バルトルトとの模擬戦
あらすじ。
帝城には入れてもらえなかったが、勇者の情報を知る人物と出会った。
「ついてきな」
ベルムートたちはバルトルトの案内で、城から少し離れた場所にある騎士訓練場についた。
「こ、これはバルトルト様!?」
「敬礼はいい。少しの間ここを使わせてもらうぞ」
「は、はい!」
バルトルトは慌てる帝国の騎士たちを制して、断りを入れた。
それを受けた帝国の騎士たちは訓練場から散っていった。
ここで訓練をしていた帝国の騎士たちにとって、この国の上位の実力を持つバルトルトは恐れ多い存在だった。
そのため、帝国の騎士たちはバルトルトの邪魔にならないように退散したのだ。
「ほう」
ベルムートはバルトルトの影響力の強さに感心した。
「「「え……」」」
アンリたちは騎士たちの様子に呆気に取られて見送った。
「さて、まずは自己紹介といくか。俺は序列2位のバルトルトだ。お前らは?」
バルトルトは騎士たちの態度に慣れているのか何事もなかったかのようにベルムートたちに問いかけてきた。
「ベルムートだ」
真っ先にベルムートが口を開いた。
「わたしはアンリ」
「エミリアよ」
「ニムリだ」
ベルムートに続くようにしてアンリたちも名乗った。
「で、お前らは何が聞きたいんだ?」
バルトルトがベルムートたちに尋ねた。
「勇者について何か知っていることがあれば教えてくれ」
「勇者ねぇ……」
ベルムートの頼みを聞いたバルトルトは皮肉な笑みを浮かべた。
「そうだな……俺と試合してくれたら教えてやってもいいぜ」
「試合?」
「ああそうだ」
「どんな試合だ?」
「まぁ単なる力比べってやつだ。死にはしない」
「勝敗は関係あるのか?」
「ないな。ただ俺に強さを見せてくれるだけでいい」
「強さを見せる?」
「そうだ」
「何の意味があるんだ?」
「俺がもっと強くなるためだ」
「なるほどな」
ベルムートはバルトルトに興味を抱いた。
「試合の形式は?」
「魔法は無しで、武器はそこの訓練用の刃引きしたやつを使ってくれ」
「わかった」
ベルムートは頷いた。
「誰が戦う?」
ベルムートはアンリたちに尋ねた。
「はい!」
「あたしがやる!」
「私もやるわ」
3人とも立候補した。
「あんたは?」
バルトルトがベルムートに尋ねた。
「私は魔法使いだからな。やめておこう」
「そうか。女どもはともかくあんたは強そうだったんだがな」
バルトルトは残念そうに呟いた。
「ま、強制はしねぇよ」
バルトルトはベルムートが断っても気分を害した様子もなく、笑みを浮かべた。
「とはいえ、さすがに女子供相手に命懸けの戦いをしようってわけじゃねぇ。あくまで試合だ」
「ああ」
「うん」
「おう」
「ええ」
バルトルトの言葉にベルムートたちは頷いた。
「それで、3人の内誰がバルトルトと戦うかだな」
「いや、3人とも順番に相手してやるよ」
ベルムートの考えに反して、バルトルトが告げた。
「ほう?」
ベルムートは面白そうにバルトルトを見た。
「「おー……」」
アンリとニムリはバルトルトの言葉に少し驚いていた。
「大きく出たわね」
エミリアはバルトルトに視線をぶつけた。
「これでも帝国魔導騎士の序列2位だからな」
バルトルトはエミリアの視線を軽く流して肩を竦めた。
「それに、もし、万が一俺が戦えなくなったら止めればいいだろ?」
「確かにそうね」
バルトルトの言葉にエミリアは頷いた。
「審判は私がしよう」
「おう、頼んだ」
ベルムートが申し出ると、バルトルトは頷いた。
アンリたちも異存はないようだ。
「さあ俺にお前らの強さを見せてくれ」
バルトルトは爛々と輝く瞳でアンリたち3人を見回した。
◇ ◇ ◇
相談の結果、最初はアンリが戦うことになった。
アンリは刃引きされた武器の中から、普段使っているのと同じくらいの大きさの両手剣を選んだ。
バルトルトは両手剣の中でも剣身が長いグレートソードを選択した。
アンリとバルトルトは訓練場の中央でお互いに距離を取って向かい合った。
「始め」
ベルムートの合図で試合が開始された。
まずはアンリが仕掛けた。
「やああ!」
