勇者の伝承
前回のあらすじ。
少女が弟子になった。
アンリが疲労で倒れたあと、ベルムートは側で彼女が起きるのを待った。
「うう……はっ! ここは!?」
眠っていたアンリが起きた。
「目が覚めたか」
「え、あ、うん。おはよう……って、あっ! そうだ! わたし……師匠の弟子になったんだよね……?」
「起きて早々弟子になったかの確認か?」
「だってわたしすぐに気を失ったから……弟子になるの取り消されたのかなって……」
「心配しなくともお前の弟子入りを取り消したりはしない」
「よかった……」
ベルムートの言葉を聞いて、アンリは不安な表情が一変してホッとしたように笑顔になった。
「そもそも、私はまだ名前を名乗ってすらいないんだが、もう師匠呼びとはな」
「あ! 本当だ!」
アンリは自分のことでいっぱいいっぱいで失念していたようだ。
「師匠の名前はなんていうの?」
「私の名はベルムートだ」
「そうなんだ!」
「お前の名前は……確か村娘Aだったか……?」
「違うよ! わたしの名前はア・ン・リ!」
「そんなに語気を強めなくてもわかっている。さっきのは冗談だ」
「もう!」
アンリは頬を膨らませた。
「聞きたいことがあるだろうが、まずは村長の所に行く。ついてこい」
「……わかった」
アンリは少し拗ねていたが、素直にベルムートについてきた。
二人で村長の家に向かう。
「おお、冒険者様。さあ、お入りください。……おや?」
出迎えてくれた村長は、ベルムートの後ろにいたアンリに気付いて首を傾げた。
「アンリどうしたんだい? これから冒険者様とお話があるから、用があるなら外で待っていなさい」
「いや、この子にも関係がある。家に入れてやってくれ」
「は、はあ……わかりました」
村長は事情がよく分かっていないようだったが、ベルムートの言葉に従って席に着いた。
机を挟んで対面にベルムートたちも座った。
「では、改めまして。この度は村を救ってくださってありがとうございます」
村長はベルムートに丁寧にお辞儀をした。
「私にも目的があってしたことだ。礼には及ばない」
ベルムートは手を振って村長に頭を上げるように言った。
「それでお礼の件ですが、辺境の村ですからあまり多くのお金はありません。今はこれだけしか……」
そう言って村長はお金の入った革袋を取り出した。
中身を見ると、大量の銅貨に数枚銀貨が入っていた。
「わぁ! 大金だよ! すごい!」
アンリは目を大きく見開いてその革袋の中のお金を見つめていた。
エルクの記憶で換算すると、一人ならばざっと2週間は食べ物に困らない金額だ。
「そうだな、では半額だけもらおう」
「「え?」」
ベルムートがそう言うと、驚いた村長とアンリがそろって声を上げた。
「そのかわり、勇者についての情報を教えてほしい」
「あー……」
「?」
ベルムートがそう言うと、アンリは事情を察しておとなしくなった。
村長は首を傾げている。
ベルムートは今後のことを考えて、提示された半額のお金は受け取っておくことにしたようだが、今必要なのは勇者に関する情報だ。
「勇者ですか? おとぎ話の伝承ぐらいしか知りませんが……」
「それでもかまわない」
「は、はぁ……では――」
『昔むかし、悪魔たちは戦争をしていました。
人々は巻き込まれないよう争いのない遠くに逃げましたが、いたるところで戦いが行われた為、何度も住む場所を奪われ、多くの人々が死にました。
人々も黙って殺されるのを見過ごしていたわけではなく、悪魔たちを倒すべく軍隊を派遣しました。
しかし、軍隊は返り討ちに会い、多くの犠牲を生んだだけでした。
人々は悪魔たちを恐れ、悪魔たちに殺さないでほしいと懇願し、祈りを捧げましたが、争いは拡大するばかりで聞き入れてもらえませんでした。
明日をも知れぬ日々を過ごしていたあるとき、一人の勇敢な若者が悪魔たちを倒すために立ち上がりました。
その若者は次々と悪魔たちを打ち倒し、やがて勇者と呼ばれるようになりました。
勇者の活躍により戦争は収まり、勇者は最後の決着をつけるべく、魔王の住む城へと向かいました。
激戦の末、勇者は見事魔王を討ち取り、悪魔たちの脅威は去りました。
人々は勇者に感謝し、世の中に平和が訪れたのでした。
めでたしめでたし』
「――という話です」
