幕間 帝国の新たな力?
前回のあらすじ。
安らかに成仏してくれ。
メイガルド魔導帝国はブライゾル王国の隣国にあたる大国で、国名に含まれている通り、とりわけ魔法や魔術に力を入れており、その発展は目を見張るものがある。
それは、この国が昔から多くの魔物の脅威にさらされてきたことに起因しており、何よりも力を重んじるが故の国策であった。
これは国民の誰しもが知っており、また諸外国も当然周知の事実であった。
しかし、一部の者にしか知られていない極秘の研究も当然あった。
そして今、帝都の中心にある帝城の地下ではある実験が行われていた。
魔力の明かりを灯した燭台が照らす中、20人ほどの帝国魔導士が床に描かれた魔法陣を円形に囲み、一心不乱に魔力を注いでいる。
その魔導士一人ひとりの側には戦闘に長けた魔導騎士がついて見守っている。
少し離れた場所では、フルフェイスのヘルムを被った魔導騎士が実験を眺めていた。
素顔を晒せば、その魔導騎士のことを快く思わない者が何かしら騒ぐ可能性があるため、その魔導騎士は仕方がなく視界の悪いフルフェイスのヘルムを被っていた。
魔法陣の要所要所に魔石を配置し、魔力が十分に賄えるように万全の態勢で実験に臨んではいるが、この帝国有数の魔導士たちといえどもその負担は大きく、額に大粒の汗を浮かべている。
魔導騎士たちがここにいるのは、もしもの時に彼らの盾になるためだ。
帝国の発展に貢献し将来を担う彼ら魔導士を失うわけにはいかないのだ。
それは、ここにいる何人もの魔導騎士たちも承知していることだった。
しばらくして、魔法陣からバチバチと嫌な音が鳴り、魔石がパリン!と立て続けに音を立てて割れた。
危険な兆候だ。
魔力が暴走し始めていた。
「これ以上は危険だ! 下がれ!」
「だめだ! ここでやめたら行き場を失った魔力がどうなるかわからない!」
フルフェイスのヘルムの魔導騎士が叫ぶが、魔導士たちは首を横に振った。
どうやらかなりまずい状況なようで、魔導騎士たちにも緊張が走る。
魔導士たちは必死に魔方陣の魔力を安定させようと試みているが、魔導士たちでは暴走する魔力を制御しきれないようで、だんだんと魔法陣そのものでさえも歪んでいった。
何が起こるかわからないが、このままでは最悪の場合城ごと崩壊してここにいる全員が死にかねない状況だった。
それだけは避けなければならないとフルフェイスのヘルムの魔導騎士が動いた。
「私がお守りします」
「すまんな」
「いえ」
フルフェイスのヘルムの魔導騎士は、最も優れた魔導士である序列1位のギュンターのすぐ側に陣取り、魔力を練りながら大盾を構えた。
ほかの魔導騎士たちも各自持ち場で盾を身構えている。
「吾輩も手伝おう」
腕を組んで彫像のようにじっとしていた男が前に出て魔法陣の制御に加わった。
彼は序列3位の魔導騎士ゴルグレーヤだ。
彼は謎の多い男だが、剣と魔法ともに相当な実力者だった。
「ふう……少しは楽になった。助力に感謝する」
ギュンターがゴルグレーヤにお礼を言った。
「礼はいい。このままだと、まずいぞ」
ゴルグレーヤの助力で持ち直し始めたが、歪んだ魔法陣は元には戻らない。
「限界か!」
そしてついに抑えきれなくなり、注いだ魔力ごと魔法陣が弾け飛んだ。
それと同時に急速に魔力が収束していき、次の瞬間には弾けて視界が光で真っ白に染まった。
あわや大惨事かに思われたが、光は徐々に収まっていき、フルフェイスのヘルムのおかげで目への被害が少なかった魔導騎士が最初に視界を取り戻した。
その魔導騎士が辺りを見回すと、壁や床、天井にヒビもなく、誰一人として欠けていなかった。
どうやら全員生きているらしい。
徐々に皆視界を取り戻していき、各自状況の確認に努めた。
それを見てフルフェイスのヘルムの魔導騎士がほっとしたのも束の間、その魔導騎士は景色に少し違和感を感じた。
「あれは!?」
声を上げた魔導士が指さす方をフルフェイスのヘルムの魔導騎士が見ると、魔法陣があった場所には見知らぬ男が1人呆然とした顔で座っていた。
違和感の正体は、その男の存在だったようだ。
「誰だ!?」
見知らぬ男が現れたことに、その場にいた魔導騎士たちは一斉に警戒を強めた。
「成功だ!」
「やった! やったぞ!」
