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村に到着

前回のあらすじ。

死体から装備を剥ぎ取った。



 雷雲がある範囲を抜けると、景観がガラッと変わって日の光が降り注ぐ陽気な森が広がっていた。

 この森には魔樹は生えていないようで、弱い植物型の魔物や動物型の魔物の数が多く見られるようになった。

 日が差し込むと十分な栄養を自分で作り出すことができるので、植物型の魔物も強くなる必要がないのだろう。


「人の姿は見当たらないか」


 ベルムートは灰色の鳥の眷属に辺りを捜索させながら村に向かっているが、誰も見当たらない。


「もうそろそろ日が暮れるな……今日はこのあたりでやめておくか」


 日が暮れる前に今日の捜索を打ち切ったベルムートは、森の開けたところに降り立ち、野宿するための準備を始めた。


 村まではあと少しで辿り着くが、夜に村を訪れても人間は起きていないことをベルムートはエルクから奪った記憶から把握していたので、日が昇るまでは村に近づかないことにしたのだ。


「ふーむ、すぐには寝れんな……。腹が減っているわけではないが、これからも野宿することがあるかもしれん……何か作るか」


 ベルムートは久し振りに自分で料理してみることにした。


 まずベルムートは、土魔法でかまどを作り、そこらへんの枯れ木を放り込んで、魔法で火をつけて火を焚いた。

 続いて『空間倉庫アイテムボックス』からテーブルと椅子と肉の塊と野菜と調味料と調理器具と食器類を取りだした。

 テーブルの上にまな板を置き、そのまな板の上に肉の塊を乗せて包丁で厚切りにした。

 フライパンをかまどで熱して、さっき切った肉を焼いていった。

 塩コショウで味をつけて、皿に乗せればステーキの完成だ。

 さらに野菜でサラダも作った。


「取り敢えず作ってはみたが、味はどうだろうか?」


 ベルムートは椅子に座ってナイフとフォークでステーキとサラダをいただいた。


「シンプルだが、味はまあ普通にうまいな。久しぶりの料理だったが、うまくいってよかった」


 食事を終えたベルムートは、使った調理器具や食器類を水魔法でまとめて洗浄してから、残った食材や調味料、テーブル、椅子と一緒に『空間倉庫アイテムボックス』に仕舞った。

 火は竈ごと魔法で消した。


「だいぶ暗くなったな」


 ベルムートがふと気づくと、日が落ちて、空に星が瞬く時間になっていた。


「腹もふくれたことだし、寝るとしよう」


 灰色の鳥の眷属に見張りを任せて、ベルムートは『空間倉庫アイテムボックス』から取りだした毛布を適当に地面に敷いて横になり、眠りについた。




 特に何事もなく朝になり、毛布を片づけたベルムートは再び村に向かって飛び立った。


 しばらくすると村が見えた。


「人間は普通飛ばないようだから、村の手前で降りて、歩いて村に向かった方がいいだろうな」


 ベルムートはエルクの記憶から得た情報からそう結論づけた。


「しかし、どうして人間は飛ばないんだ? 私は翼と魔法を併用して飛んでいるが、人間でも魔法を使えば飛べるはずだが……」


 確かに人間でも魔法を使って空を飛ぶことはできるが、ベルムートのように長時間飛ぶことはできない。

 最悪魔力切れを起こしたところで魔物との戦闘になり命の危険にさらされることを考えると、おいそれとは使えないのだ。


「飛んだ方が歩くよりも速いし疲れない。とても便利なのになぜ飛ばないのだろうか? 不思議だ」


 しかし、そんなことを知るよしもないベルムートは首を傾げた。

 人間と悪魔の魔力総量には差があるのだ。


 村の近くまで来たベルムートは、森に降りてから、歩いて村に向かった。


「やはり不便だな。あと少しの距離なのに、村に着くまで少し時間がかかる」


 森は道が整備されていないで歩きにくい。

 道がでこぼこしていたり、木や草が障害物になっているのだ。


 飛べばすぐに着く距離なのに、歩けばそこそこ時間がかかる。

 ベルムートはますます人間が飛ばないのが不思議でならないようだった。


「先に眷属を偵察に送っておくか」


 ベルムートが灰色の鳥の眷属を村に送ってからしばらく森を歩いていると、偵察に送った眷属が戻ってきた。


「やはり、飛べると速いな」


 眷属からの報告によると、どうやら村の中は暗澹たる雰囲気だったそうだ。

 

