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アンリ VS 盗賊

前回のあらすじ。

ご利用は計画的に。



 ベルムートたちが馬のシェリーに乗って、王都を目指して1日が経った。

 村から都市までの道と違って、ある程度道が平らに整備されており、横幅も馬車2台がすれ違えるほどに広い。

 都市を出てから草原を抜けて、林のような場所に入ったのだが、これまでに見かけた魔物は2体だけだ。

 都市サルド近郊に比べて驚くほど魔物の数が少ない。

 いや、都市サルド近くの魔物の数が異常だったというべきか。

 おかげでベルムートたちは肉の調達ができないでいた。

 ただ幸いにも都市サルド周辺で倒した小鳥型の魔物や兎型の魔物を『空間倉庫アイテムボックス』に仕舞っていたのでベルムートたちは食料には困っていない。

 ベルムートがあまり金にならないと判断して冒険者ギルドに卸さなかったことが功を奏した。


 ――ィン……。


「ん?」


 林を進んでいると木々の隙間からかすかに金属のぶつかる音がベルムートに聞こえた。


「どうしたの?」


 アンリがベルムートに聞いてきた。

 ベルムートは灰色の鳥の眷属を飛ばして周辺の状況を確認した。


「前の方で何やら争っているらしい」


「魔物?」


「いや、人間同士で争い合っているようだ」


「え、大変じゃない! 早く助けにいかないと!」


 アンリが叫んで手綱を引き、シェリーが駆けだした。

 アンリも乗馬に慣れて、シェリーともうまく意思疎通ができるようになっていた。


(これならアンリ用の馬を用意してもいいかもしれないな。いや、シェリーをアンリ用の馬にして私が新しい馬に乗り換える方が適切か)


 そんな益体もないことを考えていたベルムートは、逸れていた思考を戻して口を開いた。


「まだ碌に状況も分かっていないのに、いきなり駆け出すのはどうなんだ?」


「え? 師匠がいれば大丈夫でしょ?」


「なんだその謎の信頼は」


 確かにベルムートにとって特に脅威になるような者はいないようたが、争いに巻き込まれないように、しばらく待つか迂回するかを思案していたベルムートからすると、あまり喜ばしくはない。

 どうもアンリは人が危険な目にあっていると直情的な判断を下してしまうようだ。


 キィン! キィン!


「うらぁ!」


「邪魔だぁ!」


「させるか!」


「死守しろ!」


 ベルムートたちが前に進むにつれて、散発的に聞こえていた金属音が大きくなり、さらには人の怒声も聞こえてきた。

 道なりに行って、ベルムートは音のする方に視線を向けた。

 馬車が襲われていた。

 どうやら脇道に誘導されて、身動きが取れなくなったところで襲撃されたらしい。


 襲っている人間たちはバラバラの装備に汚い風体をしていた。

 おそらく盗賊だろう。


 馬車は2台あり、1台はボロくもなく装飾もない大き目の幌馬車、もう1台は豪華で身分の高いものが乗るような馬車だ。

 そして、その豪華な馬車を守るように護衛と思われる者たちが立ちはだかり、それを取り囲むように盗賊たちが円を描いていた。


 人数は盗賊が10人程で護衛が4人だ。

 力量は護衛たちの方が盗賊たちより上のようだが、盗賊の方が人数も多く、後ろに下がれる盗賊たちと違って、背に庇うものがある護衛たちは分が悪い。

 数の有利を活かして交代でヒットアンドアウェイを繰り返す盗賊たちに対し、護衛たちは防戦一方だ。


 地に倒れ伏す者の姿も見える。 

 すでにお互いに何人か犠牲が出ているようだ。


「アンリ、お前がなんとかしろ」


「うえぇ!?」


 アンリは素っ頓狂な声を出してベルムートを見つめてきた。

 アンリはこの状況をベルムートがなんとかすると思っていたようだ。


「なんだお前ら!?」


 ベルムートたちに気付いた盗賊が声を張り上げた。


「ほら行ってこい」


「あっ! ちょっと待って!」


 ベルムートはひょいっとアンリを馬から降ろした。


「師匠は戦わないの?」


「身を守る程度のことはするが、そこまで積極的には戦わない」


「えー!?」


(戦ってもいいが、一瞬でかたがつきそうだ。それだとアンリのためにならないだろうしな)


