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村娘Aの事情

前回のあらすじ。

勇者の伝承を聞いた。



「師匠! 出発する前に家に寄ってもいい?」


 村長の家を出てすぐにアンリがベルムートに尋ねてきた。


「ふーむ……そうだな。いろいろと準備するものもあるだろう」


 そのまま出発するつもりだったが、ベルムートも城を出るときには少なからず準備をしたことを思い出した。

 ベルムートがアンリの後についていくと、一軒の家に着いた。

 特に変わった様子もない普通の木造の家で、畑に隣接して建てられている。


「ただいま!」


 アンリが家の中に入った。


「おかえりアンリ」


「おかえり。どこに行ってたんだい?」


 中にいた老夫婦がアンリに声をかけた。


「ずいぶん年の離れた両親だな?」


「違うよ」


「ん?」


「お父さんとお母さんじゃなくて、わたしのおじいちゃんとおばあちゃん」


 ベルムートが疑問の声を上げると、アンリが教えてくれた。

 ベルムートは改めて老夫婦を見た。

 どことなくアンリの面影はあったが、アンリの赤い髪と違って2人とも髪が茶色い。


「この方はどちら様だい?」


「この人は村を救ってくれた勇……冒険者の人で、私の師匠だよ」


 おじいさんに尋ねられて、アンリが答えた。


「ああ、昨日の宴会の主役だった人だね」


「うん。この人と話したいことがあるから部屋に行くね」


「わかったよ」


「失礼する」


 ベルムートは軽く2人にお辞儀をして、アンリについて行き部屋に入った。

 机と椅子とベッドが一つずつある簡素な部屋だ。

 ただ、鋼鉄製と思われる全身鎧と短剣が部屋の隅に置いてあった。

 サイズからするとアンリのものではないようだが、誰のかはわからない。

 

 ベルムートがその鎧と短剣について少し考え事をしていると、部屋の扉を閉めたアンリがベッドに腰かけた。

 それを見て考えることをやめたベルムートが椅子に座ると、アンリが話し始めた。


「さっきの話の続きなんだけどね。わたしは両親がいないの」


「孤児ってことか?」


「ううん」


 アンリは首を振って否定した。


「お母さんは、わたしが10歳のときに家を出ていっちゃって、お父さんは、わたしが12歳のときに魔物を倒しに森に行ったっきり帰って来なかったの」


「そうか……」


 ベルムートは厄災竜に両親を殺された昔の自分を思い出した。


「両親がいないのは寂しくないのか?」


「ちょっとだけね。でも、おじいちゃんとおばあちゃんがいるし、村の人たちも親切にしてくれるからあんまり寂しくはないよ」


「そうか。ならいい」


 ベルムートはほっとした。


「生活はどうしてるんだ?」


「家の畑の手伝いをしてる」


「家のすぐそばの畑か?」


「そうだよ。といっても、実際は村の人にいろいろ助けてもらってるけどね」


「なるほど」


 ケガをした村人のことをまるで自分のことのように皆気にかけていたし、宴会を開くときも息ぴったりだった。

 ここはそういう助け合いで生きている村なのだろう。


「その鎧と剣は?」


 ベルムートは、部屋の隅に置いてある鎧と短剣に視線を向けて、アンリに聞いた。


「お父さんが使ってたの」


「そうなのか? 村で使うにはいささか重装備すぎるように思うが……」


「お父さんは昔、冒険者だったの」


「そういうことか」


 それならこれだけの装備があることについても頷ける。


「お父さんには、いろんな冒険譚を聞かせてもらったんだ……」


 アンリは昔を思い出して遠くを見つめた。


「父親が冒険者だったなら、どうしてこの村に住んでいたんだ?」


「わたしが生まれて、お父さんが故郷であるここに顔見せにきて、そのまま居ついたんだって」


 アンリの父親はどうやら生まれ故郷で家族と過ごしたかったようだ。


「ということは、真っ赤な髪は母親譲りか」


「そう」


 アンリは自分の赤い髪に手で触れた。


「どうして私の弟子になろうと思ったんだ?」


「わたしも、お父さんのような冒険者になりたかったから。その夢を実現するために一番近いところにいるのが師匠だと思ったの」


「私がか?」


「そうだよ。見ず知らずの人のために貴重な回復薬を使ったり、一撃で凶暴な魔物を倒したり、そういう優しさと強さを間近で見て、この人について行こうって、ついて行きたいって、そう思ったから」


 アンリは手を握り込み、強い眼差しでそう言い切った。

 ベルムートは打算でしか動いていなかったが、どう感じるかは人によるらしい。


「もしも弟子になれなかったらどうするつもりだったんだ?」


「無理やりにでもついていく!」


「なるほど。まあ、予想通りだな」


「えへへ」


(予想はしていたが、こうもはっきりと言われるといっそ清々しいな)


 ベルムートは笑いを噛み殺した。


「師匠はどうして冒険者に?」


「ふーむ……そうだな……」


(ここで嘘をついてもいずれバレるか……なら正直に答えるとしよう)


「私は冒険者ではない」


「え!?」


 予想外の返答でアンリは驚いた。


「これから勇者を探しに行くところだったんだ。だからまだ冒険者登録はしていない」


「それじゃあ、今までは何をしていたの?」


(まあ、そこは気になるよな)


