ニ迅の炎嵐
前回のあらすじ。
地面が紫から黒に変わった。
「あ、あいつらは……!」
声のした方を振り向いて誰なのかを確認したザックが、驚いて声をあげた。
ザックはあの2人について心当たりがあるようだ。
「お前達だろ? この辺りにうじゃうじゃいたっていう紫ゴブリンをみんな倒したのは!」
「地面の焦げ跡を見れば一目瞭然よ! 正直に答えなさいよね!」
2人の男女はベルムートたちの前まで来ると、不満がありますと言わんばかりの表情でまくし立ててきた。
男の方は17歳くらいで、ボサっとした茶色のショートヘアで毛先に赤いメッシュが入っている。
女の方は17歳くらいで、肩で外側に跳ねている茶色のミディアムヘアで毛先に緑のメッシュが入っている。
2人の男女は顔の作りがよく似ており、背は男の方が少し高い。
2人とも革の胸当てなど動きやすそうな軽装の装備をしている。
「ああ、そうだが?」
「やっぱりな! まったく、どうしてくれるんだ!」
「あんたたちのせいで、私たちの出番がなくなっちゃったじゃない!」
ベルムートが正直に答えると、2人の男女が怒りを露わにした。
「何その言いがかりは……」
「壁の内側にもまだいるだろ……」
「な、なんかおっかないね」
エミリアとザックは若干呆れ、2人の男女の剣幕にアンリはたじろいだ。
「ふわぁ~……」
ルリアはわざとらしくあくびをして我関せずといった態度をとっており、ベルムートに2人の男女の相手を任せる気満々のようだ。
「俺たちがかっこよくバッタバッタと紫ゴブリンをなぎ倒して武勇伝を増やす良い機会だったのに!」
「そうよ! せっかく名を上げてランクを上げるチャンスだったのに!」
2人の男女は周りの反応に構わずヒートアップする。
よくわからないが、この男女2人組は、ベルムートたちが紫ゴブリンを全部倒してしまったことを怒っているらしい。
ベルムートたちは降りかかる火の粉を払っただけなので、文句を言われても困るだけだ。
「まあお前ら、そこらへんにしとけ」
そうこうしている内に、今まで成り行きを見守っていたザックが間に割って入ってきた。
「あれ? ザックさん?」
「どうしてここに?」
「気付いてなかったのかよ……」
しかし、2人の男女はザックのことは眼中になかったようで、声をかけられて初めてザックの存在に気付いたようだった。
地味に傷ついたようで、ザックが落ち込んだ。
「知り合いか?」
「まあな」
ベルムートが聞くと、ザックが苦笑いで答えた。
サックはこの2人の男女と顔見知りだったようだ。
「で、こいつらは誰なんだ?」
ベルムートがそう言うと、ザックは少し驚き、2人の男女は目を点にした。
「はあ? 俺たちのこと知らないのか?」
「私たちのことを知らないだなんて、とんだ田舎者ね!」
2人の男女は知ってて当然みたいな態度を取った。
しかし、ベルムートは知らないものは知らないとばかりに感心のない態度だ。
「まあ、知らなくても別に困――」
「しょうがない、教えてやろう!」
「耳の穴かっぽじってよく聞きなさいよ!」
ベルムートの言葉を遮って、2人の男女が口を開いた。
頼んでもないのに自己紹介してくれるようだ。
「俺はイグニス!」
「私はウィンディ!」
「「2人合わせて“二迅の炎嵐”だ(よ)!」」
イグニスとウィンディはドヤ顔で名乗りを上げた。
「ん? “二迅の炎嵐”?」
ベルムートは聞き覚えのある名前が出たことで、得心がいった顔をした。
(こいつらだったのか。王都の冒険者ギルドのギルドマスターであるダグラスが言っていたのは)
強者を探すのもベルムートの目的の一つだったのだが、ベルムートはアンリを強くするのに時間をかけていたので今までそのことをすっかり忘れていた。
「お前ら強いのか?」
「あったり前だろ!」
「愚問ね!」
ベルムートが聞くと、イグニスとウィンディは鼻息荒く答えた。
「そうなのか?」
「俺が説明してやるよ」
ザックが説明してくれるらしい。
「イグニスとウィンディは双子の兄妹で、2人ともBランクの冒険者だ。最近、急上昇中の注目株さ。双子ならではのコンビネーション戦闘が得意で、2人で違う属性の魔法を合わせてより強力な魔法にする混合魔法を使う」
「ほう……混合魔法が使えるのか。たいしたもんだ」
混合魔法というのは、2つ以上の属性が組み合わさった魔法のことだ。
当然、単体の魔法を扱うよりも難易度は高い。
「ふはは! それほどでもあるな!」
「ふふん! それほどでもあるわね!」
