幕間 休暇中の女騎士たち
前回のあらすじ。
ベルムート は 手加減 を 使用した!
ブラコン は ひんし の 状態だ!
盗賊討伐を終えて久しぶりに王都に戻ってきたサラ、シンディ、メリッサの3人は休暇をもらって、いつもの騎士服ではなく私服で連れだって歩いていた。
3人とも鎧は着ていないが、武器は腰に下げている。
「少し離れていただけなのに、懐かしく感じるわね」
「だなー」
メリッサの言葉にサラが頷いた。
「にしても全然変わらないっすね」
「サルドではいろいろとあったけれど、王都は何事もなく平和だったみたいね」
シンディが街並みを眺めながら口を開くと、メリッサが続いた。
「で、うちらは今どこに向かってるんすか?」
「おいしいお菓子を出すお店を紹介してもらったから、そこに行くところ」
シンディの質問に、メリッサが答えた。
「3人だけで?」
「他の皆にも声をかけたんだけど、断られたのよ」
「なんで?」
「ノーレンとソニアは仕事をするって」
「え? なんであいつらせっかく休暇もらえたのに仕事してるんだ?」
「後に回すと、どんどん溜まっていっちゃうからって……」
サラの疑問にメリッサが返答していく。
「うちらが休んでる間も他の仕事自体は動いてるっすからね」
シンディがやれやれとため息を吐いた。
「そうは言っても、いくらなんでも働きすぎじゃないか?」
「そうだけど、2人とも私たちと交代で休むことになるだろうから、大丈夫でしょう」
「ならいいんだけど」
「聞かないようだったら強制的に休んでもらうわ」
「そうだな」
メリッサが話を纏めると、心配そうだったサラが頷いた。
「それで、他のやつらは?」
「グレンダは新しい大剣の買い物だって」
「ああ、そういえば武器溶かされたんだったな」
メリッサからの話を聞いて、サラが思い出したようにそう言った。
「今まで使ってた大剣、結構気に入ってたみたいっすから探すの大変そうっすね」
「代わりみつかるのか?」
「エミリア様が掛け合って騎士団が大剣を買うお金を都合してくれたし、戦うにも武器がないとどうしようもないから、なんとか都合するでしょう。私も武器を新調しましたし」
シンディが言葉を漏らし、サラが首を傾げ、メリッサが答えた。
「リタは?」
「リタはロデリックさんのところに行くって、それにモニカもついて行ってる」
「またか。よくあんなジジイのところに行こうと思うよな」
メリッサが告げると、聞いたサラはげんなりとした。
「魔法の鍛錬の為っすからね。むしろ、受け入れてるロデリックさんの懐が深いっす」
「そうよね。それにリタが言うにはとても優しい方らしいわよ」
「本当かよ」
シンディとメリッサが肯定的な意見を言うも、サラは不審がっている。
「ミシェルは何してるんだ?」
「さあ? 用事があるとだけ言っていたけど」
「彼氏でもできたっすかね?」
「え? そうなのか?」
「たまにふらっといなくなる時もあるし、ありえるわね」
「マジか、知らなかったな」
メリッサとシンディの会話を聞いて、サラは驚いた。
「あ! あそこのお店よ」
メリッサが指し示す方をサラとシンディは見た。
「あれか」
「いい感じのお店じゃないっすか」
外観からおしゃれな造りの店で、客の年齢に隔たりはなく、特に女性客で賑わっている。
「いらっしゃいませ」
3人は店に入って席に着いて、注文を済ませた。
「エミリア様、どうしてるっすかね?」
「急に飛び出して行ったからな」
「お兄さんが例の盗賊に襲われたと聞いて焦ったんでしょう」
シンディが呟くと、サラとメリッサが口を開いた。
「私たちも追いかけた方がよかったかな? ちょうど休暇もらったところだったし」
「エミリア様のお兄さんは無事だったらしいから、行っても邪魔になるだけだったでしょう」
「それもそうか」
メリッサの返答を聞いてサラは納得した。
