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エミリア VS ベルムート

前回のあらすじ。

ブラコン が 勝負 を しかけてきた!

ベルムート は 逃げる を 選択した!

だが まわりこまれてしまった!

ベルムート は 逃げられない!



 翌日。

 エミリアとベルムートは庭で対峙していた。

 エミリアは昨日と違って騎士の服装に着替えており、手と足と胴に鎧を着用している。

 ベルムートは冒険者の服装だが、鎧と剣は『空間倉庫アイテムボックス』に仕舞っているため、傍目からは戦闘するようには見えない身軽な格好になっている。


 クレイグとマリーとサディアスは、庭の隅でお茶の用意までして本格的に観戦する気満々だ。

 事前に使用人たちが庭に机と椅子を運んだようで、今はクレイグたちにお茶をいれたり日傘をさしたりしている。

 そこにアンリも同席している。

 初めの頃は相手が貴族ということでガチガチに緊張していたアンリも、クレイグたちの人柄もあってここ数日滞在している間にすっかり打ち解けて会話に花を咲かせている。


(それにしても、クレイグたちの世話をするだけにしてはちょっと使用人の数が多い気がするのだが、屋敷の仕事をするように注意しないのだろうか……。というか使用人たち、自分たちの分の机と椅子も用意してるんだが……。そもそもクレイグたちは自分の仕事はいいのだろうか……)


 ベルムートがそんな益体もないことを考えていると、エミリアが話しかけてきた。


「ルールは、昨日と同じ。どちらかが降参するか、戦闘不能になったら終了。武器はお互い木剣で、魔法あり。戦闘範囲はこの屋敷の庭の中だけね」


 そう言ってエミリアが木剣を渡して来るが、ベルムートはそれを受け取らないで口を開いた。


「いや、私は武器は使わない。それとお前は木剣じゃなくて、普通の剣を使った方がいい」


 それを聞いてエミリアは首を傾げた。


「あなたが武器を使わないというのは魔法使いだからわかるけど、どうして私に普通の剣を使うように勧めるのかしら?」


「私は手加減が苦手なんでな。木剣程度では私の魔法に耐えられないだろう」


「……なるほどね。よっぽど自信がおありなのね。ケガをしてもしらないわよ?」


 ムッとしたエミリアはベルムートに忠告した。


(むしろお前がケガしないようにという配慮なんだが、伝わっていないみたいだな)


 ベルムートは嘆息した。


 ベルムートとの会話を終えたエミリアは、2本の木剣をゲイルに渡した。

 昨日と同じく審判はまたゲイルが担当している。


 ベルムートとエミリアはそれぞれ歩いて所定の位置に着いた。

 エミリアは細剣を抜いてこちらをまっすぐに見据えている。

 やる気十分といった様子だ。

 準備が整ったところでゲイルが声を上げた。


「試合開始!」



 ◇ ◇ ◇



「いくわよ!」


 ゲイルの合図と同時に、エミリアがベルムートに向かって一気に突っ込んできた。

 魔法使いは近距離戦に持ち込んで倒すのが常套手段。


(ん?)


 しかし、突っ立ったまま動かないベルムートを見て訝しむエミリア。


(普通、魔法使いは相手に近づかれないように距離を取ろうとするはず。何か考えがあるのかしら?)


 ベルムートの思惑がわからずエミリアは戸惑った。


(気にしても仕方ないわね。何にせよ打ち破るだけよ)


 エミリアは駆ける足に力を込めた。


 ベルムートのもとまであと少し。その時、


「『地手アースハンド』」


 ベルムートが魔法を詠唱した。


「!」


 そして、エミリアが一歩踏み出した瞬間、地面に違和感を感じたエミリアは咄嗟にその場から横に跳んで何かを回避した。


「何!?」


 エミリアが先ほどまで自分がいた場所を見ると、地面から複数の土の手が伸びてきていた。

 しかも、その土の手はまだエミリアを追ってきている。


「え!?」


 驚くのも一瞬で、間近に迫った土の手から逃れるためにエミリアは走り出した。

 エミリアの知っている魔法は、撃ったら撃ちっぱなしで、何か操作するとしても少し進路を変えるくらいだ。

 しかし、この魔法は違う。確実にエミリアを狙ってきており、急に進行方向を変えても必ず対応して追随してくる。

 こんなに自在に動く魔法をエミリアは見たことがなかった。

 ちらりとエミリアがベルムートの方を見やると、ベルムートは開始地点から一歩も動かずただ立っているだけで、先ほど魔法を唱えた以外は特に何かしている様子は見受けられない。


「一体何をしたの?」


 何かカラクリがあるのだろうと思いエミリアは尋ねたが、その予想は大きく裏切られることになった。


「ただ魔法を使っただけだが?」


(ただ魔法を使っただけ……!? それにしては自由度が高すぎる……!)


