森を抜けた先には
大変お待たせしてすみませんでした。
前回のあらすじ。
紫ゴブリンをフルボッコにした。
ベルムートが周囲に他に魔物がいないか確認しながら歩いていると、エミリアが話しかけてきた。
「あなたには聞きたいことが山ほどあるのだけど……とりあえず、どうしてあんな戦い方をしたのかしら?」
「あんな戦い方とは?」
「あなたなら一思いに紫ゴブリンをすべて倒せたはずなのに、なぜあんな少しずつ追い詰めるような真似をしたのかってことよ」
「そのことか。あの紫ゴブリンは初見だったからな。少し調べてみようと思ったんだ」
今回、紫ゴブリンに対してベルムートは全属性の魔法を使って相手の特性を調べながら戦っていた。
「そういうことね」
エミリアは納得の表情を浮かべた。
(どうせなら紫ゴブリンに触れた武器がどんな風に融けるのかも試しておけばよかったな。オークから奪った武器を全部売らないで1、2本は使い捨てとして持っておけばよかったかもしれない)
ベルムートは追加で調べておきたいことを思いついたが、使い捨ての武器が手持ちにないことを惜しんだ。
「それで何か分かったの?」
エミリアがベルムートに質問してきた。
「ああ、まずあれは普通の生き物ではないようだ。さらに言うと、魔物かどうかすら怪しい」
「魔物かどうかすら怪しい? それなら、あの紫ゴブリンはいったい何なのかしら?」
「さあな。詳しいことはわからないが、魔力で出来た言わば、人形に近いかもしれない。まあ、人形と言ってもあの紫ゴブリンは意志を持っていたがな」
「人形……つまり誰かが紫ゴブリンを作ったってこと?」
「お前の言うように、おそらく誰かが意図的に生み出したものだろう。自然発生したとは考え難い」
「どうしてあんなものを作ったのかしら?」
「それはわからないが、何かしらの目的があったのかもしれないな」
「目的……」
ベルムートとの会話を終えてエミリアは何かを考え込んだ。
そこへ、アンリがベルムートに声をかけてきた。
「師匠、さっきの白い球と黒い球の魔法は何?」
「ああ、あれか。あれは光魔法の『光球』と闇魔法の『闇球』だな」
「光魔法と闇魔法ってことは、わたしにも使える?」
「まあ、練習すれば使えるようになるかもしれないな」
アンリは光と闇の属性に適性があるので条件は満たしている。
「じゃあ、教えて!」
「いいだろう」
「やった!」
「周りに魔物もいないようだし、ここで教えよう」
「わかった!」
アンリが元気に頷いた。
「私は見学してるわね」
「ああ」
エミリアは闇と光の属性に適性がないため見学に回った。
さっきまで狼型の魔物と戦っていたとは思えないほど元気がいいアンリに、ベルムートはこれから教える魔法について話し始めた。
「一応『闇球』と『光球』の両方の魔法を教えるが、使うなら『光球』を使うといい」
「どうして?」
「『闇球』は実用性に欠けるが、『光球』であれば、高速で直進する光の球だから、他の属性の球系統の魔法よりも狙いが付けやすい。それに、光魔法は全属性一の貫通力を誇る威力もあるから、アンリでも使いやすいはずだ」
「そうなんだ!」
「ああ。ただその代わり燃費がすこぶる悪いがな」
ベルムートは苦笑した。
「アンリなら『光球』を数発撃ったら魔力切れになるだろう」
「ええ!?」
アンリはあまりの燃費の悪さに驚いた。
実際の戦闘では他の魔法も使っていることを考えると、アンリでは『光球』を戦闘中に2、3発しか撃つことが出来ないかもしれない。
「まあ、魔力切れに気をつければいいだけだ。『闇球』と『光球』は覚えておいて損はない」
「わかった!」
ベルムートはアンリに魔法を教えていった。
しばらくして、精度や威力はたいしたことないが、アンリは魔法を発動させることができるようになった。
「なんだかんだでアンリは覚えが速いな。ついでに『幻影』も教えておくか」
ベルムートは追加でアンリに魔法を教えた。
「こんなところか」
ベルムートは一通りアンリが魔法を習得したところで切り上げた。
「ありがとう師匠!」
アンリがベルムートにお礼を言った。
「ああ」
ベルムートは軽く笑って一言返した。
「待たせたな」
「いえ、なかなか面白かったわ」
ベルムートが声をかけると、エミリアは笑みを浮かべた。
「今度は私にも何か魔法を教えてもらいたいわね」
「そうだな。考えておこう」
「お願いね」
ベルムートの返事を聞いたエミリアは期待の眼差しを向けた。
「さて、行くか」
ベルムートたちはまた森の中を歩き出した。
すると、エミリアが思い出したようにベルムートに尋ねてきた。
「そういえば、紫ゴブリンとの戦いであなたが黒い球を出したとき、他の魔法も使っていたわよね?」
「ああ、『引力』のことか」
「それは何?」
「闇魔法のひとつで、ある地点から一定範囲のものを引き寄せる魔法だ。今回は黒い球の通過する軌道上の地面に引き寄せるポイントを作りだして、紫ゴブリンだけを巻きこむように指向性を持たせた重力場を発生させた」
「ちょっと何言ってるかわからないけど、そんなことしなくても、あのふらふらしてる黒い球を制御した方が簡単だったんじゃないの?」
(ふーむ……そんなに難しく言ったつもりはないのだが。『見えない力で紫ゴブリンを引きずった』くらいの説明にしとけばよかったか?)
