幕間 計画は進む
前回のあらすじ。
オークと大金を等価交換した。
「そろそろか」
薄暗い部屋。
窓から入る光がかろうじて部屋を照らしている。
男はワインの入ったグラスを片手に空を見た。
星々や欠けた月に雲がかかり、よりいっそう夜の暗闇を深めている。
まるで光が闇に浸食されているような光景だった。
それを人間どもがオークに潰される光景に重ねて、男は笑みを浮かべていた。
弱い魔物を都市の周囲に放って人間を集め、住処と武器を与えたオークにその人間を襲わせて数を増やす。
そうして、増やしたオークたちが都市になだれ込む。
シンプルな計画だ。
都市にいるのは弱い魔物を狙うような小物ばかりだし、たいしたことはない。
商人や村人など戦闘能力は無いに等しい。
そんなやつらがオークに敵うはずもなく、捕まって食料となり、順調にオークは数を増やしていった。
今ではオークの数も随分増えて、人間の都市一つ落とすのも容易いほどの勢力になった。
このままオークどもを人間の都市にぶつければ、弱者は淘汰され、強者をあぶり出すことができるだろう。
「クックックッ……」
男は自身の立案した完璧な計画が順調過ぎて、思わず笑ってしまった。
男は静かにグラスに口をつけた。
コンコン。
扉がノックされた。
「ベリルです。ご報告したいことが」
「入れ」
男は許可を出した。
扉を開けて入ってきたのは男の部下であるベリルだ。
淡青色の瞳と髪の中性的な男だ。
ベリルから男への報告は、いつもは伝令でやり取りをしている。
今回、ベリルがわざわざ男の元まで直接出向いてきたということは、よっぽどのことが起こったのだと男は感じていた。
「で、報告とは?」
男はワインのグラスをテーブルに起き、真剣な顔でベリルに尋ねた。
その雰囲気を察し、ベリルは緊張を滲ませて口を開いた。
「人間の都市付近に配置していたオークが全滅しました」
「なんだと?」
予想だにしない内容に思わず男の声が硬くなった。
そんな男の態度にベリルは冷や汗を流した。
「確かなのか?」
「はい。ラクネアからの情報ですので、間違いありません」
「ラクネアは無事だったのか」
「はい」
「そうか」
素直にラクネアの無事を喜ぶべきか、任務を遂行できなかった部下に悲観すべきか男は複雑な気持ちを抱いた。
「奴がいながら、なぜそのようなことになった?」
ラクネアは、オークに対する命令と見張りと保護の任務にあたっていた。
当然実力もあり、男の信頼する部下の1人だ。
そうそう奴をどうにかできる相手がいるとは男は思っていなかった。
「ラクネアの話では、『私でも勝てない相手だった』と」
男の眉がピクリと動いた。
「ラクネアが勝てない、か。かなりの手練れのようだな……どんな奴だ?」
「得体のしれない男で、一目見て勝てないと確信したそうです」
「つまり戦闘行為を行うまでもなく負けると判断してしまうほど実力差があったということか」
「はい」
「それほどか……」
ラクネアは魔王軍隊長クラスの力がある。
魔王軍隊長クラスは、個人で都市1つ滅ぼせるだけの力を持っている。
そのラクネアが勝てず、都市1つ滅ぼせるだけのオークの軍勢を壊滅させたということは、その得体の知れない男は魔王軍団長クラスの力があるとみるべきだろうと男は考えた。
魔王軍団長クラスであれば、個人で小国1つ落とせるだけの力がある。
まあ、多少大げさな評価であることは否めないが。
とはいえ、いくらなんでも魔王軍幹部クラスの力はないはずだと男は思った。
「その得体の知れない男は、いったいどのくらいの力があるんだ?」
「実際に戦っているところをラクネアは見ていないそうですが、その男は『光源』、『空間倉庫』、魔力付与の魔法を使っていたそうです」
「なんだとっ!?」
それを聞いた男は思わず声を荒げてしまった。
光魔法と闇魔法の使い手。
