王都に到着
前回のあらすじ。
盗賊を撃退したら、イケメンについて行くことになった。
日が暮れ始めてきたところで馬車が止まり、サディアスの護衛たちが馬車から出てきた。
ベルムートたちも止まる。
今日はここで野営するようだ。
といってもテントを張ったりはしていない。
馬車で寝泊まりするから必要ないようだ。
することといえば、馬の餌やりと自分たちの食事の準備くらいだ。
護衛の乗っていた幌馬車には食料も積まれていたようで、護衛たちが中からせっせと食べ物の入った木箱を運んでいる。
「良ければ一緒に食事でもどうだ?」
サディアスがベルムートたちを誘ってきた。
彼は野営に関して特に何もしていない。
身分が高いため、部下に全部まかせている。
いい機会なので、王都の情報を得るためにベルムートはサディアスの誘いに乗ることにした。
「お言葉に甘えるとしよう」
ベルムートとアンリはサディアスたちと一緒に食事をとった。
ちなみに、すでに準備が整っていたため、ベルムートからの食材の提供や手伝いなどは一切していない。
ベルムートがサディアスと話をしてみると、ベルムートが思っていた通りやはり彼は貴族だった。
しかも、サディアスは王都に住んでいるらしい。
サディアスは、最近王都と都市サルドを結ぶ街道で盗賊が頻繁に出没するということで、その対策のために父親の仕事の手伝いで都市サルドの領主に相談に行っていたそうだ。
盗賊が現れるようになった原因は、都市サルドの周辺に魔物が大量に出現したことによる好景気のせいらしい。
噂を嗅ぎつけた盗賊によって金回りの良くなった商人や冒険者、さらには冒険者ギルド間で素材を運搬する馬車も襲われたそうだ。
そしてサディアスは、都市サルドの領主と無事に話もまとまり報告のために王都に帰還しているところを盗賊に襲われたらしい。
サディアスは、まさか自分が襲われるとは思っていなかったそうだが、もしものときのことを考えていつもより多く護衛を雇っていたので、そうそうやられないとふんでいたらしい。
しかし、実際はかなり追い詰められていて、ベルムートたちが駆けつけなければ最悪死んでいたかもしれないということだった。
「本当に助かった」
改めてベルムートたちはサディアスと護衛たちに感謝された。
「盗賊たちはあのまま放っておいて良かったのか?」
逃げ遅れた盗賊たちは木に縛りつけてそのまま放置してきた。
ベルムートはそのことについてサディアスに聞いてみた。
「捕縛したとしても連れて行く余裕もないし、そのへんに捨てておけばそのうち盗賊の仲間が助けに来るだろうから、その間私たちが逃げる時間稼ぎにもなるだろう」
殺すこともできたはずだが、今回は安全策を取ったということらしい。
「なるほどな。だが、それだと問題は解決しないんじゃないか?」
今は一旦退けたが、しばらくすれば盗賊たちはまた活動を再開するだろう。
しかし、ベルムートの質問を聞いたサディアスはニヤリと笑って口を開いた。
「実は、都市サルドの領主との相談というのは、盗賊に対処する討伐隊を出すことについての協力の要請だったんだ。向こうでも盗賊は問題視されていたみたいで、あっさり了承を得ることができたよ」
「そうか。なら時間の問題だな」
「そういうことだ。それに私も襲われたからね。このまま王都に帰って証言すれば、すぐにでも討伐隊を組んで派遣してもらえるだろう」
(すでに盗賊は詰んでいるというわけか。なら何も気にすることはないな)
他にもサディアスには妹に会いに行くという目的があったそうだが、あいにく仕事で遠出していて会えなかったらしい。
勇者については特に新しい情報は得られなかったが、図書館の利用についてはサディアスが何やら便宜を図ってくれるということになり、ベルムートは喜んだ。
食事は干し肉などの保存食にしてはおいしかったようだ。
貴族だから食料も良いものを使っているのだろう。
食事を終えた後、サディアスは豪華な馬車へと戻って行った。
