幕間 女騎士、調査開始!
前回のあらすじ。
魔物をおいしくいただいた。
村人からの依頼を受けたエミリアたちが都市サルドを出てから10日後。
ここまで道案内をしてくれた依頼主である村人の男と共に、エミリアたち騎士団の5人は、ようやくフィルスト村に到着した。
村で問題が起こってからすでに20日が経過していた。
日は高く昇っており、馬上からは畑仕事をする村人たちの姿が見える。
「おい、あれって……」
「ああ、騎士団だ」
「来てくれたのか」
騎士団に気付いた村人たちは作業の手を止めてざわめいている。
「ミシェル。この村一帯の森の中を調べて」
「はい! お任せください!」
エミリアが指示すると、即座にミシェルは良い返事をした。
ミシェルは斥候を担当してるポニーテールの女性騎士だ。
「行って! テオ!」
ミシェルが、先行して飛んでいる相棒の鷹の名前を呼んで指示を出すと、鷹は、バサッ!と白い翼を羽ばたかせて村の周囲の森の方へと飛んでいった。
「見えてる?」
「はい! 視界良好です!」
「森の様子はどう?」
「強い魔物もいなさそうですし、今のところ問題はないみたいですね」
「そう。引き続きお願いね」
「はい!」
ミシェルの特殊能力は彼女の相棒の鷹のテオと視界を共有できるというもので、斥候にはうってつけだった。
「家が被害を受けているようね」
「みたいですね」
家の大きな穴の空いている部分に板を打ち付けて穴を塞ごうとしている村人を見ながらエミリアが呟き、ノーレンが頷いた。
「詳しい事情が知りたいわね……。とりあえず、村長のところまで案内してください」
「は、はい!」
依頼主の村人に案内を頼んだエミリアたちは、すぐに村長のいる家へと向かった。
「村長!」
依頼主の村人は村長の家の扉を勢いよく開けて中に入って行った。
「おお! よく帰ってきた」
「はい! それで村長、村は大丈夫なんですか!?」
「ああ、わしも村人たちもこの通り無事だ」
「よかった……間に合った……」
依頼主の村人は、村長の言葉を聞いて胸に手を当ててほっとした顔をした。
「後ろにいるのは……騎士団の方々か?」
「はい」
「そうか、騎士団を連れてきてくれたのか……ありがとう」
「いえ、俺は何も……騎士団の方々の善意に救われました」
「そうか……それでもおまえはよくやった。騎士団の方々、さあどうぞ中へ。少し狭いですがね」
「では、失礼します」
エミリアたちは村長の家に上がった。
「ミシェル、話はこちらでしておくから、村の周辺の警戒に集中しておいて」
「わかりました!」
「ノーレン、後は任せたわよ」
「え!? 俺ですか!?」
「何を驚いているのよ? こういうことは隊長のあなたの役目でしょ?」
「は、はぁ……」
エミリアに任せた方が安心だとノーレンは思いつつも、役職を引き合いに出されては言い返すことができず、エミリアに促されてノーレンは村長に事情を聞くことになった。
「ええと……私は騎士団に所属しているこの部隊の隊長のノーレンと言います。この村の調査を任されました。何があったか説明してもらっても?」
「はい、実は――」
村長の話によると、20日程前に遠くで爆発音がした後、森が騒がしくなり、魔物に村人が襲われ通りすがりの冒険者に村を救ってもらったということだった。
「では既に問題は解決してしまったということですか?」
「そうなりますな」
「そうですか……」
ノーレンはエミリアたちと顔を見合わせた。
「その冒険者は、いったい何しにここへ来たのでしょうか?」
そう聞いたのは、今回エミリアたちに同行した騎士の内の一人のソニアだ。
ソニアは魔法使いで、ノーレンと並んで事務処理能力が高い三つ編みの女性騎士だ。
「確か、未開地を調べに来たと言っていましたね」
