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人間との遭遇戦

前回のあらすじ。

部下のアスティに軍の仕事を丸投げした。



 旅立ちの準備を終えたベルムートは魔王城の城壁の上に立ち、辺りを見渡した。


 空は分厚く黒い雲に覆われ、時折雷の閃光が迸っている。


 魔王や城で働く部下たちの安眠のために、城の周りには防音防雷結界が張られているので、ここまで雷と音は届いていないが、防音防雷結界の外に出れば相当な轟音が鼓膜を打つことは確実だろう。


 そして、ベルムートが城壁から見下ろすと、そこには禍々しい魔力を放つ植物が生い茂った、通称魔樹の森がある。


 城の防衛機構の一環として、ベルムートが適当に天候を雷雲に改変したのだが、その影響で森の生態系が崩壊し、あらかじめ生息していた植物型の魔物がえらく強くなってしまっていた。


 ベルムートは、生態系を大きく狂わせたことを反省して、元の環境に戻そうかと思っていたのだが、魔王が『禍々しくなって魔王の領地っぽさが増した!』と喜び、『なんで元に戻す必要があるんだ? このままでいいじゃないか! むしろこの方がいい!』という意見に押しきられた結果、このままの状態になっている。


「さて、行くか」


 周りの様子を見て問題ないことを確認したベルムートは、畳んでいた漆黒の翼を広げ、雷避けの魔法を自身に展開して城から飛び立った。


 ゴロゴロゴロゴロピシャァン!ゴロゴロピシャァン!ゴロピシャァン!ピシャァン!


 防音防雷結界を抜けた直後、かなりの大きさの雷の音が連続で聞こえてきた。

 事前に雷避けの魔法をかけていたおかげでベルムートには雷は直撃していないが、ベルムートのすぐ側を雷が何本も落ちていく。


「とりあえず勇者が魔樹の森にいないか探してみるか」


 そんな雷を意に介した様子もなく、ベルムートは空を飛びながら辺りを見回し、勇者がいないか探知魔法も使いながら探した。

 探知魔法は生き物の魔力に反応してその生き物の居場所が分かるという魔法なのだが、対象の選別が難しく精度が高くない。

 そのため、ベルムートは補助として灰色の鳥の眷属を数匹放った。

 魔力の大きいところに灰色の鳥の眷属を派遣すれば、相手が勇者かどうかを特定することができる。

 特定さえできれば、追跡することは容易だ。


 しかし、今のところ魔樹の森には魔物しかおらず、勇者はおろか人さえいない。


「やはり近くにはいないか……」


 探すことは止めなかったが、見つかる気配はまったくしなかった。


 しかし、それからしばらくして、魔王城が豆粒のように小さく見えるほど距離が遠くなり、雷雲の広がっている範囲をそろそろ通り過ぎようかというとき、ベルムートのもとに灰色の鳥の眷属から魔力の大きい人間の反応を捉えたと報告がきた。


