オークキング
前回のあらすじ。
オークなんていなかった。
ベルムートがいる大広間へと、巨体のオークが近づいてくる。
巨体のオークが一歩踏み出す度に、燃やし尽くされたオークの灰が巻き上がった。
身長4m以上の巨体のオークは、鋭い眼光でベルムートを見下ろしている。
巨体のオークが少し背伸びをするだけで、その頭は洞窟の天井につくだろう。
巨体のオークは両手にそれぞれ1本ずつ大斧を持っていた。
その大斧は、1本で普通のオークと同じくらいの大きさがあった。
「ブゴオアアアアアアアアアアアアア!!」
巨体のオークが、ベルムートに向かって片方の大斧を横薙ぎに振るってきた。
「『防御殻』」
ベルムートは魔法を唱えて大斧を防いだ。
ガギィン!
凄まじい衝撃音とともに、パキッ!と『防御殻』で展開された障壁の一部にヒビが入った。
「ブゴゴゴ……!」
攻撃を防がれたことが気に入らないのか、巨体のオークの顔が醜く歪んだ。
「ほう……そこそこできるようだな……。だが、まだオークメイジたちの方がマシな攻撃をしてきたぞ?」
ベルムートは巨体のオークを挑発しつつ、巨体のオークの首に向けてスッと手を挙げて魔法を放った。
「『風刃』」
風の刃が巨体のオークに迫る。
「ブゴア!?」
しかし、本能で危険を感じたのか、その大きな体に似合わない俊敏さで巨体のオークは横に転がって風の刃を躱した。
バシュン!
風の刃が広間の天井に深々と切れ込みを入れて霧散した。
「さすがはオークキングといったところか」
「ブゴゴオォ……」
オークキングは冷や汗を流して体勢を整えた。
あのまま突っ立っていれば間違いなくオークキングの首から上と下が別離していたことだろう。
再度ベルムートはオークキングに手を向けた。
今度は胴体だ。
「『雷撃』」
ベルムートが魔法を唱えると、雷が暗い洞窟を眩く照らしながらオークキングに迫った。
「ブゴオ!」
しかし、またしてもオークキングに避けられた。
オークキングの脇を通り過ぎた雷が、バチィッ!と壁を砕いて焦げ跡をつける。
「手の平を警戒されたか」
オークキングは暗闇の中でも、正確にベルムートの動きを把握しているようだった。
「なら、これはどうだ?」
ベルムートはオークキングに手の平を向けた。
「ブゴゴ……!」
オークキングはベルムートの手を警戒して射線から体を逸らした。
しかし、ベルムートの狙いは攻撃ではない。
ベルムートは目を庇いながら魔法を放った。
「『閃光』」
光魔法の強烈な光が一瞬洞窟内を満たした。
「ブゴオオオオオオ!?」
オークキングは目を焼かれて悶絶し、視界を閉ざした。
「『風刃』」
間髪入れずにベルムートは魔法を放った。
「ブゴゴオオ!」
だが、臭いでベルムートの動きを察知したオークキングは、咄嗟に左手の大斧を掲げて、風の刃を防いだ。
「その斧は邪魔だな。『振動風刃』」
続けてベルムートは魔法を放った。
「ブゴ……!」
オークキングは左手の大斧を掲げたままだ。
視界が戻るまで、オークキングは防御に徹するようだ。
「無駄だ」
しかし、今ベルムートの放った風の刃はただの風の刃ではない。
超高速振動する風の刃は、大斧を容易く切り裂いた。
「!? ブゴ――」
それでも、オークキングは、なんとか身を捩って風の刃を避けようとしていたが、間に合わずにオークキングの左肩が切り落とされた。
「ブギャアアアアアアアアアアアアア!!」
腕がなくなり、左肩から血を噴き出しオークキングが絶叫をあげた。
だが、オークキングは痛みに悶えながらも、視力を取り戻したその目は闘志を燃やしてギラついていた。
「ブゴオアアアアアアアアアアアアア!!」
気合で痛みを押し殺したオークキングが、凄まじい踏み込みとともに灰を巻き上げ、地響きを立てながらベルムートに迫ってきた。
その突進の勢いを利用したオークキングの右腕に持つ大斧がベルムートに叩きつけられた。
バガシャアアアアアン!
