森の番人
前回のあらすじ。
アンリが山羊型の魔物を倒した。
「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ベルムートとアンリが叫び声のした方へ行くと、4人の冒険者と人型の牛が戦闘しているところだった。
人型の牛は身長が2m以上で、頭に先端の丸い曲がった角が2本あり、黒い肌の体は筋肉が盛り上がっており横幅も大きい。
そしてその手には、木をそのまま引っこ抜いて持ちやすくしただけという感じの、人型の牛の身長と同じくらいの長さの太い棍棒を持っていた。
「ぐあああっ!」
盾を持った男が、人型の牛の木の棍棒で弾き飛ばされた。
「ビル!」
一緒に前衛にいた戦士の男が、後ろに転がっていった仲間の名を叫ぶ。
「くっ! このお!」
歯を噛みしめ、仲間の安否を確認したい衝動を抑えて、戦士の男が人型の牛に切りかかった。
「ウオオオ!」
ガイン!
しかし、戦士の男の剣は、赤子の手をひねるかのように人型の牛の持つ木の棍棒で弾かれた。
「ぐっ! なんて馬鹿力だ!」
戦士の男が、膂力と質量の差による衝撃をもろに受けてびりびりと痛む手を押さえながら悪態をつく。
「カイル下がって! 『火球』!」
魔法使いの女が、戦士の男に声をかけて後退を促した直後、火魔法を人型の牛に向けて放った。
「はっ!」
戦士の男はすぐに飛び退き、射線を開けた。
直径50cmほどの火の球が一直線に人型の牛へと向かっていく。
「ウオオオオオオ!」
ブオン! ブオン!
だが、人型の牛が木の棍棒を振り回すと、風が巻き起こり、その影響を受けて、とたんに『火球』の勢いが弱まった。
そのまま『火球』は、人型の牛が振り回している最中の木の棍棒に直撃した。
バシュン!
そして、破裂するかのようにあっけなく『火球』は消えてなくなった。
「そんな……!? 私の魔法が効かないなんて!?」
「くそっ……! バケモノめ!」
魔法使いの女と戦士の男の顔色が悪くなり、焦りからか口調が荒くなる。
「ウオオ?」
人型の牛は木の棍棒を振り回すのをやめて、木の棍棒の損傷具合を確かめているようだった。
木の棍棒は多少焦げ目がついた程度でなんともなさそうだ。
「ホリー! ビルのケガの治療は終わったか!?」
戦士の男は人型の牛から視線を外さずに、後ろにいる仲間に声をかけた。
「ええ! 何とか動かせるまでには回復しました!」
神官服を着た女が、先ほど弾き飛ばされてケガをしている男を抱えながら答えた。
「よし! 撤退だ! ギルドに報告するぞ! ビルは俺が担ぐ! クレアは先導を頼む!」
「「了解!」」
冒険者たちは、ケガを負った仲間を抱えて、全速力で都市に向かって逃げていった。
冒険者たちは最後までベルムートたちに気づくことはなかった。
「ねぇ、どうするの師匠?」
アンリは不安そうにベルムートを見上げた。
「少し様子を見たい」
「わかった」
ベルムートは、人型の牛がこれからどうするのかが気になり、しばらく様子を窺うことにした。
ベルムートは、今夜は牛しゃぶにしようかと考えていた。
「ん?」
人型の牛を注視していたベルムートが声を上げた。
人型の牛は、逃げる冒険者を追いかけることなく、反転して森の中に入って行こうとしていた。
さっきまで叫んでいたのが嘘のように落ち着いている。
「どうして追いかけないんだ?」
「さあ?」
「直接確めるか。行くぞ」
「え?」
特に人間を襲う気のない様子に疑問を持ったベルムートは、ベルムートの背中に隠れるようにしてついてくるアンリを連れて、人型の牛の所まで行って話しかけた。
「おい、そこの牛人間。いったいここで何をしているんだ?」
「ウウ!?」
突然声をかけられた人型の牛は、驚いて振り返った。
「ウ、ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ブンブンブンブン!!
人型の牛は、ベルムートを視界に入れた瞬間、半狂乱になって叫びながら、木の棍棒をやみくもに振り回しだした。
「うわぁ!?」
ベルムートの側にいたアンリが、驚いて後ろにとび退き尻もちをついた。
「やめろ」
バシイ!
ベルムートはその場から動かず、素手で木の棍棒を受け止めた。
「ウウオオ!?」
人型の牛がさらに驚愕した。
何が起こったかわからないといった顔をしている……気がする。
さすがに牛の顔だから表情が読みづらい。
動きを止めた人型の牛に対して、ベルムートは棍棒を受け止めた手と反対の手を向けて魔法を唱えた。
「『静電気』」
バチィ!
