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紛糾する会議

前回のあらすじ。

ベルムートと冒険者たちは王都に戻ってきた。



「「「「「お、おかえりなさいませ、エミリアお嬢様」」」」」


 ベルムートたちが屋敷の前の門に着くと、使用人たちが驚いた顔をしてあたふたしながら中に通してくれた。


「なんだ?」


「なんか変だね」


「どうしたのかしら?」


 使用人の様子が少しおかしいことに首を傾げながらも、ベルムートたちは使用人が開けてくれた扉から屋敷に入った。


「エミリア!」


 ベルムートたちが屋敷に入ると、サディアスが慌てて駆け寄ってきた。


「ど、どうしたんですかお兄様?」


「どうしたもこうしたもないさ! 今までどこに行っていたんだい!?」


「す、少し森に行っていました」


「どこもケガしてないかい!?」


「は、はい。今はなんともありません」


 エミリアは、サディアスの剣幕にたじろぎながらも受け答えをした。

 ベルムートはその様子を静観し、アンリは目をぱちくりとさせている。


「良かった……姿が見えないから心配したよ」


「すみません。あの……それで、お兄様はなぜそんなに慌てているのですか?」


 心底ほっとした様子のサディアスに対して、とりあえず謝りながらもサディアスとの温度差を感じたエミリアが尋ねた。

 すると、なんともいえない微妙な表情をしながらサディアスが口を開いた。


「もしかして知らないのかい? 超巨大な化け物が王都を襲ったんだよ」


「「え?」」


 エミリアだけでなく、横で話を聞いていたアンリも声を上げた。


(そういえば、2人は眠っていたから超巨大紫ゴブリンの姿を見ていないんだったな)


 ベルムートはひとりで納得していた。


「えーと……すみませんお兄様、もしその話が本当なら、今頃王都は大変なことになっているはずですよね?」


「ああ、一時はかなりの大騒ぎになったよ」


「でも、帰ってくるまでに王都の様子を見ていましたが、建物が崩れていたり、火事になっていたりもしていませんでしたけど?」


「それは、王都を結界が守ってくれていたからね。あの化け物は、結界に阻まれて王都には入って来ていないんだよ」


「え!? 結界ですか!?」


「そうだ。王都をすっぽりと覆ってしまうほどの大きな結界だったよ」


「す、すごいですね……」


 サディアスの話を聞いたエミリアは驚きを露わにした。


「それでお兄様、超巨大な化け物はどうなったのですか?」


「詳しいことは私にもわからないんだ。ただ、いきなり王都付近に現れたかとおもえば、忽然と姿を消してしまってね。もしかしたら、父上なら何か知っているかもしれないから、帰ってきたら後で話を聞いてみようと思う」


