王都の冒険者たち
今回は王都の冒険者視点です。
前回のあらすじ。
森を抜けたらそこは――茄子畑だった。
今日も朝からギルドでは冒険者たちが依頼受注やら依頼達成の報告などを受付で行っており、食堂では飲み食いをしながら話をするなど、皆思い思いの行動を取っていて、依頼が張り出されているボードを見ている冒険者もいる。
そんな冒険者たちを依頼ボードの近くの壁に寄りかかりながら眺め、時折冒険者と言葉を交わしている者がいた。
彼の名はザック。
ザックは禿頭の長身でガタイがよく、人の良さそうな顔をしている。
こう見えてもBランクの冒険者で、昔はパーティ内で斥候をやっていた。
ザックの父親はここブライゾル王国王都の冒険者ギルドのギルドマスターであるダグラスだ。
ザックが依頼ボードの近くにいるのは情報収集のためだ。
なにせ王国は広い。
少しでも早く正確な情報を掴むことに関して、地方を行き来する冒険者が多いこの王都の冒険者ギルドは、まさにうってつけと言えた。
ザックは、王都に初めてきた者には、情報と引き換えにいろいろと王都のことについて教えてやり、冒険者になりたての初心者には、色々と丁寧に説明して顔を覚えてもらい、後々の仕事がしやすいように信用を得たりもしている。
ついでにザックは、貴族や冒険者同士で余計ないざこざを起こさないように、ギルド内に目を光らせて治安維持も兼ねていた。
ザックはある日、冒険者を続けてもAランクに上がるのはさすがに厳しいと思い、ギルマスである父親のダグラスを訪ねたことで、この仕事を任されるようになった。
あとは、地方に行く冒険者たちの指標として立てた情報掲示板もザックが管理している。
これはザックの発案が採用された結果だ。
何年もここで働いているうちにだんだんと板についてきて、今ではザックも立派ないちギルド職員である。
とはいえ、ザックは腕が鈍らないように息抜きでたまに魔物を狩りにいくこともあるので、腕っ節もそこそこ強い。
「大変だ!」
ザックがいつものように突っ立って時々冒険者と話したりしながら情報交換していると、誰かが血相を変えてギルドに飛び込んできた。
「おいおいどうした!?」
ザックは、青い顔をして息を切らしているそいつに近づいて話しかけた。
ザックはその男の顔に見覚えがあった。
Dランク冒険者のヤンだ。
「と、とにかく大変なんだ!」
「落ち着け、ヤン。いったい何があったんだ?」
「そ、それが――」
ザックが尋ねると、ヤンはしどろもどろになりながらも何があったのかを話した。
話を聞き終わったザックは、すぐさまギルマスである父親のもとに向かった。
「親父! 大変だ!」
ザックは、ヤンから聞きだした内容をすぐにギルマスである父親に伝えた。
◇ ◇ ◇
「緊急依頼発令!」
ギルドマスターであるダグラスがギルド内で声を張り上げると、冒険者たちが騒ぎ出した。
「静かに! 今から詳細を話す!」
ダグラスが冒険者たちに説明している間に、ザックを含めたギルド職員たちはあちこちに奔走して急いで必要な物を揃えていった。
普段はしないが、事が事だけに騎士団にも連絡を入れている。
緊急依頼に参加したのはほとんどがCランクで、BランクとDランクもちらほらいるといった感じだ。
集まった人数は100人近い。
「これだけいればなんとかなるだろう」
ザックは安堵した。
今回の緊急依頼に関しては途中参加を受け付けるとダグラスは言っていたから後続も来ることになる。
「冒険者たちの指揮は任せたぞ、ザック。死ぬなよ」
「ああ、わかってるって」
ダグラスに言われてザックは頷いた。
複数の馬車にそれぞれ緊急依頼の参加者たちを乗せて、ザックたちは農耕地帯を囲う大きな壁へと向かった。
だが、王都を出てすぐに馬車は止まることになった。
「おい! 畑に魔物がいるぞ!」
「こいつらどこから!?」
「壁が突破されたのか!?」
どこから入ってきたのか、畑には多くの魔物がいた。
「気にするのは後だ! いいから倒すぞ!」
ザックは冒険者たちに声をかけて、止まった馬車から飛び降り、魔物たちを倒しに向かった。
「そ、そうだな!」
「おう!」
「やってやるぜ!」
ザックの後に続いて馬車から降りた冒険者たちは、気合十分といった様子で魔物を倒しに向かった。
「ここらへんのは片付いたみたいだな」
しばらくして、近くにいた魔物は粗方倒し終わり、ザックは一息ついた。
「なっ……あんなところにもいるのか」
だが、遠くにはまだちらほらと魔物の姿が見える。
その遠くに見える魔物も倒しに行かなければならないだろう。
「だけど、これ以上ここに留まってはいられねぇな」
ザックはここよりも、壁の方ではどうなっているのかが気になっていた。
「一旦切り上げるぞ! 残りの魔物は後続に任せて、俺たちは壁まで行くぞ!」
「おう、わかった!」
ザックは魔物と戦っている冒険者たちに号令をかけ、再び馬車に冒険者たちを乗せて壁へと向かった。
「まずいな……」
壁には複数の穴が空いており、そこから紫色の不気味なゴブリンが入ってきていた。
すでに壁の近くにはたくさんの紫ゴブリンが闊歩している。
「ひいぃ!」
「あ、あんなにいるのか!?」
「いったいどこから沸いて出やがったんだ!?」
