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王都防衛戦 中編

前回のあらすじ。

騎士たちは紫ゴブリン討伐のために動き出した。



王宮魔法使い長官のロデリックは馬車に乗り、先行する王宮魔法使いと騎士たちを率いて、農耕地帯を通って西門へと向かっていた。


 本来なら騎士団総団長であるレジナルドが現場の指揮を取るのだが、今回の相手は魔法しか効かない紫ゴブリンであり、いつもと勝手が違うため、魔法の専門家であるロデリックが先行部隊の指揮を一任されたのだ。


 ちなみに、レジナルドは残りの騎士たちを率いて後から合流する手筈となっている。

 合流した後は、壁の上の指揮をロデリックが行い、壁の下の指揮をレジナルドが取る手筈になっている。


「お待ちしておりました」


 ロデリックたちが西門に到着すると、西門にいた騎士が出迎えてくれた。


「うむ。して、紫ゴブリンどもの様子はどうじゃ?」


「私が説明するよりも、実際に見てもらった方が早いと思われます」


「それもそうじゃな」


 乗ってきた馬車を王都に返したロデリックたちは、西門にいた騎士の案内で壁の上へと行くために階段を上った。


「ロ、ロデリック殿! よくぞお越しくださいました!」


「うむ」


 ロデリックが階段を上りきると見張りの騎士が声をかけてきたが、その声も仕草も硬く、顔は引き攣っていた。

 見張りの騎士は、よほど恐ろしい光景を目にしたようだ。


 ロデリックは壁の上から外に目を向けた。


「こりゃたまげた!」


 ロデリックは目をかっ開いた。


「「「「「っ!」」」」」


 ロデリックについてきた王宮魔法使いと騎士たちも、壁の向こうを覗いて息を呑んだ。


 壁の向こうでは、青々とした葉が茂る森の隙間がびっしりと紫に染まっていた。

 途中の草花や土の見えていたはずの地面はもはや見えず、西門に迫ってくる1万の紫ゴブリンたちによって、こちら側が徐々に紫に侵食されていっている。


「グオォオオォ!……」


「ピギャアァァア!……」


 時折、紫ゴブリンの波に飲み込まれた魔物の断末魔の悲鳴が聞こえた。

 連れてきた王宮魔法使いと騎士たちにロデリックが視線を向けると、皆口を半開きにして固まっていた。


「しっかりせんか!」


 ロデリックが一喝すると、王宮魔法使いと騎士たちはビクリと肩を震わせてロデリックの方を向いた。


「射程圏内に入り次第攻撃を開始するぞい! やつらに水魔法は効かんから注意せいよ! わかったらとっとと準備に取り掛かるのじゃ!」


「「「「「は、はい!」」」」」


 ロデリックが一気に捲し立てると、それを聞いた王宮魔法使いと魔法を使える騎士たちが慌てて一斉に魔力を溜め始めた。


 何か明確な行動を指示してやれば、それを行っている間は恐怖に塗り固められずに気を紛らわせることができるだろう、とロデリックは判断し、あのように有無を言わさない態度を取ったのだ。

