表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/102

リベンジ

前回のあらすじ。

魔法をアンリに教えた。



 ベルムートが初めてアンリに魔法を教えた日から、5日が経過した。

 今ベルムートたちは馬のシェリーに乗って森に囲まれた道を駆けている。


「わぁ! すごい!」


 アンリは馬上からの景色に興奮していた。

 視界を流れていく木々にキョロキョロと視線を向けている。


「もう何回も乗ってるだろう?」


「振り落とされないように必死だったから、ちゃんとまわりを見てなかったの」


 馬に乗るのに慣れたことで、アンリは景色を見る余裕がでてきたようだ。


「気持ちいい……」


 肌を撫でる心地よい風を受けてアンリは頬を緩める。


 日も高くなってきたところで、馬のシェリーを止めてベルムートたちは地面に降りた。


「よし! やるぞー!」


「待て」


 アンリが日課になりつつある魔法の訓練を早速始めようとし出したところで、ベルムートはそんなアンリを制止した。


「? どうしたの師匠?」


 アンリは不思議そうな顔でベルムートを見た。


「今日は魔物と戦ってもらう」


「え!? でもわたし、まだうまく魔法使えないよ?」


「なんだ? 嫌なのか?」


「う、うん……」


 ベルムートが今日の予定を告げると、意外にもアンリは乗り気ではないようだった。


「あんなに魔物と戦いたがっていただろう?」


「そうなんだけど……このままだとまた負けちゃいそうだなって思って……」


 アンリは俯いた。

 どうやらアンリは、また魔物にいいようにあしらわれるんじゃないかと不安なようだ。


「ふーむ……そうだな、確かにお前はまだまだ魔法をうまく扱えていない」


「うん……」


 ベルムートがズバリ言うと、アンリは暗い声で返事をした。


「だが、今のお前なら兎型の魔物を倒せるはずだ」


「え?」


 ちょっと何言ってるのかわからない、といった顔でアンリがベルムートの顔を見た。


「言ってることが、めちゃくちゃなんだけど」


「めちゃくちゃじゃないさ。兎型の魔物はかなり弱いからな。ちょっと魔法を使えるようになっただけのお前でも倒せるはずだ」


「でも、前戦った時は手も足も出なかったよ?」


「魔法っていうのは強力なんだ。どんなに威力が小さくても持続時間が短くても、使えるだけで戦力が大きく変わる」


「よくわかんない……」


「まあ、戦ってみればわかる。とりあえず魔物と戦ってみろ」


「うん……」


 アンリはしぶしぶ了承した。




 ベルムートとアンリと馬のシェリーは、灰色の鳥の眷属に案内されて兎型の魔物が1体だけいるところに来た。

 少し離れた所でキョロキョロしているのが、この前アンリが戦った個体とまったく同じ兎型の魔物だ。

 ベルムートの計らいで、灰色の鳥の眷属にわざわざ捕まえてきてもらったのだ。


「あの兎って……うう……」


 アンリにも以前と同じ相手だと分かったのか、兎型の魔物が視界に入ると、体が強張った。


「大丈夫だ」


 ベルムートが声をかけながらアンリの肩をぽんと叩くと、アンリの緊張で強張った体が少しほぐれた。


「ヒヒン」


 ついでとばかりに、馬のシェリーもアンリに額を擦り付けた。


「ありがとう」


 一言お礼を言ったアンリは、すぐに前を見据えた。


「ふぅー……すぅー……」


 そして深呼吸したアンリは、目を閉じて魔力を纏うイメージをした。


「『身体強化ストリングゼンボディ』!」


 アンリの声が森に響く。

 その声に反応した兎型の魔物が耳をピコピコと動かしてアンリの方を向いた。

 目を閉じて静かに集中しなければアンリは『身体強化ストリングゼンボディ』の魔法を発動できない。

 そのため、兎型の魔物から離れた場所であらかじめ魔法を使ってから戦闘に入ることにしたのだ。


「魔法はちゃんと発動してる……よし!」


 アンリが短剣を抜き、兎型の魔物に向かって駆け出した。

 ベルムートと馬のシェリーは離れたところでアンリを見守る体勢だ。


 アンリは魔法によって、以前とは比べ物にならないほど格段に上がったスピードで兎型の魔物に迫った。


「キュキュ!?」


 以前戦った相手だと分かり、油断していた兎型の魔物はそれを見て驚いていた。


「やあああ!」


「キュ!」


 だが、アンリの動きが直線的だったために、短剣による攻撃はわずかに及ばず、兎型の魔物に避けられた。

 しかし、そこで終わらず、アンリは体を捻って兎型の魔物の動きを追いかけて、再び兎型の魔物に剣を振った。


「やあ!」


「キュ!? キュ!」


 短剣が当たるよりも若干兎型の魔物の方が速く、寸でのところでまたしてもアンリの攻撃は空を切った。


「やあ!」


「キュ……!」


 その後も、アンリの攻撃は紙一重で魔物に当たらず避けられ続けていた。


「キュ……! キュキュ……!」


 だが、以前と違って兎型の魔物に余裕の色はない。

 兎型の魔物は忙しなく耳をピコピコと動かして回避に集中しており、攻撃に移れないでいる。


 戦いはアンリの優勢に進んでいた。


(これなら勝てるかもしれない……)


 しかし、アンリの魔力もそう多くはない。

 『身体強化ストリングゼンボディ』の残り短い効果持続時間内で兎型の魔物を倒さなければならない。


 だが、これまでアンリはただむやみやたらに攻撃していたわけではない。

 兎型の魔物の動きを観察していたのだ。

 絶好の機会を見計らうために。


(もう時間がない……)