バルトルトに駆け寄ったアンリは両手で握った剣を上段から振り下ろした。
「……」
バルトルトはまったく動じずにその剣の軌道上にグレートソードを置き正面で受けた。
「筋はいいが」
バルトルトはアンリの剣をグレートソードで受けた直後、わざと僅かに腕を引き、手応えの変化に対応できなかったアンリの重心にズレを生じさせた。
「踏み込みが甘い」
そして、バルトルトは押し込まれる腕に力を込めるとグイっとグレートソードを横に倒した。
「うわわ!?」
前に体重をかけていたアンリは踏ん張りが効かず、それに引っ張られるように体勢を崩した。
「おらよ!」
そして、バルトルトは一気アンリとの距離を詰めると、グレートソードから片手を離してアンリの腕を掴み、体勢を立て直す暇を与えずにアンリを地面に引き倒した。
「あいた!」
ろくに受け身も取れずに地面にうつ伏せで倒されたアンリは声を上げた。
そこへ、アンリの首筋にグレートソードが突きつけられた。
「そこまでだ。バルトルトの勝ちだ」
ベルムートが試合の決着を告げた。
「まだまだだな嬢ちゃん」
バルトルトはアンリに突きつけていたグレートソードを引き、グレートソードで自身の肩を叩いた。
「ううぅ~……」
アンリは悔しそうに呻きながら立ち上がった。
バルトルトとアンリには練度と経験値に差がありすぎた。
そのため、この結果は必然といえた。
◇ ◇ ◇
次はエミリアの番だ。
エミリアは、刃引きされた武器の中からやはり細剣を選んだ。
バルトルトは引き続きグレートソードだ。
バルトルトとエミリアは訓練場の中央でお互いに距離を取って向かい合った。
先程の戦いを見たからか、エミリアの顔は引き締まっており、油断はまったくない。
対してバルトルトは、アンリとの戦いでまったく苦戦しなかったため、余裕を見せている。
ただし、そこに隙はない。
「始め」
ベルムートの合図で試合が開始された。
お互い様子見。
「行くわよ」
先にエミリアが仕掛けた。
「はぁっ!」
エミリアの突きがバルトルトに迫る。
「!」
想定よりも鋭い突きにバルトルトは驚きの表情を浮かべた。
「ふん!」
しかし、バルトルトはエミリアの突きをグレートソードの最小限の動きで弾きしっかり対応した。
「はぁっ!」
攻撃を防がれたエミリアは慌てることなく、続いて二連突きを放った。
「ふん!」
これもバルトルトは反応してグレートソードを細かく動かして弾いた。
「はぁあっ!」
そして、エミリアは三連突きを放った。
「くっ!」
バルトルトは苦心しながらも、恐るべき反応速度でエミリアの三連突きを全てグレートソードで弾いた。
「!?」
まさか無傷で凌がれるとは思いもよらなかったエミリアは驚きの表情を浮かべた。
「次は俺の番だな」
バルトルトはニヤリと笑ってグレートソードを横薙ぎに払う。
「ふっ!」
バルトルトとの距離を詰めていたエミリアは後ろに飛び退きグレートソードを躱してバルトルトとの距離を取った。
「おら!」
しかし、それはバルトルトの間合い。
バルトルトは大振りにならないようにグレートソードを振ってエミリアを攻め立てる。
「くっ!」
エミリアはグレートソードの間合いを潰そうとするが、バルトルトに近づけない。
攻守が入れ替わった。
「おらおらおらぁ!」
「はっ! ふっ! はぁっ!」
バルトルトの猛攻をエミリアは躱し、時には細剣で受け流す。
「ほう……」
「くっ……!」
バルトルトは感心し、エミリアは苦い顔をした。
剣戟の応酬。
絶え間なく剣のぶつかる金属音が訓練場に響き渡る。
だが、激しい戦いに耐えきれずエミリアの持つ訓練用の細剣が折れた。
「あっ!」
エミリアが声を漏らした。
「そこまでだ。バルトルトの勝ちだ」
ベルムートが試合の決着を告げた。
「チッ、消化不良気味だが、試合は試合だからな。悪く思うなよ」
「ええ、仕方ないわね」
「今度は武器の耐久性なんて気にせず全力で戦いたいもんだ」
「そうね」
エミリアとバルトルトは握手を交わした。
◇ ◇ ◇
「まだいけるか?」
ベルムートはバルトルトに尋ねた。
「ああ」