 それは功を奏したようで、王宮魔法使いと騎士たちは魔法を発動させる準備に必死になっており、一時的に恐怖を忘れているようだった。


 そうこうしている内に、紫ゴブリンの先頭が魔法の射程圏内に入った。


「放つのじゃ!」


 ロデリックの合図で皆一斉に魔法を唱えた。


「「「「「『火球ファイアボール』!」」」」」


「「「「「『風刃ウィンドカッター』!」」」」」


「「「「「『石礫ストーンズスロー』!」」」」」


「「「「「『電撃エレクトリックショック』!」」」」」」


 今回は紫ゴブリンの数が馬鹿みたいに多いので、持久戦になることは目に見えている。

 いきなり高威力の魔法を使えば早々に魔力切れを起こしてしまうと考えた王宮魔法使いと騎士たちは、まずは様子見でそれぞれ火風土雷の属性の初級魔法を放った。

 王宮魔法使いと騎士たちは多少紫ゴブリンに対して恐怖を覚えて委縮しているとはいえ、いくらなんでもそれくらいの頭は回るようであった。


 狙い違わず紫ゴブリンに魔法が直撃し、何体かの紫ゴブリンが倒れるなりケガを負うなりしている。

 しかし、全体から見れば微々たる被害だった。


「「「「「な……」」」」」


 その有り様を見た王宮魔法使いと騎士たちは呆然としてしまっていた。


「何をぼーっとしておる!? 撃って撃って撃ちまくるのじゃ!」


「「「「「は、はい!」」」」」


 ロデリックが声を上げると、我に返った王宮魔法使いと騎士たちが再び魔法を唱え始めた。


「当たってることは当たってるんじゃがのう……」


 ロデリックが髭を撫でながらぽつりと呟いた。


 矢継ぎ早に放たれる魔法はすべて紫ゴブリンに命中している。

 何しろ目の前に広がる紫の絨毯とでも呼ぶべき場所に適当に狙いを付けて魔法を放つだけでいいのだから、魔法の練度が高い王宮魔法使いと騎士たちならば当たって当然といえた。