「未開地を、ですか? いったい何のために?」
ソニアが村長に聞き返す。
「さあ……? そこまでは聞いておりませんでした」
「そうですか……」
「はい。ああ、そういえば……」
村長が何かを思い出すように、思案気な顔になった。
「何か気になることでも?」
その様子が気になったエミリアは村長に尋ねた。
「ええと、その冒険者の方は未開地を調べに行くと言って森に向かわれたのですが、数日たって帰ってきたときには勇者について教えて欲しいと頼まれました」
「勇者?」
「なんで勇者について聞いてきたんですかね?」
エミリアとソニアは首を傾げた。
「もしかして……」
「どうしたのサラ? 何か気づいたことがあるのかしら?」
「はい。確証はないんですけど……。村長、ひとつ聞きたいんですけど、その冒険者が未開地を調べに行った後しばらくしてから森が騒がしくなった……とかありませんでした?」
エミリアたちに同行した騎士の内の最後の一人であるサラが口を開いた。
サラは弓使いだが、剣も多少使えるオールラウンダーで、ショートヘアの女性騎士だ。
「確かに……よく思い出してみるとそうですな」
「やっぱり……」
「どういうことサラ?」
「その冒険者が未開地を調べているときに何かが起こり、それに対してその冒険者は勇者が必要だと判断したということです」
「そ、そんなことが?」
村長は体を仰け反らせて動揺した。
「さすがに考えすぎじゃないですか? その冒険者が大の勇者好きなだけとかかもしれませんよ?」
ノーレンが主に村長に配慮するように冗談めかして言った。
「勇者うんぬんは置いといて、私的には、その冒険者が未開地で魔物にちょっかいをかけて、それで村が魔物に襲われたんじゃないかなって思ったんだけど?」
今までの話からわかることで組み立てた推論をソニアが述べた。
「うーん……どうですかね? エミリア様はどう思われますか?」
ノーレンがエミリアに話を振った。
「そうね……未開地で何かあったのは間違いないでしょうね。ただ、その冒険者の行動には不可解な点があるわね」
「「「「「うーん……」」」」」
エミリアたちは考え込んだ。
「あ! 勇者を探してるってことは、魔王が現れたとか?」
サラが思いつきをそのまま口に出した。
「そんなことあるわけないでしょ? もし本当に魔王がいたなら、この村なんてとっくに跡形も無くなってるでしょうし、今頃国中大騒ぎよ」
ソニアが呆れたように言った。
「だ、だよな! ははは!」
サラが恥ずかしそうに慌てて笑って誤魔化した。
「ここで話していても、埒が明かないわね……とりあえず未開地に行ってその冒険者の足取りを辿ってみましょう」
「そうですね」
「いいと思います」
「そ、そうしましょう」
「わかりました!」
エミリアの意見に皆賛成のようだ。
「その冒険者がどの辺りの調査に行ったのか分かりますか?」
「はい。確かあっちの方です」
エミリアが尋ねると、村長は冒険者が調べたであろう方角を指さした。
エミリアたちが村に来たのとは反対の方角だ。
冒険者はさら深く森に入っていったようだ。
「わかりました。では、未開地で何があったか調べに行きましょうか」
「「「「了解!」」」」
エミリアがこれからの行動方針をノーレンたちに伝えると、4人とも頷いた。
未開地で何かが起こり、それが原因でその冒険者が引き返して来たとすれば、そこに行けば村が魔物に襲われた原因も何かわかるかもしれない。
「ミシェル。村の周辺の森はどう?」
「テオの視界から見た感じでは、特に問題はないみたいですね。村が襲われる心配も無さそうです」
エミリアが聞くと、ミシェルは即答した。
「なら大丈夫そうね。それじゃあ、行きましょうか」
