頼れる部下アスティ
前回のあらすじ。
魔王に勇者探してこいと言われた。
「何をやっているんですか!」
ゴロゴロピシャァン!
怒りの形相をした部下のアスティが怒鳴り、彼女の怒りを現すように雷が落ちた。
珍しく大変お怒りのようだ。
「あ、やべ……」
魔王が露骨に嫌な顔をした。
アスティが、肩を怒らせてツカツカと魔王のもとまで歩いてくる。
「これはいったいどういうことですか!?」
「こいつが悪い」
アスティに問い詰められた魔王はベルムートを指差した。
「おい」
魔王に責任をなすりつけられたベルムートは魔王を咎めた。
「ベルムート様……?」
アスティがベルムートの方を向いた。
眼鏡の奥の理知的な青紫色の瞳がベルムートを捉える。
アスティは、スラッとした見た目20代くらいの女性で、手入れの行き届いた青紫の髪は結って纏めており、服装は戦闘にも耐えられるように誂えられたパリッとしたスーツを着ていて、靴はサバトンを履いている。
「私は悪くないぞ。アスティならわかるよな?」
「そうですね。ベルムート様は悪くないです」
「はぁ!? お前こいつに甘過ぎないか!?」
「いいえ、そんなことは有りません。確かに甘い関係を築きたいとは思っていますが……」
「アーハイハイ。ソウダネソウダネ」
「ん? なんだ? 途中から声が小さくて聞こえなかったんだが……」
「い、いえ! なんでもありません! まあ、それはゆくゆくということで……。とりあえず、魔王様は城を元に戻してください」
「えー……」
「えーじゃありません! いいから元に戻してください!」
「はーい……」
魔王はしぶしぶ魔法で建物を直した。
どうやら消えたオリハルコンは、空間魔法によって別の場所に隔離されていただけだったようだ。
「防音防雷結界は私が直そう」
ベルムートは魔王に破壊されていた防音防雷結界を張り直した。
防音防雷結界は二重構造になっており、外側の結界が雷を地面へと誘導する役割を持ち、内側の結界が空気を遮断することで雷の音を防いでいる。
城がもとに戻ると、部下たちは、魔王たちに関わらないようにそそくさと仕事に戻っていった。
「ありがとうございます。それで、なぜこんなことになったんですか?」
「勇者を探して欲しいと言ったらこいつが断ったから、むしゃくしゃしてやった。反省はしてない」
「はい?」
知的で頼りになるベルムートの部下アスティは、その外見に似合わない呆けた顔をした。
「この人は何を言ってるんですか?」
「私にもわからん」
「えぇ……?」
あまりに突拍子もないことだったようでアスティは困惑の声を上げた。
「だが、このままこいつを放っておけば今度は何を仕出かすか分からない。私はこの軍と世界を守るために、勇者を探して来ようと思う」
「お! そうか! 探してくれるのか!」
「え!? ベルムート様!?」
「あとのことはよろしく頼む」
「ま、待ってください!」
ベルムートが行こうとするのを、あわててアスティが、ガシィッ!とベルムートの腕を掴んで引き留めた。
「あとを頼むというのはどういうことですか?」
「そのままの意味だが?」
アスティの質問にベルムートが答えると、「はあ……」とため息を吐いたアスティはやれやれといった表情を浮かべた。
「お一人で行かれるのですか?」
「ああ」
「何があるかわかりませんよ? 危険では?」
「かもしれないが、もうやると決めたからな」
ベルムートはアスティの目を見つめながらはっきりと告げた。
すると、なぜかアスティは頬を染めて視線を反らした。
「せめて私だけでも連れて行っていただきたいのですが。むしろ私だけ連れて行ってください!」
アスティが、ベルムートにグイグイ迫りながら力強く言った。
「それは困る。お前が城にいないと魔王軍全体の仕事が滞る」
ベルムートはアスティの肩に手を置き、少し体から離した。
魔王軍はトップがアレなので、実質アスティをはじめとした有能な文官に運営を丸投げしている状態だ。
中でもアスティは超有能で、幹部であるベルムートの側近ということもあり、かなりの仕事を任されている。
そんな状態なのに、アスティが抜けたら魔王軍は大パニックに陥ってしまうだろう。
「ですが、お一人だけですと効率が悪いのでは?」
「確かに……だが、勇者もしくは勇者に匹敵する強さを持つものを連れてこなければならないんだ。当時の勇者の力量を知っていて、なおかつ連れてこれるほどの力があるのは私ぐらいしかいない」
勇者を連れてくるとなるとかなりの実力が必要となるが、勇者が城に攻めてきた当時、その場にいた魔王軍幹部は全員ではなく、さらには実力がある連中はだいたいぶっ壊すのが専門であり、捕まえるための手加減などできないやつらばかりだ。
あとは今、勇者復活のための儀式魔法の微調整や魔力供給のために、魔王城のほとんどの人員が割かれているため、連れていける人手がない。
「それは……そうですが……」
心配そうに呟くアスティ。
ベルムートの言葉が正しい事はアスティにもわかっているはずだが、このままベルムートを行かせていいものかアスティは悩んでいる。
「なに心配はいらない。勇者がいれば、なるべく交戦は避けて交渉するつもりだ。それに定期的に眷属を報告に寄越すから安心しろ」
そんなアスティをベルムートは宥めた。
「はあ……仕方ありませんね」
アスティはまだ納得していないようだが、一応仕事だと割りきることにしたようだ。
「では、あとのことはよろしく頼んだぞ」
「わかりました。お早いお帰りをお待ちしております」
「いってら~!」
こうしてアスティを説得したベルムートは、魔王の適当な送り出しを受けて、城を旅立つ準備をした。
なお、ベルムートのほとんどの執務を元からアスティが行っていたので、その点に関して言えば、ベルムートがいなくなって支障が出るはずもなかった。