スカウト
前回のあらすじ。
囚われた人々と別れてベルムートたちは森の中で魔法の練習をした。
それから数日間、ベルムートはダインの魔法の習得につきあった。
最終的に、ダインは2種類の魔力の波長を気にせず、強引に魔法を使用する形に収まった。
「さて、一応魔法も使えるようになったな、ダイン」
「あア……ベルムートの……おかゲダ……」
ダインは嬉しそうだ。
「ダイン、私のところに来ないか?」
「おオ……?」
ベルムートが誘うと、ダインは驚いた表情……たぶん……をした。
「ありがタイと……思ウ……しかシ……こコを離れルノは……」
「いいじゃん、一緒に行こうよ!」
ダインが申し訳なさそうに答えるが、アンリは問題ないとばかりにダインを誘った。
「今回のことで人間への恩は返しただろ? なら、もう自由にしてもいいんじゃないか?」
「!」
ベルムートの言葉にハッとするダイン。
「そうだよ!」
アンリもベルムートの言葉に便乗して同意してきた。
「確かニ……そうカモしれナイ……だガ……人ゲンのいル……まチには……行ケなイ……」
再びダインは口を閉ざす。
「そうか……まあ、無理にとはいわないさ」
「すまナイ……」
ダインは謝りつつも、落ち込んでいるようだった。
「えー……」
アンリは残念がった。
「なら、人間がいない国に行けば問題ないな?」
「おオ……?」
ダインが戸惑いの声を上げた。
「人間がほとんどいない国――獣人の国に行くのはどうだ?」
「獣人の国?」
「獣ジンの国……?」
アンリとダインが揃って疑問の声を上げた。
「トイボエラ共和国といってな、知り合いがそこの首長をしてるんだ」
「え? 首長って偉い人だよね?」
「一応な」
「一応って……」
「それでダイン、どうだ? 行ってみる気はないか?」
「それガ……本当ナラ……ありがタイ……こトだガ……そノ国まデ……どウやっテ……行くンダ?」
「大丈夫だ。もう手配してある。あとは――噂をすれば」
ベルムートが話をしていると、上空から素早く滑空して大きな鳥が降りてきた。
「うわぁ!」
アンリが驚いて飛び退いた。
「なんダ……?」
ダインが大斧を構えて警戒する。
ベルムートはその鳥に近づいて首を撫でてやった。
「グワグワ!」
鳥は嬉しそうに鳴き声を上げた。
「この鳥はロックバードと言って、私の眷属だ」
ロックバードは岩でできた大きな鳥で、体長3m、翼を広げると約2倍の6.6mになる。
ロックバードは魔王城近くの森で生活しているが、ベルムートがアスティに頼んでここに来てもらうように伝えてもらっておいたのだ。
「こいつにダインを獣人の国まで連れて行ってもらう」
ベルムートが数日間、ダインに魔法を教えつつ都市サルド近くの森にいたのも、ロックバードが来るのを待っていたからだった。
「獣人の国ならばお前も普通に暮らせるだろう」
「なるほど、それは良い考えだね」
アンリも納得したようだ。
「いいノカ……?」
「ああ。それと念のため、お前にこの書状を渡しておく」
ベルムートは、封筒をダインに渡した。
中には手紙が入っている。
「これを見せれば、首長が便宜を図ってくれるはずだ」
「おオ……ありがタイ……」
ダインは、書状を懐に仕舞った。
「私たちもそのうち獣人の国に行くつもりだ。先に行って待っていてくれ」
「少し寂しいけど……すぐにまた会えるよ!」
「わかっタ……待ってルゾ……」
ダインは大きく頷いた。
「ああ。よし、ロックバード、行ってくれ」
「グワグワ!」
ロックバードが大きな翼を広げて飛び立った。
ロックバードは旋回して戻ってきて、大斧と手紙を持ったダインの肩を、足でガシッと掴んでそのまま空へと連れ去った。
「え!? そうやって運ぶの!?」
アンリが驚きの声を上げた。
「これだと、かなり早くトイボエラ共和国に着くからな」
ダインとロックバードは、瞬く間に空の彼方へと消えていった。
「さて、用も済んだし、都市に行くとしようか」
「うん!」
ダインを見送ったベルムートとアンリは都市サルドへと向かった。
都市サルドに着いたベルムートたちは、厩舎に預けていたシェリーを引き取り、お金を得るためにすぐに冒険者ギルドに向かった。
ベルムートたちは、素材買い取りの受付に向かった。
「素材の買い取りをお願いしたい」
「はい。ではこちらに持ってきた素材を置いてください」
受付の女性が指し示す方を見ると、近くに物を置けるスペースがあった。
ベルムートはそこに『空間倉庫』から取り出したオークを置いた。
「え゛?」
受付の女性が、岩に亀裂が入ったかのようにビシッと固まった。
ベルムートは気にせず2体目のオークも置いた。
「おいおい……」
「どうなってんだ……?」
すると、今度は冒険者ギルドにいる冒険者たちがざわざわと騒ぎ始めた。
続けて3体目を出そうとしたところで、
「ちょ、ちょっと待ってください!」
受付の女性に止められた。
「なんだ?」
「その、と、とりあえず置いている物を一旦回収してください!」
「ん? なぜだ?」
