眷属召喚
前回のあらすじ。
村娘Aは兎にもてあそばれた。
翌朝。
起床したベルムートは、まず見張りをしていた灰色の鳥の眷属から報告を受けた。
寝ている間、特に何もなかったようだ。
その後ベルムートは、木の実や果物、食べられる野草などを探すよう灰色の鳥の眷属に命令した。
そしてベルムートは灰色の鳥の眷属が食べ物を探している間に、これからの移動手段を用意することにした。
昨日と同じく辺りに人の気配は全然しないので、これからベルムートが行うことを見られる心配はないだろう。
ベルムートは地面に手をつき魔法陣を描き始めた。
しばらくすると、アンリが起きてきた。
「おはよう師匠」
「ああ、おはよう」
ベルムートは指から魔力を流して地面に線を引きながらアンリに挨拶を返した。
「師匠、何してるの?」
「そろそろ移動手段を確保しようと思ってな」
「移動手段?」
アンリは小首をかしげてベルムートの作業を見た。
「ああ。……よし完成した」
ベルムートは完成した魔法陣に問題がないことを確認した。
「それは何?」
「これは魔法陣と言って魔法を発動させる文字の集合体だ」
「へー」
アンリは魔法陣を不思議そうに見ている。
「魔法って魔法陣がないと使えないの?」
「いや、そういうわけではない」
アンリがキョトンとした顔をしてベルムートを見た。
「じゃあ、なんでそのぐるぐるの魔法陣を描いたの? いつもみたいにしゃべって魔法を使えばいいのに」
「普通に使う魔法と魔法陣を使う魔法では役割が違うんだ」
「役割?」
「詠唱する普通の魔法は、発動は速いが一時的な効果しかもたらさない。それに比べて魔法陣を使う魔法は、準備に時間がかかるが永続的な効果をもたらすことが可能だ」
使う魔法にもよるが大きな括りで言うとそういうことになる。
あくまで目安だが。
「そうなんだ。それじゃあ、今から魔法陣を使って何の魔法を使うの?」
「すぐに分かる。まあ見ていろ」
ベルムートは自分の茶色の髪を一本抜いて、『空間倉庫』から取り出した魔石と一緒に魔法陣の中央に置いた。
そして、ベルムートは魔法陣に手をついて魔力を流し、魔法を発動させた。
「『眷属召喚』」
『眷属召喚』は、魔王軍幹部の一人であり研究部門の局長でもあるリーンの能力を参考に、珍しくベルムートが開発に成功した魔法の1つだ。
この魔法を彼女に見せたところ『私の個性を奪うつもりか! ブチ殺すぞ貴様!』と言われ、文字通りベルムートはブチ殺されそうになったが、本人はいい思い出として処理している。
魔法陣が輝いてベルムートの髪と魔石が反応し、眷属が召喚された。
「ヒヒーン!」
「わぁ! 馬が出てきた!」
アンリはいきなり馬が出てきたことに驚いていた。
召喚されたのは茶色い毛並みの一頭の馬だ。
「ん?」
しかし、ベルムートは怪訝な表情で馬を見つめていた。
いつもなら灰色の毛並みになるところだが、出てきたのが茶色の毛並みの馬だったからだ。
ベルムートが馬に近づいて触って調べたところ、どうやら今のベルムートが擬態魔法で髪を茶色にしていたため、馬の毛並みの色が茶色で定着したようだった。
「色は予想外だったが、問題はないようだな」
一通り馬を調べ終わったベルムートは馬から離れた。
「その子、触ってもいいの?」
「ああ、いいぞ」
「やった!」
ベルムートが許可を出すと、アンリは馬に近づいていった。
「よしよし、いい子だね。……この馬ってオス? メス?」
笑顔で馬を撫でているアンリが唐突にベルムートに質問してきた。
「メスだ」
変な質問だったが、さっき調べた時にこの馬の性別がメスであることはわかっていたので、ベルムートはすぐに答えた。
「じゃあ、あなたの名前はシェリーね!」
アンリは馬に向かって、ビシィッ!と指を突き付けて言った。
馬に名前を付けるために性別を聞いたようだ。
「ヒヒン!」
シェリーと名付けられた馬はアンリに頭をこすりつけた。
どうやら名前が気に入ったらしい。
「えへへ」
アンリは嬉しそうにシェリーの頭を撫でている。
この様子なら、アンリとシェリーはこの先うまくやっていけるだろう。
ベルムートの眷属はベルムートの命令に忠実なので、うまくやっていけるのは最初から確実だったのだが、アンリとシェリーならばそんなものがなくても仲良くやっていけたに違いないと思わせるほど気が合っているようだ。