 ベルムートの目的はアンリを勇者にすることだ。

 そのためにはアンリに経験を積ませる必要がある。


「アンリはあいつらを助けたいんだろ?」


「そうだけど……」


「なら、アンリ自身の手で助けてやれ。それが勇者のつとめ、だろう?」


「……わかった」


 ベルムートに説得されたアンリはひとつ頷いて、腰に下げた剣を静かに抜いた。


「へっ! なんだい嬢ちゃん、俺らとやるってのか?」


 小娘がいっちょまえに剣を向けてきたと盗賊は嘲笑している。


「よく見ると上物だぜ!」


「とっつかまえて遊び倒してやるよ」


 盗賊たちは下卑た笑みを浮かべてアンリの方へにじり寄ってきた。


「お嬢ちゃん危ない!」


「行かせねぇよ!」


「くっ!」


 護衛の1人がアンリの元へと駆けだそうとしたが、目の前にいた盗賊に阻止されていた。


「襲われているのに他人の心配をするとは、護衛たちは割と余裕があるのか? いや、とてもそうは見えないな」


 さっきの護衛の行動は正義感による咄嗟の行動だろうとベルムートは判断した。


「……」


 アンリは、青白い顔で盗賊に対峙していた。

 手に持った剣の切っ先がプルプルと震えている。


「ふーむ……アンリの様子がおかしいな。相手が人間だからか?」


 アンリは魔物との戦いには慣れてきたようだが、実戦で人間相手に命のやり取りは初めてだった。

 そのため、アンリは極度の緊張状態に陥っていた。


「アンリ、魔法を発動しておけ」


「あっ!」


 ベルムートの注意を耳にしたアンリは、ハッ!として慌てて魔力を練った。

 もともと助けようと勇んでここまで来たのは自分自身の意志だったはずだとアンリは思いなおした。

 アンリはチラリとベルムートを振り返った。


 (わたしの背中を師匠が見ている……)


 アンリは血の気の引いた顔ではあるが、口をキュっと引き結び決意を固めた。


「『身体強化ストリングゼンボディ』!」


「なっ! 魔法だとっ!?」


 アンリが魔法を唱えたことに盗賊たちは動揺した。

 盗賊たちには魔法を使える者がいなかったのだ。

 その隙を逃さずアンリが一気に盗賊の1人に近づき下から上に剣を振り抜いた。


「やああああああああああ!」


 魔法の力で身体能力の上がったアンリの一撃を受けて盗賊の手首から先が上空に舞い上がった。

 護衛たちと盗賊たちの視線が、剣を持ったまま宙を舞う盗賊の手をぼーっと追いかけた。


「痛ええぇええぇぇぇええぇぇえええええ!!」


 盗賊が絶叫を上げながら血が迸る右腕を抑える。

 一瞬何が起こったのか理解できず、その場にいた人間たちは茫然と立ち尽くした。

 盗賊の悲鳴が聞こえているはずだが、どこか現実離れした光景に脳の処理が追いついていないようだ。

 だが、皆が動きを止めている間にもアンリは別の盗賊に切りかかっていた。


「やああ!」


「はっ!?」


 キィンッ!


