人々は都市へ、ベルムートたちは森へ
前回のあらすじ。
洞窟に囚われていた人々を助けた。
ベルムートが灰色の鳥の眷属に調べさせたところ、案の定、森の中にオークたちの残党がいた。
なのでベルムートは、森の中にいた20体ほどのオークたちを、夜の内にすべて片づけた。
その時に4人組の冒険者がオークに襲われている場面に遭遇したのだが、ちんたら戦っていたのでベルムートがサクッと倒した。
ベルムートは、横やりを入れたことに対して4人組の冒険者から文句を言われるかと思っていたが、
「素材は私がもらっていくがいいよな?」
とベルムートが聞くと、
「アッハイ」
と4人組の冒険者は快く了承してくれたので問題ないだろう。
一狩り終えたベルムートが洞窟まで戻ってくると、ちょうど日が昇り始めたようで、少し空が明るくなって来ていた。
ベルムートは初め、オークの残党を狩りにダインとアンリを連れて行くことを考えていたが、オークたちが森の広範囲に散らばっていたことと、囚われていた人々の世話もあったので、今回はベルムートひとりで行くことにしたのだ。
そして、今回のことで、オークの素材集めは魔法よりもミスリルの剣の方が便利だということがわかった。
魔法だと詠唱する手間がかかる上に手加減が難しいが、ミスリルの剣だと魔力付与するだけでサクサク暗殺できるのだ。
ベルムートは、オークの洞窟に入る前にこの事に気付きたかったと嘆いた。
「おはようございます」
完全に日が昇り朝になって人々が起きだした。
昨日と同じように、兎型の魔物と小鳥型の魔物の肉を焼いた出した。
ついでに取れたてのオーク肉とオークキングの肉で豚しゃぶも作った。
「ふおおおおおおおお! う・ま・い・ぞー!」
「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ! おれは口の中に肉を入れたと思ったらいつのまにか消えていた! な、何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何を食べたのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。小鳥だとか兎だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと美味しいものの片鱗を味わったぜ……」
なんだかテンションがおかしいやつらがいるが、ベルムートは気にせず、オークたちの目的の解明と、勇者やそれに匹敵するほどの強者についての情報を得るために、食事をしながら人々に話を聞いた。
まずベルムートは、オークに囚われた経緯を人々に聞くことにした。
村人たちの話では、ある日いきなり村にオークたちがやってきて、為すすべもなくたくさんの人間が攫われて食料にされたらしい。
商人の話では、人の少ない道で突然現れたオークたちに馬を潰されて逃げ場がなくなり、抵抗する力もないのであっけなく捕まったそうだ。
馬と馬車に積んでいた食料はすべてオークたちに食べられてしまったらしい。
冒険者たちは、森の中で魔物を狩っていたらオークたちに遭遇して戦闘になり敗北し、気が付いたら牢屋に入れられていたらしい。
ランクを聞くと、DランクやEランクの者ばかりだった。
話をまとめると、突然オークが現れて人間を襲い食料として攫っていった、ということしかわからなかった。
「他にも目的がありそうだが……」
ベルムートは腑に落ちなかったが、手持ちの情報ではこれ以上のことは推測の域を出ないため、一旦考えるのを止めた。
それからベルムートは、勇者や強者についても聞いてみたが、特に新たな情報は得られなかった。
ただある商人の話によると、王都には最近、有力な若手の冒険者が現れたそうだ。
なんでもその冒険者は2人パーティで、結成からわずか半年でCランクまで上り詰めたらしい。
今はBランク目前だそうだ。
個人の名前は知らないそうだが、パーティ名は『二迅の炎嵐』というらしい。
それは、冒険者ギルドの受付の女性も挙げていた名だった。
これは、是非とも会って話をしたいとベルムートは思った。
「さて、話も食事も終わったことだし、そろそろ都市サルドに向けて移動するか。しかし、森の中をこの人数で移動するには木が邪魔だな……いっそ燃やすか。いや……」
改めてその場にいる人々を見回したベルムートは思案げな顔をした。
火を放った方が楽ちんだが、森に人がいるかもしれないし、一気に多くの木がなくなれば生態系が崩れて今後ここで魔物を狩るのに支障が出るかもしれない。
ベルムートは妥協して、必用最小限の木だけを切り倒すことにした。
「ダイン、これで木を切り倒しながら進むぞ」
そう言ってベルムートは、ダインにオークキングから奪った大斧を渡した。
大斧は、1本はベルムートが風魔法で壊してしまったが、もう1本は無事たったので、ベルムートは無事な大斧をダインに持たせることにしたのだ。
「わかっタ……」
大斧を受け取ったダインは、黙々と大斧を振りかぶっては木を切り倒して道をつくっていく。
さすがに、オークキングのように片手で振り回すことは出来ないようだが、両手でしっかりと振れている。
まるで小枝を払うかのように木が倒されていく様は冗談のようだ。
この仕事ぶりを見せれば、林業従事者からは引っ張りだこだろう。
対してベルムートは、ミスリルの剣に魔力付与して、ダインに勝るとも劣らない勢いで木をスパスパ切り倒していく。