ベルムートは内心で首を捻りつつ、エミリアの疑問に答えるために口を開いた。
「いや、あの黒い球の軌道は簡単には思い通りにならない。あの黒い球はランダムに動くのが正常な状態だからな。あれに干渉しようとするとかなりの魔力を消耗する。まあ、撃ち出した瞬間の方向だけは制御しているがな」
「随分使い勝手の悪い魔法ね」
「まあ、普通は超至近距離で使うような魔法だからな」
超至近距離というよりゼロ距離の方が正しいだろう。
闇魔法は特殊な魔法が多いので、正面から戦う闇魔法使いはあまりいない。
魔王軍でいえば、魔王とアスティくらいだ。
逆に光魔法使いは光魔法の特性上、正面から戦う者が多い。
「それにしても、エミリアは凍らせる魔法も使えるんだな」
狼型の魔物との戦闘の際にエミリアが使っていた『氷結』の魔法を思い出したベルムートは、エミリアに話を振った。
「ええ、これくらいは。と言っても、水がなければ使えないので、まだ練習が必要だけど」
「だったら水魔法を使えばいいんじゃないか?」
エミリアの言葉に、ベルムートは思ったことを口にした。
水無しで、氷魔法単体の魔力だけで直接相手を凍らせるのが理想ではあるが、何もそれに縛られる必要はない。
水魔法と氷魔法を併用して効率的に戦えばいいだけのことだ。
「小さいころから氷魔法ばかり練習していたから、逆に水魔法は全然使えないのよね」
「そうなのか? じゃあ、どうして氷魔法を使ってるんだ? 他の魔法でもよかったんじゃないか?」
エミリアの返答を聞いて、ベルムートは新たな疑問が浮かんだのでそれをぶつけた。
「私は水属性にしか適性がなかったし、狼型の魔物の水の球が打撲程度の威力しかなかったように、水魔法は威力の弱い非殺傷魔法だから、少しでも攻撃力のある氷魔法を習得したかったのよ。まあ、あなたの使った水魔法は確実に相手を骨折させる程の威力があったから、急所に当てれば相手を殺せるでしょうけどね」
そう言ってエミリアはベルムートの方を胡乱な目で見た。
(どうしてそんな得体のしれないものを見るような目で見てくるのか分からないんだが……)
ベルムートがエミリアの視線から逃れるように、ふとアンリを見ると、アンリは歩きながらもうんうん唸りながら難しい顔をして魔法の練習をしていた。
「『闇球』! 『光球』! 『幻影』!」
アンリは、ベルムートとエミリアの会話が耳に入っていないほど集中しているようだ。
「そういえば、あなたに聞きたいことがあったのだけど」
表情を戻したエミリアが、ベルムートに声をかけてきた。
「なんだ?」
「フィルスト村の未開地のこと、何か知っているわよね?」
「わからないな」
「はぐらかさないで」
ベルムートが心当たりがない風を装うと、エミリアが強い口調でせめてきた。
(エミリアのこの様子だと何か確信があるみたいだな。これは言い逃れできそうにないか……仕方ない、答えられる範囲で話すとしよう)
ベルムートはどの程度エミリアに話すか考え始めた。
「もう一度聞くわ。未開地で何があったのかしら?」
(もう一度聞くと言いつつさっきと内容が変わっているんだが……?)
ベルムートは内心で首を捻りつつも口を開いた。
「ちょっとした戦闘になっただけだ」
「やっぱりあなたが関わっていたのね」
少し呆れを含んだ声音でエミリアが言葉を漏らした。
「あの戦闘跡はあなたがやったの?」
「あれは私ではなく、相手がやったことだ」
「相手って?」
「倒してしまったからな。詳しいことはわからない」
ベルムートが返答すると、エミリアは探るようにベルムートの目をまっすぐ見つめた。
「……まあいいわ」
しばらくエミリアとベルムートは見つめ合っていたが、やがてしぶしぶといった体でエミリアは引き下がった。
「それと、あの雷の雲について何か知らないかしら?」
「ああ、あれはわた――」
(おっと危ない。正直に自分が作ったと言ってしまうところだった)
ベルムートは少々焦りながらも言葉を止めた。
「私にもわからない」
改めてそう言い繕ったベルムートをエミリアはジト目で見た。
「話は終わりだ。そろそろ森を抜けるぞ」
「はあ……もういいわ」
ベルムートの声を聞いて、やがてため息を吐いたエミリアは、それ以上ベルムートに追及することをあきらめた。
そして、ベルムートたちが森を抜けると、アンリとエミリアが驚きの表情で立ち止まった。
「おっきい……」
「どうしてこんなところに……」
森を抜けた先にあったのは、森の中にあるのが不自然な、かと言って周りの自然と調和のとれている神殿のような造りの大きく立派な建物だった。