「ここじゃ、収まりきらないじゃないですか!」
「ああ、そうだな」
確かにこの場に仕留めたオークを全部出すには狭すぎた。
受付の女性に言われた通り、ベルムートは『空間倉庫』にオークを仕舞いなおした。
「倉庫まで案内します! ついてきてください!」
「わかった」
少々取り乱している受付の女性に言われて、ベルムートとアンリが一緒について行くと、ギルドの奥にある部屋に案内された。
「ここか?」
「はい。ここが倉庫兼解体場です」
ベルムートの質問に受付の女性が答えた。
その倉庫はとても広く、木箱や樽に入れられた大量の素材が高く積み上げられて保管されていた。
「すごーい! 広ーい! 物もいっぱーい!」
アンリが目を輝かせてはしゃぐ。
倉庫の中では何人かのギルドの職員が働いており、素材を解体したり、運んで整理したり、商人らしき人に素材を卸したりしていた。
「あれ? どこだろ?」
受付の女性は誰かを探しているようで、あたりを見回していた。
「あ、いた! キンブルさん!」
目的の人物を見つけた受付の女性が声を上げた。
「ん? なんだ?」
キンブルと呼ばれたおっさんが近寄ってくる。
キンブルは手にナイフやノコギリを持っていて、エプロンを来て長靴を履いていた。
格好からすると、キンブルは解体を担当しているのだろう。
「この人たちをお願いします」
そうキンブルに言って、受付の女性がベルムートとアンリを指し示した。
「あ? 見たところ何も持ってねぇじゃねぇか」
訝しそうにベルムートたちを見つめるキンブル。
「まあまあ、ちょっと待っててくださいよ。きっと驚きますよ?」
「はぁ? 何を言ってるんだお前は?」
「ふふふ。あ、さっきのやつここに出しちゃってください!」
よくわからないやりとりの後、受付の女性がベルムートに指示を出してきた。
「あ、ああ」
受付の女性の勢いに押されてベルムートはオークを『空間倉庫』から取り出した。
「なっ!? こ、これはっ!?」
「ね? 言った通りだったでしょ?」
驚くキンブルを見て、受付の女性が勝ち誇った表情を浮かべた。
だが、ベルムートが2体目、3体目と次々にオークを取りだしていくと、受付の女性とキンブルは次第に口数が減り、最終的には黙り込んでしまった。
さらには、あれだけ忙しそうに働いていた職員たちが、全員黙ってベルムートの方を凝視している。
「あれ? なんでみんなこっち向いてるの?」
アンリは不思議そうに周りを見回した。
倉庫の中が静かになり、ベルムートがオークを取り出す音だけがしている。
最後にベルムートがオークキングを取りだすと、
「げぇっ!? こ、こいつはオークキングじゃねぇかっ!?」
目ん玉が飛び出さんばかりの勢いでキンブルが声を上げた。
ベルムートはキンブルの驚きように首を傾げていた。
「これで全部だ」
だいたい30体くらいのオークが横たわっている。
「え? あ、ああ……」
キンブルは放心していた。
「それで、いくらになるんだ?」
ベルムートはキンブルに尋ねた。
「そ、そうだな……オークは解体してみないと査定が難しい……魔石持ちがいるかもしれないからな。それで値が変わることもある……」
少し思考が戻ったのか、キンブルは聞かれたことには一応答えた。
「なら、早く解体してくれ」
「こんだけ大量にあると時間がかかるぞ……」
「どのくらいかかるんだ?」
「明後日までにはなんとかする。だから、2日後の昼頃に来てくれ」
「むっ……そうか」
ベルムートは困った。
ベルムートはすぐに金が受け取れると思っていたが、そうもいかないようだ。
「あのーちょっとお時間よろしいですか?」
ベルムートが考え込んでいるとさっきの受付の女性が話しかけてきた。
ベルムートはお金のことはあとで考えることにした。
「ああ、大丈夫だ」
この後、特に予定のなかったベルムートは頷いた。
「では、申し訳ないんですけど、場所を移動するので、またついてきてください」
「わかった」
ベルムートとアンリは、受付の女性の案内で倉庫を出てギルドの2階へと上がった。
「ここで、少しお待ちください」
「ああ」
受付の女性はノックして部屋に入っていった。
ベルムートたちが扉の前で待っていると、しばらくして受付の女性が部屋から出てきた。
「お待たせしました。どうぞこちらへお入りください」
受付の女性に促されて、ベルムートとアンリは部屋に入った。
部屋の中は質の良い調度品が置かれており、身分の高い者の部屋だと一目でわかった。
「そこにかけてくれ」
恰幅のいい男がベルムートたちに話しかけてきた。
ベルムートとアンリは男の対面のソファに座った。
「私はここの冒険者ギルドのギルドマスターをしている、ダニエルという。お前達の名前は?」
「ベルムートだ」
「アンリです!」
席に座ったアンリはさっそく受付の女性が出してくれた目の前のお茶菓子をパクパクとおいしそうに頬張っている。
(しかし、ギルドマスターに会わせるとは、受付の女性はいったい何を考えているんだ?)