「おお! 見つけたか!」


 ベルムートは灰色の鳥の眷属の案内に従い、喜び勇んでその人間の元へ行き、相手にバレないように空中にとどまって少し遠くから観察することにした。


「せい! くそっ! なんだこの木は!?」


 その人間は、魔樹と戦っているようだった。

 しかも一人で。

 魔樹は結構強い。

 普通の森との境目なので、中心部にいる魔樹と比べると多少は弱いかもしれないが、それでも魔王軍の一般兵なら5人パーティを組んでいたとしても全滅もありうる。

 それをたった一人で相手取っているのだから、あの人間はなかなか腕が立つのだろう。


 その人間は男で、白銀色のフルプレートの鎧を着ており、白銀色の両手剣を振るって魔樹に対抗していた。


「せい! やっ! はっ!」


 男は魔樹のしなる触手を切り払いながら魔樹に接近して、魔樹本体に攻撃を与えている。


「せいやああああああ!」


 何度目かの攻撃で男の剣が魔樹を深く切り裂くと、魔樹は萎れて動かなくなった。


「お、魔樹を倒したみたいだな」


 観戦していたベルムートは声を上げた。


「やはり、なかなかできる男のようだ。これは期待してもいいかもしれないな」


 ベルムートは男に話を聞きに行こうとした。


「おっと、その前に身だしなみを整えておかないといけないな。こういうのは、第一印象が肝心だからな」


 ベルムートは自分の体をチェックした。


「髪よし、顔よし、服よし、翼よし。これで大丈夫だろう」


 ベルムートは、男から少し離れたところに降り立ち、歩いて男に近づき声をかけた。


「そこの男。少し尋ねたいことがあるのだが」


「誰だ!?」


 男はすごい勢いでベルムートへと振り返り、警戒の滲んだ声を上げた。

 男の眼光は鋭いが、戦闘による疲れからか若干肩で息をしているような気がしないでもない。


「私はベルムートという。お前に尋ねたいことがあるのだが、少しいいか?」


「断る! この悪魔め!」


「え」


 なにやらすごい剣幕で、男が声を荒らげた。

 ベルムートの話には聞く耳持たないようだ。

 こんな態度を取られる理由がわからないベルムートは、少し戸惑いつつも話を続けようとした。


「いや、確かに私は悪魔だがお前に少し尋ねたいことが――」


「問答無用! くらえ! 雷閃剣!」


 ベルムートの言葉を最後まで聞かずに、男は剣に雷を纏わせベルムートに向かって突撃してきた。

 数瞬でベルムートの目の前に現れた男は、迷いなくベルムートに雷を纏った剣を振り下ろした。


「『防御殻プロテクトシェル』」


 ガキイィン!


 だが、その剣はベルムートの張った防御魔法によって遮られた。


「な!?」


 男は驚愕の表情をしていたがすぐに気を取り直し、さらなる攻撃を繰り出した。


「まだだ! 紅炎剣! 流星乱舞撃!」


 真紅の炎が剣から燃え上がり、そのまま目にもとまらぬ速さで流星のような迸る剣戟が繰り出された。


「『防御殻プロテクトシェル』」


 ガガガガガガガガガキイィン!


 しかし、ベルムートは落ち着いて魔法を唱えて、再び魔力の障壁を展開し、男の剣戟をすべて防ぎきった。


「なんだと!?」


 男は信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いた。

 しかし、男の表情はすぐに焦ったようなものへと変わった。


「いや、だから話を――」


「う、うるさい! こうなったらあれを使うしかない!」


 なおも交渉しようとベルムートは男に話しかけたが、一蹴されてしまった。

 そして、男は決意を込めた目でベルムートを睨み、ベルムートから距離を取った。

 そして男は、目を閉じて何やら集中しだした。

 すると、魔力が練られて男の体から光が溢れ出してきた。

 次第に男の体から放たれる光は輝きを増していく。


「俺が魔力を練っている間に攻撃しなかったのが運の尽きだ! これで決めさせてもらう!」


 男が白銀色の剣を天高く掲げた。

 男の体から放たれていた光が一気に剣に収束していく。


「滅魔光剣!」


 男が叫ぶと同時に、光り輝く魔力を宿した剣が、全力でベルムートに振り下ろされた。


「せいやあああああああああああああ!!」


「『防御殻プロテクトシェル』」


 ズガアアアアアアアアァァァァァン!!


 ベルムートの魔力の障壁と男の光の剣が激突し、轟音と共に辺りが一面真っ白の眩い光で満たされた。


「ハァ……ハァ……やったか……」


 手ごたえを感じ、肩で荒い呼吸を繰り返しながら男は笑みをこぼした。

 しかし、白い景色が晴れていくにつれて男は絶望の表情に変わって行く。


「ふーむ……この程度の防御魔法も破れないのか……」


 ベルムートは無傷だった。

 ベルムートの後ろにあった森は大部分が消滅していたが、ベルムートの張った魔力障壁にはヒビひとつ入っていない。


「これでは到底強者とは言えないな。期待していただけに落胆は隠せないな」


「バ、バカな!? 無傷だと!? まさかお前……魔王か!?」


「何を言ってるんだおまえは? 私が魔王なわけがないだろう。魔王っていうのはもっと理不尽で、わがままで、部下をこき使うやつのことをいうんだぞ」


「はぁ!? 何をわけのわからないことを言っている!?」


「まあ、そんなことはいいんだ。とにかく、私はお前に少し尋ねたいことが――」


「くっ! この勝負は引き分けにしておいてやる! 覚えていろ!」


 ベルムートが言い切る前に男は脱兎のごとく逃げ出した。


「やれやれ……話も聞いてもらえないとは……先が思いやられる……。人ひとりから話を聞くのに、こんなに苦労するとは思わなかったぞ……」


 ベルムートは肩を落とした。


「仕方がない。とりあえず気絶させておくか」


 ベルムートは少々投げやりな気持ちで、男に手を向けて照準を定めた。


「『雷撃サンダー』」


 ベルムートが魔法を唱えると、ベルムートの手から雷がバチバチと音を立てて迸り、ベルムートに背を向けて走っていた男に命中した。


 バリバリバリィ!


