アンリ VS エミリア
前回のあらすじ。
ブラコン が 勝負 を しかけてきた!
「ルールは、どちらかが降参するか、戦闘不能になったら終了。武器はお互い木剣。戦闘範囲はこの屋敷の庭の中だけね」
庭の中央でエミリアがアンリに模擬戦に関する説明をした。
他の貴族の庭であれば花などで飾りつけされているのだろうが、ここの庭は芝が敷いてあるだけで、障害物は何もない。
おそらく、訓練で使うことを想定されているため、わざとそうしているのだろう。
「ゲイル、あれを持ってきてちょうだい」
「はい」
エミリアの頼みを聞いて一旦ゲイルが屋敷に向かった。
それからあまり時間を空けず、ゲイルは何かを持ってすぐに戻ってきた。
「持ってまいりました」
ゲイルの手には、エミリアが持っている細剣と同じようなつくりの木剣があった。
「ありがとう。それと、審判はゲイルにお願いするわ」
細木剣を受け取ったエミリアがゲイルに告げた。
「わかりました」
ゲイルは了承した。
ベルムートは少し離れたところにいるサディアスの隣で観戦することにした。
「ん? いつの間にか見物客が増えている気がするな」
ベルムートがあたりを見回すと、庭に屋敷の使用人たちが集まってきていた。
ゲイルが屋敷に向かったときに何か言ったのか、それともゲイルが細木剣を持っていたことで何かを感じ取ったからなのか、いずれにしろ使用人たちがこの場に続々とやってくる。
「仕事はいいのだろうか……まあ、この屋敷の部外者である私が気にしても仕方ないか」
ベルムートは考えるのをやめて、エミリアの持つ細木剣に注目した。
「あんな細い木剣で大丈夫なのか?」
「ああ。あの木剣は見た目によらず丈夫でよくしなるんだ。そうそう折れはしない」
「そうなのか」
ベルムートの疑問にサディアスが答えて、ベルムートは頷いた。
エミリアは、ゆっくりと歩いてアンリから少し距離を取り、細木剣を構えた。
アンリもエミリアと同じように木剣を構えた。
「やはり、前より少し様になっている気がするな」
アンリの構えを見たベルムートが呟いた。
ちなみに、アンリの木剣は、先ほどエミリアに穴を空けられたので、新しい木剣に交換済みだ。
「そういえば」
ふと思い出したようにエミリアが言葉を漏らした。
「あなた、魔法が使えるのよね?」
「はい……」
エミリアが尋ねると、アンリが首肯した。
ただ、アンリは自信なさげだ。
「使ってもいいわよ、魔法」
「え?」
エミリアから続けて言われた言葉にアンリは首を傾げた。
「「「「「え?」」」」」
見物している皆も困惑している。
「面白いことを言うやつだな」
ベルムートはひとり感心していた。
「私は、全力のあなたと戦ってみたいのよ。だから、魔法を使ってもらいたい。その代わり、私も魔法を使わせてもらうわ」
「うーん……」
エミリアの言葉にしばし悩むアンリだったが、やがて結論を出した。
「わかりました」
「よかったわ」
アンリのその返事にエミリアは笑みを浮かべた。
「魔法を使っていいなら、剣を木剣にした意味がないような気がするんだが……?」
ベルムートはふと疑問に思ったが、エミリアとアンリは特に気にしていないようだった。
「準備はいいですね?」
ゲイルがアンリとエミリアの顔を伺う。
「はい!」
「ええ」
2人は頷いた。
「では……試合開始!」
ゲイルの合図と共に、2人の戦いの幕が切って落とされた。
「『身体強化』!」
試合開始直後にアンリは魔法を発動させた。
その間に駆け出したエミリアは、すでにアンリを間合いに捉えている。
「はぁっ!」
エミリアの持つ細木剣による刺突がアンリに迫る。
アンリは躱そうとしたが、エミリアのギュンっと急に伸びてくるような不思議な感覚を伴う卓越した剣術によってタイミングをずらされた。
これを躱すのは、魔法で強化した身体能力をもってしても容易ではない。
「くぅっ!」
しかし、アンリも剣術を習って腕が上がっていたため、木剣で受け流してなんとか躱すことに成功する。
だが、まだ終わりではない。
2撃目の刺突がアンリの顔面に迫る。
「っ!」
体を傾けて、アンリはなんとか2撃目も躱した。
そして、無防備になったエミリアにアンリが木剣を叩き込もうとした。
「やああ!」
しかし、それは誘いであり、エミリアは剣を引き戻して、剣を持つ手とは反対の手で3撃目となる強烈なアッパーをアンリの顎に叩きこんだ。
「ふっ!」
ガツン!
「ぐあっ!」
アンリは頭を揺さぶる衝撃と共に視界が急転し、視界一面を空が埋めつくした。
エミリアが2撃目でアンリの顔目掛けて攻撃したのは、アンリの視界を塞ぐという狙いがあった。
2撃目もアンリに避けられると想定しての3段構えの戦法。
それを予想できていなかったアンリは、もろにエミリアの攻撃をくらった。
かち上がるアンリの顎。
体勢を立て直す暇を与えずにエミリアがアンリを蹴り飛ばした。
「はぁっ!」
ドカッ!
