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弟子志望の村娘A

前回のあらすじ。

少女を助けた。



「わ、わたしを……! 弟子にして……!」


 昨日ベルムートが猪型の魔物から助けた少女が、決意を込めてお願いしてきた。

 少女は、燃えるような赤い髪に、エメラルドのような碧い瞳の、老若男女に親しまれるであろう可愛らしい顔をしている。

 背は低く、幼さの残る外見から判断して年齢は15歳といったところだろう。


(弟子か……。部下にしてくれとはよく言われたが、弟子にしてくれと言われたことは一度もなかったな)


 ベルムートは少しだけ目の前の少女に興味を引かれた。


 とはいえ、弟子に取るかはまた別の問題だ。

 ベルムートは魔王に対抗できるような強者を探しているのだ。

 もしベルムートが弟子にするとすれば、それはこの先魔王と戦えるほど強くなる見込みがある者に限る。

 まずはこの少女の実力を見極めなければ、弟子にするかは判断はできない。


「ふーむ……ではまず、お前の力がどれほどのものか、確かめさせてもらおう」


「わかった!」


「だが、ここだと場所が悪いな……あのあたりがいいか? よし、ついてこい」


「うん!」


 ベルムートは少女の実力を測るため、まわりに人や物がない広い場所へと少女を連れていった。


 それから、ベルムートは近くの木から手ごろな枝を切り落とし、枝に付いていた葉っぱや細い枝を取り除いて、剣と同じ長さの棒状の武器にした。


「こんなところか」


 そしてベルムートは、何も武器を持っていなかった少女に、自分が持っていたミスリルの剣を渡した。


「これを使え」


「わ、わかった……うわっ! ととっ!」


 少女はおっかなびっくり剣を受け取ったが、想像よりも重かったのか剣を受け取った時に若干よろめいていた。


「少し素振りをしてみろ。言っておくが、自分の持つ剣で自身を傷つけるような間抜けはいらんからな」


「う、うん!」


 ベルムートの言葉を聞いた少女は慎重にしっかりと剣を握りしめ、そしてゆっくりとした動作で素振りを開始して少しずつ剣に慣れていった。


「言うまでもないことだが、お前と私では圧倒的な実力差がある」


 コクコクと少女が頷く。


「よって、ハンデとして私は一歩も動かない。だが、攻撃していいのは正面もしくは側面からのみで、背中への攻撃はなしだ。これはお前の実力を見るための試合だからな。背中だとあまり見えない。そして、お前の勝利条件は私に一撃くらわせるか、私を一歩でも動かすことだ」


 そう言ってベルムートは木の棒を正面に構えて魔力で木の棒を強化した。


「わかった! 絶対当てる!」


 少女も剣を構えた。


「ではいくぞ。……はじめ!」


「やああああああああ!」


 開始の合図と同時に、少女がまっすぐベルムートに向かってきた。

 少女は上段に勢い良く剣を振り上げて、ベルムート目掛けて振り下ろした。


「思いきりはいいが、それだけだな」


 ベルムートは木の棒を少女の持つ剣の腹に当てて受け流した。

 軌道を大きく逸れた少女の剣は地面に当たり、ザリィ!と音を立てて線を刻んだ。


「くっ! やああ!」


「甘い」


 続けて少女は下から剣を切り上げてベルムートの胴を狙うが、またしてもベルムートに受け流されて空を切った。


「うわっ! っとと!」


 勢いよく空振ったせいで上体がのけぞり少女は倒れそうになったが、寸でのところで踏ん張って耐えた。


「すごい……」


 少女は、実際に対峙してみて改めてベルムートの実力の高さを認識したようだ。


 これまでの攻撃から、少女が少しだけ剣術をかじっているようだベルムートは感じていた。

 しかし、筋力の問題か経験の問題かわからないが、少女は剣に振り回されていた。


(もっと彼女に合った剣を選んであげた方が良かったかもしれないな。一度止めるか? いや……)


 ベルムートは少し考えたが、水を差すのもどうかと思い、このまま続けることにした。


「やあああ!」


 少女は、また上段に剣を振り上げて、ベルムートに向かって剣を振り下ろしてきた。

 ベルムートはそれを受け流そうと木の棒を少女の持つ剣の腹に当てようとした。

 しかし、少女は途中で剣を振り下ろすのをぴたりと止めた、かと思えばすぐさま素早く剣を切り返してきた。


「うぅっ! やああ!」


「お?」


 受け流そうと振ったベルムートの木の棒は空振り、その隙に少女は再び剣を振り下ろしてきた。


「やああああ!」


「ほうフェイントか……」


 ベルムートは素直に感心した。

 受け流されると分かっているなら、タイミングをずらせばいいと少女は思い至ったのだろう。

 ただ相手が悪かった。

 ベルムートは戦闘経験が豊富だった。

 多少フェイントでタイミングをずらしたところで、少女程度の技量の攻撃であればベルムートは問題なく受け流せる。


 ベルムートは空振りした木の棒を引き戻すようにして、再度振り下ろされた少女の剣の腹に当てて受け流した。


「くっ!」


 少女から短く呻くような声が出た。

 すると今度は、受け流された勢いを殺さずに、回転する要領で少女は横薙ぎに剣を振ってきた。


「やあああああ!」


「受け流されるところまで読んでいたか」


 さすがにこれにはベルムートも驚いた。

 この横薙ぎは受け流せそうにない。

 そうベルムートは判断し、剣が来る軌道上に木の棒を構えてただ防ぐことに徹した。


 カキイィン!