「そうだな……城で働いていた」


「お城? もしかして騎士様?」


 騎士はこの国での軍隊のことだ。

 アンリはベルムートのことを王宮に勤めている騎士とでも思ったようだ。


「まあ、そんなところだ。この国とは別のな」


 ここから2日飛んだところにある魔王城でベルムートは魔王軍幹部をやっているのだから、あながち間違いではない。


 アンリは勇者に憧れているようなので、たとえ弟子でも自分が魔王軍幹部だとベルムートがアンリに言えるわけがなかった。

 まあ、いずれバレるかもしれないが……。


(私が魔王軍幹部だと知ったらアンリがどういう反応をするのか気になるところだな)


「じゃあ師匠は、他の国の王様に命令されて勇者様を探してるの?」


「だいたいそういうことになるな」


 ベルムートが思っていたよりもアンリの理解がはやい。


「なら、わたしも勇者様を探すの手伝うね!」


「最初から手伝ってもらうつもりだったがな」


「でも、見つける前にわたしが勇者になってみせる!」


「その意気だ」


「そして、師匠と一緒に魔王を倒す!」


「いや、私は戦わないぞ」


「え!? なんで!?」


「私は魔王とは相性が悪いからな」


「相性?」


「私は魔法を主体に戦うのだが、私の攻撃は魔王にはほとんど通じないんだ」


「そうなんだ!?」


「ああ」


「だから勇者を探してるんだね」


「……まあ、そうとも言えるな」


 ベルムートとしては魔王の相手を勇者に丸投げしたいと思っている。


「私じゃ魔王倒せないかな?」


「今のままだと無理だな」


「やっぱり……」


「だが、気に病むことはない。これから強くなればいいんだ」


「私強くなれるかな?」


「それはアンリ次第だな。だが、私もできるだけのことはするつもりだ」


「わかった! 私強くなる! 強くなって師匠の分まで魔王と戦う!」


「期待してるぞ」


「うん!」


 ベルムートとアンリはお互いに笑みを浮かべた。




 話がひと段落したベルムートとアンリは、部屋を出て老夫婦を呼んだ。


「おじいちゃん、おばあちゃん。話があるの」


 アンリが真面目な顔で話し始める。


「おやおや、どうしたんだい?」


「わたし、村を出て冒険者になる!」


「「な、なんだってー!?」」


 アンリの宣言を聞いて老夫婦が驚いた。


「村で暮らすよう考え直してはくれないかい……?」


 寂しそうにおばあさんがアンリを引き止めようとした。


「もう決めたことだから」


 アンリは強い意志を込めてそれを断った。


「出来れば外に送り出したくはない……あんたは息子の残した形見だからね」


「そう、わたしはお父さんの娘だから。だから、冒険者になっていろんな国や土地を巡って、困ってる人たちを助けたい」


「……やっぱりあんたはあの子の娘だね」


「……ああ、あいつも昔似たようなことを言って村を飛び出していったな」


 2人は懐かしむように目を細めてアンリを見た。

 息子の面影をアンリに重ねてみているのだろう。


「わかったよ。アンリの好きにしなさい」


「それだけ意志が固いなら、私たちにはどうこうできないさね」


 2人はアンリに頷いた。


「ありがとう! おじいちゃん、おばあちゃん!」


 2人に許しをもらえたことでアンリは喜んだ。

 それを見て、おばあさんは家のタンスの引き出しからお金の入った革袋を取りだした。


「これを持っていきなさい」


「これは……? えっ!?」


 革袋の中を覗いたアンリが目を丸くした。

 袋の中には銅貨や銀貨だけでなく、金貨も何枚か入っていた。


「どうしてこんなにお金が!?」


 質素な暮らしをしてきたアンリには、こんな大金が家にあっただなんて思いもよらなかったようだ。


「それは息子が冒険者をやってたときに貯めてたお金さ」


「これをお父さんが……? すごい……」


 しばらく感慨深く革袋を見つめていたアンリは顔を上げた。


「でも、こんなに持っていっていいの? おじいちゃんとおばあちゃんのお金は?」


「こんな村じゃお金なんてそんな価値があるもんじゃないさ。それに、あんたが持ってた方が息子も喜ぶだろう」


「そっか……うん……ありがとう……」


 アンリは涙を流しながらも笑顔でそう言った。

 その言葉は2人に向けたものだったのか、あるいはこの場にいない父親に向けたものだったのか……。

 ベルムートは静かにそんな家族のやり取りを眺めていた。




 しばらくしてアンリの出発の準備が整った。

 服装は村娘らしいスカートで、腰には父親の使っていた短剣が装備してあった。

 短剣であれば、アンリでも剣に体を振り回されずに扱えるだろう。


「おじいちゃん、おばあちゃん。行ってきます」


「いってらっしゃい。体には気を付けるんだよ」


「いつでも帰ってきていいんだからね」


「うん!」


「では、アンリを預かります」


「「お願いします」」


 ベルムートたちはアンリの家族に別れを告げて村の出口に向かった。




「……あの娘はいい子に育ったね」


「……ああ、自慢の孫娘さ」


 老夫婦は離れていく孫娘の背を見ながら呟いた。




「あ、冒険者さんだ!」


「ケガを治してくれてありがとうございます!」


「お、村を救ってくれてありがとな!」


「もう行っちまうのかい? なんだか寂しくなるね……」


「またいつでも来てくれよな! 歓迎するぜ!」


「なんでアンリが一緒なんだ?」


「しーっ! そういうお年頃なんだよ!」


「あーなるほどね。完全に理解した」


「おまえ絶対わかってねぇだろ」


 道中声を掛けられながら村人たちに見送られ、ベルムートたちは村を後にした。



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