鍛冶屋
前回のあらすじ。
都市ドルディグの冒険者ギルドに寄った。
ベルムートたちはデリンに教えてもらった宿屋に行き、馬を預けてから鍛冶屋を訪ねて回った。
一軒目にベルムートたちが訪れた鍛冶屋では、武器を売ってはいたが、創作用に取っておいてある材料しかないと言われて修理を断られた。
二軒目では、書き置きのようなものが扉に貼ってあり、ベルムートが読んだところ店員は酒場に出かけているらしく、いつ帰ってくるかわからなかったベルムートたちは他の店に行くことにした。
三軒目では、とりあえず手持ちの材料をすべて使いきって武器防具を作ってしまい、売れるだけ売ってしまったので何も持っていないと言われた。
「なかなか修理を請け負ってくれる所がないな」
ベルムートは呟いた。
「それにしても、商売っ気のない者が多かったな……これからの生活をどうするつもりなのだろうか?」
「うーん……」
「そうね……」
ベルムートと同じことを思っていたのか、アンリとエミリアもなんともいえない表情をしていた。
「次が最後か」
次の場所がデリンに教えてもらった最後の鍛冶屋で、ここが駄目ならベルムートたちは自力でこの都市にある他の鍛冶屋を探すか、諦めて他の都市に向かうことになる。
すると、道の先から声が聞こえてきた。
「あたし行ってくる!」
「やめておけ!」
「止めないでよ!」
どうやら、ドワーフの男とドワーフの少女が言い争っているようだ。
「ん?」
ベルムートは首を傾げて足を止めた。
アンリとエミリアも立ち止まった。
「お前が行っても変わらんだろうが!」
「そんなこと言ったってじっとしてられないじゃん!」
「だからって、お前が危険を冒す必要はないだろう!」
「うっさい!」
「こら待て!」
ドワーフの男の制止を振り切って、ドワーフの少女が駆け出して行った。
「なんだったんだ今のは?」
「私に聞かれても困るわね」
疑問の声を上げるベルムートに、状況がわからないエミリアも返す言葉がない。
「くそ……」
ドワーフの少女を追いかけるだけ無駄だと悟ったのか、ドワーフの男はガシガシと頭を掻き毟って店の中に入っていった。
「あの店が目的地だな」
その店はベルムートたちの目当ての鍛冶屋だった。
「とりあえず中に入るか」
ベルムートは先ほどのことは特に気にせず店に入った。
アンリとエミリアは少し躊躇していたが、顔を見合わせた後、ベルムートの後に続いて店に入った。
「んぐんぐ……かぁーっ!」
店に入ると、ドワーフの男が店のカウンターで瓶に口を付けて直接酒を呷っているところだった。
「なんだあんたら? 客か?」
ベルムートたちに気付いたドワーフの男が不機嫌そうな表情で酒瓶を手離さずに聞いてきた。
ざっとベルムートが店内を見たところ、品数は少ないが置いてある武器の質は悪くないようだった。
このドワーフは腕は良いようだ。
「そうだ」
ベルムートは端的に答えた。
「ハッ久々だぜ。顔見知り以外のやつは」
そう言って、ドワーフの男は酒を呷った。
そして、空になった瓶を店の奥に転がした。
「悪いな、一度口を付けた酒は一気に飲んでしまいたいたちでな」
ベルムートたちの視線から何を言いたいか察したらしく、ドワーフの男はそう言って肩を鳴らした。
「で? 武器を買いにきたのか? それとも特注か?」
「いや、武器の修理をお願いしたい」
「ハッなんだよそんなことか。いいぜ見せてみろ」
今までベルムートたちが訪れた鍛冶屋と違って、このドワーフの男はちゃんと見てくれるようだ。
「はい」
「これよ」
アンリとエミリアがそれぞれドワーフの男に剣を渡す。
剣を受け取ったドワーフの男は、剣を見て思いっきり眉間にシワを寄せた。
「鋼鉄の剣と……こっちの細剣はミスリルと鋼鉄の合金か……手入れはしているみてぇだが、表面がボコボコだな。ところどころ刃こぼれもしてやがる」
ドワーフの男はそう言って今度はハンマーを取りだして剣を軽く叩いた。
その瞬間、ドワーフの男はわなわなと唇を震わせた。
「な、ななな、なんじゃこりゃあああああああ!」
そう叫ぶと、ドワーフの男はベルムートたちを睨んできた。
「ひっ!」
「!」
あまりにも鋭い眼光に射抜かれて、アンリとエミリアは身が竦んでしまっている。
「あ、あんたらなんちゅう武器の使い方してんだ! 中身スッカスカじゃねぇか!」
憤慨したドワーフの男が怒鳴った。
「あ」
そこでベルムートは思い出した。
武器に魔力付与をすると武器の寿命が著しく削れることを。
(すっかり忘れていたな……)
ベルムートはため息を吐いた。
「あーそのことなんだが……」
