな?あの子、死んじゃうかと思ったから。」
「そ…そうね、きっと消え去ってたわ。でもあんなの大丈夫なの??魔力の塊で直接叩かれて…」
「大丈夫だよ!ほら!」
フリアリーゼとそんな話をしていると、いつの間にか飛び上がっていたエルヴェルティが上空からこちらを睨みつけていた。あ、ワンピースの中身も草で作った下着状のものですか。大妖精になってから興奮とか全くしなくてちょい残念。
そんな邪気を知ってか知らずかエルヴェルティが吠える。
「いった〜いのよ、あんた!なにもんなの?こないだからリーゼを独占しちゃってさ!なまいき!」
「名前も記憶も無いはぐれ大妖精だよ。」
「あら、それは残念ね!あんたなんて大っ嫌いなんだから!!」
勝ち誇ったような顔をしているが、俺は知っているのだ。いたずらをしてもフリアリーゼが追ってこない初めての体験に寂しんでいたのも、俺に勉強を楽しそうに教えている所を見て覗き見て悔しがっていたのも。
それは”俺”の固有能力と言うべきか、”感情が色のように”いわゆる”オーラ”が見えるのだ。
それから導き出された結論は『フリアリーゼを取られて寂しさゆえに起きた凶行』だ。
そこで”俺”は、一つ提案をした。
「そっかぁ、残念。”俺”はエルヴェルティと友達になりたかったから、二人の喧嘩を止めたのに…」
「!!な…あ、あんた、なに言ってるのよ!嫌いだって言ってるでしょ!」
焦りの色が見える。この場合、オーラで無く表情で見える。
「そっかぁ。フリアリーゼとはもうマブの親友に慣れたのになぁ。エルヴェルティとも友達に慣れそうだと思って喜んだんだけどなぁ…そうだよね、リーゼ?」
「ななななな、なによリーゼっってあんた!」
少し目配せをすると理解していたらしいフリアリーゼも話に乗ってくる。
「えぇ、そうですね。でも、いたずらが好きな子は友達に慣れないかもしれないわ。」
「そうだね。”俺”はいたずらしないエルヴェルティと友達になりたいなぁ。」
そこまで二人で話をした後、若干ニヤニヤとして上空の下着___いや、エルヴェルティを見上げる。
相当に悔しそうな顔をしているエルヴェルティが眼力を強め睨んでいる__が、陥落は目前だろう。
「ぐぬ…ぐぬぬぬぬ!うぁ〜っんもう、わかった!分かったわよ!あんたと友達になってあげるわよ!」
その泣きそうな顔に”俺”のいたずら心が刺激される。”俺”も大妖精らしくなってきたのう。
「友達になってください、は?」
「……友達になってください」
「お願いします、は?」
「お、おねがいしますぅ」
「もういたずらしません、は?」
「いらずらは…する。もういいじゃんゆるしてよぅ〜」
「よし、許さん。とにかくフリアリーゼにはきちんと謝って。」
「ご、ごめんなさい…」
「すこし、許す。…で、なんでフリアリーゼにいたずらしたの?」
「すっごく暇だったの〜〜〜おねがいゆるしてぇ〜〜」
「許さん。」
”俺”笑顔、彼女泣き顔に困り顔。フリアリーゼの貴重な表情。 短歌 字余り。
とまぁ、こうしていたずら妖精のルティと美少女妖精のリーゼと縁を交えることが出来たわけだった。
それ以降は、良好な関係を築きつつ(力関係での上下を譲ることは無かったけども)時々ルティも交えて魔力の勉強をしながら充実した大妖精の里での日々を過ごしたのだった。
◇◆◇
そして一ヶ月が過ぎ、全ての魔法を覚えたある日にヒスイノカミに呼び出された。
最初の日のようにフリアリーゼに連れられて<聖樹>の有る<聖域>に着いた。
そこには以前と同じように美しい姿をした大きな女性がこちらを見下ろしている。が、その目は見開いていない。俺は恭しく跪いて、彼女を見上げる。
『さて、旅の大妖精よ、里での日々はどうですか?』
「とても、充実しております。ヒスイノカミ様。」