「ラドルフ軍団長は知ってたのかな?」
「エミリア様のお兄さんが襲われたのは盗賊討伐任務の直前だったみたいだし、気を遣って言わなかったんでしょう。もしかしたら単純に知らなかっただけかもしれないけど」
「ありえるな」
メリッサが返答すると、疑問を投げかけたサラが首を縦に振った。
「それにしても、エミリア様の慌てる姿なんて初めて見たな」
「家族を大事にしているみたいだからね。たまに手紙を書いていたし」
サラが口を開くと、メリッサが答えた。
「うちらに何かあった時も心配してもらえるっすかね?」
「そうね。でも、あまりそういう事態にはならないようにしたいわね」
「むしろ、エミリア様が困ったときに私たちが助けてやらないとな」
シンディの発言にメリッサとサラが意見を述べた。
「でも、エミリア様がピンチになるところが全然想像できないっすね」
「だな」
「そうね」
シンディの言葉にサラとメリッサが同意した。
「お待たせしました」
店員が注文したケーキと紅茶を持ってやってきた。
サラはチーズケーキ、メリッサは苺のショートケーキ、シンディはフルーツタルトが目の前に置かれる。
「ごゆっくりどうぞ」
店員がお辞儀をして去った後、3人は各自ケーキをフォークで切って口に運んだ。
「このチーズケーキめちゃくちゃ濃厚でうまいな」
「ショートケーキは、生クリームの甘さと苺の酸味のバランスがちょうどよくておいしいわ」
「フルーツタルトは、フルーツたちがお互い負けずに自己主張してるから、いろいろな味がして、いくらでも食べられそうっす」
さすがは農業大国のお菓子。
良質な素材を使った上品な甘さが口いっぱいに広がる
3人とも笑顔で感想を言い合う。
紅茶を飲んで一息いれてふと店内を見回すと、何組かのカップルが目に入った。
あーんとかしている。
「うらやましいの?」
「別に」
「うちがしてあげるっすよ。はい、あーん」
メリッサとサラの話を聞いたシンディが、ケーキを刺したフォークをサラに突き出す。
「やめてくれ」
「えー……」
手で制すサラを見て、シンディが肩を落とした。
「なら、私がもらおうかな」
「おっ、いいっすね。はい、あーん」
シンディが手を伸ばすと、フォークの先のケーキをメリッサがパクっと食べた。
「そっちのもおいしいわね。私のもどう?」
「お願いするっす」
今度は逆にメリッサがシンディにあーんする。
「恋人ができた時のいい予行練習になったっす」
シンディは満足そうだ。
「恋人欲しいのか?」
「そうっすね。サラは欲しくないっすか?」
「別に欲しくないな」
「えー」
シンディが信じられないといった顔でサラを見る。
「好きな人とかいないの?」
「いないな」
メリッサの質問にサラは即答した。
「どうして?」
「どうしてって……いい男がいないんだよ」
メリッサが聞いてくるが、サラは特に何も考えずに口を開いた。
「男ならまわりにいくらでもいるっすけど」
シンディが不思議そうにサラに聞いてきた。
「あいつら、私らを下に見てくるから嫌いなんだよな」
エミリア隊は女性が中心なので男性の騎士に下に見られることが多い。
中にはノーレンのように差別をしない者もいるが、そういう人は少数だ。
本当はエミリアが隊長にふさわしい能力を持っているのにノーレンが隊長なのは、そういう女性に差別意識を持つ相手との緩衝役として選ばれたという理由がある。
隊が発足した後の入隊志願者を選ぶ時も、少しでも差別意識のある者はエミリアがつっぱねていたので、結果として女性ばかりの隊になってしまっていた。
「それじゃあ、何か理想とかあるっすか?」
「理想ねー……」
シンディの質問に、サラは考え込んだ。
「なら、王子様とかどうっすか?」
「「王子様?」」
シンディの問いかけに、サラとメリッサがそろって声を上げた。
