一面の紫
今回は短いです。
前回のあらすじ。
ルリアの可愛さにアンリがやられた。
部下のゴブリンたちに城の留守を任せたルリアとベルムートたちは結界の外へと出て森の中を歩いていた。
どこに紫ゴブリンがいるのかわからないので、出発の前に4人で話し合って、とりあえず来るときに紫ゴブリンと遭遇した地点まで行ってみることになった。
「大丈夫か?」
「だいぶ良くなってきたわ」
ベルムートが道案内として前を歩き、隣には体調もだいぶ回復してきて一人で歩けるようになったエミリアがいる。
「ルリアちゃん、はぐれちゃだめだよ?」
「我はこどもではないんだが……」
後ろでは笑顔のアンリと、迷惑そうな顔のルリアが手を繋いでいる。
最初、アンリがルリアを抱きかかえて移動しようとしてそれをルリアが精一杯拒否していたのだが、ベルムートが「仮にもお前に勝ったんだから少しくらいアンリの言うことを聞いてもいいだろう。勝者の特権だ」と言うと、アンリの懇願に根負けしたルリアが妥協して今の形になった。
もともとなかったルリアの威厳がさらにマイナスまで落ちているのはこの際気にしても仕方ない。
「聞きたいことがあるんだけど」
エミリアがベルムートに声をかけてきた。
「なんだ?」
「ルリアって魔王軍の幹部なのよね?」
「ああ」
エミリアが確認してきたので、ベルムートは肯定した。
「あなたとルリアってどういう関係なの?」
エミリアは少し緊張しながら尋ねてきた。
ベルムートとルリアが知り合いであると聞いて少し警戒しているのかもしれない。
「昔なじみというやつだな」
「昔なじみ?」
ベルムートが答えると、エミリアが尋ね返してきた。
「それって、ルリアが生まれた時からの知り合いってこと?」
「ん?」
エミリアがとんちんかんなことを言いだしたので、ベルムートは思わず首を傾げてしまった。
「いや、やつが生まれた時のことなど知らないが」
「そうよね、さすがに。少し飛躍しすぎたわ」
よくわからないままベルムートが答えると、エミリアは自分の考えを改めたようだった。
「なら、まだルリアはこどもだし、知り合ったのはそんなに前ってことじゃないのね」
「こども? 何を言っているんだお前は?」
「え?」
エミリアの発言にベルムートが返すと、エミリアはキョトンとした。
「やつはお前よりも年上だぞ」
「え? でも、どう見てもこどもにしか見えないけど……」
ベルムートの話を聞いてエミリアは困惑した。
(何か話が噛み合ってない気はしていたが、そういうことか)
ベルムートは合点がいった。
「まあゴブリンだし、あれで成長が止まっているからな。勘違いするのも無理はない」
「え、うそ、本当に?」
「ああ」
「…………」
衝撃が大きかったようで、エミリアは呆然とした顔で後ろを振り返ってルリアを見つめた。
「ルリアちゃん、好きなものって何?」
「……ゴブリンだ」
ベルムートも後ろに視線を向けると、アンリが楽しそうに話しかけてルリアが不満そうに返事をしている。
(そうしていると、姉妹に見えなくもない……いやさすがに無理があるか)
ベルムートは首を横に振った。
やがて、少し落ち着いたのかエミリアがまたベルムートに顔を向けた。
「ま、まあ、とりあえずそのことは置いておいて……魔王軍の幹部ってことはルリアは魔王のこととか、他の幹部のことも知ってるってことよね?」
「そうだな」
「聞いてみてくれない?」
「自分で直接聞けばいいじゃないか」
「それはそうなんだけど……ちょっと怖くて」
「怖い?」
エミリアの発言に対してベルムートは訝しんだ。
(特にルリアに怖い要素は見当たらないが……。というかむしろ私がルリアに怖がられているのだが……)
ベルムートは首を捻った。
「ほら、さっき襲われたばかりでしょ?」
「ああ……まあ、あれはやつの挨拶みたいなものだ」
「挨拶って……私、かなり死にもの狂いだったんだけど……」
エミリアは引き攣った表情をした。
(少しばかりやりすぎではあったが、まあ許容範囲内ではあったな。建物もあまり壊れなかったし)
ベルムートにとってはたいして懸念すべきことではなかった。
「えーと……それで、ルリアに魔王軍のこと聞いてくれるの?」
エミリアは、気を取り直してベルムートに尋ねた。
「聞いたところでお前たちではどうにもならないと思うぞ」
この『お前達』にはアンリとエミリアだけでなく、当然『王国の人たち』という意味も含まれている。
王国の騎士であるエミリアには意味が伝わっただろう。
「いいじゃない、聞くだけなら」
「気が向いたらな」
「はあ……まあいいわ」
ベルムートが気のない返事をすると、エミリアはやれやれとため息を吐いた。
その後、しばらく歩くと目的地に着いた。
「このあたりだな。戦闘跡が残っているし、間違いないだろう」
ベルムートは立ち止まった。
「着いたぞ」
「やっとか!」
ベルムートがみんなに呼びかけると、待ってましたとばかりにルリアがアンリの手を振りほどいて駆け出した。
「あっ……」
アンリは、振りほどかれた手を握って少し寂しそうだ。
ルリアが一通り辺りを見て回った。
「手掛かりはなさそうだな……」
ルリアが呟いた。
紫ゴブリンは死体も足跡も残さないので、手掛かりが見つけにくい。
分かることと言えば、紫ゴブリンは狼型の魔物がいた山からやって来たということくらいしかない。
みんなで手分けして付近をしばらく探索していると、一応周辺を探らせていたベルムートの灰色の鳥の眷属が戻ってきた。
「何か見つけたみたいだ」
ベルムートはみんなに伝えた。
「そうか。なら、この辺りの探索は切り上げて、そいつに案内してもらうか」
「そうだな」
「わかった」
「ええ」
ルリアが方針を定めると、それにみんな同意した。
ベルムートたちは灰色の鳥の眷属の案内に従ってついて行く。
「ルリアちゃん、しっかり握っててね」
「いや、だから我はこどもではないと何度も言っているのだが……」
アンリはルリアと再び手を繋いでいる。
嫌そうな表情とは裏腹に、アンリと手を繋ぐことに対してルリアも満更ではないのかもしれない。
「この方向はブライゾル王国の王都がある方向だな」
「何か嫌な予感がするわね……」
ベルムートが地理を把握しながら歩いていると、エミリアが呟いた。
「ん? 様子がおかしいな」
ベルムートたちが向かっている先の方から怒号が聞こえてきている。
そのまま先に進んで行くと、だんだんと聞こえてくる声が大きくなっていき、やがて森を抜けた。
「む、あれは……」
森を抜けると、そこには農耕地帯を囲む壁の近くで怒声を張り上げながら大量の紫ゴブリンと戦っている人々がいた。
次回は、ベルムートたちがルリアと戯れていた間、王都にいたある人物の視点で書く予定です。