「そうですか……」


 サディアスの言葉に頷きながら、エミリアは何か考えるような仕草をした。


「本当に何も知らないんだねエミリアは……とにかく無事で良かったよ」


 そう言ってサディアスは安堵の笑みを浮かべた。


「おっと、こんなところで立ち話をしてすまなかったね。疲れているだろうし、よかったらすぐに食事にしようか」


 落ち着きを取り戻したサディアスが提案してきた。


「はい。……あ、少し汗をかいたので、着替えてから参りたいと思います。なので、少しお時間をいただきたいです」


 一度頷いたエミリアだったが、すぐに自分の身なりを鑑みて言い直した。


「わかったよ」


 サディアスは笑顔で了承した。


 サディアスと別れた後、戦闘により多少汚れていたベルムートたちは、それぞれ風呂で汗を流して着替えた後、食堂に向かった。


「お帰りなさい」


 食堂には、すでにマリーが席に着いて待っていた。

 サディアスもいる。

 しかし、いつもマリーの隣にいるはずのクレイグの姿がない。

 まだ帰ってきていないようだ。


「じゃあ、いただきましょうか」


 マリーの声をきっかけに食事が始まった。

 クレイグの帰りは待たないようだ。


「今日は、どこに行っていたの?」


 食事が始まって間もなく、マリーがエミリアに話しかけてきた。


「ベルムートとアンリと一緒に、王都の周囲の森を散策していました」


 エミリアが答えた。


「そうだったのね。大きな魔物が現れて王都が大騒ぎになった時、あなたが近くにいなかったから私、とても心配したのよ?」


「すみません」


 マリーに言われてエミリアは申し訳なさそうにした。


「でも、こうして無事な姿が見れて良かったわ」


 マリーはエミリアに微笑みかけた。


「それで、どうして森に行っていたの?」


「それは……」


 マリーに尋ねられて、言い淀んだエミリアがベルムートの方を見た。

 エミリアはどこまで言ってしまっていいのか判断しかねて、ベルムートに目で問いかけてきているようだ。


「私の知人が森で生活をしているので、会いに行っていたんだ」


 ベルムートがエミリアの代わりに答えた。


「あら、そうなのね。お知り合いには会えたのかしら?」


「ああ」


 マリーは、ベルムートが答えたことに対して特に疑問に思うこともなく話しが続き、ベルムートも普通に返事をした。


「その方が王都に来ることがあれば、ぜひ紹介してくださいね」


「お、お母さまそれは!」


「どうしたの?」


 マリーの発言を聞いて、エミリアは慌てて声を上げた。

 その事に、マリーは不思議そうに首を傾げた。


「! い、いえなんでもないです!」


 ハッとしたエミリアは、すぐに取り繕った。


「何かあったの?」


「特には何もありませんでした!」


「そうなの?」


「は、はい。強いて言えば食事をごちそうになりました」


「あら、それはよかったわね」


 マリーに尋ねられて、エミリアは焦りながらもなんとか無難な話に持っていった。


「アンリちゃんはどうだった?」


「とっても楽しくて、ルリアちゃんがかわいかったですよ!」


 マリーに尋ねられたアンリは食事の手を止めて満面の笑みで答えた。


「あら、アンリちゃんがそう言うならそのルリアちゃんにもぜひ会ってみたいわね。ベルムートさん、お願いできないかしら?」


「お、お母さま!」


「ふーむ、そうだな……あいつも忙しいからな。すぐには会えないと思うがいいか?」


「ちょ、ちょっとベルムート!」


「ええ、分かっているわ。ああ今から楽しみね。ね、アンリちゃん?」


「はい!」


「も、もう! 私どうなっても知らないわよ!」


 合間合間にエミリアが抗議の声を上げるも、ベルムートとマリーとアンリは和やかに話を進めた。

 不貞腐れたエミリアはその鬱憤を晴らすかのようにバクバクと食事を平らげた。


(ルリアに会わせることに不安がないと言えば嘘になるが、まあ、別に肌の色くらいなら魔法ですぐに変えられるので問題ないだろう。もっとも、本人が会いたいと思うかどうかは別だが……)