「ぐうっ!」
吹っ飛び芝生に仰向けに倒れるアンリ。
魔法によって身体能力が上がっているためダメージは軽減されてはいるが、それでもアンリはそれなりのダメージをもらってしまった。
「今のは……」
地面に倒れたアンリは今のエミリアの攻撃について考えを巡らせていた。
(わざと隙をさらしているように見せかけてこっちの攻撃を誘われた。そして、逆に自分が隙をさらしてしまった。そのせいで今、後手にまわってしまっている。何か手を打たないと……)
そうして考え事をしていたアンリは周囲の注意が疎かになっていた。
アンリの顔にスッと影が差す。
逆光で顔は見えない。
「!」
アンリは悟った。
エミリアの攻撃は、まだ終わっていない。
「うわぁ!?」
「はぁあっ!」
アンリは考えを中断し、慌てて横に転がって間一髪エミリアの攻撃を避けた。
ザクッ!
さっきまでアンリの体があった地面に細木剣が突き刺さる。
「危なかった……」
すぐさま立ち上がるアンリ。
「ふっ!」
エミリアは細木剣を地面から引き抜き、アンリを見やった。
エミリアは明らかにアンリよりも格上。
今まで戦ってきた魔物やオーク、盗賊とはわけが違う。
アンリは、エミリアから視線を外さないように注意しながら必死に考えを巡らせる。
「やはり、改めて間近で見ると凄まじいですな」
ゲイルがエミリアの戦いぶりに感心している。
「そうだな」
サディアスもどこか眩しそうにエミリアを見ている。
「さすがに、対人戦の経験値が違うか……」
ベルムートは冷静に2人の戦闘を分析していた。
この戦い、明らかにアンリの方が分が悪い。
ここから逆転するのはかなり厳しいだろう。
「正直、もう少しやるかと思ってたんだけど……期待外れね」
そう言って、エミリアは落胆した態度をみせた。
エミリアは最近、ひたすら弱い魔物ばかり相手にしていたことでストレスが溜まっていた。
任務で戦った盗賊なんて相手にもならない。
騎士団ではまともに模擬戦をしてくれる相手もおらず、ひとりで訓練する毎日。
そんな時、アンリと出会った。
兄を倒し、ゲイルとまともに戦えるというアンリとの戦いをエミリアは楽しみにしていた。
なのに、蓋を開けてみれば実力差は歴然。
正直がっかりだとエミリアはため息を吐いた。
(今だ!)
そんな心ここにあらずといった様子のエミリアの隙をついて、アンリはエミリアの背後に回った。
(とった!)
アンリが、エミリアの背中に向けて木剣を振り下ろした。
しかし、エミリアはチラっと目線を背後に向け、細木剣で背中越しにアンリの木剣を受け流した。
カツン!
「うそ!?」
アンリは驚愕した。
「はぁっ!」
ドカッ!
「ぐぁあ!」
そこへ、エミリアの後ろ回し蹴りがアンリの脇腹にめり込み、苦痛に顔を歪ませたアンリが吹っ飛んだ。
なぜ、エミリアにこんな芸当ができたのか?
それは、エミリアの特殊能力『怜悧倍旧』の『思考を加速する』という能力が影響している。
この能力を発動している間は、本来の時間を100倍に感じることができる。
そして、その引き伸ばされた時間の中で状況を把握し、戦術を練り、実行する。
つまり、正確に相手の攻撃を防いで急所を狙うことができるのはこの能力のおかげだということだ。
「まだよ!」
エミリアがアンリを追撃する。
「ううぅ……」
先ほどの攻撃のダメージでよろめくアンリだが、なんとか踏ん張っている。
「はぁああっ!」
エミリアの細木剣による刺突がアンリに迫る。
剣筋が先ほどよりも鋭い。
「くっ……あれ?」
アンリは辛うじてエミリアの攻撃を剣で受けるが、突然エミリアがアンリの視界から消えた。
「はぁあっ!」
ドコン!
