オークの住処
前回のあらすじ。
牛 > アンリ > オーク
「早かったな」
ベルムートはオークを倒したダインに近づいて話しかけた。
「ベルムートの……おカゲ……」
ダインは、ベルムートのおかげで不意打ちできたと言いたいようだ。
「いや、お前の実力だろう」
謙遜するダインに、ベルムートは正直な感想を述べた。
まさかダインがオークに無傷で完勝するとはベルムートも思っていなかった。
「しかし、棍棒は壊れてしまったな」
「問題ナイ……素手デ倒ス……」
いくらダインがオークよりも強いといっても、さすがに素手で戦うのは無茶じゃないだろうか。
さっきは1対1だったが、これから洞窟内に入るのであれば、複数のオーク相手に戦うことになるだろう。
そうなると、素手だと厳しいはずだ。
「さすがに素手は無謀だ。そこに落ちているオークの武器でも拾っておいたらどうだ?」
「そうダナ……そうしヨウ……」
ダインはベルムートの提案に頷いて、落ちていた鋼鉄の槍を拾った。
ベルムートは『空間倉庫』にオークの死体を仕舞った。
「ダインは、魔法は使わないのか?」
さっきの戦いでダインは一度も魔法を使っていなかった。
『身体強化』すら使わずに、素の身体能力のみでオークを倒したのだ。
たいした力だ。
「魔法……使いカタ……知らナイ……」
どうやらダインは魔法を使わないのではなく、使えないらしい。
ベルムートは意外に思った。
「オークたちを始末し終わったら魔法を教えてやろうか?」
「本トウか……?」
「ああ」
「ありがタイ……」
ベルムートは、ダインに感謝された。
「確か、ダインは火と雷に適正があったな」
「そうダ……」
「何の魔法を教えようか……『火球』からか? いや、その前に魔力眼と『身体強化』から教えないとな」
ベルムートがダインと話していると、灰色の鳥の眷属が知らせにやって来た。
どうやらアンリとオークの戦いが終わったらしい。
「ここで待っててくれ。アンリを連れてくる」
「わかっタ……」
ベルムートは灰色の鳥の眷属の案内に従って、アンリのいる森の中へと入って行った。
「あれか」
ベルムートは、倒れているアンリと、死んだオークを見つけた。
見たところアンリは大したケガはしていなかったが、とにかくボロボロだった。
服はところどころ破れたり、土で汚れたりしていて、髪も乱れていた。
アンリの側のオークの死体には、まるで台座のように首に剣が刺さっていた。
「オークと添い寝か」
ベルムートが冗談を言うも、気絶しているアンリからの反応はない。
「しかし、あのひ弱だったアンリが、まさか本当にオークを倒せるようになるとはな……」
ベルムートは、オークの首から剣を引き抜きながら呟いた。
ベルムートが教えた魔法を使えば、アンリでもオークを倒せることはベルムートにはわかっていた。
しかし、それでもアンリが、ついこの間まで激弱な兎型の魔物にボコボコにされていたことを思うと、アンリがオークを倒したというのは信じられないことだ。
とはいえ、オークごときにこれほど苦戦しているようでは、勇者ほどの強さを身につけるのはまだまだ先になるだろう。
ベルムートは、アンリの鋼鉄の剣とオークの持っていた鋼鉄の槍とオークの死体を『空間倉庫』に仕舞った。
それから、ベルムートはアンリを背負ってダインのもとまで戻った。
ベルムートは洞窟の入口近くに、アンリを下ろした。
「おい、起きろ」
ベルムートは、アンリの頬をペシペシと叩いた。
「ん……うーん……あれ? 師匠?」
ゆっくりと目覚めたアンリはぼーっとした顔でベルムートの顔を見つめた。
「これを飲め」
ベルムートは、アンリの口を無理矢理開けて、回復薬を飲ませた。
「が、がぼごぼ、ゴクゴク……ゲホッゲホッ! な、何するの!?」
回復薬を飲み終わったアンリが、咳き込みながらベルムートに抗議の眼差しを送ってきた。
「よし、大丈夫そうだな」
「どこが!?」
アンリが叫んだ。
オークに手痛い目に合わされたというのに、元気なようだ。
「なんだ? どこか痛むところでもあるのか?」
「え、いや……痛みとかは感じないけど……あれ?」
アンリは自分の体をあちこち触って確認した。
どうやら、アンリの体に異常はないらしい。
「そうか。これを持て。追加の回復薬だ」
オークとの戦闘で使った分の補充として、ベルムートはアンリに回復薬を渡した。
「う、うん、ありがとう……でも、もう少し優しく起こしてほしかったな……」
「善処した」
「え!? あれで優しくした方なの!?」
アンリは信じられないといった表情でベルムートを見た。
「無事デ……何よリダ……」
ダインが、ほっとしたようにアンリに声をかけた。
「そういえば、ダインはどうだったの?」
「無傷で完勝したぞ」
「む、無傷!?」
ベルムートの返答に、アンリは目を剥いた。
ダインは照れつつも、鼻息をフンっとたてて得意げな様子だ。
「ダイン強いんだね」
「そうデモ……なイ……ベルムートの……方ガ……強イ……」
「いや……師匠はちょっと……規格外だから比べるのはやめようよ」
「あア……そうダナ……」
「話はそれくらいにして、そろそろ洞窟に入るぞ」
「あの……師匠……わたしさっきのオークとの戦いでボロボロだし、もう魔力も空っぽなんだけど……」
「そうか……だがどのみち、ついてこないとここでひとりになるぞ? 今のお前が自衛できるのか?」
「うっ……でも……」