紫ゴブリンの大群を見た冒険者の内、大多数の顔が青ざめていた。
おそらく畑にいる魔物たちは、この壁の穴を通って入って来たのだろう。
「ん? 今何かひっかかったような……」
長年冒険者をしていると、勘のようなものが働く。
冒険者にとって、勘は生死に直結するほど大事なものだ。
その勘が、何かがおかしいと主張していた。
「壁に穴が空いてから魔物たちが畑に入ってきたんだよな? だがそうなると、他の魔物が畑に入ってきているのに、紫ゴブリンがまだ壁付近にいるのは変だ……。それに、壁に穴を空けたのが紫ゴブリンだとして、あの紫ゴブリンの大群がいる場所を他の魔物が抜けてこれるとは思えない……」
ザックは矛盾に気づいた。
「おかしい……」
壁に穴を空けたのが紫ゴブリンなら、紫ゴブリンの後から他の魔物が入ってくるはず。
まるで順番が逆だ。
「壁に穴を空けたのは別の誰かか? それとも、紫ゴブリンが壁に穴を空けた後で他の魔物を誘導してきた?」
どちらも可能性はある。
「だが、目的がわからないな。畑にいた魔物たちは、魔法しか効かない紫ゴブリンに比べると弱い。そんな魔物を壁の内側に入れることに何の意味があるんだ?」
ザックは狙いがわからず首を傾げた。
「……いや、考えるのは後だな。今は紫ゴブリンを排除することに集中しなければ」
ザックたちは、紫ゴブリンに近づきすぎないように気を付けて、馬車を止めて降りた。
しかし、冒険者たちの動きはどこかぎこちない。
「これでは戦えないな……発破をかけなくては」
そう呟いた後ザックは息を大きく吸い込み、声を張り上げた。
「ビビってんじゃねぇ! 何のためにここに来た!? 土地を荒らすあの紫色のふてぶてしい野郎どもにお前らの力を見せつけてやるんじゃなかったのか!?」
ザックが大声で呼びかけると、冒険者たちは顔を見合わせて、不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ! 俺たちはここで臆するような玉じゃねぇぜ!」
「はっ! 俺たちの力をなめんじゃねぇ!」
「っしゃー! やってやらぁ!」
「ありゃただの茄子だ! 調理してやんよ!」
「行くぞおらぁ!」
冒険者たちが気勢を上げながら動き出した。
「ああっ!? 剣が熔けた!?」
「馬鹿野郎! そいつに剣は効かねえ!」
「こ、こいつ!」
「魔法使いを中心にして戦線を組め!」
すぐに戦闘が始まるが、次から次へと壁の穴から紫ゴブリンが入ってくるためキリがない。
しかも、紫ゴブリンには魔法しか効かず、剣などの武器を使う前衛は役に立たない。
「穴を塞げぇ!」
「『土塊』!」
「おらぁ!」
土属性に適性のある魔法使いが土魔法で固めた土の塊を作り、それを力自慢の冒険者が壁に向かって投げて穴を塞いだ。
「げっ!」
「あいつら、また穴を空けようとしてやがる!」
しかし、紫ゴブリンは他の場所の壁を融かしてまた穴を空けようとしていた。
どうやら、穴を塞いでも多少の時間稼ぎにしかならないようだ。
「意味ないか? いや……」
一見すると、穴を塞ぐことは無意味なことに思えたが、穴を塞いだことで壁の内側に入ってくる紫ゴブリンの数が減っている。
「壁を溶かすのには時間がかかるみたいだ! 今の内にやつらの数を減らせ!」
「おう!」
そして、もともとこっち側にいた紫ゴブリンをいくらか倒すと目の前の道が開けた。
「どけどけ!」
ザックは、魔法使いに強化してもらった武器を手に、紫ゴブリンを躱しながらその開けた道を進み、壁の上の見張り台へと続く階段を上って、壁の向こう側を覗いた。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
見渡す限りの紫、紫、紫、紫……。
壁の向こう側には尋常じゃない数の紫ゴブリンがいた。
「こんな数の紫ゴブリンに、ここを突破されたら、やばいなんてもんじゃない! 最悪全滅もありうるぞ!」
ザックは戦慄した。
他にも壁を上ってきた冒険者たちが、壁の向こうを見て、皆一様に絶句している。
「こ、こんなの無理だ! うわぁぁあぁぁぁぁああ!」
「お、おい!」
ザックが止める間もなく、恐慌状態に陥って逃げだす者もいた。
「範囲魔法を使える奴は壁を上って来い! 魔法が使えない奴は魔法使いのサポートをするか、畑の方にいる魔物を狩ってこい!」
ザックは壁の上から冒険者たちに指示を出した。
「おう!」
「今行くぞ!」
日頃の行いのおかげか、多くの冒険者たちは素直にザックの言うことに従って動いてくれた。
「よし、頼んだぞ!」
「は、はい! 『大火球』!」
ザックは、広範囲に魔法を放てる者を壁の上に連れて来て、魔法を撃たせるが、一向に数が減らない。
「でかいのが増えてるぞ!」
「なんだあれは!?」
「仲間を取り込んだだと!?」
中には、ケガをした紫ゴブリンを吸収して大きくなっている紫ゴブリンもいた。
「くそっ! 埒が明かない!」
このままだといずれ魔法使いたちの魔力が尽きて戦線が崩壊してしまう。
そうなっては致命的だ。
「ここはあきらめて、王都まで一時撤退した方がいいかもしれないな……」
ザックがこの先どうするか考えを巡らせていると、突然雷が降ってきてザックたちの目の前で弾けた。
バリバリ!