切った木は邪魔にならないように『空間倉庫』に仕舞い、切り株は魔法で粉々にして土と混ぜて養分にしていた。
もし林業従事者がこの所業を見ていたら、神か化け物として畏怖の目で見られていただろう。
現にダインとベルムートの行いを見た人々は、ポカンと口を開けて突っ立っている。
「「「「「……」」」」」
「いいなぁ……いつかわたしも思いっきり木を切り倒せるようになるんだから!」
そんな人々の様子には気付かず、アンリは宣言した。
「「「「「え……」」」」」
人々は、この少女も普通じゃないのかと呆気に取られた。
そのままベルムートたちは、都市まで一直線に森を切り開いていき、森を抜けて草原までたどり着いた。
すでに、だいぶ日が傾いている。
ここから都市に着く頃には、日が暮れる手前くらいになるだろうか。
「よし、もう少しで都市サルドだな」
ベルムートがそう言って草原を進もうとすると、ダインが立ち止まった。
「ん? どうしたのダイン?」
アンリがダインに声をかけた。
「おレ……こコに残ル……」
「え? どうして?」
アンリがダインに尋ねた。
「まチ……行クト……迷ワク……かかル……」
「あ……そっか」
ダインが申し訳なさそうに言うと、それを聞いたアンリが呟いた。
あまりにも自然にそこにいたものだから、ベルムートもアンリも気づかなかったが、ダインは都市の人々に恐れられているのだ。
一緒に来た人々は、ダインには感謝しているので抵抗がないものの、
「このまま都市に連れて行くのはやめておいた方がいい」
と進言してきた。
「なら、私も残るとしよう」
「「「「「え?」」」」」
ベルムートの発言にその場にいる全員が揃って声を上げた。
「魔法を教えるって約束したからな」
そう言ってベルムートはダインを見やった。
「あとででもいいんじゃないの?」
アンリが口を挿んできた。
だが、ベルムートの考えとしては、人々から情報は仕入れたし、もう用はないのだ。
それに、いくら弱っているとはいえ、ここから先は人々でも自力で辿り着けるはずだ。
よって、ベルムートにとって人々にこれ以上世話をする義理も得もないのだ。
「いや、ここまで連れてきたんだ。もう十分だろう。あとは自分たちで何とかしてくれ」
ベルムートはそう人々に言い放った。
「……そうですね。わかりました。事情は私たちが騎士団に説明しておきます」
代表して女冒険者が答えた。
人々も頷いている。
「ここにいる人たちは、私たちがちゃんと送り届けます。このあたりの魔物なら私たちでも十分渡り合えますしね。まあ、オークに捕まったので、説得力無いですけど」
苦笑しつつ女冒険者が答えた。
これには他の捕まっていた冒険者も苦笑いを浮かべていた。
こうしてベルムートとダインとアンリは森に残り、人々は都市に向かうことになった。
「ありがとうございました!」
「世話になった! ありがとう!」
「お元気で!」
「困ったことがあったらいつでも頼ってくれよな! まあ、あんたらにそんな心配いらないだろうがな!」
皆口々にベルムートたちに感謝の言葉を述べながら、都市サルドに向けて歩いて行った。
ベルムートたちは人々と別れた後、森の中に戻って魔法の練習を始めた。
ダインは魔力眼と『身体強化』、魔力付与をベルムートから教わった。
アンリには新たに『暗視』、『光源』、『閃光』をベルムートから教わった。
ベルムートは、アンリとダインが魔法の練習をしている間に、洗濯や料理をして、眷属に木の実や果物をとってきてもらっていた。
ベルムートは、完全にただの炊事係と化していた。
「むウ……できナイ……」
ダインが呻く。
魔力の波長が2つあるせいか、なかなか魔法が発動しないようだ。
「師匠……魔力眼と『暗視』を同時に使って戦うとか、ほんと絶対無理なんだけど……」
アンリが弱音を吐く。
「私は洞窟でオークキングと戦ったときに使っていたぞ?」
「えー……」
ベルムートがそう言うと、げんなりした顔でアンリがベルムートを見つめた。
「師匠ってほんと何者……?」
「ただの炊事係さ。それより食事にするぞ」
夜になり魔法の練習を終えたと2人と一緒にベルムートは食事をとった。
今回は、オーク肉をメインに使った。
豚しゃぶじゃないぞ。
時間があったので、じっくりことこと煮込んだオーク肉のシチューを作った。
上質な肉の脂が溶け込み、深いコクと旨味が口いっばいに広がる。
「これは、うまい。我ながら会心の出来だ。パンに絡めても、うまい」
食事を終えた後、ダインはすぐに横になり、アンリは魔法の練習の続きに入った。
「『光源』!」
暗い森の中で豆粒ほどの大きさの光の球がポッと浮かんだ。
「……」
アンリは無言で光の球を見つめた。
やがて、ふっと光の球が消えた。
「ふぅ~……」
アンリは気を取り直して別の魔法の練習をすることにした。
「『閃光』!」
アンリの手の平が、一瞬ピカッと光った。
「うわっ! まぶしっ!」
アンリは魔法を使っていない方の手で目元を覆った。
やがて、眩しさが引いたアンリは目元の手を下ろした。
「……」
アンリは無言で手の平を見つめた。
「もう寝たらどうだ?」
「……うん、そうする」
ベルムートが声をかけると、アンリは返事をしてから、とぼとぼと歩いて毛布にくるまり眠りについた。
ベルムートも寝ようとして、ふとやることを思い出した。
「ああそうだった。ダインのこれからのことを、あいつに頼んでおかないとな。アスティに手配してもらうか」
ベルムートは、一度魔王城へと戻ってアスティに仕事を頼んだ後、戻ってきてから眠った。