 しかし、一向に紫ゴブリンの数が減らない。


 とにかく初級魔法に絞って数を撃つことに徹したことで、倒しきれていない紫ゴブリンが結構いるのだ。

 かといって高威力の魔法を放つのはあまり得策とはいえない。

 これだけ紫ゴブリンの数がいるのであれば、高威力の魔法を1発撃つよりも初級魔法でもいいから何発も撃つほうがよっぽど効率がいいのだ。


 だが徐々に、紫ゴブリンと西門の距離が縮まって来ている。

 このままでは、紫ゴブリンが西門に辿りつくまでに、紫ゴブリンの数を3割削ることすら不可能だろう。


「これはマズいのう……」


 ロデリックが渋面を浮かべて呟いた。

 せめて後続が到着するまで持ちこたえなければならないが、それも厳しいといえた。


 当初は交代で休憩をはさみながら魔法を撃つ予定だったが、今は総動員で魔力を温存せず全力で魔法を使っており、持久戦なんてとてもじゃないが考えられない有様だった。


「わしも加わらんといかんな」


 ロデリックは指示出しに専念するために魔法は使っていなかったが、攻撃に加わる必要があるだろうと考えを改めた。


「やれやれじゃのう……」


 ロデリックは、分が悪いとため息を吐きつつ魔法の詠唱を行うのだった。



 ◇ ◇ ◇



「もう始まってるのか」


 先発隊が返してきた馬車と追加の馬車に乗って、レジナルド総団長に率いられてきたジェイクたちが西門に着いた時には、すでに戦闘は始まっていた。


「だいぶ近いな……」


 まだ壁は突破されていないようだが、魔法が着弾した音は壁のすぐ向こうからジェイクたちのもとまで聞こえていた。

 それは、紫ゴブリンたちがもう目と鼻の先に迫っていることを表していた。


 魔法が使える者は、ロデリックに連れられて壁の上へと階段を上って行きそのまま攻撃に加わった。

 他の者は、後方に拠点となるテントを張った後は門の前で待機となった。

 ジェイクは待機組だ。


「壁の向こうは、いったいどうなっているんだ……」


 ジェイクはやきもきしながら状況が推移するのをただじっと待っていた。


「ハァハァ……」


「大丈夫か!?」


 魔力切れを起こした魔法使いは、回復魔法に特化した騎士たちによって後方のテントに運ばれていく。


 壁の上からは魔法使いたちの怒号が聞こえてくる。


「また一人倒れたぞ!」


「誰かカバーしろ!」


「無理だ! 皆手一杯だ!」


「くそっ! やつら壁を融かしてやがる!」


「もう長くは持たないぞ!」


「ぐだぐだ言っとらんで、壁を突破される前に少しでも数を減らすんじゃ!」


 壁付近の敵を懸命に撃破しているが、数が多すぎて追いつかないようだ。


 そしてついに、壁が突破された。


「総員! 戦闘開始だ!」


 それを見たレジナルドが、掲げた剣を前へと向けながら叫んだ。


「やってやるぜ!」


「よっしゃ行くぞ!」


 気勢を上げながら地上の騎士たちが、壁に空いた穴から出てくる紫ゴブリンたちに向かっていく。


「どらぁ!」


 ジェイクが炎を纏った剣で紫ゴブリンを叩き切った。

 他の騎士たちも魔法陣の力で強化された武器を手に、各々紫ゴブリンを倒していく。

 魔法陣を施された武器は、その威力を遺憾なく発揮し、騎士たちは危なげなく紫ゴブリンどもを駆逐していった。


 時間が経つと壁の穴は広げられ、そこから次々に紫ゴブリンたちが入ってくる。


 壁は頑丈にできているので、一部を融かされた程度では崩れたりはしないため、壁の上にいる魔法使いたちは攻撃を続行している。


 壁の向こう側へと魔法による攻撃が続いており、まだまだ紫ゴブリンの数が壁の外に残っていることを示していた。


 地上の騎士たちは懸命に戦っているが、倒しても倒しても紫ゴブリンが迫ってくる勢いはまったく衰える様子がない。


「なあ、あいつらどんどんでかくなってないか?」


 ジェイクが、隣で一緒に戦っていたブライアンに尋ねた。


「気のせいじゃないか? おりゃ!」


 そう答えながら、ブライアンがまた1体の紫ゴブリンを電撃の剣で切り捨てた。


「そうか? どらぁ!」


 ジェイクは首を傾げながらも、若干大きくなったと思しき紫ゴブリンに対して剣を振った。


「ん? まだ動いてるだと!?」


 しかし、今までと違い一撃で紫ゴブリンを倒すことができなかった。


「どらどらどらぁ!」


 ジェイクは炎の剣を何度も紫ゴブリンに切りつけることで、ようやく倒すことができた。


「いや、やっぱり気のせいじゃねぇぞ!」


 改めて周りを見回したジェイクが声を上げた。


 周りを見ると、一回りほど大きくなった紫ゴブリンが少数ではあるが存在しており、その他にも少し大きくなった紫ゴブリンが多数いた。


「本当だ! でかいのが何体かいるな!」


 確認したブライアンも声を上げた。


 ジェイクは一回りでかくなった紫ゴブリンに炎の剣で切りかかった。


 しかし、耐久力が上がっているようでまともに攻撃が通らない。


「ブライアン! 手伝ってくれ!」


「わかった!」


「どらぁ!」


「おりゃ!」


 なかなか倒しきれなかったが、2人がかりでようやく1体倒すことができた。


 呼吸を整えつつふとジェイクが視線を向けた先では、手傷を負った紫ゴブリンが自ら仲間に吸収されており、吸収した紫ゴブリンはその分大きく強くなり、魔法に対する耐性まで上がっているようだった。


「こりゃ、骨が折れるな……」


「ああ、そうだな……」


 ジェイクとブライアンはげんなりしつつも、一回り大きくなった紫ゴブリンの相手を率先して引き受けていった。



 ◇ ◇ ◇



「なんとしても持ちこたえろ! ここから先に行かせるわけにはいかない!」


 レジナルドが騎士たちに檄を飛ばす。


 するとそこへ、王都からの伝令の騎士がやってきた。


「レジナルド総団長! 至急お伝えしたいことが!」


「どうした?」


 何か嫌な予感を覚えつつも、レジナルドは伝令の騎士に尋ねた。


「はっ! 南門からも紫ゴブリンが現れたようで、冒険者ギルドから応援要請が来ています!」


「何ぃ!?」


 レジナルドは思わず声を荒げた。

 そんなレジナルドの様子に伝令の騎士は少々怯えている。


「数は!?」


「はっ! お、およそ5000です!」


「くそっ!」


 レジナルドは剣を地面に乱暴に叩きつけた。


「っ!」


 伝令の騎士の肩がビクリと震える。


 レジナルドは頭を抱えた。


(なぜ今頃になって……?)


 疑問を抱きつつ、レジナルドは伝令の騎士に質問した。


「なぜ報告が遅れた!? 南門の騎士たちはいったい何をしていた!?」


「はっ! ぼ、冒険者の話によれば、南門には誰もいなかったそうです!」


「なんだと!? どういうことだ!?」


「そ、それが何があったのかはわからないそうですが、とにかく南門は無人だったそうです!」


「全滅したのか?」


「正確なところは分かりかねますが、おそらくは……」


「そうか……」


 沈痛な面持ちになるレジナルドだったが、ふと何かが引っ掛かった。


(いや、待て。何人かは、危険を知らせるために伝令として王都に送り出されたはずだ。ならば、例え全滅したとして、いっさい情報が伝わってこないということが有りうるのか……?)