「うおぁっ!」
ザックは咄嗟に手で目を庇った。
「なんだ今のは……?」
一瞬何が起こったのかわからず、ザックが思わず空を見上げるが、雲はほとんどない。
太陽を少し隠しつつ、まばらに雲が散っているだけだ。
先ほどの雷は空から落ちた自然現象ではなかったらしい。
それを確認したザックが下に視線を向けると、雷が紫ゴブリンを蹂躙していた。
「は……?」
あり得ない光景を見て、ザックは思考が停止してしまった。
「あの雷はいったい……? いや、あれはただの雷じゃない……?」
よく見ると、雷はかろうじて人型だとわかる形をしていた。
「尋常じゃない速さだな……」
そして、その人型の雷は、ザックの目では追えないほどの高速で動き回りながら紫ゴブリンを攻撃している。
人型の雷が動く度に、その動線にいた紫ゴブリンが消し飛んだ。
見たところ雷魔法のようだが、ザックは今まで生きてきた中でこんな魔法は見たことがなかった。
「な、なんなんだ……? いったい何が起こっている……?」
「さ、さあ……?」
「さっぱりわからん……」
壁の上の魔法使いたちも驚いて手を止めている。
「ん……?」
しばらく様子を窺っていると、人型の雷に為すすべもなく倒されていた紫ゴブリンたちの内何体かが、森の方を見ているのにザックは気付いた。
「あれは……人か?」
その紫ゴブリンの視線の先をザックが目で追うと、森を少し出たところに数人の人が立っていた。
すると、後方にいた紫ゴブリンたちは一斉に反転して、森の近くにいる者たちに襲い掛かっていった。
「なっ! おい逃げろ!」
魔法中心の激しい戦闘と怒号が飛び交っているここから森の近くまで声が届くとは思っていなかったが、思わずザックは叫んでいた。
だがザックには、ザックが声を発した後、森の近くにいた者たちがこちらに視線を向けた気がした。
そして、森の近くにいる者たちに紫ゴブリンたちが近づいた瞬間。
紫ゴブリンの群衆が一斉に炎に包まれた。
「はあああ!?」
それを唖然として見つめているザックを熱波が襲った。
「熱っ!」
一瞬で汗が噴き出る。
「ここまで熱さが伝わるのか……いったいどれほどの熱量の炎なんだ……?」
ザックは熱さのせいだけではない嫌な汗をかいた。
数分後、炎が止んだ後には、紫ゴブリンは影も形も見当たらず、焼け焦げた地面以外は何も残っていなかった。
その後、人型の雷も、より一層勢いを増して、とんどん紫ゴブリンの数を減らしていった。
そうして、瞬く間に壁の向こうにひしめいていた紫ゴブリンは全滅した。
「は、ははは……」
ザックはただ、乾いた笑い声を上げて呆然とその光景を見ることしかできなかった。
「え…………?」
それは壁の上にいた魔法使いたちも同様だったようで、あまりのことに衝撃を受けて固まって動けないでいるようだった。
「……はっ! やばいやばい! こんなところでぼーっとしてる場合じゃねぇ!」
しばらくしてザックは気を取り直した。
「お前ら正気に戻れ! まだ壁の内側の紫ゴブリンは片付いてないぞ!」
ザックは、硬直して声も出ない魔法使いたちに向かって壁の内側に入り込んだ紫ゴブリンと魔物たちの殲滅の指示を飛ばした。
「あ、ああ!」
「そ、そうだった!」
我に返った魔法使いたちは、壁の内側にいる紫ゴブリンの残党を狩っていく。
「ここはもう任せても大丈夫そうだな」
ザックはひと安心した。
「ったくどうなってやがんだ……」
ザックは頭を抱えたい衝動を抑えながら壁を下りて、まだ塞がれていない壁の穴から外に出ると、おそらくさっきの現象を引き起こしたであろう森にいる者たちに向かって駆け足で近づいて行った。
次回はベルムート視点に戻ります。