夜になり、ベルムートとアンリが外で寝る準備を始めていると、護衛のゲイルがやってきた。
「幌馬車で休まないか? 護衛は交代で見張りをするし、幌馬車に空きがあるんだ」
「わかった」
断る理由もなかったので、その申し出を受けたベルムートとアンリは、護衛たちと共に幌馬車の中で眠らせてもらうことになった。
「し、師匠もうちょっとそっちにつめれないの?」
ベルムートの隣でアンリはもぞもぞと動く。
「これが限界だ」
幌馬車に空きがあると聞いていたベルムートたちだったが、思ったよりも狭く、ちょうどベルムートとアンリがくっついて寝れるくらいの広さだった。
なお、護衛の人たちは、ベルムートたちとの間に仕切りのように置いてある荷物の向こう側で寝ている。
「こ、こんなの……全然寝れないよ!」
アンリは顔を赤くして胸を押さえた。
「我慢しろ」
「そ、そんなこと言われても……」
(こうもアンリが騒がしいと、護衛の人たちに迷惑がかかってしまうな……)
そう思ったベルムートは一計を案じた。
「しかたないな。私が眠らせてやろう」
「え? どうやって?」
「こうやってだ。『睡魔』」
「! ……すぅ……」
ベルムートが魔法を唱えると、ガクンと力が抜けたアンリが今まで騒いでいたのが嘘のように静かに寝息をたて始めた。
そして次の日。
「師匠おはよう。……あれ? わたしいつ寝たっけ?」
アンリが目を覚ました。
「覚えてないか? 私が魔法で眠らせたんだ」
「え!? ひどいよ師匠!」
「ひどくないさ。騒いでいたアンリが悪い」
「むむむむ!」
アンリは、口を尖らせた。
それからベルムートたちは、サディアスたちが用意してくれた朝食を食べた後、サディアスたちと共にすぐに出発した。
昼頃に休憩をとってから、またしばらく進んで林を抜けると、壁が見えてきた。
都市サルドの城壁ほど立派ではないが、それなりの作りの壁だ。
ただ、端が見えないほど広い範囲を囲っているようだった。
壁にある門まで行くと、サディアスが馬車から顔を出して見張りの兵士と何やら話を始めた。
しばらくすると許可が下りたようで、ベルムートたちも一緒に通してもらえた。
中に入ると一面畑だった。
この広大な畑ごと壁で囲ってあるらしい。
視線を遮るものがないので、少し遠くには大きな町が見える。
「うわぁ広ーーい! 村とは全然違うね!」
アンリが馬から身を乗り出して畑を見渡している。
さっきまでの不機嫌さが嘘のようだ。
「どうして畑を壁で囲っているんだ?」
「魔物の侵入を防ぐためですよ」
ベルムートの疑問に対して、隣を並走する馬に乗ったゲイルが答えてくれた。
詳しく聞くと、このブライゾル王国は、魔物を排除して土地を開拓し、壁を作って魔物に畑を荒らされるのを防ぎ、それによって安定した農業によって発展した国だということだった。
今では壁は魔物だけでなく他国からの攻撃に備えている面もあるらしい。
見渡す限り畑が広がっているが、中央の道は整備されていて横幅も広い。
このまま直進していくと王都に着くそうだ。
さらに畑の中を進んでいく。
中央にだんだんと近づいて行くと、城壁が見えてきた。
畑を囲んでいる壁に比べると、作りがしっかりしていて、都市サルドの城壁よりも堅牢に見える。
城壁の周りには大きな河が流れており、そこから畑に水を引いているのが見えた。
河には大きな石造りの橋が架かっており、王都に入るための門に続いている。
橋を渡ると、王都に入る門の見張りの兵士が検問をしていた。
前と同じように馬車から顔を出したサディアスが見張りの兵士と話をして通行の許可を得た。
そして、ようやくベルムートたちは王都に入ることができた。
王都は、都市サルドと比べて人も多く、建物が密集していた。
「人がいっぱいだー!」
アンリは馬上からキョロキョロと周りを見回している。
馬車や馬は道の中央を行き交い、道の両端は歩行者用の道になっている。
はしゃぐアンリに配慮してか、サディアスの乗る馬車は通行の妨げにならない程度に、気持ちゆっくりと進んでいった。
