村娘Aの魔物との初戦闘
前回のあらすじ。
特殊能力は強力だが、アンリの能力はまだよく分からない。
アンリは短剣を鞘から抜いて兎型の魔物に近づいていった。
「キュ?」
兎型の魔物はそれを察知したようで、長い耳をピコピコと動かしてアンリの方を向いた。
「やあああ!」
十分に攻撃が届く距離まで兎型の魔物に近づいたアンリは、踏み込んで声を上げながら兎型の魔物に向かって短剣で切りかかった。
「キュ!」
しかし、兎型の魔物は地面を蹴って素早く回避した。
「キュキュ!」
そして、兎型の魔物は、剣を振った直後で隙だらけのアンリの足を長い耳で払って転がした。
「あいた!」
顔から地面にぶつかったアンリが声を漏らす。
「キュキュ!」
そんなアンリを兎型の魔物は耳をピコピコ動かして余裕の態度で見ている。
「このぉ!」
立ち上がったアンリはまた兎型の魔物に切りかかった。
「キュ!」
だが兎型の魔物は避けるのではなく、アンリの懐に潜り込むようにして突撃し、アンリが剣を振るよりも速く兎型の魔物の体当たりがアンリのお腹に決まった。
「ぐはっ!」
兎型の魔物の体当たりを受けたアンリは後ろに倒れていく。
そして、アンリは後頭部を地面に打ちつけた。
「いった~! く~……」
アンリは悶絶して頭を押さえた。
「キュキュー!」
兎型の魔物は、そのアンリのお腹の上に着地し悠然とアンリを見下ろした。
「うりゃあ!」
アンリはお腹の上で耳をピコピコと動かしている兎型の魔物を捕まえようと剣を持っていない方の手を伸ばした。
「キュ!」
しかし、アンリの手は何も掴めなかった。
兎型の魔物がその場でジャンプしてアンリの手をひらりと躱し、地面に降り立ったからだ。
「ううぅ~……」
アンリは情けない声を出しながら兎型の魔物に視線を向けつつ立ち上がった。
その後もアンリは兎型の魔物に翻弄され、アンリの攻撃が兎型の魔物にかすりもしないままついにアンリは体力が尽きて倒れた。
「キュキュキュ!」
兎型の魔物は勝利宣言とでもいうかのように耳をピコピコ動かして去って行った。
「これは……想像以上に弱いな……」
少し離れたところで一部始終を見ていたベルムートはため息を吐いて、動かなくなったアンリを回収した。
「どうして当たらないの!?」
起きてすぐにアンリは叫んだ。
アンリが倒れてからしばらく時間が経っており、もう日が沈みかけている。
ベルムートはアンリの近くに腰を下ろしてたき火を焚いていた。
「速さが足りないからだな」
アンリにはいろいろと足りないものがあったが、何よりも足りないものをベルムートは告げた。
「ううぅ~……」
アンリは落ち込んだ。
速さなんて今のアンリにはどうしようもなかった。
「アンリは剣を習っていたのだろう?」
ベルムートは試合のときにアンリが少しだけ剣術を使っていたことを思い出して聞いた。
「うん、そうだよ。お母さんに習ったの」
「そうか。だが、さっきは闇雲に剣を振り回しているだけのようだったが?」
「だって、あんなに小さくてすばしっこいのを相手にしたことなんてなかったんだもん」
そう言ってアンリは口を尖らせた。
小さい相手に対する戦い方は習っていなかったようだ。
「剣は何を習ったんだ?」
「基本的な型くらいで、あとは師匠との試合のときみたいにお母さんに打ち込みしたくらい」
「動かない相手に剣で攻撃するくらいか」
「師匠と違ってお母さんは躱したりはしてたけど、そんな感じだった」
そもそも動く相手と戦うことにアンリは慣れていないようだ。
「ふーむ……それは何も習っていないのに等しいんじゃないか?」
「う、うん、まあ……お母さんは私に剣を教えてしばらくして出て行っちゃったし。お父さんはあんまり攻撃は得意じゃなかったみたいで教えてくれなかったの」
ベルムートが指摘すると、アンリは少し狼狽えてから事情を説明した。
アンリの両親は冒険者だったということだが、こなす役割が父親と母親で違ったようだ。
「魔法は?」
「教えてもらえなかった」
(魔法を教えなかったのはアンリの属性の適性が分からなかったからだろうか?)
ベルムートは疑問に思った。
無属性の魔法なら練習すれば誰でも使えるはずなので、アンリの両親がアンリに魔法を教えなかったのは何か理由があったのかもしれない。
(しかし……『勇者の卵』どころかただのか弱い村娘じゃないか……)
アンリのことを考えていたベルムートは、そこで一つ気になることを思い出した。
「そういえば、私との試合で木の棒を折った時の攻撃はなんだったんだ?」
「うーん……とにかく夢中で剣を振っただけだからよくわかんない……」
「そうか」
アンリは火事場の馬鹿力のように無意識に魔法を使ったということのようだ。
「アンリの実力はわかった」
ベルムートは現状を受け止めた。
「それでどう? 勇者になれそう?」
アンリが嬉々としてベルムートに聞いてきた。
この期に及んでそんな楽観的な考えができるのは、ある意味勇者かもしれない。
「まあ、無理だな」
「うぐぅ」
ベルムートがストレートに告げると、アンリは四つん這いになって呻いた。
薄々というか、本当は分かっていても言葉にされると傷つくらしい。
「だが、弟子にした以上はちゃんと鍛えるつもりだ」
「え? 本当に?」
アンリは四つん這いで伏せていた顔をバッと上げた。
「どうした?」
「弟子になったの取り消されるかと思ってた……」
アンリは自分が弱いから見捨てられると思っていたようだ。
「そんなことはしないさ」
確かにベルムートとしても、あそこまでアンリが弱いとは正直思っていなかった。
だが、ベルムートは約束は守る主義だ。
弟子にしたのだから強くなるようにアンリを鍛えるのはベルムートにとっては当然のことだった。
(それに『勇者の卵』も気になるしな)
ベルムートは、アンリの特殊能力である『勇者の卵』に対して興味を持っていたので、アンリを手離すつもりは毛頭なかった。
「ただ、アンリが音を上げて逃げ出すことはあるかもしれないな」
「逃げたりしないよ! がんばって勇者になるんだから!」
あれだけ魔物にいいように遊ばれていたのに、勇者になる気持ちだけは一人前のようだ。
ただ悪いことではない。
「そうか。とりあえず今日はもう寝て、明日から訓練開始だ」
「うん、わかった! 強くなって、次こそはあの兎に勝ってやるんだから!」
アンリは息巻いた。
どこからそんなやる気が湧いてくるのか不思議だ。
辺りはもうすっかり暗くなった。
ベルムートは布をアンリに渡して、自分のぶんの布を地面に敷き、アンリも同じように布を敷いた。
見張りは灰色の鳥の眷属に任せてベルムートたちは眠りについた。