ベルムートの手から放たれた雷魔法が、人型の牛の棍棒を持つ手に直撃した。
「ウオオオオ……」
人型の牛は棍棒を落とし、手を押さえて蹲った。
この魔法は、エルクとの戦い(?)で『電撃』では人間に対して威力が強すぎると感じたベルムートが、より威力の弱い魔法が必要だと考えて開発したものだ。
小鳥型の魔物で試し撃ちをして威力や消費魔力を調整したおかげか問題なく人型の牛を無力化できた。
「まあ、落ち着け」
「ウオオオ!」
ベルムートは人型の牛に声をかけるが、興奮しているのか人型の牛はベルムートを睨みつけてきた。
(なぜだか人型の牛が、エルクと似たような聞き分けのない感じになっているな。仕方ない、強制的に落ち着いてもらおう)
「『地縛』」
ベルムートが魔法を唱えると、人型の牛のいる地面が隆起してその大きな体を包み込み、人型の牛を首元まで地面に引きずり込んだ。
人型の牛は体を動かそうとするが、体を包む土に圧迫されて、もがくことすらできない。
ベルムートは地面から顔だけ出ている人型の牛に近づき、人型の牛の頭に手を乗せて魔法を使った。
「『緊張緩和』」
これもエルクとの戦い(?)の経験から、話をしようにもまず相手が話を聞いてくれる状態にならないと意味がない、と思いベルムートが開発した魔法だ。
「ウオオ……ォォォ……」
人型の牛の興奮して血走った目が、だんだんと正常に戻っていく。
「よし、これでいいだろう」
人型の牛が落ち着いたのを確認したベルムートは、人型の牛の頭から手を離した。
「お、終わった?」
「ひとまずはな」
「じゃあ、大丈夫かな……?」
少し離れたところで様子を窺っていたアンリは、もう危険はないと判断してベルムートの近くまで寄って来た。
「さて、話を聞かせてもらおうか……。どうして襲ってきたんだ?」
「森カラ……追い返スタメ……」
「え!? しゃべれるの!?」
片言だが人型の牛が返事をしたことに、アンリは先程までの不安が吹き飛ぶくらい驚いていた。
しかし、ある程度予想できていたベルムートは落ち着いて質問を続けた。
「追い返す? 何のために?」
「森ノ中……きケン……すグに……死ヌ……」
「森の中が危険? 意味がよくわからないな……。どう危険なんだ?」
「オーク……たくサン……いル……」
「オ、オーク!?」
話を聞いていたアンリが、盛大に顔を引きつらせた。
オークはCランクの魔物だ。
オークは身長が2m以上あり、力が強く、並みの武器では歯が立たないほど頑丈な皮膚を持っている。
繁殖力も強く、すぐに個体数を増やす。
一応理性はあるが、性格は凶暴で、集団で襲ってくる。
そしてなにより厄介なのが、オークは人間の肉が好物であるということだった。
オークが現れたのなら、数が増える前に叩き潰さなければならない。
ただ、この人型の牛が、森の中に人を入れないように追い返していたということは、オークの討伐は進んでいないということだ。
今はどれくらいの規模の集団になっているかわからないが、それなりに数は多いはずだ。
しかし、それはベルムートたちにとって絶好の機会でもある。
「ちょうど良かったな。このあたりの魔物はアンリの相手にもならないような弱いやつばかりだったからな」
ベルムートは笑顔でアンリを見た。
「!?」
ベルムートの考えを察したアンリは、思いっきり首を横にブンブン振った。
「アンリは謙虚だな」
「謙虚じゃなくて、わたしオークとなんて戦えないよ!」
「大丈夫だ。アンリなら戦えるはずだ」
「無理だよ!」
「やれやれ……。まあオークを倒せば金も稼げる」
オークの肉は美味で、皮は頑丈なので、素材としてはそれなりの値段で買い取ってもらえる。
「お前にも付き合ってもらうぞ」
ベルムートは人型の牛を見下ろして告げた。
「わかっタ……」
「よし」
ベルムートが思っていたよりも、人型の牛は素直にベルムートの要求を受け入れた。
地面に埋められてるせいで、拒否権がないと思ったのかもしれない。
ベルムートは魔法を解いて、地面から人型の牛を出してやった。
「私はベルムートだ。そして、こっちはアンリだ。お前の名前は?」
「ダイン……」
「ダインか。さっそくだが、オークのところまで案内してくれ」
「わかっタ……ついてコイ……」
木の棍棒を拾ったダインの後に続いて、ベルムートとアンリは森の中へと入って行った。
牛しゃぶはお預けになった。