やがて、ベルムートたちは豪華なつくりの目立つ建物が立ち並ぶ区域に入って行った。
そして、馬車は一軒の家の前で止まった。
馬車からサディアスが降りてくる。
ベルムートたちも馬から降りた。
「ここが我が家だ」
そういってサディアスは屋敷を指した。
屋敷は2階建てでとても大きく、デザインも凝っている。
貴族の家というだけあって立派な作りだ。
「すごい……」
アンリは圧倒されて、口が半開きになっている。
村での生活を基準に考えているアンリには、衝撃が大きかったようだ。
「では行こうか」
ベルムートたちを誘導するように、サディアスは門をくぐっていった。
ベルムートもアンリを引っ張りながらサディアスの後に続いた。
サディアスが馬車を降りたときには、この家の門兵がすでに門を開けていた。
馬車が見えた時にはもう動いていたのだろう。
実に優秀だとベルムートは思った。
屋敷から使用人が出てきた。
どうやら馬を預かってくれるらしい。
ベルムートは使用人に馬のシェリーを預けた。
玄関前に着くと、待機していたメイドが玄関を開けた。
「「「「「おかえりなさいませ。サディアス様」」」」」
屋敷の中から一斉に揃って声が発せられた。
メイドや執事が整列している。
「うわっ!」
アンリは突然かけられた声にビクゥッ!と肩を震わせていた。
(メイドや執事はおそらくこの屋敷で今まで仕事をしていたはずなのに、どうしてこの場に集まれているんた? これも門兵が知らせたからだろうか?)
ベルムートは軽く首を傾げていた。
「出迎えご苦労。仕事に戻っていいぞ」
サディアスが声をかけると、メイドと執事たちは一礼してからテキパキと動きだした。
その中でも動かずに、サディアスの側に控えていた初老の執事に、サディアスは話しかけた。
「父上はどこにいる?」
「書斎におります」
執事は打てば響くように即座に答えた。
「そうか。それと、外にいる護衛を務めてくれた皆に報酬と食事の用意を頼む。それからこの2人は客人だ。丁重にもてなせ」
「かしこまりました」
執事は渋い声で丁寧にお辞儀した。
「私は父上に話があるからしばらく相手をしてやれないが、ゆっくりしてくれ」
「わかった」
「客室は空いているか? 他に誰か客人がいたり、今後来る予定は?」
「はい、空いております。他にお客人は誰もおりません。どなたかいらっしゃる予定もありません」
「そうか」
執事に確認をとったサディアスは、ベルムートたちに向きなおった。
「なら、客室を自由に使って構わない。何かあれば使用人を呼ぶと良い」
「ああ」
(本当は冒険者ギルドに寄りたかったが、言い出せる雰囲気じゃないな)
ベルムートはこの状況を受け入れることにした。
「では、食事の席でまた会おう。案内は任せたぞ」
「かしこまりました」
サディアスは立ち去って行った。
「それではこちらへ」
残されたベルムートとアンリは、執事に連れられて客室に案内された。
「何かございましたらいつでもお呼びください」
そう言って執事は扉を閉めた。
部屋にはベッドが2つ置いてあり、クローゼットやドレッサーも置いてあった。
天井にはシャンデリアが吊るされており、大きな窓からは日の光が入ってきている。
「こ、こんなすごい部屋、本当に使っていいのかな?」
アンリは落ち着きなく部屋を歩き回っている。
「大丈夫だろう」
「ううぅ~……でも、こんな高そうなベッドで寝たら汚しちゃうよ」
「風呂に入ればいいだろう」
「え!? お風呂あるの!?」
今までは水浴びですませていたが、この客室には風呂が備え付けられているので、温かいお湯で体を洗い流すことができる。
さらに、石鹸まで置いてある。
「貴族って凄いんだね……」
アンリは貴族というものについて、ようやく理解が追い付いたらしい。
そうやってしばらく部屋の中を見ていたが、食事の時間まで特にやることもないので、ベルムートたちは執事の案内で屋敷を見て回った。