「そうっす。第1王子エリック様と第2王子アレックス様、結婚するならどっちがいいっすか?」
シンディがサラとメリッサにどっち派か聞いてきた。
「結婚って……」
「失礼じゃない?」
いきなり飛躍しすぎな気がするとサラは感じ、メリッサはそういうことに王族を引き合いに出すのは避けるべきだと主張した。
「仮の話っすよ。それにこういう話は世の女性たちなら誰しもしてるっす」
シンディが悪戯っぽい笑みで2人に告げた。
「うーん……それなら、エリック様かな」
サラが答えた。
「どうしてっすか?」
シンディが質問した。
「前に城の警護をしたときに少し話したんだけどさ、終始笑顔で感じがよさそうだったんだよな」
「「へー」」
サラの返答にシンディとメリッサがそろって声を上げた。
「私はアレックス様かな」
メリッサが話した。
「どうしてっすか?」
シンディが聞いた。
「年下で守ってあげたくなる感じがしていいじゃない」
「年上で頼りがいのある方がいいと思うけど」
「エリック様は視線が鋭くて怖いわ」
「そんなことないと思うけど」
「その点、アレックス様はかわいいし」
「童顔でこどもっぽく見えるだけだろ」
「それに、アレックス様は頭が良くて、なんでもそつなくこなすらしいわ」
「エリック様は剣術を嗜んでいるみたいだったし、勉学も優秀だって聞くけど」
サラとメリッサは、お互い一歩も譲らず、話している内に次第に睨み合いだした。
「2人とも落ち着いてくださいっす!」
そこにシンディが割って入った。
「シンディはどっちなの?」
メリッサが聞いた。
「私はどっちもっす!」
「ずるいわよ!」
「そうだぞ!」
シンディの力強い発言を聞いて、メリッサとサラがシンディに詰め寄った。
「いやいや選べないっすよ!」
シンディが手をぶんぶんと振る。
「わがままね」
メリッサが呆れたように言った。
「まあ、どうせ叶わないっすけどね」
シンディが肩をすくめた。
「そうね。それにつりあい取れてないし」
「頭も能力もな」
メリッサにサラが追従した。
「2人ともひどいっす!」
シンディが口を尖らせた。
「あーあ、お姫様になりたいっす。そしたら楽して生活できるのに」
シンディが言った。
「いや、王族は国まとめなきゃいけないし大変でしょ」
「そうだったっす!」
「そこ考えてなかったのかよ」
メリッサが言うと、失念してたとシンディが返事をし、それを聞いたサラが呆れた。
「そういえば、近々サロメ様が帝国に嫁ぐそうよ」
メリッサが告げた。
サロメはエリックとアレックスの妹で、この国でたった1人の王女だ。
「帝国に嫁ぐ?」
「帝国と友好関係を結ぶためだって」
サラが疑問の声を上げると、メリッサが答えた。
「政略結婚ってやつか」
「そうね」
「そうそうこの国が危険にさらされるとは思えないけどな」
「危険がなくても、隣国同士で仲を深めるのは大事なことでしょう?」
サラの発言にメリッサが意見を述べた。
「でも、巷では帝国で妙な動きがあるって噂が流れてるっすよ?」
「そうなのか?」
「なんでも近々、何か大規模な魔法を使うそうっす」
「なんだよそれ?」
「危なくないの?」
「そこまではわかんないっす」
シンディがもたらした情報を聞いて、サラとメリッサが首を傾げた。
「そうか。まあ、別に何かあったとしても、私らじゃどうしようもないけどな」
「そうね。気にしてもしょうがないわね」
「そうっすね。なるようになるっすよ」
ケーキを食べ終えた3人は、一通りしゃべった後店を出た。
「いやーケーキうまかったな。今日はいい休みだったかもしれないな?」
「なんで疑問形?」
サラの発言につっこむメリッサ。
「ノーレンたちはひーこら言いながら仕事してるっすけどね」
「そういうこと言うなよな」
「ははは」
「ふふふ」
嫌そうな顔で言うサラを見て、シンディとメリッサは笑った。
