アンリのお母さん
前回のあらすじ。
エルフの里にたどり着いた。
「お母さん!?」
「え……アンリ!?」
アンリの声に反応したダークエルフの女が声を上げた。
「え? お母さん……?」
エミリアは突然のことに少し困惑した。
「おー! あれがアンリの母ちゃんか!」
ニムリは楽しそうに笑った。
「ほう。アンリの母親か」
ベルムートはしげしげとアンリの母親を観察した。
アンリの母親は燃えるような真っ赤な髪と瞳をしており、肌は褐色で少し耳が長く、身長は170cmはある。
細身でありながら鍛え抜かれた体を持ち、腰に剣を佩いて、使い込まれている上等な軽鎧や篭手、ブーツを身に着けている。
立ち居振る舞いは朗らかなものの、体の芯はまったくぶれていない。
「強そうですね……」
ウェンティートは一目でアンリの母親の実力を感じ取り、思わず呟いた。
「ダークエルフもいるんだ……」
ケンジは一人場違いにも嬉しそうに呟いた。
「ダークエルフでも間違っちゃいないが、正確に言うと、私はダークエルフと人間のハーフだよ」
ケンジの呟きを拾ったアンリの母親が笑いながら訂正した。
「そうなんですか?」
「そうさ」
アンリの母親のことが普通のダークエルフにしか見えなかったケンジが聞き返すと、アンリの母親は頷いた。
「アンリの方は、お母さんの面影はあるけどダークエルフっぽくないわね」
エミリアがアンリを見ながら言葉を発した。
アンリは耳も長く無い上に、肌の色も普通の人と変わりない肌色をしていたので、見た目ではダークエルフの血が入っているとは分からない。
「お父さんが人間だからかな?」
それに対してアンリが答えた。
「そうか。なるほどね」
エミリアは納得した。
「じゃあアンリはダークエルフのクォーターってことか」
ケンジが発言した。
「クォーターって何?」
アンリがケンジに尋ねた。
「えーと、ダークエルフの血を4分の1受け継いでいるって意味だよ」
ケンジは説明した。
「そうなんだ! わたしダークエルフのクォーター!」
アンリが嬉しそうに言った。
「さて訓練の前にまずは自己紹介といこうかね。私はローズ。知っての通りアンリの母親さ。今はここでエルフたちの指南役を務めてる」
ローズは切り替えるようにして話を進め始めた。
「私はベルムートだ」
「エミリアよ」
「あたしはニムリだ!」
「ウェンティートです」
「ぼ、僕はケンジです」
ベルムートたちも自己紹介をした。
「指南役って何?」
自己紹介をする必要がなかったアンリが質問した。
「わしがお答えいたしましょう」
エルゴンが前に出てきた。
「エルフの里では戦闘力の向上のために外部から来た武芸者に教えを請うことがあるのじゃ。そして、それを請け負って下さった方を指南役として手厚く遇しておる」
エルゴンが明朗に答えた。
「まあ、簡単に言うとエルフたちに戦い方を教えてるのさ。こう見えて私はAランクの冒険者だからね」
ローズが簡単に話をまとめた。
「「「「「Aランク!?」」」」」
ベルムートとエルゴン以外の者たちが驚きの声を上げた。
(ふーむ……もともとアンリには才能があったということか?)