 その返答にエミリアは戦慄した。


(魔法って練度が高いとこれほど万能なものなのね……)


 エミリアは今まで見たこともない魔法の運用を知り感慨に耽った。


(いや、考えるのは後にしましょう。まずは、この土の手を突破しないと……)


 土の手を躱しつつ、土の手の動きを観察しながらエミリアは突破口を考えた。


「そこ!」


 エミリアは特殊能力ユニークスキル怜悧れいり倍旧ばいきゅう』の思考加速を使って土の手の包囲網を掻い潜り、ベルムートのもとまで辿り着いた。


「む」


 それを見て、ベルムートは後ろに下がろうとした。


「行かせないわ!」


 だが、エミリアはさらに間を詰めてそれを許さない。


「フ――ァ――ン――ト――ム」


 エミリアが思考を加速し、引き延ばされた時間の中で、ベルムートが何かを呟いた。


(今さら何をしようともう遅い!)


 エミリアが刺突を繰り出し、細剣がベルムートの腕に突き刺さった。


「よし、このまま追撃を――」


 と、ここでエミリアは気づいた。

 先ほど刺したはずの細剣にまったく手応えがないことに。


(どういうこと? 確かに細剣で貫いたはず……)


 疑問を抱いたエミリアが思考を巡らせている間に、細剣を腕に刺されたベルムートの姿がぶれて消え去り、その後ろから無傷のベルムートが姿を現した。

 そのベルムートの手の平がエミリアに向けられている。


「『風球ウインドボール』」


「!?」


 目の前の異常事態にさらに混乱したエミリアだったが、咄嗟に腕を交差させて防御した。

 だがゼロ距離で放たれたその見えない攻撃の勢いを堪えきれず、弾かれるようにエミリアは吹っ飛ばされた。


「ぐあっ!」


 転がりながらも受け身を取りつつ地面に倒れたエミリアは、すぐさま立ち上がろうと手足に力を入れる。

 だが、エミリアに体勢を立て直す暇を与えず地面から土の手が伸びてきた。


(まずい!)


 焦ったエミリアは思考加速の中で必死に対策を考えた。


「まだ! 『氷球アイスボール』!」


 地面に向かってエミリアは魔法を放った。

 今まさにエミリアに掴みかからんとした土の手に氷の球がぶつかり複数の土の手を破壊した。

 しかし、その衝撃で砕けた氷が飛び散り、鎧で覆っていない部分のエミリアの服がところどころ破け、エミリアの頬に一筋傷が付いた。


(大丈夫、たいしたケガじゃない)