◇ ◇ ◇
城の廊下を歩いていた第1王子エリックは部屋の前に止まり扉をノックした。
「入るぞ」
「どうぞ」
部屋に入ると第2王子アレックスと白いフードを被った怪しい人物がいた。
体も白い布で覆っており、体つきからかろうじて女だと判別できる。
(最近姿を見ないと思っていたが、また現れたようだな)
エリックは警戒しながら白いフードの女を見た。
「では、私はこれで」
退室していくフードの女。
すれ違いざまにエリックに一礼した。
フードを目深に被っており表情は見えない。
「あれは大丈夫なのか?」
「心配性だな兄さんは。それより用件は?」
エリックの問いかけをアレックスは、はぐらかした。
「……まあいい」
エリックはそう呟いて席に座った。
「俺がここに来たのは王都で噂になっている件についてだ」
「帝国が大規模な魔法を使うっていう噂だね」
「やはり知っていたか」
「そりゃあね」
エリックは呆れたように言い、アレックスは得意げな顔をした。
「帝城の奥でするらしいし、危険はないそうだよ」
「なんでそんなことをお前が知ってるんだ?」
「僕には優秀な部下がいるからね」
さらっと帝国内の事情に通じていることを暴露するアレックスに対して、エリックはこめかみを抑えた。
(相変わらずこいつの情報網は謎だな。まあ、それを頼ってここまで聞きに来たのだが)
エリックはアレックスを頼りにしていた。
「それよりも、最近現れた紫ゴブリンの方が問題なんだよね」
「そうなのか? 報告によると、基本的に単独で行動していてそう数も多くないし、魔法が使えれば対して脅威でもないんだろう?」
「今のところはね。でもこの先どうなるかわからないし、どこからやってきたのか、目的も何もわからない相手だからね」
「それはそうだが、調べようがないだろう」
「まあね。何にせよ、警戒しておいた方がいいね」
「お前がそう言うのならわかった。父上にも伝えておこう」
「ありがとう兄さん」
アレックスは笑顔でお礼を言った。
その後、いくつか話をしてエリックはアレックスの部屋を出た。
エリックが自室に向かって廊下を歩いていると、曲がり角の向こうから声がした。
王宮で働いている貴族同士の会話のようだ。
「今日の会議の議題はなかなか興味深かったな」
「なんでもアレックス様が、草案を考えたらしいですよ」
「そうなのか! さすがは、王国きっての天才と言われるだけのことはある」
「それに比べてエリック様は、いまいちぱっとしないですな」
「腕っぷしだけでは政治を回せませんからな。次期国王はアレックス様で決まりでしょう」
「ははは。違いない」
笑い声は次第に遠ざかっていく。
「好き勝手言いやがって……」
エリックが呟く。
確かにアレックスは家族のエリックから見ても優秀で、受けが良いし人付き合いも悪くない。
しかし、あの怪しい白いフードの女とつるんでいたり、何を考えているのかわからないところがある。
それにまだ経験が浅く、王の器であるのか疑問だ。
(父上がどう考えているかは知らないが、基本的な仕事は俺がこなしているし、何より王位を譲るつもりはない)
エリックは闘志を燃やした。
「すみません」
「誰だ?」
声をかけられエリックが振り返ると見かけない男がいた。
身なりの整った淡青の瞳と髪の中性的な男だ。
何の気配も足音もせず、声をかけられるまでその存在にエリックは気付かなかった。
「少しお時間よろしいですか?」
「今忙しいんだ。後にしてくれ」
そう言ってエリックが歩き出そうとすると、その男は音もなくエリックの目の前に立ち塞がった。
「そう警戒なさらずに、私はあなたとお話したいだけですから」
男はにこやかにそう告げた。
「……いいだろう」
話を聞くまでずっと付きまとわれそうだと思ったエリックは、その男を自室に招き入れた。




