幕間 帝国の勇者
本が大好きで周囲に祝福を飛ばしまくる女の子の話を読んでいたので遅くなりました。
前回のあらすじ。
ニムリを加えたベルムートたちは都市ドルディグを出た。
帝国の帝都の城にある訓練場の真ん中で、剣の訓練をしている2人の男がいた。
実戦に近い訓練で、2人が持っている剣は刃を潰してある。
片方の男は、肉付きの良いがっちりとした体型で、いかにも戦い慣れた動きで相手に手加減しながら不満そうな顔で剣を振っている。
もう片方の男は、筋肉があまりついておらず戦いには向かないへっぴり腰で、型も何もなくただ剣を振り回している。
がっちりとした体型の男は序列2位のバルトルトといい、次期皇帝と目されている現皇帝の息子だ。
へっぴり腰の男は、先日召喚の魔法陣によってこの帝国に現れた勇者で、名をケンジという。
ケンジは魔法がなく魔物がおらず、科学という物が発展しているというこことは常識の異なる別の世界から来たらしい。
今帝国ではケンジがこの世界で生きていくための教育が行われていた。
この訓練もその一環だ。
「ふん!」
「うわっ!」
バルトルトの剣によってケンジが弾き飛ばされた。
ケンジが地面を転がって尻もちをつく。
すでに何度も繰り返された光景だった。
「ハァ……ハァ……」
地面に手をついているケンジは土まみれで、息も荒く立ち上がる気力もないようだ。
そのケンジの不甲斐無いさまを見て、バルトルトが溜め息を吐いて声を荒げた。
「ったく、なんだ!? その程度か!?」
「ハァ……ハァ……すみません……」
「チッ……やめだやめ! 話にならん! 今日はここまでだ!」
ケンジが謝ると、バルトルトが手を振りながら訓練の終わりを告げた。
「はい……ありがとうございました……」
ケンジは落ち込み半分、安堵半分の表情を浮かべて礼を述べると、のろのろと立ち上がり、駆け寄ってきた側仕えに支えられながら着替えに向かった。
「チッ」
バルトルトは、そのケンジの後ろ姿を見ながら舌打ちをした。
「こんなことして意味があるのか? なあ、ウェンティート?」
訓練場の隅で2人の訓練を眺めていた女――ウェンティートの元までやってきたバルトルトがイラつきながらウェンティートに視線を向けた。
ウェンティートは、肩で切り揃えられたさらりとした淡い緑の髪に、スターグレーサファイアのような灰色の瞳の、背筋をピンと伸ばした凛々しい女性魔導騎士だ。
正直に言って、この訓練に意味があるかはウェンティートにはわからなかった。
ケンジは戦闘がてんで駄目だ。
ケンジが戦闘ができないのは、文明が発達している争いのない平和な国で育ったせいだと自分で言っていた。
ケンジの動きは完全に素人で、とてもではないがスタンピードで魔物と戦わせられないとウェンティートは考えていた。
しかし、皇帝の意向には従う必要があった。
「意味があると思ってやるしかないでしょう」
「チッ」
ウェンティートの答えを聞いて、バルトルトが嫌そうな顔になりまた舌打ちをした。
「あれが勇者だって? とてもじゃないが信じらんねぇ。ジジイも耄碌したな」
バルトルトのいうシジイとは序列1位のギュンターのことだ。
バルトルトの言葉にはウェンティートも同意したい気持ちだったが、決めつけるのは良くないともウェンティートは考えていた。
ギュンターには分かってウェンティートたちには分からない何かしらの力が、ケンジにはあるのかもしれないとウェンティートは考えることにしていた。
「あいつ、そこらのがきんちょにも負けるんじゃねぇか?」
「そうかもしれません。ですが、我々の知らない知識を保有しているようですし、頭も悪くはないので利用価値はあるでしょう」
教えればちゃんと理解してくれるし、ケンジがきちっとした教育を受けていたことはわかっている。
食に関しても、ケンジは多少文句を言いつつ異世界の知識を活かして、新たにおいしい料理を考案していた。
「まあそうだな。ただ、戦闘以外では役に立つかもしれないが、武を尊ぶ帝国では生きにくいだろうよ」
帝国は魔物の脅威が大きいので、それを退ける強い者が尊敬される。
ケンジはスタンピードに対抗するための戦力として、召喚の魔法陣により呼び出されたが、全然強くない。
召喚した後すぐに帝国の事情をケンジに説明した時は、「魔王と戦うわけじゃないのか」と期待を裏切られたのが半分、安堵半分という顔でケンジが呟いていた。
そして、ケンジは元の世界に帰れないと知ると、「やばい! パソコンのハードディスクの中身がぁああああ!」と大いに取り乱して、その後かなり落ち込んでいた。
ただ、現実問題として、ケンジはこの世界で生きなければならないので、ケンジも帝国も何をすればいいのか模索しながらあがいているところだ。