イグニスとウィンディが自慢げに胸を張った。
「あ、そういえば、お前達名前はなんていうんだ?」
「あ、そういえば、まだ名前聞いてなかったわね」
イグニスとウィンディがベルムートたちに名前を聞いてきた。
「ベルムートだ」
「わたしはアンリ」
「私はエミリアよ」
「我はルリアだ」
ベルムートたちがひとりずつ自己紹介をしていると、ウィンディの視線がルリアで止まった。
「えーっと……そこのあなた肌緑色だけど……大丈夫なの?」
「問題ないぞ」
「そ、そう? 今手持ちに、さっき畑で拾った新鮮な茄子があるんだけど食べる?」
「いらん!」
心配そうなウィンディが茄子を差し出すと、ルリアは断った。
「なんで茄子……?」
「拾ったって……それ泥棒なんじゃ……?」
アンリとエミリアは困惑した。
「それで、お前たちはどうするんだ? ここにいた紫ゴブリンはもういないんだから用はないだろう?」
ベルムートは、イグニスとウィンディに質問した。
「ふっ! 用なら今出来たぞ!」
「ふふっ! 用なら今出来たわ!」
イグニスとウィンディが不適な笑みを浮かべた。
「なんだ?」
「「勝負だ(よ)!」」
ベルムートが尋ねると、イグニスとウィンディは声を揃えて言った。
「勝負?」
「そうだ! 俺達のことを知らないのなら、俺達の力をわからせてやるまでさ!」
「そうよ! ついでに、あなた達の実力が如何程のものか示してもらうわ!」
イグ二スとウィンディが要求を突きつけてきた。
(ふーむ……特に難しい要求というわけでもないな。とりあえず、適当に魔法を撃っておけばどうにかなるだろう)
ベルムートは特に深く考えずにその提案をのむことにした。
「ああ、わかった」
「よし! 決まりだな!」
「私たちが勝ったら手柄を譲ってもらうんだから!」
ベルムートが返事をすると、イグ二スとウィンディが一方的に告げてきた。
(なんか要求増えてないか?)
ベルムートは首を傾げた。
「師匠とルリアちゃんの手柄は渡さない!」
アンリが声を上げた。
別にベルムートとしては手柄はどうでもいいと思っているのだが、アンリは対抗心を燃やしているようだった。
「そうか。なら、この勝負はアンリに任せたぞ」
「へ?」
ベルムートがさらっと言うと、アンリは戸惑いの声を上げた。
(何を呆けているのかわからないが、アンリならば大丈夫だろう)
ベルムートが戦わないのは、決してイグ二スとウィンディの相手が面倒くさいと思ったからではない……そういうことにしておく。
「私もいいかしら?」
「ん? いいのか?」
「あの2人、強そうだもの。戦ってみたいわ」
エミリアは対人戦が好きなようだ。
ルリアと戦っていた時とは違っていきいきとしている。
「なら任せた」
「ええ。がんばりましょうねアンリ」
「え? う、うん」
アンリは少々不安がっているようだが、ここは若い者同士に任せることにしよう。
「おいおい今そんなことしてる場合か? 壁の内側にはまだ紫ゴブリンだけじゃなくて、他の魔物もいるんだぞ?」
勝負をしようとしているイグニスたちに対して、ザックが呆れて物申してきた。
「畑にいた紫ゴブリンなら、道中蹴散らしてきたから大丈夫だぜ!」
「残ってる魔物くらいは、他の冒険者でもなんとかなるわよ!」
一応、イグニスとウィンディは魔物の被害は他の冒険者でどうにかなると踏んでここにいるようだ。
まったくの考えなしってわけではなかったらしい。
「そんなことより今は勝負だ!」
「そうよ! 手柄が優先よ!」
「はあー……こいつらまったく……」
イグニスとウィンディの発言を聞いて、ザックが頭を抱えた。
「この場を収めるには、勝負するしかないだろう」
ベルムートはザックに話しかけた。
「はあ……わかった。じゃあせめて、俺が審判ってことでいいか?」
「異論はない」
ザックの提案に、ベルムートは賛成した。
他のみんなからも特に反対はなかったので、審判はザックに決まった。
その後、少し話し合った結果、勝負は2対2で行い、どちらかのペアが2人とも降参するか、戦闘不能になれば終了ということになった。
「おいおい本当にその子たちで大丈夫か?」
ザックがアンリとエミリアを指して、心配そうにベルムートに声をかけてきた。
「まあ、なるようになるだろう」
「はあ……やれやれ」
ベルムートの答えを聞いて、ザックはため息を吐いた。
「ナァーハッハッハッ! おもしろいことになったな!」
思いがけず良い余興が見れるとルリアは笑っている。