エミリアが号令をかけると皆動き出し、馬を村に預けたエミリアたち調査隊は未開地の森の中へと足を踏み入れた。
それから数日かけてエミリアたちは未開地を調べた。
最近森で魔物の縄張り争いがあったということはわかったが、それ以外は特に何もなかった。
「……そろそろ引き上げようかしら?」
エミリアがそう思っていたその時、
「あ」
先行しているテオの視界を通して、ミシェルが何かを見つけたようだ。
「どうしたの? ミシェル?」
「えーと……ですね……遠くに黒い雲が見えるんですよね」
エミリアが尋ねると、たどたどしくミシェルが答えた。
「何だって?」
「もうそろそろ雨が降るのかな?」
サラが聞き返して、ソニアは天気の心配をした。
空は快晴だ。
このあと雨が降るようには見えないが、遠くに雨雲が見えるのならそのうち雨が降りだすかもしれない。
「えーと……あの黒い雲はちょっと違くて、雨の代わりに雷が降ってますね……」
「はあ? 何言ってるんだミシェル?」
ありのままを伝えたミシェルに対して、サラが呆れたような声を漏らした。
「気になるわね……もっと近づいて調べられる?」
「え、えーと……はい」
エミリアがお願いすると、ミシェルは仕方なく頷いた。
上空を飛んでいたテオが、ミシェルの合図で黒い雲に近づいていく。
「そんなに気にするようなことか?」
「うるさいわよサラ」
サラが言葉を漏らすと、それをソニアが嗜めた。
「ははは……」
ノーレンは苦笑いした。
「あ……これ……」
ミシェルが呟いた。
「何か見つけたの?」
「あ、えーと……黒い雲の手前に、不自然な荒れ地がありますね」
エミリアが尋ねると、テオの視界から得た情報をミシェルが伝えた。
「荒れ地?」
「その黒い雲の先は?」
サラとソニアがミシェルに聞く。
「これ以上は雷があるせいで、テオでは行けそうにないです」
「そう。なら、荒れ地を調べてもらえる?」
「はい」
エミリアが頼むと、ミシェルが返事をして、テオが荒れ地の周りを旋回しだした。
「直径100mほどの荒れ地ですね。何かの戦闘の跡みたいです」
「例の冒険者が戦ったのかもしれませんね」
ミシェルが話すと、それを参考にしてノーレンが推測を述べた。
「とりあえず、その荒れ地まで行ってみましょう」
エミリアの提案で調査隊は荒れ地に向かった。
「これは……!」
さらに数日かけて進んでエミリアたちは荒れ地に着いた。
途中魔物に襲われたり、森の中ということもあって移動がしにくかったため、思っていたよりも時間がかかってしまった。
荒れ地には生え始めたばかりの雑草があり、木や生き物は見当たらない。
さっきまで鬱蒼とした森の中だったのが、このあたり一帯だけぽっかりと空間が空いてしまっている。
よく見ると荒れ地と森の境にある木や草が抉れていた。
何か戦闘があったのは確実だろう。
荒れ地の向こう側の空に漂う黒い雲はその場から動いておらず、幾本もの稲光が地面に落ち、雷の音が何重にも重なって聞こえてきた。
ゴロゴロゴロゴロピシャァン!ゴロゴロピシャァン!ゴロピシャァン!ピシャァン!
「「「……」」」
あまりにも現実離れした光景に、エミリアとノーレン以外の3人は声も出ないようだった。
「あの黒い曇……まったくその場から動いてないわね……明らかに不自然だわ……それにこの激しい戦闘跡……急いで本部に伝える必要があるわね……」
エミリアは険しい顔でそう言った。
「何か身の危険を感じますね……帰りに村人たちに避難するよう呼びかけた方がいいかもしれませんね……」
冷や汗をかいたノーレンが思案気に言う。
「そうね……。調査は終わりよ! 急いで戻りましょう!」
「「「「了解!」」」」
村に戻ったエミリアたちは、村人たちに避難勧告してから、都市サルドまで引き返していった。