ケンジは元の世界に帰る方法を探したいようだったが、そのためにはそれなりの戦闘力がなければすぐに死んでしまう。
「彼には悪いことをしたとは思いますが、せめてこの世界で生きていけるように一人前にするのが筋というもの。それが我々の責任というものでしょう」
「チッ……面倒だな。俺は早く親父を越えたいってのに……」
20歳過ぎのバルトルトは向上心に溢れ、良くも悪くも強さを重んじる。
次期皇帝として恥ずかしくないように、バルトルトは実父である現皇帝のアルゴスより強くなることを目標としていた。
「ったく、ガキのおもりなんてやってられねぇぜ。あいつのことはお前に任せた」
「言われなくとも、ケンジを守ることが私の仕事です」
ケンジの護衛は皇帝から直々にウェンティートが仰せ付かっていた。
「はいはい、頼もしいこった」
気のない返しをしたバルトルトは剣の稽古をつける以外にケンジの面倒を見るつもりはないようで、ウェンティートにケンジのことを押し付けるようにしてどこかへ去って行った。
そして、バルトルトと入れ替わるようにしてケンジが戻ってきた。
「ただいまウェンティート」
ケンジが笑顔でウェンティートに言った。
戻ってきたケンジはきちんと入浴をして体の土を落としたようで、服も新しい物を着ていた。
召喚された当初、黒髪黒目のケンジはガクセイフクという変わった服を着ていたが、周囲になじむために今は支給された帝国の服を着ている。
ケンジの視線がウェンティートの長い耳にチラチラと動く。
どうやらケンジにとってはエルフが珍しいようで、よくウェンティートの耳を見てくる。
といってもウェンティートは人間とエルフの間にできたハーフエルフなので、純粋なエルフとは少し違うが、そこはケンジは気にならないらしい。
帝国は実力主義なところがあり、ケンジの護衛を任されるウェンティートもそれなりの強さを誇るが、女でありハーフエルフでもあるウェンティートのことを快く思わない者もいるため、魔導騎士であるウェンティートは普段フルフェイスのヘルムをしていた。
ケンジを召喚したときもウェンティートはフルフェイスのヘルムをしていた。
ただ、フルフェイスのヘルムをしていると威圧感を感じるとケンジに言われてからは、ウェンティートはケンジの前ではフルフェイスのヘルムは被っていない。
訓練の後は、ケンジは帝国のことや、魔法や魔物について学ぶことになっている。
文化の違いに戸惑っているケンジには必要なことだ。
ただ、今のままだとケンジは強くならないこともウェンティートは感じていた。
(多少は危険な目にあってもらって、命の危険を感じた方がいいかもしれない。そうすれば、今よりも訓練に身が入るだろう)
ウェンティートはそう考えていた。
(ついでに、魔法の才について里の者に見てもらうといいかもしれない)
帝国ではケンジの適性属性を調べるために魔導具を使ったのだが、うまく魔導具が作動しなかったため、未だにケンジの適性属性の判断がついていなかったのだ。
しかし、里にいる長寿のエルフならば何かわかるのではないかとウェンティートは考えていた。
ウェンティートはさっそくケンジに提案してみることにした。
「少しお話があります」
「何?」
ウェンティートが話し掛けると、ケンジが聞く体勢に入った。
「一度私と一緒にエルフの里に行きましょう」
「え?」
ウェンティートの言葉を聞いて、ケンジが固まった。
「……エルフの里? って、エルフがたくさん住んでるの?」
「はい」
再び動き出したケンジが尋ねてきたことに対して、ウェンティートは頷いた。
一瞬嬉しそうな顔をしたケンジだったが、すぐに真面目な顔になった。
「どうしてそこに僕とウェンティートが行くの? ウェンティート一人じゃだめなの?」
「私一人で行っても意味がありません。里に行くのはケンジのためですから」
「僕のため?」
「そうです」
ケンジは思わぬことを言われたという風に呆気にとられている。
「でも、僕はまだ全然戦えないし、外に出たらすぐに魔物にやられて死んじゃうんじゃないの?」
「大丈夫です。私が守ります」
「いや、でも……」
ウェンティートの答えを聞いても、ケンジは踏ん切りがつかないようだ。
「これでも私は帝国で序列5位です。心配はいりません」
「うーん……」
ウェンティートがそう言うと、ケンジは悩み始めた。
「何事も経験は大事です。それに、たくさんのエルフと会えますよ」
「……わかった、行くよ」
ウェンティートの説得の甲斐あって、ようやくケンジが頷いた。
それから、皇帝に許可をもらったウェンティートとケンジは、エルフの里に向かうことが決まった。