 ベルムートは、ルリアを誘ったらどういう反応を示すか想像しながら食事を進め、思わず笑みを浮かべた。


 約一名を除いて終始穏やかな食事を済ませた後、ベルムートたちはそれぞれの部屋で休んだ。



 ◇ ◇ ◇



「馬鹿な!」


「ほ、本当なのかそれは!?」


 会議室の中で、王宮魔法使い長官のロデリックからの緊急招集により集まったブライゾル王国の要職たちが声を荒げた。


 ロデリックは無言のまま深く頷く。


「まさか……そんな……」


「信じられん……」


 王が何者かに殺されたことをロデリックから報告された大臣などの主だった者たちは驚愕して動きを止めた。

 宰相に至っては顔面蒼白だ。


 王城の会議室の中を重い空気が漂う。


 それもそのはず、ただでさえ突然現れた紫ゴブリンの大群への対応や王都付近に現れた超巨大な化け物のことでてんやわんやだったのに、王の死を伝えられたのだ。

 これで平常心を保つのは難しいだろう。


「い、いったい誰が!?」


「誰が王を殺したんだ!?」


「お主がついていながら、どうしてそんなことになった!?」


 大声でロデリックに詰め寄る大臣たち。


「落ち着け! 今は状況を把握するのが先決だ!」


 クレイグが怒鳴ると、その場は一旦静まった。

 エミリアの父であるクレイグは公爵であり、元騎士団総団長でもあり、退役してからは騎士団の大臣として活動しているため、発言力は強い。

 立場上当然会議に参加している。


「なぜだ……」


「この大変なときに……」


 少し経って、大臣たちがざわつき始めた。

 多少はおとなしくなったが、まだ冷静さを欠いているようだ。


「お、王妃や王子や王女はどうなった!?」


 大臣の誰かがロデリックに質問した。


「王の死が判明した後、大至急安否確認のために騎士を向かわせたところ、王妃マーガレット様、第1王子エリック様、第1王女サロメ様の無事は確認した……のじゃが、第2王子アレックス様は行方不明じゃ」


「「「「「なっ!?」」」」」


 ロデリックの返答に対して、大臣たちから驚きの声が上がった。


 何らかの利用価値を見込まれて攫われたのか、または敵に追われてやむなく逃げだしたのか、それ以外だと王の殺害の首謀者であることが判明する前に行方をくらませたということも考えられる。

 何にせよ第2王子アレックス様は生死不明ということだ。


「す、すぐに捜索隊を編成せねば!」


「待て! 騎士団は今、紫ゴブリン討伐に狩り出していて、まともな人員はここにはいない!」


 大臣の発言に対して、クレイグが冷静に返した。


「くっ……! だが、アレックス様はまだ王都にいるかもしれん! 至急捜し出して保護せねばならん!」


「そうだな。では、人数は絞られてしまうが、今この王都にいる騎士団から口の堅い者を選抜し、民衆には悟られぬよう慎重に捜索に当たらせたいと思うがどうかな?」


「それは……そうだな、わかった」


「確かに……」


 クレイグの提案を聞いて、先ほど発言していた大臣だけでなく、他の大臣たちも頷いた。

 クレイグとしても、ここが落としどころだろうと判断した。


「よし、ではすぐに手配する」


 クレイグは直属の部下を呼び、他の者に悟られぬよう慎重に行動するよう念を押して第2王子の捜索に送りだした。


「も、もし、見つからなければ……?」


 大臣の不穏な発言に、室内に重い沈黙が降りる。


「それについて考えるのは後回しだ!」


 クレイグはその空気を断ち切るように声を上げた。


「まずは、状況の把握が最優先だ。他にケガ人や死亡者はいるのか?」


「死んだのはライアン王だけで、気絶していた魔法使いたちにも目立った外傷はないですじゃ」


 クレイグの質問に、ロデリックが答えた。

 どうやら狙いはライアン王だけだったらしい。


「いつ、誰が、どこで、王を殺したのだ?」


「あまり詳しいことは分かっておらんのですじゃ」


「現時点でわかっていることで構わない」


「それならば、お答えしますのじゃ」


 クレイグが促すと、ロデリックはようやく口を開いた。

 ロデリックの話によると、気絶していた魔法使いたちは、自身を気絶させた相手だけでなく、王が殺された瞬間も目撃していないらしい。

 ほぼ同時に気絶させられたことから、犯人が複数いるということは確実だが、人数まではわからないそうだ。


 魔法陣の間に窓がなく、魔法陣が光っている中央部と違い、壁側は薄暗かったとはいえ、部屋の中にいた者たちに魔法陣の間への侵入を気取られず、姿をまったく見せずにごく短時間で無力化したということは、相手はそれなりの手練れだったのだろう。