 自分の状態を確認したエミリアは、急いで立ち上がった。


「うあっ!?」


 だが、エミリアが駆けだそうとしたところで、まだ無事だった土の手に足を掴まれた。


「くっ……邪魔よ!」


 それをエミリアは細剣で切り払った。


「あっとと」


 エミリアは土の手を切り払った勢いで転びそうになったのを細剣を持っていない方の手を前につき出し、片手で前転してやり過ごした。

 木剣であったならば土の手を切って抜け出すのは無理だったかもしれない。


「さすがに、自分で言うだけの実力はあるわね……」


 ようやくエミリアは試合前のベルムートの言葉の意味を理解してきた。

 そしてエミリアは、先ほどベルムートに肉迫したときの攻防を思い出していた。


「確かに細剣は刺さったはず……」


 だが実際は、ベルムートは無傷だった。

 正体不明の魔法。

 しかも、対策は思い浮かばない。

 それでも接近して仕掛けなければ魔法使いであるベルムートには勝てない。


「『地手アースハンド』」


「また!?」


 新たに出現した土の手の追跡を振り切りながら、ベルムートに手の平を向けてエミリアは魔法を唱える。


「ふっ! 『氷球アイスボール』!」


 ベルムートに向かって氷の球が放たれた。

 しかし、ベルムートは飛来した氷の球を当然のように避けた。

 だが、その間にエミリアはベルムートとの距離を縮めた。


「行くわよ!」


「来い」


 今度はエミリアが駆け寄ってもベルムートはその場から動かず待ち構えた。


「『幻影ファントム』」


「はぁあっ!」


 ベルムートの魔法が唱えられ、エミリアの細剣が何の抵抗もなくベルムートの体を突き抜けた。


「くっ! またっ!」


 先ほどと同じように細剣で貫かれたベルムートの姿がぶれて消えると、手の平をエミリアに向けた無傷のベルムートが現れ魔法を唱えた。


「『風球ウインドボール』」


「っ!」


 しかし、エミリアは姿勢を低くし、ベルムートの手の平の射線上から逃れてその魔法を躱した。

 空気の塊がエミリアの頭上を通過し、金髪が靡く。

 この隙にベルムートに攻撃をしようとエミリアは細剣を構えた。

 だがエミリアの瞳には、ベルムートのもう片方の手が自分に向けられている光景が映った。


(2撃目がくる!)


「『風球ウインドボール』」


「『氷球アイスボール』!」


 ベルムートが魔法を唱え、ベルムートの意図に気づいて咄嗟に反応したエミリアも魔法を放った。

 同時に放たれた2つの魔法が激突した。

 空気が霧散し風となり、氷が砕かれ粒となった。

 風に舞う氷の粒が光に照らされてキラキラと輝く。


(ここだ!)


 なんとかベルムートの魔法と相殺に持ち込めたエミリアは、細剣を持つ腕に力を込めて弾かれたように伸ばした。

 煌めく光の中を細剣が鋭く突き抜けた。


(届いた!)


 とエミリアが思ったのもつかの間。

 勢いよく迫った細剣の腹を、ベルムートの人差し指と親指に抓まれて止められた。


「ぐっ抜けない!?」


 エミリアは体全体を使って細剣を引き戻そうとするが、万力のような力でベルムートに抓まれておりビクともしない。


(どうする? 手離す? でも、細剣がないと勝ちの目がなくなってしまう……)