「ぐはっ!」
エミリアのボディーブローがアンリに決まった。
エミリアが急にアンリの視界から消えたように見えたのは、先ほどと同じようにエミリアが細木剣を囮にして急激に低姿勢になったからだった。
「剣にばかり目がいってるわよ。相手をきちんと捉えないと」
「ううぅ~……」
エミリアにダメ出しをされて羞恥心を覚えたアンリだが、その気持ちと体の痛みを押し隠してアンリは攻撃を繰り出した。
「やああ! やああ! やあああああ!」
「ふっ! はっ! とっ!」
しかし、アンリが間断なく何度木剣を振るっても、すべてエミリアに最小限の動きで避けられる。
「当たらない!?」
「隙あり!」
「うあっ!」
そればかりか、疲労したところを逆にエミリアに攻撃される始末。
明らかにアンリは劣勢だった。
「これはもう決まりですね」
サディアスが、結果が決まったというような表情で言葉を漏らした。
「いや、まだ終わっていないさ」
しかし、ベルムートはそれを否定した。
それを聞いて怪訝そうな表情をベルムートに向けるサディアス。
ベルムートはアンリの姿をしっかりと見ていた。
攻撃しても当たらず、防御しても当てられる。
誰もがエミリアの勝利を疑っていないそんな状況の中。
しかし、アンリは諦めてなどいなかった。
アンリは戦いながらエミリアを観察して隙を探し、そして見つけた。
「『閃光』!」
魔法を唱えた瞬間、アンリの手の平から光が迸った。
ごく狭い範囲ではあるが、2人の視界を埋めつくすには十分。
「眩しっ!」
エミリアがいくら思考を加速しているとはいえ、至近距離からの強烈な光は防ぎようがない。
「ん……! 『暗視』!」
アンリも、魔法の発動と共に一瞬目を閉じ、さらに『暗視』の応用で目に入る光量を限りなく少なくした。
しかし、完全に光から目を守ったわけではなく、わずかに閃光による影響は受けている。
「くっ! 目が……!」
エミリアは目を焼かれて視界を奪われ、アンリを見失っていた。
(大丈夫! 見えてる!)
若干視力が落ちた程度で済んでいたアンリは、魔力眼も使ってしっかりとエミリアの姿を捉えていた。
「お返し!」
アンリの攻撃がエミリアに迫る。
「!」
どこから攻撃が来るかわからず咄嗟に細木剣を構えたエミリアは、偶然アンリの木剣を防いだ。
だが、エミリアはアンリの攻撃をまともに剣で受けてしまった。
「お、重……い……!」
避けるか受け流すかして、これまで一度もまともにアンリの木剣を受けていなかったエミリアは、その攻撃の重さに顔をしかめた。
『身体強化』によって増したアンリの力は拳で木を凹ませるほどになっている。
「やああああ!」
「ぐあぁっ!」
そして、アンリに力で押しきられたエミリアは、衝撃を殺せず勢いよく吹っ飛んだ。
「エミリア!」
「エミリア様!」
あまりの飛びっぷりに思わずサディアスとゲイルがエミリアに駆け寄っていく。
「ぐっ……大丈夫です兄様」
「そ、そうか」
「ゲイルはちゃんと審判していて」
「わ、わかりました」
慌ててサディアスとゲイルはエミリアから離れた。
「これならいける!」
そんな3人のやり取りはお構いなしに、手応えを感じたアンリはエミリアを追ってきた。
「やああ!」
その途中でアンリは木剣をエミリアにぶん投げた。
「なっ!? ふっ!」
予想外の行動に面食らったエミリアだが、視力が回復していたエミリアはそれを難なく躱した。
しかし、その飛んできた木剣にエミリアが気を取られた一瞬の内にアンリはエミリアとの間合いを一気に詰めていた。
「やあああああああああああ!!」
「っ!」
エミリアは反射的に細木剣で防ごうとするが、それよりも早くアンリの拳がエミリアの顔面を捉えた。
ガツン!
「がぁっ!」
きりもみ回転しながらまたしても盛大に吹っ飛び地面に落下するエミリア。
「よし!」
うまくいったことを喜んだアンリは、投げた木剣を拾って再びエミリアに向かっていった。
「やる……わね……」
地面に横たわるエミリアは、そんなアンリを冷静に観察していた。
「だけど――」
「やああああ!」
エミリアの側まできたアンリが、倒れたエミリアに目掛けて木剣を振った。
「『氷球』!」
その刹那、エミリアはカウンターの要領で氷の球を撃ち出した。
「ぐへっ!?」
アンリは避けきれずに氷の球がもろに鳩尾に直撃してしまい、アンリの体が空中に打ち上げられた。
「はぁあっ!」
跳び起きたエミリアが、空中で十分に身動きの取れないアンリの手を細木剣で打ち据えた。
「ぐあっ!」
その拍子にアンリは木剣を取り落とした。
「はぁっ!」
さらにエミリアは、細木剣をアンリの顔面に向けて突っ込むように腕を伸ばした。
「うわぁ!?」
咄嗟に白刃取りの要領で、両手で細木剣を掴んで止めたアンリ。
「くっ!」
アンリに掴まれた細木剣は、エミリアが押しても引いてもびくともしない。
「ならっ!」
どうにもならないと判断したエミリアは細木剣を手放してアンリに肉薄し、顔面を殴り飛ばした。
「はぁっ!」
ガツン!!!
「ぐはぁっ!」
一切手加減も容赦もない一撃がクリーンヒットし、アンリは芝生を転がり地面に突っ伏した。
倒れたアンリの側にゲイルが駆け寄る。
アンリは気絶していた。
「アンリを戦闘不能と判断。よって、エミリア様の勝利です!」
「「「「「うおおおおおおおおおお!」」」」」
ゲイルの宣言を聞いて、見学していた者たちから歓声が上がった。