 ありえない、とレジナルドは考えた。

 レジナルドは作為的なものを感じずにはいられなかった。

 

(だが、誰がいったいどうやって? 何のために? 情報が伝わるのを遅らせるためか?)


 疑問はつきない。

 とにかく情報が不足している。

 しかし、今はそんなことを詮索している場合ではなかった。


「今南門はどうなっている!?」


「ぼ、冒険者たちが総出で対処しているようです!」


(それならば、しばらくは持ちこたえてくれるだろう)


 レジナルドは内心で少し安堵した。


「ど、どういたしますか?」


 伝令の騎士がレジナルドに尋ねてくる。


「……今はそこに割ける戦力はない。むしろ、こっちが応援を寄越してほしいくらいだ」


「わ、わかりました! そのように伝えます!」


 レジナルドが愚痴を零すようにそう言うと、それを受けた伝令の騎士が立ち去ろうとする。


「ま、待て! ……できうる限り急ぐがこちらも切羽詰まっている。もしそちらの討伐が早く済んだのなら応援を寄越してほしい……と伝えてくれ」


 慌ててレジナルドは伝令の騎士を引き止めると、正式な文言を伝えた。


「はっ!」


 敬礼をして、伝令の騎士は馬に乗って王都に駆けていった。


「……まずはここを守りきることが先決だ」


 レジナルドは胸中に不安を抱えながらも、現場の指揮を取るべく動き出した。



 ◇ ◇ ◇



 一回り大きくなった紫ゴブリンは次第に数を増やし、地上の騎士たちは1体につき数人がかりで相手をすることになり、殲滅速度が大幅に下がった。


 大半の魔法使いたちは魔力が底を突いた状態で、再び戦えるようになるまでには時間がかかる。


 問題はそれだけではなく、魔法陣を付与したことによる負荷と紫ゴブリンに接触したことにより、武器の損耗が激しく、すぐに使い物にならなくなってしまうことも問題となっていた。


 今では、後方の拠点に蓄えていた魔法陣を付与済みの武器を使い捨てのように消費しながら、騎士たちは、でかい紫ゴブリンたちと激しい戦闘を繰り広げていた。


「くっ!」


 紫ゴブリンによってボロボロになっていたジェイクの持つ武器が、魔法の負荷に耐えきれず砕け散った。


「ちっ! こいつはもうダメか! リンダ! なんでもいいから武器を寄越せ!」


「は、はいぃぃぃぃ!」


 ジェイクは自分の隊に所属しているリンダに呼びかけた。

 リンダは返事をしながら、武器を置いてある後方のテントに向かって走り去っていった。

 リンダは短剣を得意とする騎士だが、今は戦闘には参加していない。

 なぜなら、短剣では今のでかい紫ゴブリンに攻撃が通らず、もはや戦力にならないからだ。

 他の隊も同様に、短剣を扱う騎士や弓矢を扱う騎士は、仲間の武器の供給に走り回っている。


「ちっ!」


 ジェイクは舌打ちしながらその場から跳び退いた。

 でかい紫ゴブリンの手がジェイクの鼻先を掠める。

 武器を持ってくるまでの間、ジェイクは身一つで生き残らなければならない。


「ぎゃあぁぁあぁああ!」


「足が、足があぁぁ!」


 周りでは、武器が使い物にならなくなった隙をつかれて、紫ゴブリンに体を溶かされる騎士が続出している。


 ケガ人を収容するための後方のテントは最初に張った数では足りず、いくつも追加で張られた。

 テントの中では、ケガ人が一気に増えたことで、てんやわんやとなっており、回復魔法を使う魔法使いが疲労困憊でテント内を駆けずりまわっている。


 刻一刻と状況が悪化していく戦況。

 減らない紫ゴブリン。


 そしてここにきて、さらに追い打ちをかけるような出来事が起こった。


 すべての紫ゴブリンが融合して、超巨大化したのだ。



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