「ぐわあぁあぁああぁあぁぁあああ!!」


 雷に貫かれた男は、全身を痙攣させバチバチと体から放電させた後、ドサッとその場に崩れ落ちた。


「あ……やりすぎたか?」


 ベルムートがおそるおそる男に近づくと、肉の焼け焦げた匂いがした。

 ベルムートは男の体を指でつついてみたが、男はピクリとも動かない。


「手加減したんだが……思いのほか消耗していたのかもしれないな」


 ベルムートは『雷撃サンダー』の威力は抑えていたので、男が死んでしまった原因は別にあると考えたようだった。


「きっと魔樹との戦闘の後に、連戦で全力戦闘を行った男は心身ともに限界を迎えていたのだろう。そこに、とどめの一撃を与えてしまったようだ」


 そう結論付けたベルムートだったが、実際は9割方ベルムートの『雷撃サンダー』によるダメージが男の死因である。


「蘇生魔法を使ってもいいが……魔力を著しく消耗するからな……できれば使いたくはない……。というより、そもそも生き返らせたとして、話を聞いてもらえるだろうか? ……いや、たぶん無理だな。生き返らせるのはやめておくか」


 ベルムートは蘇生魔法が一応使えるが、得意というわけではない。

 以前、勇者が死んだときにベルムートは全力で蘇生魔法を使ったが、気絶するまで魔力を全力で消費しても、勇者の体内の毒を取り除いて身体を修復しただけで生き返らなかった。


 そのため、この男を生き返らせることが出来るかもわからないし、たとえこの男を生き返らせることが出来ても、まともな思考ができるかどうかは怪しいところだ。


「まあ、死んでしまったものは仕方がない。とりあえず、こいつから情報を引き出すか」


 そう言ってベルムートは、男の死体の頭に手を置いた。


「『記憶強奪メモリースナッチ』」


 『記憶強奪メモリースナッチ』は相手の記憶とその時の感情を読み取れる魔法だ。

 ただし、これを使われた相手は記憶を失い廃人になる。

 まあ、目の前の男はすでに死んでいるので関係ないが。


「終わったか」


 魔法を使い始めて30分ほどで作業は完了した。


「普通は半日から1日かかるんだが……やけに短いな。……いや、そうか……人間と悪魔では生きてる時間の長さが違うのだから、記憶の蓄積量が違うのは当たり前だったな」


 男の記憶を奪い終わったベルムートは『空間倉庫アイテムボックス』から毛布を取り出し、地面に横になった。


「少し寝るか」


 そしてベルムートは、奪った記憶の整理のために、戦闘によって土が剥き出しになった場所で、仮眠を取ることにした。



 ◇ ◇ ◇



「どうしてあんなことを頼んだんですか?」


 ベルムートが城から出て行ったのを確認したアスティが魔王に尋ねた。


「私が暇だからだ!」


「そうですか。でも、それだけではないですよね?」


「……なんのことだ?」


「とぼけないでください。それなりのつきあいです。あなたには何か別の狙いがあるんですよね?」


「ふん……。まあ、あるといえばある」


「それはなんですか?」


「あいつには失ったものを取り戻してもらう」


「失ったもの?」


「そうだ。あいつは多くのものを失った……。時間が解決すると思ったが、あいつは200年経っても未だに立ち止まったままだ」


「それは……。あなたも同じなのでは?」


「私はあいつとは違う。とうの昔に精算している」


 魔王はきっぱりと言い切った。


「あとはあいつ自身の問題だ」


「そういうことですか……。そのためにベルムート様を追い出したんですね?」


「ここにいても得るものはないようだからな」


 魔王は嘆息した。


「あいつのおかげで勇者が復活するのも時間の問題だ。もうあいつの手を煩わせるほどではない」


「お優しいことで」


「勘違いするな! 私が腑抜けたあいつを気にくわないだけだ!」


「そうですか」


 アスティは生暖かい眼差しを魔王に向けた。


「私はやるべきことを終えたら、ベルムート様を追いかけるつもりですが、よろしいですか?」


「ふん! どうせ止めても行くんだろ? 勝手にしろ!」


 魔王は呆れたように言い放ち、アスティは笑みを浮かべた。



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