 木の棒とミスリルの剣がぶつかった音とは思えない硬質な音が響いた。


「えっ!?」


 少女は目を見開いて驚き、ベルムートと少し距離を取ってベルムートを見つめてきた。

 ミスリルの剣と打ち合ったはずなのに、ベルムートの木の棒には浅く傷がついただけだった。


「ハァ……ハァ……それは……ただの……木の棒……じゃ……?」


 少女がベルムートに尋ねてきた。

 少女は息が上がっているが、なんとか会話はできるようだ。


「ああ、ただの木の棒だ」


「どうして……切れ……ないの?」


「魔力で強化しているからな」


「魔力で……強化……そんな……ことが……」


 少女は呆然としている。

 息が整ってきているが、まだ動く様子はない。


「あなたは……勇者様なの?」


「いや、私は勇者ではない」


 むしろ、ベルムートは勇者を捕まえようとしている側だ。


「じゃあ……あなたはいったい?」


 ここでベルムートが、自分は魔王軍幹部の悪魔だ、と名乗ると話がややこしくなってしまうことは、エルクのときの失敗から学んだ教訓だ。


(さて、なんて答えるべきか……)


 ベルムートは頭を悩ませた。


「そうだな……勇者を探す使命を受けたもの……ってところか?」


「え? どうして、勇者様を探してるの?」


(どうしてと言われても、魔王の暇潰しのため、且つ軍と世界のためとしか言いようがないんだが……)


 正直に言ったところで、どうにもならないことはベルムートにはわかりきっていた。

 

(困ったな……きっとこの先も聞かれるだろうし……。早急に何か別のもっともらしい理由を考えなければな……)


 ベルムートはますます頭を悩ませた。


「ふーむ……魔王と戦ってもらうため……だな」


 結局ベルムートはもうオブラートに包むことしか思いつかなかった。

 包むどころか剥き出しのような気もするが。


「魔王と!?」


 少女が驚愕している。


「わたしが弟子になったら、勇者として魔王と戦うことになるの?」


(……そうなるのか? いや、今のままだと弱すぎるし無理だと思うが……。だが、可能性はゼロじゃないかもしれないしな……)


 ベルムートは唸った。


「まあ……そうなることもありうる」


「本当に!?」


 少女は目を見開いた。

 だが、その顔はどことなく嬉しそうだった。


「わかった! わたし、勇者になる!」


 少女は瞳を輝かせてそう言った。


(何をどうしたらそういう結論になるんだ?)


 ベルムートはよくわからず困惑した。


「……なら、まずはこの試合で私を納得させてみろ」


 とりあえずベルムートは試合の再開を促すことにした。


「うん!」


 少女はやる気に満ちた表情で返事をした。

 それから、少女は瞳を閉じて集中しだした。


「……」


 空気が変わった。

 さっきまでとは打って変わって、張りつめた空気が漂う。


「!」


 カッ!と目を見開いた少女がベルムートとの間合いを一気に詰めてくる。


「やああああああ!」


 少女が上段に剣を振り上げ振り下ろす。

 今までよりも剣速が速い。


「そっちがその気なら、こっちも受けて立とう」


 少女の気迫を感じたベルムートは、受け流すのをやめて、少女の剣を正面から木の棒で受け止めた。


 カキイィン!


「ぐっ……重いな……」


 ベルムートは思わず呟いた。

 今までの試合での剣はなんだったのかというほどの重い剣撃だった。


「やあああああああ!」


 まるで少女の声をエネルギーにしているかのように、さらに力が強まり、少女の体から銀色の炎が揺らめいた。


「何!?」


 ベルムートは驚愕した。

 魔力で強化された木の棒がミシミシと悲鳴を上げる。


「やああああああああ!!」


 ついに耐えきれなくなった木の棒がバキィ!と激しい音を立てて折れた。

 そしてそのまま少女の持つ剣が、コツン……と小さな音を立ててベルムートの鎧に触れた。


「や、やっ、た……? 一、撃……入れ、た……?」


 少女が、絞りだすような声で言った。

 威力は殺されていたが、間違いなくその剣はベルムートに届いていた。


「……ああ、お前の勝ちだ」


「やったぁ!」


 少女は、剣を手放し、飛び跳ねて喜んだ。


 一方ベルムートは、少女が放った最後の攻撃を分析しようと記憶を手繰った。


(あの攻撃はおそらく魔法。なんの魔法かはいくつか候補が思い当たるが、それよりもまずは……)


「よく頑張ったな。お前は今から私の弟子だ、村娘A」


「わたしの名前はアンリよ!」


 ベルムートが誉めると、なぜかアンリは頬を膨らませた。


「あ、あれ……? なんだか、力が……もうダ、メ……」


 そして、緊張の糸が切れたのか、忘れていた疲労に襲われてアンリはその場に崩れ落ちた。



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