ベルムートたちから少し離れたところで、アンリとエミリア、イグ二スとウィンディはそれぞれペアに分かれて向かい合った。
アンリは鋼鉄の剣をエミリアは細剣を構え、イグニスとウィンディは腰に下げていた取り回しのしやすそうな短い真っすぐな杖を手に持った。
「結果に文句を言うなよ」
4人に対してザックが言った。
「ああ!」
「もちろん!」
「う、うん!」
「ええ!」
4人とも頷いた。
「よし……では、始め!」
それを確認したザックの合図で勝負が始まった。
ウィンディは素早く杖を構えて魔法を唱えた。
「『辻風』!」
ウィンディの持つ杖の先端に埋め込まれていた魔石が輝き、アンリとエミリアの足元から上空へ向けて風が吹き上がった。
「うわわっ!?」
「これは!?」
風の渦によってアンリとエミリアの足が地面から離れて体が浮いた。
殺傷能力はないようだが、アンリとエミリアは空中に囚われてしまった。
「『大火球』!」
続いてイグ二スが杖を前に突き出し魔法を唱えた。
イグニスの持つ杖の先端に埋め込まれている魔石が輝き、大きな火の球が形作られると、アンリとエミリアに向かって発射された。
「ど、どうしよう!?」
「避けれない!」
風に浮かされ、そこから抜け出せず慌てているアンリとエミリアに向かって大きな火の球が迫ってくる。
「『氷球』!」
向かってくる大きな火の球を撃ち落とそうと、エミリアが魔法を唱えて、氷の球を放った。
「よし! 当たったわね!」
風に浮かされているせいで上下に揺れて狙いづらい態勢ではあったが、火の球が大きかったので、狙いが甘くても氷の球は大きな火の球にぶつかった。
ボシュン!
しかし、エミリアの放った氷の球は大きな火の球と拮抗することなくあっという間に消滅してしまった。
「なっ!?」
それに対して、大きな火の球の勢いはさほども衰えておらず、猛然と進んでくる。
「くっ!」
自身の魔法が通用しないのを見てエミリアは悔しそうだ。
「『身体強化』!」
アンリは魔法を唱えて身体能力を強化し、どうにか風の渦から抜け出そうと空中でもがいている。
大きな火の球はもうすぐそこまで迫ってきているが、『光球』や『闇球』を撃つ時間もなく、アンリとエミリアにはどうすることもできない。
「当たっちゃう!」
「なんとかダメージを最小限に留めないと!」
アンリとエミリアは大きな火の球を避けられないと判断して、防御姿勢を取った。
アンリはせめてもの抵抗として、盾代わりに構えた剣に魔力付与した。
大きな火の球がアンリとエミリアに当たる寸前で、ウィンディは『辻風』を解除し、大きな火の球がアンリとエミリアに直撃した。
「うぐあああっ!」
「ぐううっ!」
衝撃と共に火と熱がアンリとエミリアの身を伝わり焼いた。
先にアンリの方に大きな火の球が直撃したようで、エミリアのダメージは軽減されていたが、アンリは『身体強化』を使っているにも関わらず大ダメージを受け、エミリアもそれなりのダメージを負い、歯をくいしばり痛みに耐えている。
アンリとエミリアは少し宙を舞った後、碌に受け身も取れずに地面に倒れた。
「ぐはっ!」
「がっ!」
『大火球』は紫ゴブリンを一撃で倒すほどの威力を持っている魔法なので、まともにくらったアンリとエミリアは満身創痍だ。
「ううぅ……」
アンリは魔法が解けてしまったようで、体を起こそうとしているが、体に力が入らなず地面に倒れたままだ。
「ぐっ……!」
比較的無事なエミリアでさえ立つのがやっとのようで、痛みを堪えて必死に立ち上がった。
しかし、エミリアは風と共にいきなり目の前に現れたウィンディに杖で突き飛ばされた。
「うりゃあ!」
「がはっ!」
勢いよく後ろに吹っ飛び地面を転がるエミリア。
杖は丈夫なようで、一応打撃武器としても使えるらしい。
エミリアには何が起こったのかわからなかったようだが、ウィンディは魔法で突風を巻き起こし、その風を推進力に変えて自身の体を物凄い速さで飛ばしてエミリアに突撃してきたのだ。
「エミリア!」
アンリが倒れたまま叫ぶ。
アンリとエミリアは分断され、痛みに呻き地に伏しているアンリの側では、イグニスとウィンディがアンリに向かって杖を構えて立っている。
「ぐっ……」
地面に這いつくばったエミリアは受けたダメージが深く、体中に痛みが走っており、まともに体を動かすことさえままならないようだ。
アンリとエミリアにはこれ以上の戦闘は不可能だろう。
「そこまで! 勝者イグニス・ウィンディペア!」
ザックが戦いの終了を宣言した。