戦えないことでベルムートとダインに迷惑をかけるが、危険な場所にひとりでいるのもどうかと悩み、アンリは返事を渋った。
「それなら、これでも持っておくといい」
そう言ってベルムートは『空間倉庫』からオークの使っていた鋼鉄の槍を取りだして、アンリに渡した。
「お、重い……し、師匠、これわたしじゃ扱いきれない……」
アンリは槍を振ることはおろか、持ち上げることさえできないようだった。
「ふーむ……そうか。それはすまない。その槍は回収しよう」
ベルムートはアンリから鋼鉄の槍を受け取って『空間倉庫』に戻した。
「どうしたものか……」
「あ、そういえば! 師匠! わたしオーク倒したよ! オーク倒したら、なんでも頼みを聞いてくれるんだよね?」
「ああ、そうだったな」
「だったら、師匠の持ってる剣頂戴!」
そう言ってアンリは、ベルムートの腰に下げられているミスリルの剣を指差した。
「なるほどな……。わかった、この剣はアンリにやろう」
ベルムートは腰に下げていたミスリルの剣をアンリに突き出した。
「え? いいの? でも、師匠はどうするの?」
ベルムートがあっさりと了承したことで、逆にアンリは呆気にとられて聞き返してきた。
「私には魔法があるからな。その剣は必要ない」
ベルムートは魔剣を持っているので、ミスリルの剣にそれほど執着していない。
「本当に?」
「いいから持っていろ」
「わ、わかった」
ベルムートは、アンリにミスリルの剣を渡した。
「やった!」
アンリは戦闘の疲労が吹っ飛んだかのように嬉しそうだ。
それから、ベルムートは洞窟の入口を塞いでいる岩を見据えた。
「ダイン、この岩動かしてみるか?」
魔法を使えば岩をすぐに取り除けるが、ベルムートはダインの力を試してみたくなった。
「そうダナ……やってミル……」
ダインも自分の力を試してみたかったようで、ベルムートの提案にのった。
ダインは岩に手を添えた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ダインが叫びながら全身に力を込めると、岩が持ち上がった。
そして、洞窟に入るのに邪魔にならないところにゆっくりと岩を下ろした。
ズウゥン。
「やるなダイン」
「す、すごい!」
「あれくライ……オークに比ベタラ……たやスイ……」
ダインは、褒められてうれしいのか照れた。
「岩もどかしたことだし、中に入るぞ」
「う、うん」
「行ク……」
ベルムートたちは洞窟に足を踏み入れた。
「真っ暗で何も見えないんだけど!」
洞窟に入ってすぐにアンリが小声で叫んだ。
「ん? ……ああそうか。まだ教えてなかったな」
ベルムートは歩みを止めてアンリの方を向いた。
「魔力眼と同じように目に魔力を集めて、闇属性の魔法『暗視』を使えば大丈夫だ」
『暗視』は、暗闇でも明るいところと同じように見通すことができる魔法だ。
「師匠……今わたし魔力ないから無理……」
「そういえばそうだったな……」
「オレモ……できナイ……」
ダインは闇属性に適性がないので『暗視』の魔法は使えない。
「ダインも見えないのか?」
「少しダケなラ……見えル……」
アンリよりは暗闇でも見えているようだが、足取りからするとダインもほとんど見えていないようだった。
「仕方ないな。『光源』」
ベルムートが魔法を唱えると空中に光の球が出現した。
暗かった洞窟内を、光の球が明るく照らし出す。
「すごい! これで見やすくなった! 師匠ありがとう!」
「ありがタイ……」
「ああ。それじゃあ先に進むぞ」
光の球で照らしながら洞窟の中を歩いていく。
オークが住処にしているだけあって、洞窟は広くて大きい。
洞窟を進んでいくと、少し光が漏れているひと際広いエリアに差しかかった。
ベルムートたちが中の様子をこっそり覗くと、今まで歩いてきた通路とは違い、大きな広間になっていた。
その大広間は、壁のいたる所にある松明によって明るく照らされており、たくさんのオークがガヤガヤと何事かを話しながらひしめき合っていた。
その数推定500体以上。
「うわぁ……」
「前よリ……増えてイル……」
アンリはその光景を見てドン引きした。
ダインは声が少し震えている。
ベルムートは『光源』の魔法を解除した。
光の球の明るさでばれたかとベルムートは思ったが、オークたちがベルムートたちに気づいている様子はない。
ベルムートがちらりとアンリを見ると、青い顔で首をブンブン横に振っていた。
「師匠! 無理! 帰ろう!」
アンリが、小声で叫ぶという器用な真似をしてベルムートに訴えてきた。
「これハ……さスガに……多すギル……」
ダインは、オークのあまりの数の多さに呆然として体が強張っていた。
(ダインでも厳しいか。アンリには経験を積ませるつもりだったが、仕方がない)
さすがにこの数のオークが相手では、ダインとアンリの手には負えないとベルムートは判断した。
「私がそこにいるオークどもを潰す。2人は私の攻撃に巻き込まれないようにしておけ。ついでに、後ろからの増援にも注意しておけ」
そうアンリとダインに告げて、ベルムートは大広間に姿を晒した。
「し、師匠!?」
「ベルムート……!?」
アンリとダインから声をかけられたが、気にせずベルムートはオークどもを見渡した。
「ブゴ!?」
「ブゴゴ!」
突如姿を現したベルムートに、オークたちが一斉に注目する。
「今夜は豚しゃぶで決まりだな」