『そうですか、僥倖ですね。しかし___貴方には旅立って貰う必要がございます。』
とうとうやって来たか、と”俺”は思う。大妖精は旅をするものとフリアリーゼやエルヴェルティに教え込まれ、またヒスイの森で生まれたワケでも無い”俺”は何時までここにいれるものかと考えていたが___早い
「はい、私も考えておりました。」
『素晴らしき道です。では、二人との別れの後に出立なさい。…それと、貴方はここの生まれではありませんが、名前が無いというのは寂しいものです。私からの餞別に名を授けましょう。』
それから、少しの間を置き、彼女の体が白く輝いたように見えた。
『貴方の名は__ヴェトエスピリム。仮の名では有りますが、不便はしないでしょう。貴方の真の名を探す旅へ向かうのです。』
大妖精の名前は難しいものが多い。”俺”ことヴェトエスピリムも難しい名だが、不思議と居心地良く収まったように感じた。
「感謝いたします、ヒスイノカミ様。ありがたくヴェトエスピリムを名乗らせていただきます。」
『もう一つ。”知識”と”経験”の実を差し上げます。これは二人に使い方を聞きなさい。』
「重ね重ね感謝致します。」
『さぁ、向かいなさい。神々の恩寵と供に。』
そう言って掻き消える様に俺の前から姿を消し、正面にはうっすらと光を放つ<聖樹>が厳かに佇んでいた。
その麓には銀色と金色のさくらんぼの様な木の実が転がっていた。それを拾って肩に担いだ所でリーゼが後方から現れ、少し様子を見てから俺の空いている方の手を取ると、優しい風が吹き森の入り口付近らしき所へ転位していた。
◇◆◇
そこにはルティがいて寂しそうにふくれっ面を見せている。
「もう行っちゃうの?早すぎじゃない??あたしですらまだなのに。」
「ルティはまだまだ先だよ!もっともっと魔力を上達させて性格を良くすればすぐだけどね。」
「そんなこと言わないでよ!あたしよりいじわるなんだから。あんたももっと練習して行けばいいのに…」
ルティは寂しいという表情と沈んだ青い色のオーラが見える。
そして、リーゼも何処か寂しそうな顔で会話に混ざる。オーラは無色に近いが、時々薄い青が混ざっているようだ。
「まぁまぁ、ルティもヴェトエスピリムを困らせちゃダメよ。私たちは旅をして知識と経験を重ねるのが生み出された理由の一つなんだから。」
「ありがとう、リーゼ。魔法の勉強はすごくタメになった。そして、ルティも。お前のおかげで記憶がなくても寂しくなかった。それと…二人とも、俺のことはピリムと呼んでくれ。」
「「分かった、ピリム」」
「また、必ず来るよ」
そうして、森の出口の方をちらりと見て
「それじゃ俺は___行く。あぁ、この実はどうすれば?」
「それは一週間以内に食べてみたらわかるわ!」
ルティの元気な声。
「こら、それじゃ何の事かわからないでしょ!そうね…私たちを一つ上のランクにあげてくれるものよ。魔力が増え、外での活動がしやすくなるの。」
「なるほど、じゃあ明日と明後日のお昼ご飯にするよ!」
そうやってピリムが元気に言うと、ふふっとリーゼが笑い、ルティは満足そうにへへん、と微笑んだ。
「二人とも、ありがとう。またどこかで会おう!!」
「ぜったいにぜったいだぞ!あたしもすぐ行くからな!」
「えぇ、楽しみにしています。」
異なる態度であったが、二人の別れの言葉は暖かかった。
そうして___ピリムは隠匿の魔法を使い、森を出てまっすぐに飛び立った。
遥かな空が広がり、赤い太陽と青い太陽?が空に輝いていた。
森で飛ぶ時よりも心地よく、一昼夜を駆けたが聖域で蓄えた魔力は全く尽きることも無かった。
そうして調子に乗りまくっていたピリムは___とある町の上空結界にぶち当たって、気を失い落ちた所に有った奴隷商人の馬車に運良く(悪く?)保護されるのであった。