 エミリアは攻撃手段を失うのを危惧して細剣を手離すかどうかで一瞬迷ってしまった。

 そして、その迷いは致命的な隙を生んだ。


「『静電気スタティックエレクトリシティ』」


 ベルムートが魔法を唱えると、ベルムートの指先から細剣を通して流し込まれた電気がエミリアの体を駆け巡った。


「ぐああああ!」


 痛みに悶絶したエミリアが細剣を手離した。


 そこへ、地面から土の手が伸びてくる。


「くっ、体が……」


 エミリアはその場を離れようとするが、痺れて体が動かない。


「ぐう……」


 土の手がエミリアの体を拘束した。


 ベルムートはエミリアの細剣を拾い、細剣の刃をエミリアに突き付けた。


「どうする?」


「……降参よ」


 エミリアはもう打つ手がないと観念して降参した。


「そこまで! 勝者ベルムート殿!」


「「「「「うおおおおおおおおおお!」」」」」


 ゲイルの宣言を聞いて、周りから歓声が上がった。



 ◇ ◇ ◇



 ベルムートは魔法を解いて、エミリアを土の手から解放した。

 クレイグたちが近くに寄ってくる。


「まさかエミリアが手も足も出ないとはな」


「さすがですわね」


「王宮にいる魔法使いにも引けを取らない実力。感服しました」


 クレイグとマリーとゲイルが口々にベルムートを褒めたたえる。


「見事だった」


 そして最後にクレイグがベルムートとエミリアに一言そう告げると、クレイグとマリーは満足したようで屋敷に戻って行った。


 使用人たちは机と椅子を撤収して、楽しそうにおしゃべりしながら仕事場に戻っていった。


「『回復ヒール』」


 それから、ベルムートがエミリアに回復魔法をかけて傷を癒していると、アンリとサディアスも話しかけてきた。


「すごいですエミリアさん! 師匠相手にあそこまで戦えるなんて! わたしなんていつも瞬殺ですよ!」


「だそうだ。今回は相手が悪かったな」


「……」


 アンリが褒めて、サディアスが慰めるが、エミリアは何も答えない。

 そのまま落ち込んだ様子でエミリアは屋敷に戻って行った。


 その背中を見て追いかけようとしたアンリをサディアスが止めた。


「今はそっとしておいてやろう」


 アンリは心配そうな表情でエミリアを見つめていたが、おとなしくサディアスの言葉に従った。




 その日の夕食はまたゲイルが同席して、試合の話になった。

 エミリアも席に着いている。


「あの実体のない分身のようなものはいったい何だったんですか?」


 ゲイルがベルムートに質問してきた。


「あれは『幻影ファントム』という光魔法で作り出した幻だ」


「なるほど。そのような魔法があるのですね」


 ゲイルが感心したように頷いた。


「では、地面から伸びた土の手は?」


「それは『地手アースハンド』という土属性の捕縛魔法だな」


「あの見えない攻撃は?」


「『風球ウインドボール』という風魔法による空気球だ」


「『風刃ウインドカッター』なら聞いたことがあるのですが、そのような魔法もあるのですね。それと、最後の方に使っていたのは雷魔法ですよね?」


「そうだ」


 矢継ぎ早に聞いてくるゲイルの質問にベルムートはすべて答えた。


「はぁ……ベルムート殿はいったいいくつの属性に適性があるのですか?」


 それまで嬉々として話しかけてきていたゲイルだったが、ベルムートが複数の属性の魔法を使いこなしていることに気付き、呆れたような表情で聞いてきた。


「あーそれは全――もがっ!?」


「秘密だ」


 隣の席のアンリが何か言おうとしたが、咄嗟にベルムートは手でアンリの口を塞いで事なきを得た。


「ちょっと! 何するの師匠!」


「すまんな」


 ベルムートが手を離すと、アンリがぷんすか怒ったので、とりあえずベルムートは謝っておいた。


「あはは。仲がよろしいですな」


 クレイグが笑いながらそう言った。


「エミリアは、ベルムート殿と戦ってみてどうだったんだ?」


 そうクレイグが聞くと、ずっと黙って食事をしていたエミリアが口を開いた。


「手加減されていたのはわかっていましたが、あそこまで実力差があるとは思いませんでした。悔しいです」


 そういってエミリアはポロリポロリと涙を流した。


「あー! 師匠が泣かしたー!」


「……なぜ私のせいになるんだ?」


 そう抗議したが、皆の視線がベルムートに突き刺さる。


(私にどうしろと……)


 ベルムートは狼狽えた。


「……わ……にも」


「ん?」


 エミリアが呟く声が聞こえて、ベルムートは聞き返した。


「……私にも……あなたのような……いえ、アンリのような魔法が使えるようになるのかしら?」


 エミリアはか細い声でベルムートに聞いてきた。


「ああ。もちろんだ」


 恐ろしく弱かったアンリでも使えるようになったのだから、優秀なエミリアなら当然使えるようになるだろうとベルムートは頷いた。


「……じゃあ、私にも魔法を教えてくれるかしら?」


 エミリアが不安半分、期待半分の眼差しでベルムートを見つめてくる。


「ふーむ……」


(正直アンリだけでも手一杯なのだが、断れる雰囲気でもなさそうだな……。まあ、この家に滞在している間だけなら教えても構わないか)


 ベルムートは少し悩んでそう決めた。


「まあ、いいだろう」


 ベルムートがそう言うと、エミリアはそれまでの表情が一変して満面の笑みを浮かべた。


「よかったですね、エミリアさん!」


「ええ!」


 アンリが声をかけると、エミリアは元気に返事をした。

 場にあたたかい空気が流れる。


(まあ、アンリも競う相手がいた方が上達も速くなるだろうし、ここは前向きに考えることにしよう)


 こうしてベルムートは、エミリアに魔法を教える約束をした。


(さて、必要な情報は粗方得る事ができたし、エミリアに魔法を教えて王都を出る前に()()()に気になる事を聞きに行かないとな。偶然にも、()()()の拠点はこの王都の近くだしな)


 ベルムートはさっそく行動に移すことにした。


「久しぶりに明日はアンリと一緒に少し外に行ってみようと思うので、稽古はしなくて大丈夫だ」


 ベルムートはゲイルに断りをいれておいた。


「そうですか。わかりました」


「気をつけてな」


 ゲイルが頷き、サディアスが笑みを浮かべた。


 その後も食卓は試合の話で盛り上がった。




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