 今度の盗賊はかろうじて反応してアンリの攻撃を防いだ。


「ぐおっ!?」


 しかし、予想以上のアンリの力に盗賊は腕を跳ね上げられた。

 盗賊の胴体が、がら空きになった。

 そこにアンリが1回転して蹴りを叩きこんだ。


「やああ!」


「かはっ!」


 盛大に空気を吐き出した盗賊が体をくの字に折り曲げて吹っ飛んでいく。


「ぐはっ!」


 そのまま木に激突した盗賊は白目を剥いて気絶した。


「な、なんなんだあの少女は!?」


「強い……」


「今だ! 盗賊どもを蹴散らせ!」


 それを見てようやく思考が現実に追いついた人々が動き出した。

 しかし、形勢はすでに傾いていた。


 ほとんどの盗賊たちは及び腰で攻勢が緩み、逆に護衛たちは勢いが増していた。


「くっ、引くぞ!」


 盗賊の頭目と思われる人物が叫んだ。

 それを聞いた盗賊たちは文句も言わずに素早く林の中に消えていった。

 引き際は弁えているらしい。


「ハァ……ハァ……」


 体力というよりも精神の消耗が堪えたのか、アンリは青白い顔のまま肩で息をしていた。


「あの盗賊たちは魔法を使わなかったな。……いや? そもそも魔法を使えなかったのか?」


 ベルムートのその考えは的を射ていた。

 今の盗賊たちは、能力がないので雇ってもらえず、かといって冒険者になっても稼げずに盗賊に身をやつした者たちだったのだ。

 中には犯罪を犯して逃亡した結果盗賊になった者もいた。

 

「しかし、はっきり言って、たいしたことない連中だったな」


 ベルムートは呟いた。

 今の盗賊たちは、アンリでも十分勝てる相手だったので、ベルムートはそう判断した。

 それだけアンリが強くなったともいえる。


 ベルムートは馬から降りてアンリの元に向かった。


「なかなかやるじゃないか」


「ハァ……ハァ……うん……」


 アンリは息を整えながら、か細く返事をした。


「だが、命を奪わずに無力化するのはどうかと思うがな」


「ハァ……ハァ……」


 アンリは無言で俯いた。

 今回は相手に魔法を使う者がおらず、隙をついて攻撃できたので楽に倒せたが、複数人に囲まれて同時に攻撃されたり、魔法を使われていればアンリは苦戦していたかもしれない。


「今後、人間相手の戦闘はもう少しアンリに経験を積ませてからの方がいいかもしれないな……」


 ベルムートは思考を巡らせた。


 そうしていると、護衛の1人が近づいてきた。


「私はゲイルと言います。この度はご助力感謝します」


 そう言ってゲイルは腰を折った。

 彼が護衛のリーダーのようだ。

 戦闘中にアンリの心配をしていた人物でもある。


 残りの護衛たちは、辺りを警戒しつつも倒れた仲間の中でまだ息がある者やケガをした者を手当てしたり、逃げ遅れた盗賊を木に縛りつけたり、死んだ仲間や盗賊の装備を剥いだりしている。


 すると、豪華な馬車から豪華な服を着た男が降りてきた。


「私からも礼を言わせてくれ」


 金髪で青い瞳の整った顔立ちをした20代くらいの青年がベルムートたちにお辞儀をしてきた。


「いえ、この娘が勝手にやったことで、私は何もしていませんが」


 ベルムートがそう言うと、ゲイルと青年がアンリを見やった。


「見事だった」


「ありがとうお嬢さん」


「い、いえ当然のことをしただけなので……」


 ゲイルと青年にお礼を言われてアンリはオロオロと返事をした。

 アンリの顔色はまだ悪いが、だいぶ持ち直してきている。


「では、私たちはこれで失礼します」


「お待ちください。そういうわけにはいきません」


 立ち去ろうとしたベルムートたちの機先を、青年が制した。


「今回の件、是非とも我が家に招待してお礼がしたい」


「はあ……」


「サディアス様、まだ危険を脱したとは言えません。急いでここを離れましょう」


「そうだな。貴殿らもついて来てくれ」


 ゲイルに促されてサディアスは馬車に戻った。

 なんとか馬車をUターンさせることができたようだ。


 どう断ろうかとベルムートが頭を悩ませている内に状況は進んでしまった。

 ベルムートたちはシェリーに乗って、仕方なくサディアスたちの馬車に続いて林を進んだ。



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