オークキングの体重の乗った突進の勢いと、類い稀なる膂力から繰り出された大斧による攻撃が合わさった渾身の一撃によって、ベルムートの魔力の障壁が砕け散った。
だか、分厚く強化されていた最後の1枚の魔力の障壁だけは壊せなかったようだ。
「おしかったな」
ベルムートは、オークキングの攻撃後の隙を逃さずに魔法を放った。
「『風刃』」
「ブゴォ!」
しかし、オークキングは屈んでその風の刃をやり過ごした。
先ほどまでオークキングの首があった場所を通り過ぎて風の刃は天井に突き刺さった。
バシュン!
「むっ……」
ベルムートは、オークキングに攻撃を躱されて驚きと不機嫌さを滲ませた。
「ブゴオアアアアアアアアアアアアア!!」
そして、オークキングは再び攻撃を繰り出してきた。
「もう終わりにするとしよう」
ベルムートは魔法を唱えた。
「『地手』」
オークキングの攻撃がベルムートに届くよりも先に、地面から伸びてきた無数の土の手によってオークキングは体を絡めとられて動きを止められた。
「ブゴオオオオオオオオオオオオオオ!!」
オークキングは全身に力を込めて、全力で土の手を振りほどこうとしているようだが、完全に土の手に抑え込まれており、抜け出せない。
「なかなか楽しめたぞ。さらばだ。『風刃』」
今度こそ狙いを外すことなく風の刃がオークキングの首を捉えて、オークキングの首と胴体が切り離され、血飛沫があがった。
だらっとオークキングの体から力が抜ける。
ガランと音を立ててオークキングの手から大斧が落ち、地面の灰にオークキングの血が染み込んでいく。
魔法を解除して、倒れ込んだオークキングの骸と斧を『空間倉庫』に回収してから、ベルムートは『光源』の魔法を使った。
光の球が空中に浮かんで大広間を照らす。
それを合図に、これまでずっと見えないながらも眼を凝らして戦いの様子を窺っていたアンリとダインがベルムートの元に駆け寄ってきた。
「師匠! 大丈夫!?」
開口一番、心配そうな顔でアンリがベルムートに尋ねてきた。
「……ああ、問題ない」
不意打ちこそ受けたが、正面から戦えばベルムートがあの程度の相手に後れを取ることなどありえない。
そのため、アンリに心配されたベルムートの顔には思わず苦笑いが浮かんだ。
「ダインは大丈夫か?」
「あア……薬が効いタみたイダ……特にどうとイウこともナイ……」
「ならよかった」
「そレにしテモ……ベルムート……かっコよかっタゾ……」
ダインはキラキラとした眼差しでベルムートを見つめた。
「うんほんと……いろいろすさまじかった……途中からは明かりがなくてよく分からなかったけど……」
アンリが疲れた顔で嘆息した。
「そうか。そっちは問題なかったか?」
「うん……灰が舞ってたり、洞窟が揺れて倒れそうになったり、眩しかったりで大変だったけど特に何もなかったよ」
アンリがジト目でベルムートに訴えてきた。
「それは何よりだ」
しかし、ベルムートはアンリの話には頓着せずに、アンリとダインが流れ弾に当たらずケガもしていないことを確認してほっとしていた。
「師匠……」
ベルムートの返答を聞いてアンリはがくっと項垂れた。
「?」
ベルムートはアンリの態度の変化がわからず首を傾げた。
「ベルムート……あのアナ……」
ベルムートがアンリと話していると、ダインがオークキングの開けた横穴を見て呟いた。
「ああ、どうやら隠し通路のようだな」
その穴は通路になっており、まだまだ先があるようだった。
入口は土魔法が使えるオークメイジが隠していたのだろう。
「他にも隠し通路がないか探してみるか」
ベルムートたちは大広間を見て回ったが、そこ以外には隠し通路はないようだった。
「このまま先に進むぞ」
「うん、わかった」
「わかっタ……」
ベルムートたちは横穴の隠し通路に入って行った。