そうこうしているうちに、灰色の鳥の眷属が食べ物を取って戻ってきた。
「お、結構取ってきたな」
木の実や果物、食べられる野草、虫や鳥も取ってきたようだ。
「アンリは虫食べるか?」
「食べないよ!」
アンリは全力で否定した。
「冗談だ」
ベルムートはアンリの反応に笑いながら言った。
「もう!」
アンリは不貞腐れた。
「私も虫は食べない。虫はお前達にやろう」
ベルムートがそう言うと、灰色の鳥の眷属が虫をついばみ始めた。
「他のは食べられるよな?」
「うん!」
アンリは木の実や果物、生で食べられる野草はそのまま食べて、生だと食べにくい野草や鳥は湯でて塩で味付けしたものを食べた。
ベルムートはそれぞれ少しだけもらって食べた。
シェリーは果物やそこらへんの草を食べていた。
ベルムートはシェリーの水飲み用に、バケツを『空間倉庫』から取り出して、そのバケツに魔法で水を入れておいた。
シェリーはその水を飲んで、また草を食べ始めた。
余った分の食材は、ベルムートが『空間倉庫』に入れておいた。
虫はすべて灰色の鳥の眷属が食べたので、余らなかった。
「それで、これからどうするの?」
朝食を食べ終えるとアンリがベルムートに尋ねた。
「朝から昼までは移動。昼から夕方まではアンリの訓練。日が落ちる前に夕食を取って、日が落ちたら就寝の予定だ」
「そんな予定なんだ」
アンリが感心したように頷いた。
だが実際は、ベルムートが今朝思いついたばかりの行きあたりばったりな予定だった。
「でも、馬が一頭じゃ1人しか乗れないよ?」
「いや、2人で乗る」
「え?」
アンリが固まった。
「もう一頭出さないの?」
「出してもいいが……アンリは馬に乗れるのか?」
「うっ」
アンリは目を逸らした。
「そういうことだ。今から2人で馬に乗って、都市サルドを目指して昼まで移動する」
「……」
ベルムートは沈黙したアンリを置いておいて、『空間倉庫』から取り出した鞍などの乗馬用の道具をシェリーに取り付けた。
「よし。それじゃあ行くぞ」
準備を終えたベルムートはアンリに声をかけて、馬のシェリーに跨った。
「し、師匠。乗り方がわからないから乗せて」
「仕方ないな。ほら、手を貸せ」
「う、うん」
ベルムートはアンリを引き上げて自分の前に乗せた。
すっぽりとおさまったアンリの脇からベルムートは手綱を握った。
「お前も手綱を握れ。一人で馬に乗れるように今から練習するんだ」
「う、うん、師匠。で、でも、ちょっと、ち、近すぎるかなって、お、思うの」
アンリは初めて馬に乗るからか、かなりテンパっている。
「ちゃんとしないと振り落とされるぞ?」
ベルムートがついているとはいえ、絶対に安全というわけでもない。
自分でできることは自分でしてもらわなければならない。
「わ、わかってる。わ、わかってるんだけど、そ、その……」
アンリはテンパりながら、なおも何か言おうとしている。
「まあ、徐々に慣れていけばいい。よし、出発だ!」
ベルムートはシェリーに指示を出した。
「ヒヒーン!」
「うわぁ!」
シェリーはまかせてとばかりに嘶き、急に動き出したことに驚くアンリに構わず都市へと向かう森の中の道を駆け抜けていった。
設定
・詠唱する魔法
発動が速く、主に魔法使いが戦闘中に使う。
習得に時間がかかり、本人にしか使えず、本人の技量によって威力も精度も千差万別で、一時的な効果しかもたらさないものがほとんど。
・魔方陣
魔方陣を描くのに時間がかかるため戦闘中には使いにくい。
あらかじめ武器や防具に魔方陣を描いておいたり、魔道具に描いてあるのが一般的。
例え他の人が描いた魔方陣であっても適正属性さえ合っていれば魔力を流すと使えるという汎用性がある。
つまり、魔方陣は普段魔法を使わない者でも即戦力にすることが可能。
ただし、魔方陣を描く側に魔法への深い知識と高い技量を求められるのと、一つの魔方陣を描くのにもそれなりの時間がかかるため、準備に時間がかかる。
魔方陣で使う魔法の核に魔石を使うことで永続的な影響を齎すこともできる。
永続的な影響を齎すには、魔法の核となっている魔石への定期的な魔力の供給が必要。
魔王城の黒雲も魔石を核にした魔方陣によって生み出されている。