疲労がないわけではないが、バルトルトはまだまだ力が有り余っているという意思を示した。
最後はニムリが戦う。
ニムリは海綿スポンジグローブを両手に嵌めた。
「それでいいのか?」
バルトルトは面白そうにニムリに尋ねた。
「あたしの武器はガントレットだからな」
「そうか。なら、俺もそれにするか」
ニムリの答えを聞いたバルトルトは、剣で相手をするよりもニムリと同じく拳で戦った方が有意義だと考えて、海綿スポンジグローブを両手に嵌めた。
「負けないからな」
それを見たニムリは気合いを入れた。
そして、バルトルトとニムリは訓練場の中央でお互いに距離を取って向かい合った。
「始め」
ベルムートの合図で試合が開始された。
「うらぁ!」
「ふん!」
ニムリとバルトルトは真正面から拳と拳をぶつけ合った。
そこから殴り合いに発展した。
ドワーフは身長が低く手足が短い代わりに、普通の人よりも筋肉と骨の密度が高く、筋肉を動かす神経も発達している。
そのため、ドワーフは力が強く、頑丈で、手先が器用だった。
まだ少女とはいえ、そんなドワーフであるニムリと拮抗しているバルトルトの力は、並の力ではない。
「ちったぁできるじゃねぇか」
バルトルトは口角を吊り上げた。
「くっ!」
対してニムリは険しい表情だ。
ニムリとバルトルトは力では拮抗しているが、リーチの長さと体重差がある。
そのため、ニムリはバルトルトにじりじりと押されていった。
「チッ! うらぁ!」
このままじゃ埒が明かないと思ったニムリは、バルトルトのストレートに合わせてフックでバルトルトの腕を外側に弾き、バルトルトとの距離を詰めた。
「うらぁ!」
「ふっ!」
バルトルトは後ろに下がり、ニムリのストレートは空を切る。
「そらぁ!」
「!」
続いてニムリはジャンプアッパーを繰り出し、バルトルトは反射的に両腕を顔の前に持ってきてそれをガードした。
「お返しだ!」
空中にいるニムリの体にバルトルトの拳が迫る。
「ぐっ!」
ニムリは腕を交差させてそれを防ぐも後ろに吹っ飛ぶ。
「ふん!」
バルトルトが追撃に向かい、ニムリに拳を打ち下ろす。
「よっ!」
着地に成功したニムリはそれを躱した。
「うらぁ!」
そして、ニムリはバルトルトの伸びきった腕に拳を叩き込んだ。
「くっ!」
バルトルトは体勢を崩した。
「もらった! うらぁあ!」
ニムリが追撃のためバルトルトの顔に拳を突き出した。
「させるかよ!」
ニムリの拳が届くよりも先に、ニムリの拳に合わせたバルトルトのカウンターがニムリの頬に突き刺さった。
「がはぁっ!」
ニムリは後ろに倒れ込みダウンした。
「そこまでだ。バルトルトの勝ちだ」
ベルムートが試合の決着を告げた。
「ハァ……ハァ……」
バルトルトは肩で息をしている。
しかし、バルトルトの顔は晴れやかだった。
「なかなかいい腕だった」
バルトルトはニムリを助け起こして言った。
「次はあたしが勝つ!」
ニムリは悔しそうにしながらもバルトルトに言い放った。
◇ ◇ ◇
「勝てなかったが、3人とも良い試合だった」
「ありがとう!」
「おう!」
「そう言ってもらえると助かるわ」
ベルムートの言葉を聞いて、アンリたちは嬉しそうに笑った。
「お前ら強いな。楽しませてもらった」
「バルトルト強かった!」
「ええ、勉強になったわ」
「足りない物がわかった。次はお前の顔をぶん殴る!」
「わたしも、もっと強くなる!」
「そうね。このまま勝ち逃げされるのは承服できないわね」
「ははは! やってみろ!」
バルトルトとアンリたちは健闘を称え合った。
「それで、勇者について教えてもらえないか?」
ベルムートはバルトルトに尋ねた。
「そうだな教えてやっても――」
「バルトルト様!」
バルトルトが口を開こうとした瞬間、バルトルトを呼ぶ声が聞こえた。
皆、声のした方を向くと、ふんわりとした茶髪で青い瞳をした、宝石の散りばめられたドレスを着ている気の強そうな少女がバルトルトの方へと駆けてきていた。
「サロメ様!?」
エミリアは驚愕して、声を上げた。
その少女はブライゾル王国の王女サロメだった。