「これで俺たちの努力が報われた!」
対して魔導士たちは喜びの声を上げ、やがて割れんばかりの歓声となった。
涙を流して抱き合っている者もいる。
この200年間の血と汗と涙の結晶、幾度となく失敗を積み重ねてやっとここまで来た、それが結実したのだから無理もない。
しかし、本当の意味で成功したのかはまだ判断できない。
彼が魔導士や魔導騎士たちに対して友好的とは限らないのだから油断はできなかった。
ただフルフェイスのヘルムの魔導騎士が見たところ、彼は訳がわからず戸惑っている様子だった。
「■●▼■●▼! ■●▼■●▼■●▼!」
彼は何事かを叫んでいたが、残念ながら何を言っているのかその場にいる誰にも分からなかった。
ただ、意味のある言葉であることはなんとなく皆理解できた。
「ここは私の魔道具の出番だな」
そこで、こんなこともあろうかと用意していた魔道具をギュンターが取りだし、彼に近づいていった。
「●◼️▲!」
それを見た彼は、引き攣った顔をして立ち上がって逃げようとした。
「待て!」
しかし、素早く動いた魔導騎士が数人がかりで彼を取り押さえた。
「▲◼️●!」
彼は少し抵抗していたが、魔導騎士たちを振りほどくほどの力はないようだった。
「さて、これでこの魔道具を取り付けられるな」
ギュンターが彼に近づく。
フルフェイスのヘルムの魔導騎士は万一のために、大盾を構えつつギュンターについて行った。
近くで見た彼は、フルフェイスのヘルムの魔導騎士が思っていたよりも華奢だった。
「■●▼!」
「おとなしくしろ!」
先ほどからの反応を考えれば、彼にフルフェイスのヘルムの魔導騎士の言葉がわかるはずもないが、つい口から出てしまったようで、フルフェイスのヘルム内で少々バツの悪い顔をした。
だが彼は抵抗は無意味と悟ったのか、不安と怒りと困惑の混じった視線でギュンターや他の者たちを見つめている。
「●▲◼️!」
「これこれ暴れるな。よっと……つけれたぞ」
そしてギュンターは、最後の抵抗とばかりに首を振る彼に、どうにか首輪の魔道具を付けた。
「くそっ! はなせ!」
すると、今まで聞き取れなかった彼の言葉が皆分かるようになった。
「おお!」
その場にいた者たちがどよめく。
「離してやりなさい」
ギュンターに言われて、取り押さえていた魔導騎士たちは彼から離れた。
彼はすぐさま首輪に手を掛けた。
「くっ! と、取れない!?」
「手荒なまねをしてすまなかったな」
「え……? 言葉が……?」
彼にもこちらの言葉が理解できるようになったようだ。
フルフェイスのヘルムの魔導騎士には技術的なことはわからなかったが、この魔導具は素晴らしい発明に思えた。
現に、この魔道具の製作者であるギュンターは満足そうに頷いており、他の魔導士たちも嫉妬と羨望の入り混じった視線を向けている。
皇帝に次ぐ実力の持ち主でありながら、魔道具製作においても才能を発揮するギュンターはまさに帝国の柱といえた。
一方、首輪をつけられた彼は状況についていけず混乱しているようだった。
「混乱するのも無理もない。お腹はすいているか? 詳しい話が聞きたいだろうから食事の席で話そう」
フルフェイスのヘルムの魔導騎士が改めて彼の姿を観察すると、この国ではあまり見かけない黒い髪に黒い瞳をしており、見たことのないデザインの服を着ていた。
「『能力鑑定』!」
ギュンターは安心させるように温和な笑みを浮かべ、彼の手を取り、魔法を唱えた。
すると、ギュンターの目が驚愕に見開かれた。
「おおこれは!? なんということだ! 彼こそまさに勇者だ!」
ギュンターが興奮して告げる。
その内容に、この場にいる全員が驚かずにはいられなかった。
かくいう大抵のことには動じないフルフェイスのヘルムの魔導騎士も声には出さなかったが、驚嘆していた。
「おお!」
「なんと!」
「素晴らしい!」
魔導士たちは口々に驚きを露わにし、その場は再び熱狂の渦に囚われた。
「いったいなんなんだ……?」
突然のことに彼はただただ唖然としていた。
「果たして彼は、帝国の新たな力となるのだろうか……?」
フルフェイスのヘルムの魔導騎士はぽつりと不安と期待の混ざった言葉を溢した。
次回から本編に戻ります。