「何かあったのか……?」


 ベルムートが森を抜け村に入ると、村人たちが集まり深刻そうな表情で話し合っていた。


 簡単な柵と掘りで囲ってある村には木造の家が十軒ちょっと建っており、あとは麦や野菜の畑があるだけだ。

 寒村とまではいかないが、規模が小さい村のようだ。


 ベルムートに気付いた何人かの村人が駆け足で向かってきた。


「こんにちは。先日の冒険者さんですよね?」


「ちが……いや」


 違う、と言いかけたベルムートだったが、エルクのことだと思い当たって訂正するのをやめた。

 ベルムートがエルクの装備を身につけていたので、勘違いしたのかもしれない。

 全くの別人なのになぜ間違えるのかとベルムートは思ったが、碌に話もしていない冒険者の顔など正確には覚えていないのだろうと結論づけた。


「ああ、そうだ」


 ベルムートは村人に話を合わせて情報を引き出すことにした。


「その……実はお願いがありまして……」


「なんだ?」


「薬を分けてもらえないかと……」


「薬?」


 訝しむベルムートにその村人は「事情を説明するからついてきてほしい」と言い、村人が集まっているところまでベルムートを案内した。


「村長。冒険者の方を連れてきました」


「おお、あなたは先日の」


 正直偽物だとバレるかとベルムートは思ったが、やはり雰囲気だけで顔をはっきりとは覚えていなかったようだ。

 いや、雰囲気もだいぶ違うはずだが、村人たちは細かいことは気にしないでとにかく誰かにすがりたいだけなのかもしれない。


 村長と呼ばれた老人は顎に手を当てながら思案気な表情で話し出した。


「実は今朝、森に入った村の者がひとり魔物に襲われて大ケガを負ってしまったのですが……何分なにぶんこんな辺境の村では滅多に薬も手に入らないので、碌な治療もできないのです……。ですからどうか、彼の治療のために薬を分けてほしいのです……」


「なるほど……回復魔法を使える者はいないのか?」


「以前はいたのですが……今はおりません……」


「ふーむ……」


 ここにいる人間たちは回復魔法が使えないので薬に頼っているらしい。


「それで、その魔物は退治したのか?」


「い、いいえ……我々の手には負えない魔物でして……一応一番近い町……といってもかなり遠いのですが、その町の騎士団に助力をお願いしに人を向かわせております。ですが……」


 村長だけでなく、その場にいる村人が皆暗い表情で下を向く。


「騎士団の助力は得られそうにないと?」


「はい……というのもこの村からその町まで馬で10日程かかるのです」


「なるほど……」


 村長の話からすると、しばらくは魔物の脅威を取り除けないということのようだ。

 そして、その魔物のせいで森に入ることができず、薬の材料である薬草を採りに行けないのだろう。

 それに、畑はあるものの、このままだと狩猟ができず、食料や換金できるものが不足してしまう。

 辺境とはいえ一応国に属しているから税も納めないといけない。

 村人たちが不安に思うのも仕方ないだろう。

 

(まあ、私には何の関係もないが、目的のために恩を売っておくのも悪くはないか)


「そうか。ではまず、ケガ人のところまで案内してくれ」


「おお! ありがとうございます!」


 ベルムートの言葉を聞いた村長が、感激してお礼の言葉を言ってきた。


(まだ薬を渡すとは言っていないのだが……)


「どうぞ」


 村長に連れられてベルムートが村人の家に入ると、女性が出てきてケガ人のいる部屋に案内された。

 部屋の中には、包帯で手足を巻かれてベッドに寝かされている男がいた。


「うう……」


 男は痛みに顔をしかめてうめき声をあげている。


「あなた……!」


 案内してくれた女性が男に駆け寄り手を握った。


「このケガ人を治療すればいいのか?」


「え? い、いえ薬を分けてくださるだけでいいのですが……」


「そうは言っても、これは薬では治らないだろう」


 ベルムートが見たところ、男は手足を骨折していた。

 これは普通の薬では治らないだろう。

 むしろ、どうして普通の薬で治ると思ったのかベルムートには理解できなかった。

 ここまで重症なら、回復魔法を使うか、回復薬を飲ませるかしないと治らないだろう。


「ですが……」


 村長が項垂れる。


(……まあ仕方ない、手を貸すか)