ベルムートはドワーフの男に、剣に魔力を流し込み切れ味と耐久力をあげていることと、その結果剣が消耗していることを説明した。
「そりゃ凹むに決まっているだろうが! というよりもむしろ、よく形を留めていたもんだ! まったく! 剣が悲鳴を上げてるぞ!」
そう言ってドワーフの男がハンマーで剣を叩くとカンカンと軽い音が鳴った。
「え?」
「ちょっと、聞いてないわよ?」
アンリとエミリアはベルムートの説明を受けて、そんな話は聞いてないという表情で見つめてきた。
「すまんな、忘れていた」
「師匠にも、忘れることってあるんだね」
「そういう大事なことは、事前に伝えておいて欲しかったわね……はぁ……」
ベルムートが謝ると、アンリは意外そうにちょっぴり笑い、エミリアはため息を吐いた。
「それで直せるか?」
「ハッまあ、できないことはない。ただ、今後も同じことをするんだろ?」
「ああ」
「だったら魔力を馴染ませる工程が必要だ」
そう言ってドワーフの男は魔力が空っぽの魔石を2個取りだした。
「こいつに魔力を込めろ」
そう言うや否や、ドワーフの男はそれを1個ずつアンリとエミリアにポンと渡した。
「えーと……こう?」
「よくわからないけど、とりあえずやってみるわ」
アンリとエミリアは疑問に思いながらも、言われた通りに魔力が空っぽの魔石に自身の魔力を込めて、ドワーフの男に返した。
「ドワーフのおじさん、今のって何だったの?」
アンリがドワーフの男に尋ねた。
「ん? ああ、これを使って武器に持ち主の魔力を馴染ませるんだ。そうすれば、武器に魔力を込めても多少は負担が軽減されて長持ちするようになる。ただ、魔力を馴染ませた本人以外が使った場合軽減されないけどな。それとおじさんじゃない、俺の名前はドリンだ」
「教えてくれてありがとうドリンさん。私の名前はアンリ」
「そうか。で、お二人さんは?」
「エミリアよ」
「ベルムートだ」
ドリンは武器の修理を引き受けてくれるようなので、ついでにベルムートは持っていたミスリルの剣も見てもらうために渡すことにした。
「こいつも構わないか?」
そう言ってベルムートは腰に下げていたミスリルの剣をドリンに渡した。
「ミスリル純正か……」
ドリンが呟いた。
ある程度見終わったところでドリンはハンマーでミスリルの剣を叩いた。
「こいつもひでぇな……どんだけ酷使したんだ?」
「そんなに酷使した覚えはないんだが……。あれか……? 木を何本も切り倒したからか……?」
「おまえは何をやってるんだ……」
ベルムートの呟きを聞いたドリンが呆れた顔をした。
まあ、原因は何にせよ、ミスリルの剣があまり良い状態ではないのは確かなようだ。
「直せるか?」
ミスリルの扱いはそれなりの腕が要求されるので、ベルムートは念の為にドリンに聞いた。
「直せるぞ。ほれ、空の魔石だ」
ドリンはあっけらかんと言って、魔力が空っぽの魔石を1個ベルムートに渡してきた。
ベルムートはそれを受け取ってアンリに渡した。
「え? 師匠?」
「この剣はお前のだろ? お前が魔力を込めろ」
「あ! そうだった!」
このミスリルの剣はアンリのものだ。
今のアンリにミスリルの剣を持たせると、剣の性能に頼ってしまって成長しない恐れがあるので、ベルムートが一時的に預かっているにすぎない。
ただ、アンリはミスリルの剣をもらったことを忘れていたようだ。
「よし! できた! はい!」
ベルムートから魔力が空っぽの魔石を受け取ったアンリは嬉しそうに魔力を込めた後、ドリンに魔石を返した。
「修理には、どのくらいかかるんだ?」
「直すのに3日。その後、剣を振ってもらって柄と重心を少し調整するから、合わせて4日だな」
ベルムートが尋ねると、ドリンが答えた。
「わかった。なら4日後の朝に一度来ればいいんだな?」
「ああ」
「ということは、受け取りは5日後か6日後になるな。いくらかかる?」
「そうだな……まだ正確には言えないが、少なくて金貨3枚、多くても金貨5枚ってところだろう」
(ふーむ……高いか安いかわからないな。ただ、金貨1枚で鋼鉄の剣が買えることを考えると……損か? いや、魔力を馴染ませる作業もあるし、ミスリルの剣を買うのは相当値が張ることを考えれば安いか?)
相場がわからないベルムートは考え込んだ。
(まあ、払える金額だし気にする必要はないか)
結局ベルムートは考えるのをやめた。
「そうか。まあ、払えない金額ではないな」
「なら決まりだな」
「ああ、頼んだ」
ベルムートはドリンと握手をした。
「ではこれで失礼する」
「おう」
「じゃあね」
「失礼するわ」
用件を済ませたベルムートたちはドリンに別れを告げて鍛冶屋を出た。