 『身体強化ストリングゼンボディ』の魔法の効果が切れる時間まであとわずか。


「キュ……!」


「!」


 その時、兎型の魔物が短剣を避けようと足に体重をかけはじめたのをアンリは捉えた。


「ここだ!」


 アンリは魔力眼を使った。

 アンリの瞳に兎型の魔物の足に魔力が集まる光景が一瞬映る。


 戦闘中はまだ一瞬だけしか魔力眼を使えないが、その一瞬さえあればいい。


 兎型の魔物が地を蹴る直前、その進路上にアンリは先回りした。


「キュキュキュ!?」


 兎型の魔物は、ビクゥ!と体を震わせ挙動不審に耳をピコピコ動かす。

 すでに踏み止まることができないタイミングだったため、地を蹴った兎型の魔物は、アンリに向かっていく勢いを止められない。


「やあああああ!」


 アンリは、空中で身動きの取れない兎型の魔物の体目掛けて短剣で切りつけた。

 兎型の魔物の体を短剣が駆け抜けて、斜めにできた大きな傷から血が噴き出す。


「キュキュー……!?」


 兎型の魔物は悲鳴のような鳴き声を上げた。


「やった!」


 短剣が魔物に当たり致命傷を与えたことで、アンリの胸中に嬉しさがこみ上げた。


「キュ……キュキュ!」


 だが、兎型の魔物はまだ死んでいなかった。

 兎型の魔物の全身の毛が逆立ち目がギラリと光った。


「まだだ!」


 ベルムートが声を上げた。


「え?」


「キュキュキュ!!」


 空中で血を流しながらも兎型の魔物は最後の力を振り絞って耳を振りかぶり、アンリ目掛けて風の刃を放った。

 致命傷を与えたと思い、気を抜いていたアンリは反応できない。

 ベルムートは咄嗟に魔法を唱えた。


「『風防壁ウインドプロテクト』」


 ベルムートが使える最速の防御魔法だ。

 アンリを包むように展開した風の膜に兎型の魔物が放った風の刃が当たった。

 間一髪間に合ったようだ。

 風の膜によって狙いが反らされた風の刃は、アンリの後ろへと通り過ぎていった。

 風の刃はアンリの背後の木に当たり、メキィッ!と音を立て、深々と木に傷痕を残して霧散した。


 そして、地面に転がり落ちた兎型の魔物は血のシミを地面に広げてやがて動かなくなった。


「ハァ……ハァ……」


 アンリは勝利した。

 しかし、その顔は真っ青で引き攣っていた。

 あと少しで自分の命が失われていたかもしれなかったこと、自分の手で生き物の命を奪ったこと、その2つを実感して恐怖と焦燥感がアンリに押し寄せてきていた。


「最後は危なかったが、私が言った通りちゃんと倒せただろう?」


 勝負がついたところでベルムートはアンリに近づき、それほどことが深刻になりすぎないよう能天気に話しかけた。


「ハァ…………ハァ…………」


 アンリは何も言わずに荒れた呼吸を整えながらゆっくりと立ち上がった。

 おぼろげな視線は魔物の死体に向いている。


「この世界の生き物は、必ず1つは属性を持っている」


「!」


 ピクリとアンリは反応して、ベルムートに顔を向けた。


「魔法を使えるのは、お前だけじゃないということだ」


「これが、魔法……これが、命のやり取り……」


 アンリは小さな声で言葉を漏らした。

 アンリは身をもって知った。

