真正面から
前回のあらすじ。
奪った薬で恩に着せた。
ガシャアアアアアン!
村に現れた猪型の魔物の突撃によって、家に大人ひとり分の大きな風穴が空いた。
「きゃあああああああ!」
「うわあああああああ!」
「みんな魔物から離れろ!」
「ま、魔物が村に! 人里には滅多に来ないのに!」
「ここは魔物たちの縄張りの境界のはずだ! どうして魔物がここに!?」
「家が! 俺たちの村が!」
「そんなの後でなんとかなる! 今は命の方が大事だ! 逃げるぞ!」
「逃げるっていったいどこに逃げるっていうんだ!? 近くの村までは馬車で2日かかるんだぞ!?」
村人たちが阿鼻叫喚で逃げ惑う。
猪型の魔物が家に空けた風穴からゆっくりと出てきた。
「ぼ、冒険者の方! ど、どうか村を救ってはくださらないでしょうか!?」
村長がベルムートに必死に懇願してきた。
「わかった。その代わり、終わったらゆっくりと話を聞かせてもらうぞ?」
「も、もちろんです!」
(よし、言質は取った。これで魔物を倒せば勇者の話が聞けるだろう)
晴れやかな気分のベルムートとは対照的に、村長はベルムートに払う報酬がどのくらい膨らむのかを考えてさっきよりも青い顔で冷や汗をかいた。
「私と魔物の近くに誰も近づけないようにしてくれ。邪魔になる」
「わ、わかりました!」
村長に指示を出したベルムートは一直線に魔物に向かっていった。
村人たちは、猪型の魔物が家から出てきたところを狙って矢を放っているが、まるで効いていない。
家に空いた風穴と近くにあるドアの大きさから考えると、猪型の魔物は人間の大人ぐらいの高さがあり、体長は人間の大人2人分くらいはあるだろう。
「ちょうどいい。実は試したいことがあったんだ……その身をもって実験に付き合ってもらおうか」
ベルムートは腰から白銀色に輝くミスリルの剣を抜いた。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
そうこうしているうちに、猛猛しい鳴き声を上げながら猪型の魔物が逃げ遅れた少女に向かって突進を開始した。
「ひぃ!」
少女は怯えて動けないようだ。
このまま猪型の魔物の突進をまともに受けてしまえば、少女の命はないだろう。
「ふん!」
ベルムートは一気に踏み込んで、少女の目の前に躍り出た。
猪型の魔物は勢いを緩める様子はない。
ベルムートはミスリルの剣に魔力を込めて、静かに魔法を解き放った。
「雷閃剣」
バチバチと雷を纏った剣が目にもとまらぬ速さで振り抜かれ、水を切るかのようになんの抵抗もなく剣が猪型の魔物の中心を通り過ぎた。
そして、猪型の魔物の鼻先から尻まで縦に線が入ったかと思うと、猪型の魔物の体が真ん中から裂けるように倒れた。
ズザザザザア!
左右に分かれた肉の塊が、突進の勢いのまま地面を滑る。
背骨が縦に真っ二つになった猪型の魔物は、若干の焦げた肉の匂いを放ち、綺麗な断面からは血と内臓がこぼれた。
「「「「「……」」」」」
その光景を見た村人たちは口を半開きにして呆然としている。
「大丈夫か?」
剣を納めて振り返ったベルムートは少女に声をかけた。
「うん……」
少女が呟く。
放心状態だが、受け答えはできるようだ。
「掴まれ」
ベルムートが手を差し出すと、少女がおずおずとその手を掴んだ。
そして、ベルムートは少女を引き上げて立たせた。
それから周りの状況を確認した少女が声を漏らした。
「すごい……」
少女は尊敬の眼差しでベルムートを見上げた。
「ふーむ……私の魔剣に比べると性能が劣るが、なかなか悪くはないな」
そんな周囲の状況に頓着せず、ベルムートはミスリルの剣を品定めしていた。
「す、すげえ……」
「あんな大きな魔物を一瞬で……」
「速すぎて何をしたのか全く分からなかったぞ……」
「これが冒険者か……」
若干正気に戻った村人たちが口々にはやし立てる。
「雷属性はやはり威力が高いな……ミスリルの剣との相性もいい。ん? 何をぼさっとしているんだ? はやくこの魔物を処理しないと血の匂いに誘われて他の魔物がやってくるぞ」
ある程度ミスリルの剣と魔法について考えがまとまったベルムートが注意を促すと、村人たちは、ハッ!と我に返り、急いで猪型の魔物の血抜きと内臓の処理をはじめた。
どうやら処分するのではなく食料にするらしい。
ベルムートは村人たちの行動を確認した後、森に向かって歩き出した。
「ど、どちらに行かれるのですか?」
森に向かうベルムートを慌てて村長が止めにきた。
「どうやら森にまだ何体か同じようなやつがいるみたいだからな。始末してくる」