ローズの強さはまだ測れていないが、アンリがAランク冒険者の血を受け継いでいるという事実を前にベルムートは思案した。
「ってなんでアンリまで驚いてるのよ?」
エミリアが思わずといった様子で尋ねた。
「いやだって知らなかったから」
アンリは正直に反応しただけで、これといって特に思うことはなかった。
「はぁ……」
エミリアはなんともいえない表情で溜め息を吐いた。
「それに加えてローズ殿は“黒炎の薔薇”という二つ名持ちの冒険者でもあるのじゃ」
そこへ、さらにエルゴンが付け加えた。
「黒炎の薔薇!?」
「って?」
「というのは?」
ウェンティートがさらに驚愕の表情を浮かべ、それ以外の者はあまりピンときていない表情をした。
「知っているのか?」
ベルムートがウェンティートに尋ねた。
「もちろんです! 敵を跡形もなく燃やし尽くす黒い炎を操り、その戦闘で巻き起こる黒い炎はまるで薔薇が咲き誇るかのような美しさである様子から“黒炎の薔薇”という二つ名が付いたと言われているほどの実力者です!」
ウェンティートは興奮した様子で捲し立てた。
「ほう」
ベルムートは話の内容に感心を示した。
「まあ、私には過ぎた二つ名さ」
ローズが苦笑しつつ言った。
「そんなことはありません! 素晴らしい二つ名だと思います!」
ウェンティートが力強く言葉を発した。
「そ、そう、ありがとう」
ローズはウェンティートの勢いに押され、若干引き気味に感謝の言葉を告げた。
「そんなにすごいお母さんが、どうしてここで指南役をしてるの?」
「もともと私は剣聖に会いにこの里に来たんだけどね。今はいないみたいだから、帰ってくるのを待つついでに指南役を引き受けたってわけさ」
アンリの質問にローズが答えた。
「剣聖がここに来るんですか!?」
ウェンティートが声を上げた。
それによって、声を上げそうになった周りは冷静になることができた。
「私が来る前まではしばらく留まっていたみたいだ。といってもここに戻ってくる保証はどこにもないけどね」
「そうですか……」
ローズの話を聞いたウェンティートは落胆した様子を見せた。
ただ、今まで見たこともないウェンティートの様子にケンジは戸惑った顔をしていた。
「どうして剣聖に会おうとしてるんですか?」
エミリアがローズに尋ねた。
「それはただ単に強くなるためさ」
「なるほど」
ローズの答えを聞いて、エミリアは頷いた。
(剣聖か……。実力が高ければ魔王の相手をしてもらえるよう誘ってみるのも手か……)
ベルムートは軽く考えをまとめた。
「それで、アンリは村を出てここまで来たのよね? どうして村を出たの? フレッドは?」
「お父さんは3年くらい前に森に行った後いなくなっちゃった」
「そう……」
アンリの答えを聞いたローズは悲しそうな表情を浮かべた。
「それで今年、村で師匠に魔物から助けてもらって、それから師匠に弟子入りして勇者になるために旅をしてるの!」
「え? 師匠って誰のこと? それに勇者……?」
ローズとエルフの里の者たちは怪訝な顔をした。
「「勇者!?」」
ウェンティートとケンジが激しく反応した。
「うわっ!? びっくりした!」
アンリは突然の大きな声に驚いた。
「勇者がどうかしたのか?」
ニムリがウェンティートとケンジに問いかけた。
「いえ、なんでもないわ……」
「そ、そうだね」
ウェンティートとケンジは挙動不審に答えた。
ウェンティートとケンジの様子は明らかにおかしかったが、皆突っ込まれたくなさそうな雰囲気を察して特に追求はしなかった。
「それで師匠っていうのは?」
改めてローズがアンリに尋ねた。
「師匠は師匠だよ!」
そう言ってアンリはベルムートに顔を向けた。
「あら、あなたがアンリのお師匠様だったのね。娘がお世話になってるわ」
ローズはベルムートの方に体を向けると軽く礼をした。
「ああ」
ベルムートは軽く頷いた。
「どうしてアンリを弟子にしたのかしら?」
ローズがベルムートに質問してきた。
「ふーむ、そうだな……強いていえば才能があったからだな」
ベルムートは少し考えてから答えた。
「へぇー……」
その答えを聞いたローズは面白がるような表情をしてベルムートを見た。
「ねえねえ、お母さんはどうして家を出ていったの?」
アンリがローズに問いかけた。
それに対してローズは眉を八の字にして困った顔をした。
「そうねぇ……アンリのことは愛していたわ。でも、どうしても冒険したいって欲求を抑えられなかったのよ。それに、私がいなくてもフレッドが居てくれたら安心だと思ったから。アンリには悪いけど、私はまだまだ冒険したかったのよ」
ローズは理由を告げるとアンリの頭を撫でた。
「そうだったんだ」
撫でられて心地よさそうにしながらアンリは納得していた。
「大きくなったわねアンリ。アンリも冒険者になったのよね?」
「うん!」
「なら、これでアンリも私と同じ冒険者仲間ってわけね」
「そうだね!」
「これから、きっちりみっちり指導するからがんばりなさい」
「うん!」
ローズに優しく声をかけられたアンリは元気良く返事をした。