 魔法は強力な切り札であるということを。


「そうだ」


 ベルムートは頷いた。

 アンリは最後油断していた。

 ベルムートが咄嗟に魔法で攻撃を防げていなければ、良くて重症、最悪死んでいただろう。


「……」


 アンリは血の付いた短剣を見つめている。


「これからも弟子として私についてくるか? それとも村に帰っておとなしくしているか?」


 反応の薄いアンリにベルムートは問いかけた。

 短剣の柄を握るアンリの手に力が入る。


 そして、顔を上げてアンリはベルムートを見据えた。


「……当然ついていくよ。逃げるなんて選択肢はないもん」


「そうか。なら、死ぬ気でついてこい」


「わかった」


 アンリは重々しく頷いた。


 こうして、魔物との戦闘で勝利を得たアンリは、以前とはまた違った覚悟でもって、ベルムートに師事することを誓った。




 それから、ベルムートたちは倒した兎型の魔物の内臓と血を抜いてから皮を剥いで肉にした。

 アンリの短剣に付いた血はきれいに拭き取って手入れをした。


「アンリの初勝利だからな。祝ってやらないとな」


 ベルムートは奮発して、塩だけでなくコショウも使って兎型の魔物の肉を調理した。


「できたぞ」


「うわぁ! すっごいおいしそう!」


 アンリは目を輝かせた。

 火が入っておいしそうに焼けた兎の肉からは、食欲をそそる香ばしい匂いが漂っている。


「……兎さんのおかげで、わたしは魔法と命の大切さを学べました! ありがとう兎さん! いただきます!」


 アンリは感謝を込めて兎の肉に齧り付いた。


「ん~~! おいしい~~!」


 想像よりもおいしかったのか、アンリも頬を緩めてガツガツと肉を頬張っていった。


 ベルムートも兎の肉を口に入れた。


「うまいな」


 コショウがアクセントになって、香ばしい肉の旨味を引き出している。


 馬のシェリーはもしゃもしゃと草を食んでいる。


「ごちそうさまでした!」


 アンリは綺麗に平らげて骨になった魔物の命に感謝の気持ちを込めて声を出した。


 それからアンリは、前よりもさらに真剣に訓練に取り組むようになった。

 使える魔法の精度を高めたり、新たな魔法も習得した。

 兎型の魔物だけでなく、他の魔物との戦闘も危なげなくこなしていった。


 そうして、フィルスト村を出てから15日後。

 ベルムートたちはようやく交易都市サルドに到着した。



設定

・デスパレードラビット(兎型の魔物)

 耳を含まない体長40㎝、耳の長さ30㎝。

 風属性。

 草食。

 新しい餌場を探すよりも一所に留まろうとする傾向があるため、割りと好戦的。

 足や耳に魔力を纏わせて身体能力を強化することができる。

 その際、蹴りや頭突きは人間の5歳児の子どもの蹴りと同等の威力がある。

 移動速度は最高時速70㎞。

 体は柔らかく耐久力は低い。

 デスパレートラビットはかなり弱いが、動きが素早く、命の危機に陥ると死にもの狂いで反撃をしてくる凶暴な兎の魔物で、Eランクといえども中々侮れない。

 肉は美味。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