「そ、そうなんですか!? で、では、こちらも何人か送りましょう」
「必要ない。私一人で十分だ。後で呼びに来るから、その時始末した死体を運んでくれ」
「わ、わかりました」
村長に言い含めたベルムートは魔物を駆除するために森に入った。
◇ ◇ ◇
結果から言うと、ベルムートは5体の魔物を駆除した。
ベルムートは猪型の魔物が村を襲ったときに、灰色の鳥の眷属を森に放ち、村人たちでは対処できないような魔物にあらかじめ目星をつけていたので、作業はとてもスムーズに行われた。
その時に、ベルムートはエルクから奪ったミスリルの剣の実験も行った。
ミスリルの剣は、魔法で強化せずとも串を苺に刺すかのように魔物の頭蓋を容易く貫通して脳まで貫く威力があり、魔力を纏わせると空振りしたかと錯覚するくらい全く抵抗なく魔物の首と胴体をスパッと切り離すこともできた。
刃こぼれもしておらず、人間の武器にしてはなかなか使える代物だった。
魔剣を持つベルムートからすればいささか心許ないが、ある程度の魔物には後れを取ることはないだろう。
そもそもベルムートは剣士ではなく魔法使いなので、剣の切れ味についてはあまり気にすることでもない。
「魔物を倒した。運んでくれ」
村に戻ったベルムートは、村人たちに森で駆除した魔物の死体を運ぶように言いった。
「さて村長、勇者について話を――」
「今日は宴じゃああああああ! みんな分かってるなああああああ!?」
ベルムートが話しかけようとした直後、突然村長がハイテンションで叫んだ。
「もちろおおおおおおん! みんなあああああ準備するよおおおおお!」
「「「「「おおおおおおおおおお!」」」」」
それに村人たちがこれまた大声で返事をして、そのまま大慌てで宴の準備に散ってしまった。
「なんなんだ……?」
ベルムートは村人たちの豹変ぶりに困惑した。
その後、村ではベルムートが倒した猪型の魔物の肉が盛大に振る舞われ、その日は夜通し宴が催された。
村人から勇者の話を聞こうとしたベルムートは、逆に質問攻めにされたりと大変な目にあっていた。
「明日になったらお礼の話をしたいと思います。どうか今夜はパァーっとお楽しみください」
「あ、ああ」
村長に良い笑顔でそう言われてしまったベルムートは頷くしかなかった。
「まあ、焦る必要はないか。明日になれば話が聞けるわけだしな。それに……こういう騒々しいのも悪くない」
ベルムートはこの状況を楽しむことにした。
朝になり、ベルムートはケガを治した村人の家の一室で目を覚ました。
あれから宴が終わった後「ぜひうちに泊まって行ってください」とケガをしていた男と奥さんに頼まれて、ベルムートは空いていた部屋で寝かせてもらうことになったのだった。
「夕べはお楽しみだったな」
「「///」」
ゆっくりと起床したベルムートは、そのままその家で朝食をごちそうになり、村長の家へと行くために外に出た。
「待って!」
村長の家へ向かう途中、後ろから声をかけられたベルムートが振り向くと、そこには赤い髪に碧い瞳をした老若男女に親しまれるであろう顔をした、村娘らしき服装の15歳くらいの女の子がいた。
「ん? おまえは確か……」
その少女に見覚えのあったベルムートは記憶を探った。
「昨日は助けてくれてありがとう!」
「ああ、そうか」
その少女は、ベルムートが昨日猪型の魔物から助けた少女だった。
「気にするな」
ベルムートは少女に一声かけて歩き出した。
「あの!」
少女がベルムートを呼び止めた。
ベルムートが少女を見ると、まだ少女は何か言いたそうにベルムートを見ていた。
「……何か用か?」
「あ、えーと、その……わ、わたしを……」
「ん?」
小さな声だったのでベルムートが聞き返すと、やがて意を決したようにキリッ!と顔を引き締め緊張しながらもその少女は口を開いた。
「わ、わたしを……! 弟子にして……!」
設定
・ビッグマッドボア(猪型の魔物)
体高170㎝、体長3m
土・水属性
突進により木をへし折ることができる。
毛皮は固く、その上、魔法で生み出した泥を被って防御力を上げているため、並の武器では傷をつけることさえ難しい。
縄張り意識が強く、縄張りに入った者には容赦しない。
その代わり、縄張りの外にはあまり関心を示さない。
雑食だが、主に植物型の魔物を好んで食べる。
ベルムートとエルクの戦いの影響で、危険を感じた魔物がその場から逃げ出し、その過程で森で魔物の縄張り争いが起こり、縄張りを追われたビッグマッドボアによって運悪く村が襲われる。