 王の死体をあらためたところ、抵抗もせず腹から剣で一突きだったらしい。


 紫ゴブリンの討伐に人員を割いていたため警備が手薄だったことが仇となり、相手の侵入経路も逃走経路も不明だ。

 内部の犯行なのか、外部の犯行なのかすらわからない。


「ということですじゃ」


「そうか、ありがとう。引き続き調査をお願いする」


「了解ですじゃ」


 なんだかんだ言っておきながらロデリックはよく調べている。

 ただ、やはり有益な情報は少ない。


「ロデリック殿は、王が殺される直前まで一緒にいたと聞いているが?」


 大臣の一人が冷たい眼差しでロデリックを見やった。


「うむ……少し目を離した隙に王は殺されておった」


 ロデリックは自責の念に駆られて、苦悶の表情を浮かべながら答えた。


「では今回の責任を取って、ロデリック殿には長官の職から降りてもらい、その場に居合わせた他の魔法使いたちも同様の処分を下すのがよろしいでしょう」


 大臣が冷たく言い放った。


「この非常時に何を言っているんだ! バカバカしい!」


「責任を追及するのは当然のことだ」


「お主らの言い分はわかるが、今はそんなことを言っている場合ではない」


「だが、罰を与えないことには他の者に示しがつかないだろう」


「罰なら後でいくらでも考えればいい。まずは、目先の問題を解決せねばならん」


「そうだな。また何か仕掛けてくる可能性がある以上、有能な人材を遊ばせておく余裕などない」


「ただ、職を降りてもらうだけだ。その後、新しい長官を擁立すればいいだけじゃないか」


「選定に時間を取られるし、急にトップが変われば指揮系統が乱れる!」


 大臣たちが言い争いを始めた。

 クレイグとしては、判断に困るため口を挟めない。

 しばらくして、騎士団から伝令がやってきた。


「失礼します! 紫ゴブリンの討伐隊、ただいま帰還いたしました!」


「ご苦労。すまないが、すぐに総団長を呼んできてくれ」


「はっ!」


 冷静さを欠いている大臣たちは置いておいて、代表してクレイグが伝令の騎士と受け答えをし、レジナルドから直接話を聞きたいと思ったクレイグは伝令の騎士を送り返した。


「失礼します」


 伝令の騎士が去った後すぐに、現騎士団総団長であるレジナルドがやってきた。


「ん……?」


 室内に入って来てすぐに、レジナルドは顔を僅かに顰めた。

 この場の重苦しい空気を察したようだ。


「クレイグ殿、隣、失礼します」


「ああ、構わんよ」


 レジナルドは、空いていたクレイグの隣の席に座った。

 傍目から見てわかるほどレジナルドはかなり疲労しているようだった。

 ようやく死戦を乗り越えたところで休む間もなく会議に呼んでしまったことを申し訳なく思うクレイグだったが、国の一大事なので、そこは諦めてもらうしかない。


「いったい何があったのですか?」


 レジナルドがクレイグに小声で聞いてきた。


「実はな……」


 クレイグが、現在の状況を説明すると、レジナルドはますます顔を顰めた。


「まさか、我々が王都を離れている間にそのようなことになっていたとは……」


 レジナルドは腕を組んで唸った。


 クレイグがふと気づくと大臣たちの言い争う声が静かになっていた。

 どうやらクレイグがレジナルドと話している間に、大臣たちの言い争いに決着がついたらしい。


「今は見送り、追って沙汰は伝えるとしよう」


「わかりましたのじゃ」


 大臣の言葉にロデリックが頷いた。

 レジナルドは同情的な視線をロデリックに向けていた。

 口は挟まないが、何か思うところがあるのだろう。


「ひとまず、王の件については一旦保留とし、レジナルドの報告を聞くべきだと思うがどうだろうか?」


 一段落したところで、クレイグは話を切り出した。


「そうですな」


「気になりますな」


「いいでしょう」


 クレイグが予想していたよりも意外とすんなり大臣たちの了解を得ることができた。

 皆、良い報告を聞いて空気を変えたいようだ。

 ここに騎士団が帰ってきたということは、任務は達成されたということを示していたので、大臣たちは朗報に期待が膨らんでいた。