さらに近接戦闘もこなせるとみて間違いないだろう。
光魔法と闇魔法は扱いが難しく魔力の消耗も激しいが、破壊力と利便性が抜群に良い。
それに、魔力付与した武器は攻撃力がかなり高くなる。
それらを使いこなしているとすればラクネアに勝ち目がないのも当然といえた。
「だが、なぜそんな得体の知れない男がオークの住処に現れたんだ?」
都市の近くの魔物はどれも弱い。
その得体の知れない男ほどの実力があればもっと強い魔物を探した方が金になるはずだ。
オークに出会った人間はすべて始末していたから噂にもなっていないはずだ。
「まさか計画に気づかれたのか?」
「いえ、それはないかと。オークの存在を気取られただけでしょう」
「ああ、そういうことか」
ベリルの返答を聞いた男は少し落ち着きを取り戻した。
「他には誰かいたのか?」
「人の姿をした牛と人間の少女がいたそうです」
「ん? なんだそいつらは?」
「わかりませんが、先ほど言った得体の知れない男に付き従っていたそうです」
「その得体の知れない男の仲間か……付き従っているということは実力はその得体の知れない男よりも下なのだろうな」
「おそらく」
「他には?」
「いません。少なくともラクネアの知る限りではその3人だけだったそうです」
「たった3人だと?」
男は信じられない気持ちで声を上げた。
「まさか500を超えるオークとそれを束ねるオークキングがたった3人にやられたとは……いや、さすがにそれはないか」
男は頭を振った。
「その3人以外の他の仲間はオークと戦って命を落としたとみていいだろう。生き残ったのが3人だったということか。しかし、そうなると男だけでなくその2人も要注意だな……」
男は考えを巡らせた。
「その3人は今どうしてる?」
「ブライゾル王国の王都に向かったようです」
「王都か……また邪魔される可能性があるな」
男は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そいつらが王都から出ていくまでは、しばらく王都の計画を遅らせるべきか……。となると、他の場所は少し計画を早めた方がいいだろうな」
「そうですね」
「よし、王都以外は次の段階に進むように伝えておけ」
「はっ!」
王都の計画が遅れても問題はないと男は判断した。
「引き続きその3人の監視を怠るな」
「あのそれが……」
ベリルの歯切れが悪い。
「どうした?」
「その……3人につけた監視がことごとく無力化されています」
「なんだと?」
男は顔を顰めた。
「……いや、ラクネアでも勝てない相手だ。逆に考えて、それくらいできて当然とみるべきだろうな……」
男は静かに言葉を漏らした。
「監視は中止だ。人に紛れてたまに様子見する程度にとどめておけ」
「はっ!」
男の指示を受けたベリルはしっかりと返事をした。
「それと、騎士団がオークのいた洞窟の調査に向かっているそうですが、いかがいたしますか?」
「騎士団か……オークとぶつからせるつもりで手出ししてはいなかったが、これは利用できるかもしれないな……」
男はほくそ笑んだ。
「よし、調査にきた騎士団は洞窟に入ったら捕らえておけ」
「はっ!」
男は騎士団の連中を捕まえた後の計画を考えておくことにした。
「他にはあるか?」
「いえ、ありません」
「そうか。では行動に移せ」
「はっ! では失礼します」
一礼してベリルは部屋から出て行った。
今回は邪魔が入ったが、まだ次がある。
不安要素はあるが、たった3人ではどうすることもできないだろうと男はみている。
男が窓から外を見上げると星や月明かりもない完全な暗闇となっていた。
男が一気にグラスのワインを飲み干した。
訪れる静寂。
「クックックッ……いずれ、この世界は俺が支配する。待っていろ魔王」
自らが思い描く未来に思いを馳せながら男は夜を過ごした。