「だが、この男は運がいい。ちょうど回復薬が余っていたところだ」


 まあ、余っていたというより、奪ったものがあるという方が正しいが。


 ベルムートは下げていた袋からエルクが持っていた回復薬を取りだし、寝ている男の前に屈んで飲ませた。

 すると、淡い光が男の体を包み込んだ。


「「おお!」」


 部屋にいた村人たちが驚きの声を上げた。


 痛みで顔をしかめていた男の顔が徐々に安らかな顔になり、しばらくすると静かに寝息を立て始めた。


「これでケガは大丈夫だろう」


「ありがとう……ございます……」


 ベルムートが立ち上がると、奥さんが涙ながらに感謝の言葉を述べて頭をさげた。

 そして、その奥さんは男のベッドの傍の椅子に腰かけ男の手を握り、男の安らかな寝顔を見て微笑みを浮かべた。


 それを見届けたベルムートと村長は、共に部屋を後にした。


「あなたにはなんといってお礼をすればいいのか……」


「たいしたことはしていない」


「いえいえそんな! ぜひお礼がしたいので、家に寄っていってください」


「そうだな……わかった」


 村長の申し出を受けたベルムートは、そのまま村長の家まで案内された。

 家に入って席に着くと、早速村長が口を開いた。


「貴重な回復薬を使ってケガを治していただき、本当にありがとうございます」


 村長はそう言って頭を下げた。


「気にするな。さっきも言ったが、余りものを使ったにすぎない」


「ですが、何かお礼をしなければ私たちの気が済みません」


 ベルムートが当然のことをしたという態度をとると、村長は真剣な面持ちでそう言った。


(よし、これで恩を売れたな。これならば勇者のことを聞いても素直に教えてくれるだろう。だがその前に少し気になることがある。先にそれについて聞いてみるか)


「そうか。まあ、お礼の話は後にして、まずはあの男がケガをするまでの事情を説明してもらいたい」


「わかりました。実は――」


 村長の話によると、昨日遠くで爆発音がした後、森が騒がしくなったそうだ。

 村長は、騎士団が来るまでは森に入らないようにと村人たちに注意したが、男は先走って森の調査に行ってしまった。

 そこで魔物に襲われ、探しに来た村人たちが弓矢で魔物を追い払い救出したということだった。


「な、なるほど」


(森の中で爆発音……? 何か物凄く心当たりがあるような気が……)


「森で何があったのかわかりませんが、私たちにはどうすることもできません。これ以上の被害は出ないといいのですが……」


 そう言って悲痛な表情を浮かべる村長。


(……何だか私が責められているように感じるな。いや……私のただの被害妄想だろう。そうに違いない)


 ベルムートは狼狽えた。


「そ、そうだな。それで騎士団はいつ頃この村に到着するんだ?」


「わかりませんが……早ければ20日、運が悪ければ1ヶ月経っても来ないでしょう」


 かなりの時間がかかるようだ。

 ここから騎士団のある町までは、相当な距離があるようだ。


「冒険者には頼まないのか?」


「この村に冒険者に依頼できるようなお金はありませんので……」


 ベルムートが詳しく話を聞くと、なんでもこの村は辺境にあるので安い依頼料だと冒険者は赤字になってしまうらしい。

 そのため依頼を受けてもらえるようにするには、必然的に高額の依頼料を支払わなければならないそうだ。


(私も冒険者ということになっているのだが……。報酬は期待しない方がいいだろう)


「そうか。では、お礼の件だが――」


 そうベルムートが話を切り出そうとしたそのとき、


「きゃああああああああああ!!」


 外から悲鳴が聞こえてきた。


「なにごとだ!?」


 村長が血相を変えて家を飛び出していった。

 ベルムートも村長の後に続いて家を出た。


「グオオオオオオオオオオオ!!」


 そこには逃げ惑う村人たちと、大きな猪型の魔物が家に激突して破壊している姿があった。


(……村人に勇者の話を聞くのは、もうしばらく先になりそうだな)


 ベルムートは嘆息して、猪型の魔物を見据えた。



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