「では総団長殿、報告を頼む」


「はっ!」


 レジナルドがつらつらと話し出した。

 すると、話を聞くにつれ、皆の表情が曇っていく。

 それもそのはず、王都は守り切ったが、とても勝利とは呼べないような有様だったからだ。


 紫ゴブリンの脅威。

 魔法しか効かないというだけでも煩わしいのに、さらに合体して大きく強くなるなどやっかい極まりない。


 騎士や魔法使いたちの被害も甚大で、紫ゴブリンとの戦闘で多数のケガ人と死者が出ており、精神的に病んでいて今後戦えるか怪しい者もいるらしい。

 死体や遺品は紫ゴブリンによって跡形もなく融かされて何も残っていない者がほとんどだそうだ。

 丁重に弔うにしても、遺族に伝えるのは気が重い。

 見舞金の用意もある。


 武器も大量に消費したため、補充しなければならない。

 減った分の人員の確保や、今後の軍事力の強化も必要だ。

 壊された壁の修復と、できれば強化もしたいところだ。


 畑も戦闘により荒れており、今年の収穫量が減ってしまうのは目に見えている。


 今回のことについて、どう国民へ説明するのかについても頭を悩ませる。

 悪い噂が広まる前に、早急に対処しなければならない。

 噂が広まれば、危険を感じて商人が寄りつかず、しばらく流通が滞る可能性もある。

 そうなれば、経済に大打撃だ。


 それに、王都だけでなく、他の都市でも同様の事態に陥るかもしれない。

 話し合った結果、このことはすぐに各都市に伝えることになった。


「各都市にも通達。警戒を厳にせよ」


 すぐに使者を集め、各都市へと送った。


 紫ゴブリンによって国力が削がれたのは確実で、他国との関係に影響を及ぼす可能性もある。


「南門の方はどうなった?」


「冒険者ギルドからの報告によれば、南門付近の紫ゴブリンはすべて討伐を完了し、今は周辺に散っている魔物を殲滅中とのことです」


「壁は?」


「ところどころ融かされているそうですが、今は応急処置的に岩で穴を塞いでいるそうなので、魔物や野盗の侵入は警戒しなくてもよさそうです」


「そうか」


 レジナルドの返答を聞いて、クレイグはひとまず安心した。

 侵入した魔物はすぐにでもいなくなるだろう。

 壁の修復は必要だが、後回しにしてもよさそうだとクレイグは考えた。


(しかし、まだ何か問題があるかもしれない。被害状況を正確に把握したいところだな)


 クレイグは儘ならない思いを押し込めて、慎重に考えを巡らせた。


 クレイグが辺りを見回すと、大臣たちは頭を抱えてぶつぶつと何かを呟いている。


「金が足りないな……」


「各都市から資金を募るしかあるまい……」


「人手も不足している……」


「食料の値が高騰するやもしれん……」


 憂鬱そうな大臣たちからそった目を逸らしたクレイグは、レジナルドに気になっていたことを質問した。


「そういえば、超巨大紫ゴブリンは雷によって倒されたと言ったな?」


「はい」


 レジナルドが答える。

 しかし、クレイグはひっかかりを感じていた。


「不自然じゃないか? ちょうど超巨大紫ゴブリンにだけ雷が落ちるというのは」


「……確かにそうですね。状況が逼迫していたので気にしていませんでした」


 クレイグの指摘を受けて、レジナルドはハッとした。

 騎士や魔法使いたちに雷の被害はなかっようだが、超巨大紫ゴブリンを倒すほどの雷が落ちたのに、周辺の者たちに被害がでていないのは些かおかしいことだった。

 しかし、相当な激戦を繰り広げていたのだから疑う者がいなかったとしても不思議ではない。


「しかも、雷はその1回しか確認されていないのだろう?」


「……はい」


 曇っていたので、雷は自然発生したものだったとしても違和感はない。

 本当にたまたま1回だけ雷が落ちて偶然にも超巨大紫ゴブリンに直撃したのかもしれないが……やはり、都合が良すぎるとクレイグは感じた。


(確証はないが、何者かが介入したと見るべきだろう。……調べたいが、今は余力がない。先に片づけなければならない問題が山ほどあるしな)


 クレイグは内心の葛藤を脇に置いて冷静に判断した。


(先が思いやられるな)