「一応プレートを見せてもらってもいいか?」
「ああ」
「はい」
ベルムートとアンリはプレートをダニエルに見せた。
「2人ともEランクか……」
ダニエルはプレートを確認して呟いた後、ベルムートとアンリにプレートを返した。
ダニエルは少し考える素振りをしてから口を開いた。
「さっそくだが、ベルムート。お前は『空間鞄』が使えるそうだな?」
「いや、使っているのは『空間倉庫』だ」
『空間鞄』は『空間倉庫』の劣化版だ。
『空間倉庫』は『空間鞄』よりも容量が大きいし、入れた物の時間経過もない。
使い方が似ているからダニエルは勘違いしたのだと、ベルムートは思っているが、実際はダニエルが『空間倉庫』の存在を知らなかっただけだった。
「そ、そうか……まあ、どっちでもいいがお前に頼みがあるんだ」
(いや、よくはないだろ)
とベルムートは内心思ったが、突っ込んだら話の腰を折ってしまうのでスルーするしかない。
「なんだ?」
「お前たちは王都に行く予定はあるか?」
「ああ。オークの買い取りが終わったら王都に向かうつもりだ」
「なら、お前たちのランクをCランクに上げる代わりに、王都への荷運びの依頼を受けてくれないか?」
話が見えないので、ベルムートは訝しんだ。
「なぜ、そんなことを?」
「最近、この都市近辺の魔物の数が増えたせいで、冒険者たちから買い取った素材が大量に倉庫に溜まっていてな。素材を王都の冒険者ギルドに回してるんだが、商人や騎士団、冒険者だけでは捌ききれなくて困っていたところだったんだ。お前の魔法なら一度に大量に運べて安上がりだし、Cランクに上げるのもオークを倒す実力があるなら申し分ない」
「なるほど、そういうことか」
ベルムートは納得したが、ひとつ疑問が残った。
「しかし、わざわざCランクに上げる必要があるのか?」
「ある。荷物の運搬依頼はCランクからしか受けられないんだ。一応信用が必要だからな。荷物を勝手にくすねたりされたら困る」
ランクを上げるには、一定の依頼をこなすかそれ相応の実力を示したうえでギルドの職員が面接して承認されなければならない。
Cランクなら、2回面接をして問題ないと判断されているわけだから、最低限の信用が確保されていると依頼主に示せるわけだ。
「確かに。しかしもし、私たちが荷物を持ちだして逃げたらどうする?」
「そんなことをすれば、お前達はお尋ね者として他の冒険者に追われて冒険者ギルドに立ち寄れなくなるな」
冒険者ギルドに立ち寄れなくなると、手っ取り早くお金を稼ぐ手段がなくなる。
それはかなり面倒くさい。
「なるほどな」
話を聞いた限りだと、荷物を王都の冒険者ギルドまで運ぶ程度だし、ランクが上がって困るわけでもない。
それに、お金も稼げる。
やって損はない。
「引き受けよう」
「そうか、助かる」
ベルムートの返事を聞いて、ダニエルの表情が緩んだ。
「それで、その依頼はいつから始めればいいんだ?」
「こちらにも準備があるからな……そっちの都合はどうだ?」
「特に予定はないが、素材の買い取りを頼んでいるので、2日後にはまた冒険者ギルドに来るつもりだ」
「わかった。では、それまでにこちらも準備しておこう」
話がまとまり、ベルムートとアンリは冒険者ギルドを後にした。