(大変興味深い話ではあったが、私が知っている事実と多少違うな)
悪魔たちの戦争とやらは、ベルムートたち魔王軍がまわりの連中を支配するために仕掛けた戦いや厄災竜との戦いのことだろう。
そして、人の軍隊とやらはベルムートたちの戦いに横やりを入れてきた連中のことに違いなかった。
手早く支配できそうな奴らがいたのだが、連中のせいで支配するのに余計な時間がかかってしまった。
もちろんベルムートは無駄な殺生はしていない。
時間の無駄だったので。
ただ戦いを挑んできたのに命乞いをした奴らは身ぐるみを剥いで適当にそこら辺に放置したりはしていた。
それと、懇願されたり祈りを捧げられた記憶はベルムートにはなかった。
おそらく直接頼んだり祈ったりはせず、教会や住んでいる場所で勝手に行っていたのだろう。
そんなベルムートとは何の関わりもないところでお願いされたって意味はない。
ベルムートは何も知らないのだから。
知っていれば少しは配慮したかもしれない。
まあ、その可能性はかなり低いが。
あと、勇者が何体かの悪魔を倒したというのは事実だ。
そして、これ以上魔王軍の被害を出さないように、ベルムートたち魔王軍が、それとなく魔王と魔王城の情報を流して勇者を誘導した。
その頃にはあらかた支配も終わり厄災竜との戦いも終え、勇者を迎え撃つ準備が出来ていた。
しかし、魔王が一騎打ちで遊びたいと言ったので、その準備は無駄になったが。
何度かの遊びという名の戦闘を終え、魔王が勇者を食事に誘った。
その食事の席で人間には猛毒だったらしい魔樹の実を食べて勇者は死んだ。
らしい、というのは、そのときその場にいた魔王軍たちにとっては毒なんてない豪華な食事だったからだ。
もう少し人間について詳しく調べておくべきだったと今にしてベルムートは思う。
勇者が死んだ後の魔王の相手は大変で、憂さ晴らしに幹部がひとりずつボコボコにされた。
(……さて、物思いにふけっていても仕方がない。さっきの村長の話から気になることを聞いておくか)
「勇者の出生や、魔王を倒したあとの勇者の行方について知っていることはあるか?」
「いいえ、知りません。伝承では、これ以上のことは書かれておりませんので……」
「そうか……」
勇者がいなくなったのは間違いないので、人々を不安にさせないよう国が意図的に情報を隠したのかもしれない。
「もしかすると、王都の大図書館に行けばもっと詳しいことがわかるかもしれません」
「王都か」
「はい」
もとよりベルムートは勇者を探すために王都に行く予定ではあったが、道中勇者が見つからなければ大図書館で調べることも考慮する必要がある。
「なんでしたら、馬車でお送りしましょうか?」
「ありがたい申し出だが、必要ない」
道中勇者を探すために寄り道することを考えると、村長の申し出は受けられない。
「そうですか。ですがここから王都まではかなり距離がありますよ?」
「移動手段ならある。問題ない」
「そこまでおっしゃるのでしたら、わかりました」
空を飛べば王都まですぐに着くが、道中勇者を探すのであればあまり得策ではない。
(ふーむ……村を離れたら馬を用意するか。いざとなれば空を飛べばいい)
ベルムートは考えをまとめた。
「先ほどアンリにも関係があるとおっしゃってましたが、どのような関係が?」
「ああ、アンリはこれから私と行動を共にすることになったんだ」
「うん! わたし、師匠の弟子になったの!」
「は? 弟子?」
ベルムートとアンリの言葉に村長は呆気にとられた顔をした。
「こいつは見込みがあるからな。連れていくことにしたんだ」
「……いつか村を出ていくだろうと思っていましたが、まさかこんなにはやくとは……」
村長は何やら物思いにふけるように遠くを見つめた。
そうしてやがて、村長はアンリに視線を向けた。
「アンリ、冒険者様に迷惑をかけないようしっかりな」
「わかってるよ、じいちゃん。わたし、もう15歳だよ?」
「そうだったな。もう立派な大人だったな」
村長とアンリはお互いに朗らかな笑みを見せた。
「では、私たちはこれで失礼する」
「いろいろとありがとうございました。アンリをよろしくお願いします」
「ああ」
「じゃあね! 行ってくるね、じいちゃん!」
ベルムートたちは手を振って村長の家を後にした。