 クレイグは溜め息をついた。


 今は超巨大な化け物がでたと王都では騒ぎになっているので、王が死んだことを民衆に知らせるのはもう少し落ち着いてからにするべきだろうとクレイグは考えた。


「王が死んだことはすぐには公にせず、箝口令かんこうれいを敷く。正式な発表までに口外した者は処罰する」


「それがいいでしょうな」


 クレイグがそう言うと、大臣たちは何も反対することなく頷いた。


(しかし、正式に民衆に知らせるときに、正直に王が殺されたと言っていいものかどうか……)


 クレイグは苦い顔をした。

 余計な不安を煽るのだけは避けたいところだが、民衆がどういう反応を示すかは未知数だ。


 幸いにも第1王子エリック様は無事なので、王の死を公表した後、すぐに混乱を収めるために、第1王子エリック様には早く王位を継いでもらう方がいいだろうとクレイグは考えた。


 とは言っても第1王子エリック様はまだ若い。

 しばらくは、誰かが側で支えながら国を治める必要があるだろう。


 不満を持つ者もいるだろうが、これしか手はない。


 王位継承権は第1王子エリック様の方が上なので、これが逆に、第2王子アレックス様が残って、第1王子がいなくなっていたらややこしいことになっていただろう。


(とにかく、バカ者どもが難癖つけてくる前に手を回してなんとかせねばならない。宰相にも馬車馬の如く働いてもらわねばならないな)


 クレイグはこれからの算段をたてると、顔色の悪い宰相へと視線を向けた。


 宰相は名をカラム・スティールヤードと言い、侯爵の位を持っている。


 宰相のカラムはバランス感覚に優れており、仲を取り持つのがうまい。

 国同士の話し合いも円滑に進めることができる。

 野心もなく平和を望む平和主義者だ。


 しかしながら、宰相のカラムは臆病な性格でもあるので、大きな責任を伴うと胃が痛くなるなどの体調不良に陥る。

 誰かが責任を肩代わりしてやると、力を発揮するタイプだ。


 その宰相のカラムは、王が死んだと聞いてからずっと顔色が悪い。

 青を通り越して真っ白だ。

 眉尻を下げて汗をだらだらと流しながら俯き、時折痛みを堪えるような表情をしている。

 おそらく胃がキリキリと締め付けられているのだろう。

 無理もない。

 王がいない今、立場的には宰相がこの国のトップだ。

 重圧に耐えきれないのだろう。


 宰相にはとてもこの場をまとめられそうもないので、ひとまず王族の血を引くクレイグが表立って事態の収拾を図っている。


「とりあえず、帰ってきたばかりで疲弊している騎士団には悪いが、すぐにでも王を殺した犯人を捜しに行ってもらわねばならない。口の堅い一部の者には、第2王子アレックス様の捜索にも加わってもらう」


 クレイグはレジナルドに詳しく話して聞かせた。


「というわけで、よろしく頼む。捜索は、各自で適宜休憩を挟みながら行ってもらいたい」


「わかりました」


 クレイグがいくつかの指令を出すと、それを受けたレジナルドは会議室を後にした。

 

(まあ、レジナルドに任せておけば大丈夫だろう)


 クレイグは一息ついた。


「悲嘆にくれるのは後にしよう。まずは、今後について話し合いを進めたい」


「そうですな」


 ようやく立ち直った大臣たちが話し合いを始めた。


 それを横目に、クレイグはライアン王のことを思い出していた。


(ライアン王は優秀で、国民全員のことを考えられる良き王だった。殺されてしまったのはまことに残念であるな……)


 クレイグは悲嘆にくれた。


(この先の国の未来を考えると不安があるが、なんとか払拭せねばならないな)


 クレイグは決意を新たに会議に臨んだ。


 それから、情報の精査と問題解決のために会議は紛糾した。


「今日は帰れそうもないな……」


 クレイグは呟き、家族と愉快な客人との団欒を思い浮かべてそこに参加できないことに溜め息を吐いた。



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